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魔人領編
215 断崖
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トビーの丸太小屋が完成し、昼食を終えたら断崖へと向かう。
向かうといってもトビーの丸太小屋からは北へ数百メートル先にあり、そこまではすでに木を根本から斬り倒してあるので走り出してすぐに断崖となる。
しかしこの北の断崖。
朱王の目には異質に映る。
魔族領の北側全てが断崖となっているというが、自然に出来たとしてはその在り方が不自然に思えてならないのだ。
かつてアースガルドの大陸が移動してプレートが捲れ上がったとしてもこのような断崖ができるのだろうか。
それにアースガルドはこの断崖以外にも不思議な点は多い。
魔力という地球にはなかった成分が含まれている事はさておき、地球で暮らしていた自分がここアースガルドに転移しても普通に生きられる事。
生物としての大きさもこのアースガルドに暮らす人間達とはそれ程違いはない。
この事からアースガルドも地球と同規模の星であると考えるべきだろう。
そう考えた場合、アースガルドという世界は驚く程に小さいのではないかと思えてならない。
また、魔人領の東や南はわからないが、海があるのがウェストラル王国側だけというのも不自然だ。
もし仮に飛行装備を使って大きく南下してみたらどうなるのだろうか。
ウェストラルから海へ出て飛び続けたらどこまで海が続いているのか。
魔族領から東へ向かって飛び続けたらどうなるのか、海が存在するのか。
それとも……
この断崖が続いているのか。
アースガルドという世界はまだわからない事は多い。
カミンから聞いていたようにこの断崖は縦にどこまでも続いており、今目の前にこの謎があるのだ。
調べてみたい気持ちは抑えられない。
この断崖を登るついでにその頂を覗いてみようと考えている。
バリウスを断崖につけ、そこからほぼ垂直方向に向かって車の進路を進めて行く。
何もなく数千メートル続いているとしてもバリウスであれば登って行く事ができるはずだ。
さすがに車が垂直に走れるなどとは誰も思っておらず、断崖を進もうという朱王の意見もよくわからないでいたカミン達。
朱王が断崖を行くと言えば意味がわからなくとも「はい」と答えるのがクリムゾンのメンバーなのだ。
しかしそこを言葉通りに断崖を進む、垂直に登り出す事に驚きは隠せない。
カミンは戸惑いながらも周囲にあるものを掴み、後部座席のアリスとセシールは悲鳴をあげているが朱王は構わずアクセルを踏み込む。
ゆっくりと登り出した車は重力が車の下方向に働く為車内はこれまでと変わらないのだが、車体の角度が変わる四十五度までは地面の方向に重力が働いているので戸惑うのも当然だろう。
断崖が崩れてスリップしても走行に支障をきたす為ゆっくりと登って行く。
車内のメーター内に組み込まれている高度計を見ながら進んでいき、1キロを超え、2キロを超えても断崖は続いている。
すでに雲も突き抜けているというのに今もまだ断崖は続き、その頂上は見えて来ない。
ついには高度計は3キロを超え、人間領側からは山脈として見えていた事からやはりこれは異常であると判断する。
カミンと運転を交代し、朱王は断崖を確認するべく車外へと飛び出したが、外から入り込んだ空気は恐ろしく冷たい。
飛行装備を羽ばたかせて上空へと舞い上がる朱王。
肺が凍りつくのではないかと思われる程の冷気に朱王は炎熱を放って空を舞うが、それでも数分も続かない。
酸素の薄さに呼吸も苦しくなり、炎熱を纏った耐寒装備でさえも凍りはじめたところで引き返す事にした。
魔力で強化された状態であれば5千メートル級の山だろうと1万メートル級の山だろうと耐えられなくはないのだが、今ここは5千メートルにも到達しない位置でも空気が薄すぎる。
そしてまだ寒い時期とはいえ、息が瞬時に凍りつき、耐寒装備で耐えられない温度ともなればマイナス八十度をさらに下回るのではないだろうか。
朱王は自分が耐えられる位置まで高度を下げると、リルフォンの熱源感知で断崖を見る。
この位置でも耐寒装備でなければ耐えられない程の寒さだというのに断崖の温度はそれ程低くはない。
これもまたおかしな事だ。
意味はないかもしれないが、ズーム機能を試してみるがやはりただの断崖に見える。
これは…… 普通だろう。
次にナイトスコープ機能。
通常明るいところで使用すると目が焼けてしまうものなのだろうが、朱王の作ったナイトスコープ機能は問題なく使用できる。
単純に断崖にある凹凸の暗い部分が見えるようになるはずだが、何故か見えない。
これもおかしな事だろう。
今度は朱王のリルフォンにしかない機能である透視機能で見てみるも断崖の向こう側は見える事はない。
薄い物でなければ透視する事はできないので、向こう側が見えないとしても不思議ではない。
次に魔力感知で見てみると、その断崖は魔力が全くない事がわかる。
本来全ての物質には魔力の最小物質である魔素が存在し、魔力感知にはその魔素が光となって映し出される事になる。
断崖が見えたままの岸壁であれば極々薄く光を放つはずなのだが、今見ているこの断崖は全く光を持たない。
やはり普通の断崖ではなさそうだ。
触ってみたらどうなるのだろうと、手を当ててみる。
もし凍り付いたとしたら炎熱で溶かすまでだ。
恐る恐るという言葉が朱王に当てはまるかはわからないが、嬉々とした表情で触れてみるとザラリとした表面ではなく突き刺さるような痛みがはしる。
やはりこれは鉱石ではなくこれまで未確認ともなる何か不思議な物質であり、人体には悪影響を及ぼすものではないかと考えられた。
まだまだ朱王の興味は尽きないが、そろそろ寒くなってきたし目的が魔人領へと向かう事である為この日はここまでとする。
本当はここでインフェルノで強化した紅炎の一つも放ちたいところだが、車が落ちていったら堪らないのでやめておく。
髪の毛まで凍り付いた朱王は車へと戻り乗り込む。
「ただいまー。なんかさぁ、普通の断崖じゃないみたい。今後調査しようと思うんだけど…… しばらくは無理かな?」
「魔人領全土との和平が結ばれれば、または朱王様が魔王へとなればすぐにでも可能かと」
「あー、まだまだ先だねぇ」
「我々も尽力致しますゆえ」
「うん。期待してるよ!」
また高度を下げながら北の国へと進路を向ける。
車が高度を下げていく中、朱王は魔力感知を使用しながら外の断崖を見つめていた。
どうやら高度8百メートルあたりで魔力の断崖の質が変わる事が判明。
そこからは真っ直ぐ真横に移動を始めた。
しばらく断崖を進んでいくと遠くから滝の音が聞こえ、斜め下方にゲゼル湖が見えてくる。
断崖への振動もあり、重力の魔石で重さを変えているとはいえ車はある程度の重さがあり近付くのは危険かもしれない。
また高度を落として陸地を走る事にする。
木の隙間が広い場所を選んで陸地に降り、獣道をぬけながらゆっくりとゲゼル湖へと向けて進んでいく。
この周囲であれば以前西の魔人達も多く見られた場所であり、それなりに拓けている為少しは走りやすい。
ガタガタと道を進んでゲゼル湖まで近付くと、目の前には広大な湖と断崖からはとてつもない量の水が流れ落ちている。
その湖と滝の間の道を進むのだが、以前はここでヒュドラに襲われており多少なりとも警戒してしまう。
この滝の大きさは圧巻の一言に尽きるだろう。
朱王も興味深そうにその滝を見つめ、またこの滝の水が噴き出している部分がどうなっているのか気になっているようでソワソワとしている。
この日は滝を過ぎた位置にある断崖の切れ目に野営する予定であり、目的地にさえ到着すれば朱王もまた調査に向かえるので我慢しているようだ。
断崖の切れ目の周囲には木も生えているので、また断崖を垂直移動して向かわかくてはならない。
多少は滝の振動もあるがある程度離れた位置であれば問題ないだろう。
何事もなく断崖の切れ目へと到着し、食料に関しては以前カミン達が冷凍保存したヒュドラの肉があるのでそれを調理する事にした。
車を停めて野営の準備をする間に、辺りに響く滝の轟音が気になる朱王は、車に積んであるミスリル板に能力を付与し、野営地に入ってくる音をシャットアウト。
これで快適に眠る事もできるだろう。
次に朱王とアリスが調理をし始める。
調理などした事もないアリスだが、先日の角煮を食べた事から朱王の調理に興味を示したようだ。
朱王が作るのはヒュドラ肉の唐揚げと串焼きに薄切りにしたヒュドラ肉のしゃぶしゃぶと、宴会するつもりで料理をする。
今夜も間違いなく酒盛りをするのだろう。
アリスにも料理を教えながら下準備だけ済ませた朱王は、飛行装備を展開して滝の観察に向かう。
岩肌をペタペタと触りながら進んでいく朱王は何故か楽しそうだ。
アリスも真似して岩肌に触れながら朱王の後をついていく。
ここは魔人領であり、元々は隠れながら行動していたはずなのだが、こんなに目立つ行動をしてもいいのだろうかという疑問はある。
しかし同行しているのが北の国の王女であるアリスであれば問題ないだろうというのが朱王の考えだ。
岩肌に触れながら高度を上げていき、滝の落ち口へと近付くにつれ、岩肌の感触に変化が生じ始めた。
ビリビリとした刺激がありながらも岩肌とは違う肌触り。
刺激でわかりづらくもあるが、つるりとした滑らかな表面をしているように思える。
岩の小さな凹凸も映像のようなものなのか、凹み部分には指で触れる事ができない。
魔力感知で見るとやはり魔素は存在せず、ところどころには本物の岩肌が表面に出ているようで淡い光を持つ。
滝の落ち口からは計り知れない程の水量が流れ落ち、上方から覗き込むと真っ暗だがどこかに繋がっているように思える。
魔力感知で覗き込めばその穴の内部では淡い光が確認され、ただの岩の空洞である事が判明した。
朱王は観察をここで終え、今後また調査に来ようとひとまず野営地へと戻っていく。
野営地に戻り、鍋を油で満たして熱を入れる。
下準備して味が染み込んだヒュドラ肉に、レイヒムが邸で用意していた揚げ粉をまぶして油に放り込む。
食欲をそそる香りが野営地だけでなく周囲にも広がるが気にしない。
次から次へとヒュドラ肉を揚げていき、大きな皿に山盛りに積み上げた。
それをまた高温にした油で二度揚げしたら完成だ。
串焼きはすでに串に刺してある為朱王の炎熱で火を通し、塩を振って表面を焼いたら完成だ。
しゃぶしゃぶ用に薄切りにしたヒュドラ肉と、出汁をとった鍋とつけダレを用意する。
テーブルにヒートの魔石をセットし、鍋を置いたら準備は万端。
まだ明るいうちだが各々冷えた酒を手にして乾杯する。
朱雀も見た目は子供でも中身は精霊であり年齢はこの中では誰よりも高いはず。
最初の一杯を一気に飲み干して唐揚げを口に放り込む。
美味い!!
ヒュドラ肉の美味さを知るカミン達もこの唐揚げには箸が止まらない。
串焼きには目もくれずに唐揚げを頬張り続けている。
そしてしゃぶしゃぶを始めるのは朱王だ。
薄切りされたヒュドラ肉は向こう側が透けて見え、表面に浮き出た油がキラキラと輝いてとても綺麗な肉だ。
それを出汁に潜らせて軽く往復させると、真っ白になったヒュドラ肉がまた美味しそう。
つけダレに入れて口に含むとあっさりとした淡白な味ではあるものの、噛むほどに出てくる旨味と心地よい弾力がまた食欲を掻き立てる。
そこに流し込むシュワシュワなお酒、クイースト王国で大量に仕入れてきたリシャスガフも最高だ。
食事を楽しみ、酒を煽って気分が良くなった朱王。
「よーし! 気分もいいし、今日は夜空に向かってカラオケでもしよっか!」
「朱王様? カラオケとはいったい?」
「君達もリルフォンで音楽聴いてるでしょ?」
「ふふ。私はお気に入りの曲なら空で歌えるまで聴き込んでいるぞ」
「いいねアリスさん。それを音楽に合わせて歌うのがカラオケだよ。今機材並べるからみんなでパーッと歌おうよ!」
この夜、魔人領の夜空に朱王達の歌声がこだました。
向かうといってもトビーの丸太小屋からは北へ数百メートル先にあり、そこまではすでに木を根本から斬り倒してあるので走り出してすぐに断崖となる。
しかしこの北の断崖。
朱王の目には異質に映る。
魔族領の北側全てが断崖となっているというが、自然に出来たとしてはその在り方が不自然に思えてならないのだ。
かつてアースガルドの大陸が移動してプレートが捲れ上がったとしてもこのような断崖ができるのだろうか。
それにアースガルドはこの断崖以外にも不思議な点は多い。
魔力という地球にはなかった成分が含まれている事はさておき、地球で暮らしていた自分がここアースガルドに転移しても普通に生きられる事。
生物としての大きさもこのアースガルドに暮らす人間達とはそれ程違いはない。
この事からアースガルドも地球と同規模の星であると考えるべきだろう。
そう考えた場合、アースガルドという世界は驚く程に小さいのではないかと思えてならない。
また、魔人領の東や南はわからないが、海があるのがウェストラル王国側だけというのも不自然だ。
もし仮に飛行装備を使って大きく南下してみたらどうなるのだろうか。
ウェストラルから海へ出て飛び続けたらどこまで海が続いているのか。
魔族領から東へ向かって飛び続けたらどうなるのか、海が存在するのか。
それとも……
この断崖が続いているのか。
アースガルドという世界はまだわからない事は多い。
カミンから聞いていたようにこの断崖は縦にどこまでも続いており、今目の前にこの謎があるのだ。
調べてみたい気持ちは抑えられない。
この断崖を登るついでにその頂を覗いてみようと考えている。
バリウスを断崖につけ、そこからほぼ垂直方向に向かって車の進路を進めて行く。
何もなく数千メートル続いているとしてもバリウスであれば登って行く事ができるはずだ。
さすがに車が垂直に走れるなどとは誰も思っておらず、断崖を進もうという朱王の意見もよくわからないでいたカミン達。
朱王が断崖を行くと言えば意味がわからなくとも「はい」と答えるのがクリムゾンのメンバーなのだ。
しかしそこを言葉通りに断崖を進む、垂直に登り出す事に驚きは隠せない。
カミンは戸惑いながらも周囲にあるものを掴み、後部座席のアリスとセシールは悲鳴をあげているが朱王は構わずアクセルを踏み込む。
ゆっくりと登り出した車は重力が車の下方向に働く為車内はこれまでと変わらないのだが、車体の角度が変わる四十五度までは地面の方向に重力が働いているので戸惑うのも当然だろう。
断崖が崩れてスリップしても走行に支障をきたす為ゆっくりと登って行く。
車内のメーター内に組み込まれている高度計を見ながら進んでいき、1キロを超え、2キロを超えても断崖は続いている。
すでに雲も突き抜けているというのに今もまだ断崖は続き、その頂上は見えて来ない。
ついには高度計は3キロを超え、人間領側からは山脈として見えていた事からやはりこれは異常であると判断する。
カミンと運転を交代し、朱王は断崖を確認するべく車外へと飛び出したが、外から入り込んだ空気は恐ろしく冷たい。
飛行装備を羽ばたかせて上空へと舞い上がる朱王。
肺が凍りつくのではないかと思われる程の冷気に朱王は炎熱を放って空を舞うが、それでも数分も続かない。
酸素の薄さに呼吸も苦しくなり、炎熱を纏った耐寒装備でさえも凍りはじめたところで引き返す事にした。
魔力で強化された状態であれば5千メートル級の山だろうと1万メートル級の山だろうと耐えられなくはないのだが、今ここは5千メートルにも到達しない位置でも空気が薄すぎる。
そしてまだ寒い時期とはいえ、息が瞬時に凍りつき、耐寒装備で耐えられない温度ともなればマイナス八十度をさらに下回るのではないだろうか。
朱王は自分が耐えられる位置まで高度を下げると、リルフォンの熱源感知で断崖を見る。
この位置でも耐寒装備でなければ耐えられない程の寒さだというのに断崖の温度はそれ程低くはない。
これもまたおかしな事だ。
意味はないかもしれないが、ズーム機能を試してみるがやはりただの断崖に見える。
これは…… 普通だろう。
次にナイトスコープ機能。
通常明るいところで使用すると目が焼けてしまうものなのだろうが、朱王の作ったナイトスコープ機能は問題なく使用できる。
単純に断崖にある凹凸の暗い部分が見えるようになるはずだが、何故か見えない。
これもおかしな事だろう。
今度は朱王のリルフォンにしかない機能である透視機能で見てみるも断崖の向こう側は見える事はない。
薄い物でなければ透視する事はできないので、向こう側が見えないとしても不思議ではない。
次に魔力感知で見てみると、その断崖は魔力が全くない事がわかる。
本来全ての物質には魔力の最小物質である魔素が存在し、魔力感知にはその魔素が光となって映し出される事になる。
断崖が見えたままの岸壁であれば極々薄く光を放つはずなのだが、今見ているこの断崖は全く光を持たない。
やはり普通の断崖ではなさそうだ。
触ってみたらどうなるのだろうと、手を当ててみる。
もし凍り付いたとしたら炎熱で溶かすまでだ。
恐る恐るという言葉が朱王に当てはまるかはわからないが、嬉々とした表情で触れてみるとザラリとした表面ではなく突き刺さるような痛みがはしる。
やはりこれは鉱石ではなくこれまで未確認ともなる何か不思議な物質であり、人体には悪影響を及ぼすものではないかと考えられた。
まだまだ朱王の興味は尽きないが、そろそろ寒くなってきたし目的が魔人領へと向かう事である為この日はここまでとする。
本当はここでインフェルノで強化した紅炎の一つも放ちたいところだが、車が落ちていったら堪らないのでやめておく。
髪の毛まで凍り付いた朱王は車へと戻り乗り込む。
「ただいまー。なんかさぁ、普通の断崖じゃないみたい。今後調査しようと思うんだけど…… しばらくは無理かな?」
「魔人領全土との和平が結ばれれば、または朱王様が魔王へとなればすぐにでも可能かと」
「あー、まだまだ先だねぇ」
「我々も尽力致しますゆえ」
「うん。期待してるよ!」
また高度を下げながら北の国へと進路を向ける。
車が高度を下げていく中、朱王は魔力感知を使用しながら外の断崖を見つめていた。
どうやら高度8百メートルあたりで魔力の断崖の質が変わる事が判明。
そこからは真っ直ぐ真横に移動を始めた。
しばらく断崖を進んでいくと遠くから滝の音が聞こえ、斜め下方にゲゼル湖が見えてくる。
断崖への振動もあり、重力の魔石で重さを変えているとはいえ車はある程度の重さがあり近付くのは危険かもしれない。
また高度を落として陸地を走る事にする。
木の隙間が広い場所を選んで陸地に降り、獣道をぬけながらゆっくりとゲゼル湖へと向けて進んでいく。
この周囲であれば以前西の魔人達も多く見られた場所であり、それなりに拓けている為少しは走りやすい。
ガタガタと道を進んでゲゼル湖まで近付くと、目の前には広大な湖と断崖からはとてつもない量の水が流れ落ちている。
その湖と滝の間の道を進むのだが、以前はここでヒュドラに襲われており多少なりとも警戒してしまう。
この滝の大きさは圧巻の一言に尽きるだろう。
朱王も興味深そうにその滝を見つめ、またこの滝の水が噴き出している部分がどうなっているのか気になっているようでソワソワとしている。
この日は滝を過ぎた位置にある断崖の切れ目に野営する予定であり、目的地にさえ到着すれば朱王もまた調査に向かえるので我慢しているようだ。
断崖の切れ目の周囲には木も生えているので、また断崖を垂直移動して向かわかくてはならない。
多少は滝の振動もあるがある程度離れた位置であれば問題ないだろう。
何事もなく断崖の切れ目へと到着し、食料に関しては以前カミン達が冷凍保存したヒュドラの肉があるのでそれを調理する事にした。
車を停めて野営の準備をする間に、辺りに響く滝の轟音が気になる朱王は、車に積んであるミスリル板に能力を付与し、野営地に入ってくる音をシャットアウト。
これで快適に眠る事もできるだろう。
次に朱王とアリスが調理をし始める。
調理などした事もないアリスだが、先日の角煮を食べた事から朱王の調理に興味を示したようだ。
朱王が作るのはヒュドラ肉の唐揚げと串焼きに薄切りにしたヒュドラ肉のしゃぶしゃぶと、宴会するつもりで料理をする。
今夜も間違いなく酒盛りをするのだろう。
アリスにも料理を教えながら下準備だけ済ませた朱王は、飛行装備を展開して滝の観察に向かう。
岩肌をペタペタと触りながら進んでいく朱王は何故か楽しそうだ。
アリスも真似して岩肌に触れながら朱王の後をついていく。
ここは魔人領であり、元々は隠れながら行動していたはずなのだが、こんなに目立つ行動をしてもいいのだろうかという疑問はある。
しかし同行しているのが北の国の王女であるアリスであれば問題ないだろうというのが朱王の考えだ。
岩肌に触れながら高度を上げていき、滝の落ち口へと近付くにつれ、岩肌の感触に変化が生じ始めた。
ビリビリとした刺激がありながらも岩肌とは違う肌触り。
刺激でわかりづらくもあるが、つるりとした滑らかな表面をしているように思える。
岩の小さな凹凸も映像のようなものなのか、凹み部分には指で触れる事ができない。
魔力感知で見るとやはり魔素は存在せず、ところどころには本物の岩肌が表面に出ているようで淡い光を持つ。
滝の落ち口からは計り知れない程の水量が流れ落ち、上方から覗き込むと真っ暗だがどこかに繋がっているように思える。
魔力感知で覗き込めばその穴の内部では淡い光が確認され、ただの岩の空洞である事が判明した。
朱王は観察をここで終え、今後また調査に来ようとひとまず野営地へと戻っていく。
野営地に戻り、鍋を油で満たして熱を入れる。
下準備して味が染み込んだヒュドラ肉に、レイヒムが邸で用意していた揚げ粉をまぶして油に放り込む。
食欲をそそる香りが野営地だけでなく周囲にも広がるが気にしない。
次から次へとヒュドラ肉を揚げていき、大きな皿に山盛りに積み上げた。
それをまた高温にした油で二度揚げしたら完成だ。
串焼きはすでに串に刺してある為朱王の炎熱で火を通し、塩を振って表面を焼いたら完成だ。
しゃぶしゃぶ用に薄切りにしたヒュドラ肉と、出汁をとった鍋とつけダレを用意する。
テーブルにヒートの魔石をセットし、鍋を置いたら準備は万端。
まだ明るいうちだが各々冷えた酒を手にして乾杯する。
朱雀も見た目は子供でも中身は精霊であり年齢はこの中では誰よりも高いはず。
最初の一杯を一気に飲み干して唐揚げを口に放り込む。
美味い!!
ヒュドラ肉の美味さを知るカミン達もこの唐揚げには箸が止まらない。
串焼きには目もくれずに唐揚げを頬張り続けている。
そしてしゃぶしゃぶを始めるのは朱王だ。
薄切りされたヒュドラ肉は向こう側が透けて見え、表面に浮き出た油がキラキラと輝いてとても綺麗な肉だ。
それを出汁に潜らせて軽く往復させると、真っ白になったヒュドラ肉がまた美味しそう。
つけダレに入れて口に含むとあっさりとした淡白な味ではあるものの、噛むほどに出てくる旨味と心地よい弾力がまた食欲を掻き立てる。
そこに流し込むシュワシュワなお酒、クイースト王国で大量に仕入れてきたリシャスガフも最高だ。
食事を楽しみ、酒を煽って気分が良くなった朱王。
「よーし! 気分もいいし、今日は夜空に向かってカラオケでもしよっか!」
「朱王様? カラオケとはいったい?」
「君達もリルフォンで音楽聴いてるでしょ?」
「ふふ。私はお気に入りの曲なら空で歌えるまで聴き込んでいるぞ」
「いいねアリスさん。それを音楽に合わせて歌うのがカラオケだよ。今機材並べるからみんなでパーッと歌おうよ!」
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