戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

文字の大きさ
上 下
2 / 45
第一章

第2話 「妖術じゃなかろうか……」

しおりを挟む
 緊張した様子もなく店を出た少年の後に、三日月槍を担いだ山室やまむろと立会人を引き受けた髭面、そしてしかめっ面の店主が続く。
 少年と山室のやりとりを見ていた客が「人狩りだ」「仇討ちだ」と大声で触れ回ったせいで、結構な人数が集まって様子を窺っている。

 暦通こよみどおりの春はまだ遠く、店の前の通りには冷えて乾いた空気がよどんでいた。
 少年の歳は十五か十六、見栄えの悪い出来損ないのまげの下には、各種感情を強引に捻じ伏せているような複雑な表情が浮かんでいる。

 筒袖つつそでの服にカルサンばかま、その上に道服どうふくを羽織り、足元は皮足袋かわたび草鞋ぞうり履き、そしてなめし皮を縫い合わせた背嚢はいのうを背負い、腰には大小の刀ではなく大脇差おおわきざしと銃身の短い銃。
 調和を無視したちは、南蛮かぶれをこじらせた結果とも思えるが、その実は機能性や利便性を重視した結果だ。

 早合はやごう(弾薬包)の束をたすき掛けにし、上帯からは様々な小袋や印籠を下げていて、歩けば騒々しい物音を立てそうな印象だったが、何か工夫がしてあるのか移動は不思議と静かだった。
 少年と山室は作法に従い、十間(約十八メートル)程の距離をとって向き合う。

「……小僧、名は」

 両手で持った槍を低く構えながら、山室が少年に問い掛ける。

「訊いてどうする?」
「名無しのままでは、墓を立てるのに困ろう」
「そいつは要らぬ心配だろうが、誰に討たれたのかわからんのでは、お主が冥土に行ってから説明に困るか。俺の名は静馬しずま。玄――」

 名乗りの半ばで、山室は体勢を低くして駆け出す。
 相手の主な得物が銃であると見た山室は、射撃の体勢が整わぬ内の奇襲でカタを付けようと、立会人の合図を待たずに動き出す、形振なりふり構わぬ戦法に出たのだった。
 今でこそ流浪の身だが、かつては幾度も戦場に出ていた山室だ。
 鉄砲の威力も弱点も、その記憶に深々と刻まれている。

 最大の弱点は、発射までの手数の多さだ。
 早合で多少の簡略化はできても、銃口から火薬と弾丸を入れ、槊杖かるかでそれを突き固め、火蓋ひぶたを開けて火皿ひざらに火薬を盛って火蓋を閉じ、火挟ひばさみに点火した火縄を挟み、狙いを定めてから火蓋を切って銃爪ひきがねを引く、という行動が一射毎に必要となるのは変わらない。

「おい、待たぬかっ!」

 立会人の制止を無視し、山室は走る。
 どんな手を使おうが、相手を討ちさえすれば面倒事は全て片付く――そんな思いで。

 五歩、六歩。

 地面が蹴られ、その場を動かない静馬へと迫る。
 山室の血走った目に、腰から寸詰まりの銃を抜く動作が映る。

「遅いわっ!」

 九歩、十歩。

 叫びながらも足は止めず、槍の柄を握った右腕を引く。
 数十の首を刈り取ってきた鈍色にびいろの三日月が、また赤く濁る。
 そんな光景を思い浮かべて冷笑をひらめかせた山室に、静馬は無言で銃口を向ける。
 火縄すら用意していないのに、一体どういうつもりなのか。

「ハッ! 何をして――」

 やがる、と続ける前に大音量が響いた。
 不意に景色が急転し、眼前に地面が迫る。
 咄嗟とっさ石突いしづきを地面に立てて転倒を避けた山室だが、右脚が熱く踏ん張りが利かない。
 見れば袴が焦げ破れ、右のももから血が噴き出している。
 足に拡がった『熱さ』は、間を置かず『痛み』という正体を現した。

 火縄も使わずに、どんなカラクリで。
 奇襲を仕掛けたつもりが、これはどういう冗談だ。
 状況を把握|《はあく》しようとするが、激痛が山室の思考を邪魔してくる。

「なっ――な――」

 何が起きた?
 どうしてこうなった?
 戸惑う山室は、ただただ言葉を詰まらせる。

「卑怯な真似をして返り討ちとは……いかにもお尋ね者らしい無様さだな、山室」

 山室に冷えた眼を向けながら、淡々とした調子で静馬は言い放つ。

「やっ、やかましいわ小僧っ! ブッ殺してやる! すぐに殺してやるからな!」

 痛みと焦りで混乱する山室は、反論の余地もない指摘に感情だけで対応する。
 心をくじいてくる痛みをこらえ、流れる血もそのままに槍を構え直す。
 相手は妙な銃を使うらしいが、今からでは弾込めの余裕はあるまい。
 そんな計算と静馬への殺意が、深傷ふかでを負った山室を動かす。
 撃たれながらも戦意を失わない山室の姿に、見物人から驚嘆きょうたんのどよめきが上がった。

「らがぁあああああっ!」

 己を鼓舞こぶするための雄叫おたけびを上げ、山室が再び動き出す。
 対する静馬は手馴れた様子で早合を操り、銃口ではなく銃身の後部から弾薬を込める。
 そんな動作に違和感を覚える山室だったが、何がどうなろうが首を飛ばせばこちらの勝ち、という単純な思考で迷いを霧散むさんさせた。

「もらったぁあああ――ぁぶけぇ!」

 至近距離からの銃撃を右肩に受け、体を半回転させられた山室は顔から地面に崩れる。
 暗くなった目の前に星が飛び散り、口には土と血の味が広がってゆく。
 山室は苦痛の中で混乱の極みにあった。
 発砲音に静まり返った見物人だったが、今この場で展開されていた物事が理解できず、次第に騒がしくなり始めた。

「おいおいおい、ありゃ何だ? どういうシロモノなんだ?」
馬上筒ばじょうづつってやつだろ。前にどこぞの侍が使ってるのを見た」
「それより、火縄はどこだ?」
「妖術じゃなかろうか……」
「そんな馬鹿な。あの格好だし、南蛮渡来の技じゃないか」

 人々の口にする言葉は、大部分が銃に関しての疑問だった。
 周囲の声を無視し、静馬はポツリと呟く。

「遅い」
「お前さんの方は、逆に早過ぎるの。それに火縄は使っとらんわ、妙な場所から弾を込めるわで、その銃はどうなっとるんだ?」

 周囲のざわめきを集約したような立会人の問いに、静馬は微笑か苦笑か判別しづらい表情だけを返す。
 そして銃を腰に収めると、日光にかれた地虫の如く血を流してのたうっている、山室の傍へ歩み寄っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

処理中です...