戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第二章

第12話 「だが、断らせてもらう」

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「それで、我ら緋張ひばりの遺臣は御家再興の嘆願を続けていたのじゃが、それが半年ほど前にようやく通ってな。ただ、再興の条件として付けられたのが『真行寺右近しんぎょうじうこんを始めとする、謀反の首謀者全員の捕縛、或いは討伐』じゃ」
「その謀反人として名指しされた中に、山室やまむろの野郎もいてね。だから、オレらが討ったって形にしときたい――おい、聞いてるか玄陽堂げんようどう殿?」

 誠太郎せいたろうの話を補足する弥衛門やえもんの声に、静馬しずまはハッと我に返って顔を上げる。

「……お? ああ、大丈夫だ。それで、その……荒らされた村の名前はわかってるのか」
「確か、竜木たつき村と浅川あさかわ村では銭と食料の略奪を行ったと聞いている。それと岩多いわた村では何がどうしたのか、村人の大半を殺害した末に、家や田畑を焼き払う凶行に出たそうじゃ」
「……やはりそうか」
「やはり、とは?」

 不思議そうに訊いてくる誠太郎に、静馬はギラついた眼で答える。

「お主らの追っているのは、おそらく俺の仇でもある連中だ」
「何と!」

 静馬は二人に対し、昨日の昼に孫三郎まござぶろうに語ったのと大体同じ話を繰り返した。
 誠太郎は苦々しげに、弥衛門はたまれなさを隠しもせず、静馬の凄惨な体験に耳を傾ける。

「――というのが、岩多村での顛末てんまつになる。だから生き残った俺は父母と妹、それに村の衆の仇を討たねばならんのだ」
「そうじゃったか……しかし、仇を求めるに探索方の道を選んだのは慧眼けいがんじゃな。謀叛に参加した内の主立った者は、その殆どが賞金首になっておる」
「何だと! おい、その者達の名は?」
「大声を出すでない」

 思わず立ち上がった静馬だったが、相手の冷静さに毒気を抜かれ、再び腰を下ろした。
 その様子を見た誠太郎は、何かを思い付いた様子で話を続ける。

「そうじゃ――そなた、右近らを仇と追うのであれば、我らと行動を共にせぬか」
「そうして、俺に何の得がある?」
「仇に関して知る限りの情報は全て渡すし、多くはないが少なくもない路銀ろぎんを用立てよう。それに、御家再興が成ったあかつきには、家臣として緋張家に高禄で召抱えるよう取計らおうではないか……どうじゃな?」

 チラと孫三郎の様子を伺うが、何か口を挟んできそうな様子はない。
 静馬は、即座に出ていた答えを胸の内でもう一度確認し、それから誠太郎に告げる。

「相当に心惹かれる誘いだな――だが、断らせてもらう」
「ふむ……何故じゃ? そなたに損はなかろう。心惹かれるのであれば、それに素直に従っても良いではないか」

 断られたのが心外なのか、誠太郎は声が徐々に大きくなる。

「俺は野育ちの田舎者なんでな。主君を持つなどと慣れぬ真似をすると、己を見失いそうな気がしてならん」
「なれど――」

 グッと身を乗り出して言いつのろうとする誠太郎を、静馬は開いた右のてのひらを向けて押し止める。

「それにな、お主は得体が知れないにも限度がある。侍の格好をした娘の指図を受けるとなると、俺は勿論のこと酔狂すいきょうな孫三郎も躊躇ためらうだろうよ」

 腰を浮かせて口を半開きにした状態で、誠太郎が固まった。
 大きく溜息を吐いてから、孫三郎がポツリと言う。

「なんじゃ、静馬も気付いておったのか」
「当たり前だ。人物鑑定に自信はないが、この場合はそういう問題でもなかろう」

 遠目ではある程度の誤魔化しは効くだろうが、こうして膝を突き合わせて長いこと話していれば、やはり男装の違和感は拭えなくなる。

「そう、か……」

 誠太郎と名乗っていた娘はドスンと腰を下ろすと、虚脱した態でもって天井を仰ぐ。
 そんな様子を見ていられなかったのか、孫三郎が優しげな声で問いを投げた。

「して、このような面倒な真似をしているのは、何ぞ理由があってかの、えぇと――」
それがし――いや、わらわの名は緋張ユキ。緋張刑部ぎょうぶが妹である。仮の名は、夫になるはずであったが右近に殺められた相手のもので、この男姿は賊の興味を引かぬ用心じゃな」
「御家再興に加えて、兄と許婚いいなずけの仇討ちか。その後には婿探しも待っているだろうし、お主も大忙しだな」

 同情心を断ち切ろうとする気持ちが、静馬の物言いを不要に尖らせてしまう。
 反論しようとしたのか、弥衛門が勢い込んで立ち上がろうとする。
 だがユキはそれを制して座らせると、自嘲じちょうの空気をかもし出しつつ語り始めた。

「……正直な話をすれば、緋張の家も自分自身も今更どうなろうと構わんのじゃ。ただ、緋張の家臣だった者や、その一族が苦境にあってな」
「ふむ。半年ほど前には、取り潰しで路頭に迷っていた連中を救済しようと、浪人を多数雇い入れていた西国の大名が『反豊臣の勢力を糾合きゅうごうして謀叛を企んでいる』との讒言ざんげんを受けて取り潰される、悪い冗談のような出来事もあったしの。仕官は難しいのかも知れん」

 孫三郎の話が、ユキの言葉を補強する。
 武士以外にも、生き方はいくらでもあるだろう。
 だが、侍の生活しか知らぬ者が急に百姓や商人をやろうにも、まず上手くはいかない。
 そこに思い至った静馬は、短い逡巡しゅんじゅんの後でユキに告げる。

「よし、わかった……お主らが追っている連中を俺が討つか捕らえるかしたら、そちらの指示に従っての行動ということにしよう。山室やまむろについても、それで片付けてくれ」
「そうか、そうしてくれるか! かたじけない! 恩に着るぞ、玄陽堂殿!」

 抱きつかんばかりに身を乗り出してくるユキを押し止め、照れ臭さもあって目を逸らしながら応じる。

「俺のことは静馬でいい。形の上では、そちらが雇い主になるしな。まぁ、いずれ全てが終わったら、何か礼をしてくれ」
「うむ――おお、そうじゃ。とりあえず今、出来得る限りの礼をしておこうか……そなたの村を襲った中に、四尺五寸(約一メートル三十五センチ)はあろうかという野太刀を使う、大兵肥満たいひょうひまんの侍がおらなんだか」

 言われた瞬間、静馬の脳裏に惨劇の光景が断片的に蘇る。
 大蛇が巻きついた意匠の刺青が入った、巨漢の太い腕。
 その腕が振るう長大な刃が、兄弟のように育った幼馴染の胴を断ち斬る瞬間が。

「……ああ、いたな。確かにいた」
「その者の名は有田平次郎ありたへいじろう。行方をくらませておる右近や、その弟の真行寺久四郎しんぎょうじきゅうしろうと徒党を組み、一時期は盗賊として畿内きないとその周辺を荒らしておった。そこを抜けた後で賞金首となったのじゃが、今は北美濃みのに身を潜めているらしい」
「随分と詳しいな……それは、何処の誰から聞いた話だ」
「このアトリが、伝手つてを頼って京で集めたものじゃ」

 目線を移すと、アトリがスッと頭を下げる。
 彼女が孫三郎の予想通りにしのびの者なら、情報に一定以上の信憑性しんぴょうせいはあるだろう。

「もしかして、真行寺兄弟も賞金首になっとるのか?」
「なっておる」

 孫三郎が訊くと、ユキは即答する。

「なってはおるが、彼奴らは名指しではなく『一矢万矢』という盗賊団としてじゃな」
「むぅ、嫌な名前が出てきたな」

 その名を耳にし、孫三郎は少し驚いた様子を見せて顔をしかめる。
 いっしばんし――静馬は聞き覚えがなかったので、孫三郎に訊ねる。

「有名なのか」
「それなりに、な。姫様の話にあったように、畿内で派手に暴れておった盗賊でな。連中の手法はこうだ……まず、村で一番デカい家の戸口に一本の矢を射る。矢には手紙が結ばれておって、金やら米やら娘やらを寄越せとの要求が『断れば万の矢が降る』との文言と共に書いてある。大人しく要求に従えば、それ以上は何も起こらん」
「逆らったり無視したりの場合は?」

 静馬が重ねて訊くと、今度はユキが答えてくる。

「予告通り、村に万の矢が降り――無差別な殺戮と破壊が行われる寸法だ。襲撃の後には必ず大量の短い矢が残されるから、ついた呼び名が一矢万矢。その内に自分らでも名乗り始めたようだが、去年の秋辺りから噂を聞かぬな」
「そこに真行寺と有田がおったのか」
「である、とアトリは聞いたそうじゃ。首領格は右近だとか」

 曖昧あいまいだった標的の輪郭が、いよいよ見えてきた。
 有田平次郎。
 真行寺久四郎。
 そして、真行寺右近。
 この三人こそが、自分の討つべき仇。
 目指すものが明確になり、静馬は心が沸き立つような感覚を味わう。

「よし! では俺らはとりあえず、北美濃を目指してみる」
「越前の村も荒らされたらしいから、妾たちはこの町を拠点に、しばらく一矢万矢の動向を追うつもりじゃ。次はいつ会えるか知れんが、二人とも気を付けるのだぞ」

 ユキの言葉に本気の心配が含まれているように思えた静馬は、素直に頷いておいた。

「似た目的で動いているのだ。遠からずまた会うだろうて」

 立ち上がりながら言う孫三郎に、ユキは柔らかく笑みを返す。

「平次郎は人間離れした剛力の持ち主じゃ。重ねて言うが、くれぐれも油断めさるな」
「じゃあな、お二人さん。いずれ気が変わったら一緒に旅しようぜ」
「では、息災で」

 別れを告げてくる三人に手を振り、静馬と孫三郎は茶屋を後にした。
 静馬としては駆け出したい程に気がはやっているが、いくら何でも現状では情報が足りない。

「第一には、有田の手配書の入手だな」
「ふむ、ついでに腹拵はらごしらえもしたい頃合だの」

 暢気のんきに応じる孫三郎に気勢をがれつつ、静馬は探索所の方へと戻ることにした。
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