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ウェストラル王国編
163 絶景
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ノーリス王国に来てから一ヶ月と少し。
途中ヴァイス・エマでの訓練などもあったが、この高地にある国からウェストラル王国に向けて出発だ。
新たなパーティーメンバーとしてエレクトラ王女を連れ、朱雀を含めた八人での旅を再開する。
運転席に朱王、いつものように左右の助手席には千尋と蒼真が乗り込む。
二列目席にはリゼとアイリ、朱雀が座り、三列目席にミリー、そしてエレクトラが乗る予定だ。
エレクトラは出発前の一晩を家族で過ごしてもらった為、王宮前で乗せて行く事になっている。
三列目を使用するので、車には積載トレーラーを取り付けてある。
朱王が設計し、ムルシエに頼んで作らせた物だ。
トレーラーの中に入っている荷物の半分はお土産として買った大量のお菓子だったりする。
朝六時と出発の時間は早い。
陽はまだ登っておらず、辺りは薄暗い中での出発となる。
全員車に乗り込んで、見送りのムルシエやクリムゾン幹部達と別れの挨拶をする。
「いってらっしゃいませ。またお越し頂ける日を楽しみにしております」
「うん、三ヶ月後にはまた来るから! じゃあみんな元気で! またねー」
「「「「いってらっしゃいませ!」」」」
車を走らせて王宮前にエレクトラを迎えに行く。
車に気付いて手を振るエレクトラと、国王と王妃が車を見て驚愕の表情をしている。
国王も王妃も朱王の車を見るのは初めてだった為、驚くのも当然だろう。
「お待ちしてました皆さん!」
「ほ、本当にこのような鉄の塊が走るとは……」
「驚きですわね……」
三人に挨拶を交わしつつ、エレクトラを預かる事を安心するようにと伝える。
国王も王妃も蒼真に対して異様に感じる程よろしく頼むと言い続けていたが。
車の二列目席に乗り込んだエレクトラは窓を開けて別れを告げる。
「行って参ります。お父様、お母様。リルフォンで毎日連絡しますね!」
「その目で世界を見てしっかりと勉強してくるのだ」
「体には気を付けるのよ!」
「お母様もお父様もお元気で!!」
エレクトラの挨拶と同時に車を発進させる朱王。
二人が見えなくなるまで車から身を乗り出して手を振るエレクトラと、走りながら手を振る国王と王妃だった。
その後飛行装備で空から見送る二人だったが。
王国騎士訓練場へ繋がる道には、聖騎士と上位騎士達が立ち並んで車が通るのを待っていたようだ。
「皆様! 道中お気をつけて! 敬礼!!」
「「「「「行ってらっしゃいませ!!」」」」」
聖騎士長カルラの掛け声に合わせて全員で敬礼する聖騎士と上位騎士達。
数百人の騎士達が敬礼する道を進むのは気恥ずかしさもあるが、地球で見たまるで天皇でもあるかのように笑顔で手を振り続けてみた一行。
そして訓練場の方からは空に向けて火属性魔法が複数放たれている。
魔法による花火みたいなものだろうか。
それを見てウルウルと涙を流すエレクトラだった。
市民街を通過する際には、朱雀行きつけのポテッツ屋に寄ってじゃがバターを購入。
朝早くから開いている店だが、普段から朝食用に蒸しポテッツは販売されている。
朱雀も店主に別れの言葉を告げて、元気でなとたくさんのポテッツももらっていた。
他にも朱雀が通っていた店の店主達が顔を出し、トレーラーの荷台にお土産にといろいろと積んでくれた。
旅行、観光としノーリス王国を最も楽しんでいたのは朱雀かもしれない。
市民街を抜けて田園地帯を疾走し、以前来た道を進んでいく。
エレクトラと共にベアトロル討伐に来た森林地帯を抜けてすぐに下り坂となる。
ここも以前通ったゼス王国へと繋がる道だ。
そのまま坂道を下って行くと、眼下に広がるのは薄い雲が広がる雲海。
雲の中に突入する。
以前来た時よりも薄い雲だが、車の特殊機能で雲を飛ばしながら道を進む。
道行く人はいるはずもないが、油断すると崖から落ちてしまう可能性もある為慎重に。
薄い雲を抜けるとやはり辺り一面雪景色。
スタッドレスタイヤなどは履いていないが、舗装路のないアースガルド仕様にと、ブロックを大きく溝の深いタイヤを履いている。
氷には対応していないものの、雪の上であれば問題なく走行する事が可能だ。
さらに重力の魔石による軽量化で、新雪の上でも沈む事はない。
この白銀の世界を予想していた朱王も、道無き道を走行するのは危険である為慎重に運転する。
慎重に運転しているはずだが実は60キロ以上出ている。
真っ白く覆われた世界を疾走するので速度が出ている感じは全くしないのだが。
そして雲を抜けたにもかかわらず、再び前方に雲海が見えている。
そのまま速度を落とす事なく走り進み、薄い雲と眼下に広がる雲海の中程までたどり着いた頃には日が昇り始めた。
「外は寒いけど景色を見ない? こんな景色はそうそう見られるもんじゃないよ!」
「もう車内から見てもすごいぞ。早く出よう」
「リゼ、外の雪を固めてー」
リッカとシズクの魔法で車の周囲の雪を圧縮させて、全員帽子を被って外に出る。
そこには自然が生み出した奇跡の光景があった。
世界の全てを覆い尽くすかと思える程の雲が、少しずつ登り出した太陽の光を受けて躍動感ある陰影を生み出している。
空に浮かぶ雲と眼下に広がる雲の絨毯が赤く染まり、雲の厚みから生まれる陰影がこの世のものとは思えない程に幻想的に映る。
言葉を発する事も忘れる程の景色がその目に焼き付けられる。
その美しい光景にエレクトラは涙を流している事さえ気付いていない。
エレクトラと手を繋ぐミリーも言葉は出ない。
ただひたすらに圧倒的とも言える景色を見つめている。
朱王もミリーの横に立ち、エレクトラやミリーの表情を見てからまた景色を堪能している。
嬉しそうに景色を見つめる千尋に腕を組むリゼ。
その景色と千尋の表情を記憶に、心に思い出として焼き付ける。
蒼真はこの光景に何を思うのか。
目の前にある世界の美しさを感じ、赤く輝く雲海を言葉もなくただ見つめている。
美しい光景を蒼真の背中越しに見つめるアイリの目にも涙が浮かぶ。
そんなアイリの手を取って笑顔を見せる朱雀。
アイリが微笑み返した事で朱雀もまた景色を楽しむ。
陽が空の雲より高くなるまでそう時間はかからなかったが、心に響く景色が余韻として残る。
景色を見終えても涙が止まらないエレクトラとアイリだった。
「最高だったね! 今自分がここにいる事がすっごく嬉しいよ!」
「ああ、そうだな…… 本当にそうだ」
見つめ合う千尋と蒼真は、お互いに隣にいるのが当たり前と感じて笑ってしまう。
涙を流すエレクトラとアイリを宥めるリゼやミリーも目に涙を溜めている。
やはり景色には力がある。
誰もがこの奇跡とも言える光景を、仲間と共に過ごした忘れられない思い出として残るだろう。
涙を拭い、落ち着きを取り戻した女性陣。
車に乗り込んでまた出発だ。
車内に入ってすぐに全員分のコーヒーを淹れて温まり、朱王は車を走らせ、後部座席では映画を再生。
女性陣に感動はどうしたとツッこみたくなるところだが、楽しそうだし放っておこう。
再び雲を抜けるとわずかではあるが雪が降っており、陽が昇った事で少し明るくなった雪景色を走り進む。
「そうだ。ウェストラルまでは一日で行けないから、途中の海沿いの街シェルベンスに泊まるよ」
「おお!! アースガルドで初めての海だね!」
「海鮮料理が楽しみだな!」
「シェルベンスはすっごく綺麗な街だから三泊くらい考えてるけどいいかな?」
「うんっ。景色も楽しみたいよねー!」
シェルベンスに三泊となれば観光するのは二日だけ。
クエストを受けられるか微妙なところだ。
それでも元々が観光を目的とした旅なのだし、クエストを考える事自体必要ないのだが。
山道を下ってしばらくすると、左に逸れる道がある。
それでも雪で覆われている為道とは言えないのだが。
左へと進む方向を変えてまた走り出す。
途中メルヴィンに作ってもらった弁当を食べ、山道を登り降りしながら道無き道を進んで行く。
そして十四時を過ぎた頃、山の景色がまた姿を変える。
雲は晴れ渡り、山々を照らす光が白銀の世界を眩しく映し出す。
降り積もった雪も浅くなり、聳える木々は真っ白な衣装を纏った樹氷となって美しく輝いている。
ここでも車を降りて景色を楽しむ。
青い空と眩しい太陽。
そして樹氷による影が青く伸び、白と青のコントラストが美しい。
「綺麗だな。今日二度目の感動の景色だ」
「樹氷なんて初めて見るもんね! すっげー空も青いし最っぶふっ!!」
嬉しそうに樹氷を見つめる千尋に、ミリーとリゼの雪玉が炸裂する。
蒼真に当たろうとした雪玉はランが弾いている。
「千尋に当たったわ!」
「あっはっはっ! 雪まみれですよリぶふぇっ!!」
「ミリーも隙だらけじゃぞー」
「雪合戦でもする?」
「ぬぉぉぉぉお!! 男共め! 女の強さを思い知らせてあげます!!」
「望むとぐおっ!?」
「蒼真さんに当たりましたよ!」
エレクトラの雪玉はランの風の妨害を打ち消して蒼真に炸裂。
「ぶははっ! 蒼真もまだまだじゃぬぐぉっ!?」
「朱雀も隙だらけですよ!」
アイリも蒼真を笑う朱雀に雪玉を浴びせる。
嬉しそうに喜び合う女性陣に手加減の必要はないだろう。
そこから一時間程雪合戦を楽しんだ。
雪合戦ですっかり体が冷えた一行は、車に乗り込んで震えながらコーヒーを淹れてまた温まる。
少し温まったら再び車を走らせる。
雪で覆われた道とはいえ、積雪量もだいぶ少なくなっているので千尋と運転を交代。
蒼真は早起きしたせいでちょっとだけ昼寝をする。
天気のいい日の雪道走行はとても眩しく、以前購入したサングラスが役に立つ。
寝ている蒼真にもサングラスを掛けさせて車を走らせた。
遠くに海が見えてきたところで蒼真を起こし、景色のいい場所まで車を走らせて停車。
少しだけ景色を楽しんで、蒼真と千尋が運転を交代して車を走らせる。
蒼真が運転を始めて程なくして積雪もなくなり、吹き付ける風は冷たいが大地の山道を走り進める。
右は左へと曲がりながら山道を下って行き、街道となる広い道を進みながらシェルベンスを目指す。
山道が終わった頃には時刻も十七時を過ぎて陽が沈みそう。
街道をそのまま海に向かって車を進めると五分程でシェルベンスの街に到着した。
車を見て驚愕する街の人達を掻き分けて、車を預ける為に大きな宿へと向かう。
シェルベンス最大の宿に泊まる事とし、受付にお願いして小屋に車を停めさせてもらう。
一人部屋でも宿泊費一泊7万リラの高級宿だが、お風呂に湯船はなくシャワーのみとの事。
それでも綺麗な建物に美しい調度品が高級宿らしい作りを演出している。
男性用に三人部屋、女性用に二人部屋を二部屋借りて、三泊分の料金を支払った。
宿の部屋に必要な荷物を運んだ頃には十八時に少し前。
この日は宿の夕食を楽しみ、海沿いならではの海鮮料理に舌鼓を打った。
久しぶりの新鮮な魚介料理に千尋や蒼真、リゼも朱王も嬉しそう。
お酒も注文して盛り上がる。
ミリーやアイリ、エレクトラと朱雀は海鮮料理はほとんど食べた事がない。
ふっくらとした淡水魚とは違う、弾力のある魚を食べるのも初めてだし、生魚を食べるのも初めてだ。
サクサク、コリコリ、ふっくらとした貝類も美味しく、あれもこれもと様々な魚介料理を堪能していた。
普段は肉をよく食べているが、魚介も美味しいととても満足そうだ。
途中ヴァイス・エマでの訓練などもあったが、この高地にある国からウェストラル王国に向けて出発だ。
新たなパーティーメンバーとしてエレクトラ王女を連れ、朱雀を含めた八人での旅を再開する。
運転席に朱王、いつものように左右の助手席には千尋と蒼真が乗り込む。
二列目席にはリゼとアイリ、朱雀が座り、三列目席にミリー、そしてエレクトラが乗る予定だ。
エレクトラは出発前の一晩を家族で過ごしてもらった為、王宮前で乗せて行く事になっている。
三列目を使用するので、車には積載トレーラーを取り付けてある。
朱王が設計し、ムルシエに頼んで作らせた物だ。
トレーラーの中に入っている荷物の半分はお土産として買った大量のお菓子だったりする。
朝六時と出発の時間は早い。
陽はまだ登っておらず、辺りは薄暗い中での出発となる。
全員車に乗り込んで、見送りのムルシエやクリムゾン幹部達と別れの挨拶をする。
「いってらっしゃいませ。またお越し頂ける日を楽しみにしております」
「うん、三ヶ月後にはまた来るから! じゃあみんな元気で! またねー」
「「「「いってらっしゃいませ!」」」」
車を走らせて王宮前にエレクトラを迎えに行く。
車に気付いて手を振るエレクトラと、国王と王妃が車を見て驚愕の表情をしている。
国王も王妃も朱王の車を見るのは初めてだった為、驚くのも当然だろう。
「お待ちしてました皆さん!」
「ほ、本当にこのような鉄の塊が走るとは……」
「驚きですわね……」
三人に挨拶を交わしつつ、エレクトラを預かる事を安心するようにと伝える。
国王も王妃も蒼真に対して異様に感じる程よろしく頼むと言い続けていたが。
車の二列目席に乗り込んだエレクトラは窓を開けて別れを告げる。
「行って参ります。お父様、お母様。リルフォンで毎日連絡しますね!」
「その目で世界を見てしっかりと勉強してくるのだ」
「体には気を付けるのよ!」
「お母様もお父様もお元気で!!」
エレクトラの挨拶と同時に車を発進させる朱王。
二人が見えなくなるまで車から身を乗り出して手を振るエレクトラと、走りながら手を振る国王と王妃だった。
その後飛行装備で空から見送る二人だったが。
王国騎士訓練場へ繋がる道には、聖騎士と上位騎士達が立ち並んで車が通るのを待っていたようだ。
「皆様! 道中お気をつけて! 敬礼!!」
「「「「「行ってらっしゃいませ!!」」」」」
聖騎士長カルラの掛け声に合わせて全員で敬礼する聖騎士と上位騎士達。
数百人の騎士達が敬礼する道を進むのは気恥ずかしさもあるが、地球で見たまるで天皇でもあるかのように笑顔で手を振り続けてみた一行。
そして訓練場の方からは空に向けて火属性魔法が複数放たれている。
魔法による花火みたいなものだろうか。
それを見てウルウルと涙を流すエレクトラだった。
市民街を通過する際には、朱雀行きつけのポテッツ屋に寄ってじゃがバターを購入。
朝早くから開いている店だが、普段から朝食用に蒸しポテッツは販売されている。
朱雀も店主に別れの言葉を告げて、元気でなとたくさんのポテッツももらっていた。
他にも朱雀が通っていた店の店主達が顔を出し、トレーラーの荷台にお土産にといろいろと積んでくれた。
旅行、観光としノーリス王国を最も楽しんでいたのは朱雀かもしれない。
市民街を抜けて田園地帯を疾走し、以前来た道を進んでいく。
エレクトラと共にベアトロル討伐に来た森林地帯を抜けてすぐに下り坂となる。
ここも以前通ったゼス王国へと繋がる道だ。
そのまま坂道を下って行くと、眼下に広がるのは薄い雲が広がる雲海。
雲の中に突入する。
以前来た時よりも薄い雲だが、車の特殊機能で雲を飛ばしながら道を進む。
道行く人はいるはずもないが、油断すると崖から落ちてしまう可能性もある為慎重に。
薄い雲を抜けるとやはり辺り一面雪景色。
スタッドレスタイヤなどは履いていないが、舗装路のないアースガルド仕様にと、ブロックを大きく溝の深いタイヤを履いている。
氷には対応していないものの、雪の上であれば問題なく走行する事が可能だ。
さらに重力の魔石による軽量化で、新雪の上でも沈む事はない。
この白銀の世界を予想していた朱王も、道無き道を走行するのは危険である為慎重に運転する。
慎重に運転しているはずだが実は60キロ以上出ている。
真っ白く覆われた世界を疾走するので速度が出ている感じは全くしないのだが。
そして雲を抜けたにもかかわらず、再び前方に雲海が見えている。
そのまま速度を落とす事なく走り進み、薄い雲と眼下に広がる雲海の中程までたどり着いた頃には日が昇り始めた。
「外は寒いけど景色を見ない? こんな景色はそうそう見られるもんじゃないよ!」
「もう車内から見てもすごいぞ。早く出よう」
「リゼ、外の雪を固めてー」
リッカとシズクの魔法で車の周囲の雪を圧縮させて、全員帽子を被って外に出る。
そこには自然が生み出した奇跡の光景があった。
世界の全てを覆い尽くすかと思える程の雲が、少しずつ登り出した太陽の光を受けて躍動感ある陰影を生み出している。
空に浮かぶ雲と眼下に広がる雲の絨毯が赤く染まり、雲の厚みから生まれる陰影がこの世のものとは思えない程に幻想的に映る。
言葉を発する事も忘れる程の景色がその目に焼き付けられる。
その美しい光景にエレクトラは涙を流している事さえ気付いていない。
エレクトラと手を繋ぐミリーも言葉は出ない。
ただひたすらに圧倒的とも言える景色を見つめている。
朱王もミリーの横に立ち、エレクトラやミリーの表情を見てからまた景色を堪能している。
嬉しそうに景色を見つめる千尋に腕を組むリゼ。
その景色と千尋の表情を記憶に、心に思い出として焼き付ける。
蒼真はこの光景に何を思うのか。
目の前にある世界の美しさを感じ、赤く輝く雲海を言葉もなくただ見つめている。
美しい光景を蒼真の背中越しに見つめるアイリの目にも涙が浮かぶ。
そんなアイリの手を取って笑顔を見せる朱雀。
アイリが微笑み返した事で朱雀もまた景色を楽しむ。
陽が空の雲より高くなるまでそう時間はかからなかったが、心に響く景色が余韻として残る。
景色を見終えても涙が止まらないエレクトラとアイリだった。
「最高だったね! 今自分がここにいる事がすっごく嬉しいよ!」
「ああ、そうだな…… 本当にそうだ」
見つめ合う千尋と蒼真は、お互いに隣にいるのが当たり前と感じて笑ってしまう。
涙を流すエレクトラとアイリを宥めるリゼやミリーも目に涙を溜めている。
やはり景色には力がある。
誰もがこの奇跡とも言える光景を、仲間と共に過ごした忘れられない思い出として残るだろう。
涙を拭い、落ち着きを取り戻した女性陣。
車に乗り込んでまた出発だ。
車内に入ってすぐに全員分のコーヒーを淹れて温まり、朱王は車を走らせ、後部座席では映画を再生。
女性陣に感動はどうしたとツッこみたくなるところだが、楽しそうだし放っておこう。
再び雲を抜けるとわずかではあるが雪が降っており、陽が昇った事で少し明るくなった雪景色を走り進む。
「そうだ。ウェストラルまでは一日で行けないから、途中の海沿いの街シェルベンスに泊まるよ」
「おお!! アースガルドで初めての海だね!」
「海鮮料理が楽しみだな!」
「シェルベンスはすっごく綺麗な街だから三泊くらい考えてるけどいいかな?」
「うんっ。景色も楽しみたいよねー!」
シェルベンスに三泊となれば観光するのは二日だけ。
クエストを受けられるか微妙なところだ。
それでも元々が観光を目的とした旅なのだし、クエストを考える事自体必要ないのだが。
山道を下ってしばらくすると、左に逸れる道がある。
それでも雪で覆われている為道とは言えないのだが。
左へと進む方向を変えてまた走り出す。
途中メルヴィンに作ってもらった弁当を食べ、山道を登り降りしながら道無き道を進んで行く。
そして十四時を過ぎた頃、山の景色がまた姿を変える。
雲は晴れ渡り、山々を照らす光が白銀の世界を眩しく映し出す。
降り積もった雪も浅くなり、聳える木々は真っ白な衣装を纏った樹氷となって美しく輝いている。
ここでも車を降りて景色を楽しむ。
青い空と眩しい太陽。
そして樹氷による影が青く伸び、白と青のコントラストが美しい。
「綺麗だな。今日二度目の感動の景色だ」
「樹氷なんて初めて見るもんね! すっげー空も青いし最っぶふっ!!」
嬉しそうに樹氷を見つめる千尋に、ミリーとリゼの雪玉が炸裂する。
蒼真に当たろうとした雪玉はランが弾いている。
「千尋に当たったわ!」
「あっはっはっ! 雪まみれですよリぶふぇっ!!」
「ミリーも隙だらけじゃぞー」
「雪合戦でもする?」
「ぬぉぉぉぉお!! 男共め! 女の強さを思い知らせてあげます!!」
「望むとぐおっ!?」
「蒼真さんに当たりましたよ!」
エレクトラの雪玉はランの風の妨害を打ち消して蒼真に炸裂。
「ぶははっ! 蒼真もまだまだじゃぬぐぉっ!?」
「朱雀も隙だらけですよ!」
アイリも蒼真を笑う朱雀に雪玉を浴びせる。
嬉しそうに喜び合う女性陣に手加減の必要はないだろう。
そこから一時間程雪合戦を楽しんだ。
雪合戦ですっかり体が冷えた一行は、車に乗り込んで震えながらコーヒーを淹れてまた温まる。
少し温まったら再び車を走らせる。
雪で覆われた道とはいえ、積雪量もだいぶ少なくなっているので千尋と運転を交代。
蒼真は早起きしたせいでちょっとだけ昼寝をする。
天気のいい日の雪道走行はとても眩しく、以前購入したサングラスが役に立つ。
寝ている蒼真にもサングラスを掛けさせて車を走らせた。
遠くに海が見えてきたところで蒼真を起こし、景色のいい場所まで車を走らせて停車。
少しだけ景色を楽しんで、蒼真と千尋が運転を交代して車を走らせる。
蒼真が運転を始めて程なくして積雪もなくなり、吹き付ける風は冷たいが大地の山道を走り進める。
右は左へと曲がりながら山道を下って行き、街道となる広い道を進みながらシェルベンスを目指す。
山道が終わった頃には時刻も十七時を過ぎて陽が沈みそう。
街道をそのまま海に向かって車を進めると五分程でシェルベンスの街に到着した。
車を見て驚愕する街の人達を掻き分けて、車を預ける為に大きな宿へと向かう。
シェルベンス最大の宿に泊まる事とし、受付にお願いして小屋に車を停めさせてもらう。
一人部屋でも宿泊費一泊7万リラの高級宿だが、お風呂に湯船はなくシャワーのみとの事。
それでも綺麗な建物に美しい調度品が高級宿らしい作りを演出している。
男性用に三人部屋、女性用に二人部屋を二部屋借りて、三泊分の料金を支払った。
宿の部屋に必要な荷物を運んだ頃には十八時に少し前。
この日は宿の夕食を楽しみ、海沿いならではの海鮮料理に舌鼓を打った。
久しぶりの新鮮な魚介料理に千尋や蒼真、リゼも朱王も嬉しそう。
お酒も注文して盛り上がる。
ミリーやアイリ、エレクトラと朱雀は海鮮料理はほとんど食べた事がない。
ふっくらとした淡水魚とは違う、弾力のある魚を食べるのも初めてだし、生魚を食べるのも初めてだ。
サクサク、コリコリ、ふっくらとした貝類も美味しく、あれもこれもと様々な魚介料理を堪能していた。
普段は肉をよく食べているが、魚介も美味しいととても満足そうだ。
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