戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第二章

第10話 「現在の賞金は三十両まで上がっておる」

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玄陽堂げんようどう殿、お待たせ致した。山室帯刀、確かに記録にござった」

 やたらとコチラの事情を探ってくる男の相手を続け、苛立ちを表面化させる寸前になっていた静馬に係員の声が届く。

「では検分を始めるので、こちらへ」

 そう促され、静馬と孫三郎は係員たちと共に中庭へと出る。
 屋外の方が明るいので、確認作業には何かと都合が良いのだろう。
 行った先では、粗末な着物の下働きらしき男女が、忙しげに動き回っていた。

 庭の一角にしつらえられた台座の上で樽の封が開けられ、中から塩に塗れた山室の首が取り出される。
 塩粒が刷毛はけで払い落とされると、唇が少ししおれている位で、生前と殆ど変わらぬ三十男の顔が現れた。

「……ふむ。傷も面相も、人相書の通りだな」
「槍の特徴も一致しとるようだ。所有している書状の内容からしても――」

 係員達は、持ち込まれた首が山室の物であると認めつつあるらしい。
 揉めずに賞金を受け取れそうな気配に安堵あんどする静馬だったが、検分を遠巻きに眺めている先程の男の視線が、微かに神経を波立たせる。
 孫三郎も同じような感触を得ているのか、男の挙動にそれとなく留意している風だ。

「おぉ? ……おーおーおーおー!」

 素頓狂すっとんきょうな子供の声が響き、瞬時に場の緊張感を散らす。
 何事かと静馬がそちらを見れば、ここに来る途中に遭遇した喧嘩の当事者である三人連れの中にいた、十ばかりに見える少年の姿があった。

「おぉい、ユキ! アトリ! 早く来いって! 山室の野郎、なんか死んでんだけど」

 そう呼びかける先には、さっき少年と一緒にいた若侍と、浪人の両手首を粉砕していた女の姿がある。

「お主、山室を知ってるのか」
「ああ。あんたがやったの? これ」

 少年に訊かれた静馬は、軽く顎を引いて肯定する。

「そっか。しかし、死んだのか山室……」

 そう呟いた少年は、台座に置かれた生首をまじまじと見つめる。
 青白い死顔を目の前にしながら、まったくじている気配がない。
 感心していいのか心配していいのか、少し判断に困る静馬だった。

「ほう。まことに山室じゃな」

 ユキと呼ばれた若侍が、少年の背後から首を確認する。
 縦に並んだ二人の顔を改めて見てみれば、少年もユキも美童と呼ぶに相応ふさわしい容姿だ。
 表情の弛緩しかんした中年男の生首との対比もあってか、殊更ことさらに秀麗さが際立っている。

「この男の縁者えんじゃかね?」
「いや、この者とは元が同じ緋張ひばりの家中というだけじゃ」

 ユキからの返答に、訊いた係員の表情が少し引き締まり、探索所の中へと駆けて行く。
 そして帳面を手に戻って来て、隣にいた同僚と何事かを話し合っている。

「先程は見事な手並みだったの」
「どうも」

 孫三郎は、アトリと呼ばれた女に話しかけている。
 浪人を叩きのめした印象が強すぎて容姿に関する記憶は薄かったが、こちらはこちらで美少年二人と釣り合いの取れている、端整な目鼻立ちをしていた。
 こうして三人がここにいるなら、あの喧嘩騒ぎはなかったものと片付けられたのか。
 静馬が思い巡らせていると、係員から声をかけられる。

「玄陽堂殿、貴公が討った者を『三日月の山室』こと、山室帯刀と認定いたした。それで賞金の支払いなのだが、一時いっとき(二時間)ほど待っては貰えぬか」
「何か問題が?」
「問題、と言えばそうなのだが……高額の支払いは、手続きが煩雑はんざつになるのでな」

 妙なことを言われ、静馬は問い返す。

「ん? 山室の賞金は五両二分ではなかったか」
「新たな罪状が加わったのだ。故に、現在の賞金は三十両まで上がっておる」
「何と……」

 思いがけない話の流れに、静馬は言葉を失う。
 三十両といえば、それなり以上に悪名の知れた凶悪犯に懸けられる額だ。

「ふむぅ、山分けしても十五両ずつか」
「ああ、そうなる……いや、どこからそんな計算が降って湧いた」

 孫三郎の妄言で我に返る静馬だが、まだ困惑は収まらない。
 一月ほど前までは五両二分で、それが六倍近くの高騰とは。

「何をやらかして、そこまで上がったのだ?」
「半月前に追加された罪状には、殺しが二件と強盗が一件、それに主家への反逆と主君の弑逆しいぎゃく――とある」

 静馬と同じ疑問を持ったらしい孫三郎からの質問に、係員が帳面を見ながら答える。
 反逆の不安に駆られた秀吉が、各方面への統制を強めているとの話は耳にしていたが、その思わぬ余波が謀叛人の重罪化らしい。

「了解した。では、また後で寄らせてもらう」

 静馬は係員に会釈を残し、その場を立ち去る。
 三人組は山室の首を前に係員と何事かを話しているが、さっき言葉を交わした若い男の姿は見えない。
 挨拶もなしに消えるとは、印象にたがわぬ不調法ぶちょうほうぶりだ。
 男に感じていた不快が一層濃くなるが、わざわざそれと表明するのもどうだろう、と思った静馬は黙って探索所を出た。

 まとまった金も入りそうなので、静馬は弾丸用の鉛や火薬を景気良く補充し、携帯用の糧食も多めに買い込んだ。
 孫三郎からの助言に従って、鉛と同じように小さな板状に固められたすずも幾つか購入しておく。
 ついでに荒物屋や小間物屋で日用品を買い足し、頃合を見て探索所へと戻った。

「さっきの連中、自分らと山室を緋張家の者と言ってたが……何か知ってるか、孫三郎」
「ヒバリ、なぁ……大名家では聞き覚えがないの。どこぞの大名の臣下、といった辺りではないか」
「あの場に来たからには、三人の誰かが探索方か」
「そうなるの。多分、あの顔の綺麗な若いのだろうて」

 静馬は再び門番に手形を示し、探索所へと入っていく。
 山室の首実検が行われていた庭の一角は、既に片付けられているようだ。

「ああ、参られたか。手続きは終わっておりますぞ」

 係員が静馬に声をかけてくる。
 そして、渡された何枚もの書類に署名をした後で、確認作業用に渡しておいた手紙や書き付けと共に、錦の袋に入った賞金が静馬に渡された。

「では三十両、お確かめ下され」

 促されて中身を確かめると、そこにはピッタリ三十枚の小判が収められている。
 近年の政情不安で物価が上昇傾向にあるとはいえ、良質の米が二十石(約三トン)は買えてしまう大金だ。
 以前も悪くない暮らしをしていたが、それでもこんな金額を見るのは初めてだ。
 柄にもなく緊張する静馬の肩をポンと叩き、孫三郎は自分を指差して宣言する。

「大きな金を持ちなれぬなら、ワシが預かってやらんでもない。一月もあれば、袋の重さを五倍にしてやる」
「重くはなったが全部ビタ銭、というオチではないのか」
「何なら貝殻を詰め込んでおくが」
「どこから貝が出てきた!」

 肩に置かれた手を払いながら静馬が言うと、孫三郎が髭を撫でながら応じる。

「唐土(中国)や天竺(インド)ではその昔、綺麗な貝を銭の代わりに使っておっての。それが今ある貨幣の始まりなのだ」
「お主は本当に、よくわからんことを沢山知ってるな……」

 孫三郎と話をする内に落ち着いた静馬は、懐に三十両を仕舞って探索所を後にする。
 金が目当ての仕事ではないが、残る仇を追うにしても資金に余裕があるのは有難い。

「ではまぁ、気分転換にパーッと遊びに行くとするかの」
「それは普通、金を出す方の台詞じゃないのか」

 とはいえ酒の一杯ぐらいは奢るべきだな、と考えて静馬は城下の中心部へ足を向けようとするが、途中で孫三郎の動きが止まる。
 孫三郎の視線の先を確認すると、そこにはアトリという女の姿があった。
 足音も気配も感じなかったが、孫三郎の言う通り忍だからだろうか。

「すみませんが御両人、ちょっと付き合ってもらえますか?」
「用件は」
往来おうらいでは話しづらいので、そこの茶屋へ」

 どうするか訊こうと隣を窺ってみるが、既に断る選択肢はなさそうな表情だ。
 孫三郎の「面白そうな成り行きには逆らわない」との言葉を思い出した静馬は、アトリに頷き返してその後について行く。

「大丈夫なのか」
「心配なかろう。ワシの勘は『きっと何も問題ない――といいんだが』と告げておる」
「頼りなさ抜群だな……」

 小声で無駄口を叩きながら茶屋に入り、その奥の飾り気が不足した座敷へと上がる。
 アトリがふすまを開けた先では、今日三度目の顔合わせとなる少年たちが二人を待っていた。
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