戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第二章

第8話 「戦場では真っ先に討ち死にする手合いだの」

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 越前えちぜんの中心地であるはずのきたしょうは、人通りもまばらで活気とは縁遠えんどおかった。
 城下の規模が大きいだけに、そのうら寂しさは強調されている感がある。

「……えらい辛気臭しんきくさい町だな」
「大体、城からしてあの有様だからの」

 静馬しずまの述べる真っ直ぐな感想に、孫三郎《まござぶろう》は斜め上を指差しながら答える。
 柴田方の敗戦時に焼け落ちた城は手付かずのまま、荒れた国を象徴するかのように焦げた残骸を晒している。
 前日の夜に到着して安旅籠やすはたごに宿をとった二人は、遅く起きてから街を見物しつつ探索所たんさくじょに向かおうとしていた。

「北ノ庄がこれでは、一乗谷いちじょうたにはどんなだ」
「あそこはなぁ……派手に火をつけられた上に見捨てられとるし、もうただの廃墟ではないかの」

 かつては栄華を極めた朝倉氏の本拠も、今では草に埋もれているか。
 栄枯盛衰えいこせいすいは世の常とはいえ、この時世の容赦なさに静馬は心が冷える思いがする。

「まぁ、そう暗くなるな……おぅ? 何やらあの店はやけににぎやかだぞ。行ってみるか?」
「んん? いや待て孫三郎、あれは――」

 揉め事が起きているのではないか。
 そう思いながら近寄ると、店の出入り口付近から言い争う声が聞こえてくる。
 一方は白けているのに一方は激していて、話がどうも噛み合っていない。

「だから、こちらは謝ったではありませんか。ですね、若様?」
「ああ、許せ」
「その人を見下した態度、そいつが気に食わんと言っとるのだろうがぁ!」
「実際、遥か上なのだから仕方ありません。ですね、若様?」
「そうじゃな」
「うぅ、うるっさいわボケェ! テメェらがドコの誰だか知らんがなぁ、武士の体面を汚しておきながら、何事もなかったように素通りするなど、一体何様のつもりだ!」

 大声でまくし立てているのは、いかにも貧乏浪人といった雰囲気の三十男。
 それをわずらわしげに相手しているのは、二十前後であろう旅装の女と、静馬と同年代と思しき身形みなりの良い総髪そうはつの若侍だった。

「何様だか知りたいのか知りたくないのか、どっちですか」
「そもそも、自分から仕掛けといて『謝れ』もへったくれもねぇよなぁ」

 呆れたように吐き捨てる女の言葉に続き、高い声のボヤキが聞こえる。
 声の主はよく日に焼けた少年で、総髪を低い位置で束ねているようだ。
 武家の子息らしいなりをしていて、若様と呼ばれていた侍よりも更に若い――というより幼い。
 口調は随分やさぐれているが、五尺前後であろう若侍にもだいぶ遠い身の丈からして、まだ十かそこらの年頃かも知れない。

「んだと、糞餓鬼っ!」
「だってさぁ、ワザワザ避けたのにそっちから寄ってきて、それで鞘が当たったって喚くんだもんなぁ。どうせイチャモンを付けて金を巻き上げようってハラだろ」

 親子ほどに歳の差がある相手に図星を突かれてか、男の顔色が朱に染まっていく。
 そんないさかいを眺めていた若侍は、少年の頭に手を置いてさとすように言う。

「これ、いくら相手が性根しょうねと頭の中身が腐りきった、馬小屋の臭いを漂わせた乞食浪人であろうと、愚弄ぐろうするような物言いは控えるのじゃ」
「ふっ、ふざっ――ふっざけんなってんだよテメェらぁ!」

 火に油をたっぷりと注ぐ年少者二人の言いぐさに逆上し、顔を赤紫色に変じさせた浪人はとうとう刀を抜き放った。
 流血沙汰を予感してか、野次馬からどよめきと悲鳴が上がる。
 人垣の端にいる静馬は浪人の動きを注視しつつ、隣の孫三郎に小声でたずねる。

「割って入るか?」
「いや、必要なかろうて」
「しかし、三対一とはいえ女と子供では」
「まぁ見ておれ」

 落ち着いた物言いの孫三郎に従い、静馬は四人を取り巻く輪の中に留まった。
 刀を抜いた浪人は呼吸を乱して三人を睨み、今にも斬りかからんと刃先を彷徨さまよわせる。
 まなじりを吊り上げ、歯を剥き出しにしたその姿には鬼気迫ききせまるものがあり、一見すれば何とも恐ろしげだ。
 だが闘いに慣れている静馬は、浪人の漫然とした構えから力量の半端さを読み取った。

「なるほど、これなら――」

 助太刀は必要ないだろうな。
 静馬が最後まで言葉にするのを待たず、女が静かに動いた。

 案の定、浪人の反応はすこぶる鈍い。
 女の足取りを目でも追えていないようで、何もできずに瞬時に間合いを詰められた。

「うぐっ――」

 驚愕の表情でうめく浪人、その刀を女は手刀の一閃で叩き折る。
 根元近くから折られた刀身はゆるく回転しながら宙を舞い、浪人の足元に深々と突き刺さった。

「なっ、なんっ――」

 浪人の表情は更に歪み、不明瞭な言葉を発しながら目を泳がせる。
 静馬と同程度の上背はあるが、体格はあくまでも女性のものだ。
 なのに澄ました顔をして、常識から外れた身体能力を披露している。

「おぉ、凄まじい剛力ごうりきだな」
「力も強かろうが、ありゃあ手甲てっこうに何か仕込んどるの」

 静馬と孫三郎がそんな会話を交わす内に、女がスッと身を引くのが見えた。
 力の差を十二分に見せつけ、どうにもかなわないと相手に思い知らせてある。
 だからこれ以上の無駄な争いを避けようと、ワザと逃げ出す暇を与えたのだろう。

「ぐっ――クッソァ! 女の分際ぶんざいでぇっ!」

 そんな配慮はいりょが読み取れなかったらしい浪人は、刀の成れの果てを投げ捨てると、腰から脇差を抜いた。
 それを見た女は短い溜息を漏らすと同時に、予備動作もなく浪人の右手首を蹴り上げる。

 ゴギッ、という鈍い音が響いた。
 続いて「まうっ」と低い叫び声。

 浪人が取り落とした脇差を女は蹴り飛ばし、数間離れた場所まで転がした。
 そして、聞き分けのない幼子おさなごを叱るが如き口調で問う。

「まだやります?」
「ふぬっ――」

 得物えものを失い、手首も折られたというのに、浪人の目には闘志がくすぶる。
 歯軋はぎしりをしながら女を威嚇いかくするその姿は、ある種の禍々しさすら滲んでいるようだ。
 眉間に皺を寄せて見物している孫三郎が、つまらなそうに吐き棄てた。

「想像以上の勇者だったらしいの」
「しかし、これは……」
「うむ。戦場では真っ先に討ち死にする手合いだの」

 彼我の力量が読めぬ者。
 退き際をわきまえぬ者。
 平常心を保ち闘えぬ者。
 これらはただ死に急ぐ愚か者共で、おそるるに足りぬ。

 静馬がかつて師から聞かされた言葉だが、かの浪人はその全てに該当がいとうしている。
 このままだと死ぬまで諦めそうもないが、相手している女はどうするつもりだろうか。
 静馬の興味はいつの間にか、勝負そのものよりもケリのつけ方へと移っていた。

「ばぁらっすぁああああぁっ!」

 人の言葉を忘れかけた咆哮ほうこうを轟かせながら、浪人は女に向かって突進。
 だが女はその左手首を掴むと、相手の勢いを利用する形で捻りながら投げ飛ばす。
 顔から地面に落とされた浪人は、歯の破片が混ざった血を吐きつつ、手をついて立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かずに再び倒れ込んだ。

「左手首も折られたか」
容赦ようしゃない攻めだの」
「自業自得だな――うん?」

 静馬と孫三郎が感想を述べていると、道の先から数人が駆けて来るのが見えた。
 喧嘩騒ぎが起こっていると、誰かが役人に知らせたらしい。

「面倒に巻き込まれる前に消えるぞ、静馬」
「……そうだな」

 三々五々さんさんごごに散って行く野次馬に紛れ、静馬と孫三郎もその場を離れる。
 静馬は去り際に振り向いて、当事者である三人連れの様子を確認してみた。
 誰も特に動揺した様子もなく、何か言い交わしている――神経が太いのか、それとも単に危機感が乏しいのか。
 多少の気懸きがかりを残しつつも、当初の目的である探索所を目指すことにした。
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