戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第一章

第5話 「単に奴の頭が悪かったんだろう」

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 孫三郎まござぶろうと並んで歩きながら四方山話よもやまばなしに付き合っていた静馬しずまは、最近疑問に思い続けていたことを口にしてみる。

「……それにしても」
「うん?」
「噂には聞いていたが、この越前えちぜんは随分とすさんでいるのだな。さっきの宿場のさびれぶりも大概だったが、そこかしこに打ち捨てられた田畑が多過ぎはせんか。ここも太閤(豊臣秀吉)の勢力下だったよな?」

 問われた孫三郎は、人気ひとけのない荒地に目を遣りながら応じる。

「んー、この辺りも落ち着かん土地でな。旧領主の朝倉あさくらが織田に滅ぼされてからは、後を任された朝倉遺臣の内輪揉めと一揆で滅茶苦茶。それで一揆の親玉たる本願寺の坊主が来て収まるかと思えば、悪い冗談のような暴政の挙句、再び攻めてきた織田の軍勢にボロ負け。その後、一揆に加担した数万の民は殺されるか奴隷に落とされた」
「……とは言え、それは十年以上も前の話なのでは」

 軽く首を捻る静馬に、眉間みけんに皺を寄せつつ孫三郎は答える。

「その後も柴田しばたの領地となっては秀吉サルに攻められ、それが終わればきたしょうを任されていた堀久太郎ほりきゅうたろう(秀政)が死に、敦賀つるがでは蜂屋出羽守はちやでわのかみ(頼隆)が死んで領主交代の混乱、オマケに例の小田原のしくじりで豊臣の天下が揺らいで、凶賊は跋扈ばっこし放題……てな具合だ。真面目に百姓をやる気も失せよう」
「確かに、やってられんな」

 そんな話をしつつ四半時(三十分)ほど歩くと、陽光を反射する水面が見えてきた。
 二人は川原に下りると、誰かが残していった石のかまどを再利用して食事の支度を始める。
 孫三郎は鍋に水を汲んで火をおこし、静馬は岩場に転がっている細枝や流木を拾い集め、それを焚き木として適当な長さに折っていく。

「のう静馬、食い物は何か持っとるか?」
「今あるのは雑穀の粉だな。それと塩に味噌」
「では味噌だけ借りようか。ワシの干飯ほしいを粥にしよう」

 言いながら、あぶくの立ち始めた鍋に二人前には少ない干飯を入れる。
 やがて火勢は強まり、泡は徐々に大きくなってゆく。

「何だか、もう一つ欲しい感じだな」
「人魚でも捕まえるか?」
「こんな川に――というか、この世にいるのか?」
「天狗がおるなら、人魚もおるんではないかの」
「いるのか? 天狗なんてのが」
「おらんだろう」
「……お主と話してると、どうも足元がグラついてくるわ」
「そんなに褒めるでない」

 孫三郎との胡乱うろんな会話に言い知れぬ疲れを感じ、静馬は目線を遠くに彷徨さまよわせる。
 その視界の端に、動くものをとらえた。
 鴨――そう認識すると同時に手頃な大きさの石を拾い、素早く投げ付ける。
 鈍い音と水音を聞くやいなや、川へ小走りで向かい、首の折れている鴨を拾い上げた。

「ほほう、見事なモンだの。印地いんじ(投石)も得意か」
「まぁ、な」

 静馬は羽をむしりながら答える。
 手際良く丸裸にされた鴨は、竈の火で残った羽毛を焼かれた後、小刀で解体されて鳥肉へと変化してゆく。

「鍋に入れるか?」
「いや、串焼きにしよう」

 静馬は背嚢はいのうから長い竹串を二本取り出すと、一口大に切り分けた肉を通して塩を振る。
 直火で炙られた鴨肉は脂をしたたらせ、食欲を刺激する芳香ほうこうが広がっていく。

「はぁ……たまらんの、この匂いは。メシよりも酒が欲しくなる」
「おいおい、さっきまでも散々飲んでおったろうに」
「ん? 酒場では二杯しか飲んどらんぞ」

 確かに、孫三郎と話していても酒臭さは感じられない、と静馬は気付く。

「そうだったか。しかし、相当に杯を重ねているかに見えたんだが」
「ああ、ありゃあフリだ」
「何故そんな真似を」
「酒が入れば誰しも口が軽くなる。だから酒場は情報を集めるにはあつらえ向きだが、そんな場に素面しらふの奴がおっては警戒されかねんでな」
「なるほど」
「それに、酒は一合や二合程度なら血の巡りを良くするが、量が過ぎれば頭も体も動きが鈍るばかりだ。体にも悪いしの」
「ふむ、『酒は百薬の長』との言葉があるが、あれは嘘か」
「嘘ではない。一方で『酒は万病の元』とも言うがな」

 岩に立て掛けられた三日月槍、そこに括られたたるをチラと見ながら孫三郎は言う。
 あそこで山室を簡単に討てたのは、酒が過ぎていたのもあるだろうか。
 そう訊きたくなる静馬だったが、それも野暮やぼな気がして苦笑に紛れさせておいた。

「……む、そろそろ頃合かな」

 言いながら、静馬は串を火から遠ざける。
 串に刺されて塩を振られた鴨肉は、絶妙な焼き色によって自己主張を強めていた。

「こっちはもう少しかの」

 孫三郎が蓋を取った鍋では、味噌仕立ての粥が煮えて完成に近付きつつある。

「熱いから気をつけろ」

 静馬は串の一本を孫三郎へと手渡す。

「おう――あふぁっ!」
「人の話はちゃんと聞け」
「いやぁしかし、これは何とも……美味いのう」
「そうだな、我ながら上手いこと焼けた」

 口の中に拡がる味には飾り気がまるでないが、噛めば溢れる肉汁にはそれが問題にならない程の説得力があった。
 串焼きの半分くらいが胃の腑に消えたところで、孫三郎は味見をしてから粥を椀にすくう。

「ほれ、こっちもいい塩梅あんばいだぞ」
「ああ、いただこう」

 木匙で粥を口に運ぶと、味噌の風味がふわりと鼻から抜けて行き、これもまた美味い。
 こうして誰かと差し向かいで飯を食うのも久しぶりだな、と考えながらフと顔を上げると、手を止めて自分を見ている孫三郎と目が合った。

「どうした?」
「いや、こうして面と向かうと歳相応な雰囲気もあるんでな。町での殺伐とした振る舞いから随分遠い気がしてのう」
「常に気を張り詰めてもいられん。それでは無駄に疲れるだけだ」
「あっふぁっふぁ、いい割り切りだ」

 怒りや恨みはかてにもなるが、飼い馴らせねばはらわたを腐らせる。
 激しい感情に囚われ自分を見失っていた静馬に、師である玄陽げんようが語った言葉だ。

「それで、あの――山室やまむろと言ったか? 彼奴きゃつの居場所は何処で知ったのだ」
「京にある探索所で手配書を目にしたのだ。大坂で何事かやらかしたとかで、新たに賞金がかけられたばかりだとも聞いた。そこで北の方が荒れているという話もあったんで、逃げるならそっちだろうと見当を付け、とりあえず敦賀つるがに行ってみたら大当たりよ」
「ほぅふぁ」

 肉を頬張りながら、孫三郎が相槌あいづちを打つ。

「そこで山室は、死人まで出る派手な喧嘩騒ぎを起こしたらしい。物売りに話を聞いて回ろうとしたら、二人目がじかに騒ぎを見ておってな、いきなり足取りが掴めた」
「そいつは何とも、運が良いの」
「俺の運が良いのではなく、単に奴の頭が悪かったんだろう。いずれにしても、長生きは出来そうもなかった愚物ぐぶつだ」

 大体、運が良ければ家族と故郷を一度に失って、仇を探す旅になど出ることもない。
 そんな自嘲が、静馬の心底から暗澹あんたんたる思いを浮き上がらせる。

「おい静馬、エラく物騒ぶっそうな目付きになっとるぞ」
「おぅ、そんなだったか?」

 思った以上に危険な表情になっていたと知らされ、静馬は頬を撫でて誤魔化す。
 言い訳をするのも妙な感じなので、何もなかったように食事を続けた。
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