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クイースト王国編
103 悪夢
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魔力が尽き、体も思うように動かない千尋達。
それでもなお諦めはしない。
魔族を睨みつけ、手に剣を握りしめる。
サディアスの命令によって、魔族は死に損ないの人間を甚振るだけ。
剣を鞘に納めて歩み寄る。
まともに立てないリゼとアイリを必死に守ろうとする千尋と蒼真。
千尋は剣も体外魔力球も残っていない為、素手で構えて魔族の攻撃に備える。
蒼真は回復したばかりの右腕が上がらずに、左腕で刀を構える。
リゼはルシファーの固定すら困難な状態だ。
ルシファーを杖にして立ち上がるが、固定が解除されてまた地面に膝をつく。
アイリも左のソラスで体を支え、右手のクラウを構えるが膝が笑う。
満身創痍の千尋達に一歩ずつ魔族は近付いてくる。
サディアスは不思議そうに千尋達を見据える。
この状況で何故絶望に怯えないのか。
殺さないでくれと命乞いはしないのか。
人間とは脆弱な生き物のはず。
他の誰かを犠牲にしてでも生き残りたいと思わないのか。
甚振れば命乞いをするのだろうか。
ただそれだけ。
それだけを確かめたくて甚振るよう指示を出した。
魔力が尽きかけたミリーは、意識が朦朧とする中その光景をジッと見つめる。
しかし絶望の中に笑顔を溢すミリー。
いったい何を見ているのか……
魔族の男が千尋に拳を振り上げた瞬間。
「ジャスト、一分だ」
全員がガシャンッとガラスが割れるかのように世界が崩れ去る錯覚に捉われる。
そしてそこに立つのはもちろん……
緋咲朱王その人だ。
「悪夢は見れたかい? …… ふふふっ。言っちゃった」
「なっ!? テメーは殺したはずだろ!?」
「うん。完全に不意を突かれたから危なかったよ。咄嗟に幻術を発動したけど上手くいったね!」
「ああ!? 幻術だと!?」
「私もデヴィルにとどめを刺そうと思って防御の魔力を攻撃に回してたからね。幻術の発動条件が満たされてたから何とか成功したよ」
朱王の言う発動条件。
朱王の知覚できる範囲内の全ての生物が自分に意識を向けている事だ。
それでも朱王は完全に隙を突かれてしまい、魔族の攻撃を全て受けてしまった。
致命傷と言える程の傷を受けてしまった為、ここまで出てくる事ができなかったのだ。
「朱王。一分どころか十分以上経っとるぞー!」
ジュースをストローで飲みながら近付いてくる朱雀。
「あはは。一分っていうのはちょっと言ってみたかっただけだよ。そう言う朱雀は今まで何してたの?」
「我は皆が戦っとる間マカルォンを食べてたのじゃ。美味かったぞー」
千尋達が苦戦する中、ずっとお菓子を食べ続けていたようだ。
まぁ朱雀が戦闘に参加すれば、朱王が生きている事がバレたかもしれないが。
「朱王…… 朱王! やっぱり生きてましたね!」
気力を振り絞って朱王に声をかけるミリー。
「やぁミリー。心配かけたね。皆んなも無事…… ではなさそうだけど生きて良かった」
「なんだよ朱王さん!! 超心配したのに!!」
「くぅ…… この状況で小ネタを挟んでくるとは……」
「やはり朱王様は死ぬはずがありません!」
「ただの化け物じゃないのがタチ悪いわよね」
まだ魔族達がいるのにもかかわらず、朱王を見て安心しきる千尋達。
魔族達は剣を抜いて朱王に向ける。
「何勝った気でいるんだよ。さっきのテメーの傷は確かなものだ。黙って隠れてりゃテメーだけ生き残れたのによぉ。その傷を負ったテメーがオレに勝てると思ってんのか!?」
サディアスも剣を抜いて構える。
魔力を練り、炎を纏って朱王に剣を向ける。
「まぁ確かにこの怪我はまずいよね。このままだと死んじゃうかもしれないけど、ヴリトラの表皮で塞いでるから今はまだ大丈夫かなー。それより君、サディアスだっけ? 魔貴族がそっちから来てくれるとは嬉しいよ。その力を確かめるいい機会だ」
朱王も魔力を練って火炎を放つ。
「サディアス様の力を確かめるだと? 怪我を負った人間風情が…… 軍団長である我々がとどめを刺してくれる!」
かませ犬のようなセリフを吐いた魔族の男。
軍団長四人が魔力を練り、炎や風を纏って取り囲む。
「一応聞こうか。君達は私の敵か?」
「当然だろう!」と右袈裟に斬り掛かる魔族の男。
朱王は左逆袈裟に朱雀丸を振るい、魔族の男を剣ごと叩き斬る。
一瞬で間合いを詰めた朱王は、魔族の女の背後からもう一度問う。
「私は魔族とも敵対する事を望んではいない。それでも君は私の敵となるかい?」
「魔族と人間は相容れぬ存在だ!」
魔族の女が言うと同時に三人で襲い掛かる。
朱王は残念だと感じながら刀を振るう。
容赦ない朱王の斬撃が、一撃の下に魔族三人を斬り伏せる。
残るは魔貴族のサディアスのみ。
「さすがデヴィルとやり合うだけはあるな。それでもオレには勝てねーぞ」
朱王をも上回る魔力を放つサディアス。
豪炎を纏って剣を構える。
朱王も下級魔方陣ファイアを発動し、刀を右に構える。
サディアスの右袈裟の斬撃と朱王の右薙ぎの斬撃が交錯する。
サディアスの赤い豪炎と朱王の緑色の豪炎。
お互いに相殺し合い、そこから剣戟を重ね合う。
全ての斬撃が必殺の威力。
朱王の刀を正面から受け止め、受け流し、そして躱す。
サディアスの剣術は一流と言える。
さらにその放出する魔力はこれまで感じた事がない程に強大だ。
デヴィルとさえ戦えるであろうサディアスの強さ。
朱王の豪炎はサディアスの豪炎にも負けない威力を持つが、手負いの朱王は十全に力を発揮できない状態だ。
朱王の刀を弾いて攻勢に出るサディアス。
休む事なく斬り込まれるサディアスの斬撃に、朱王はひたすら耐え凌ぐ。
しかしここでサディアスは違和感を覚える。
サディアスは知っている。
最初に見た朱王の戦いを。
しばらく防御し続けていた朱王が、デヴィルを圧倒し始めた事を。
それは今この状況も同じではないのか?
朱王の力が読めない。
このまま剣で戦う事は危険。
そう判断したサディアスは、全力の豪炎で朱王を弾いて距離をとる。
「仕方がねー。本気でやってやろうじゃねーか」
サディアスが魔力を練り、呪文を唱え始める。
初めて見る事になる魔貴族の本気。
朱王は嬉しそうにサディアスの準備が整うのを待つ。
放つ魔力が増大し、全身を炎の鱗を纏う。
背中からは炎を放出し、背後からは尾が生えた。
さらに腰に巻いていた腰布を大きく広げて翼とする。
まるで竜人の如き様相となったサディアス。
「テメー等も飛行装備を持ってたよなぁ。オレは久し振りの本気だ。空中戦でもやろうじゃねーか」
「いいね! 全力で来てくれると嬉しいよ!!」
魔貴族の本気だというのに嬉しそうにする朱王。
翼を広げて空へと飛翔する。
サディアスも朱王を追って空へと舞い上がる。
空中浮揚する朱王とサディアス。
お互いに構えて向かい合う。
サディアスの背中の炎が噴き上がるとともに加速。
朱王との距離を一気に縮める。
朱王も同時に翼を羽ばたかせてサディアスへと向かう。
すれ違いざまに剣と刀が交錯する。
サディアスの高速の飛翔と超高火力の豪炎の斬撃。
朱王はそのサディアスを上回る速度で飛翔し、急旋回、そして豪炎の乗った強く重い斬撃を放つ。
威力で勝るサディアスに対し、速度で勝る朱王。
サディアスの攻撃は全て受け流され、朱王の予測と操作がサディアスの攻撃を確定させていく。
時間を追うごとに増えていく朱王の反撃。
その攻撃力がサディアスの一撃に匹敵する。
サディアスの攻撃を確定させる事で、次第に防御から攻撃に回す魔力を増大させていく朱王。
サディアスもそれに気付いたのか、剣での攻撃に加えて魔法を連続して放つ。
その魔法一つ一つが大魔法と呼べるほどの威力を持つ。
しかしそれもサディアスの攻撃手段を一手増やしたに過ぎない。
動作の確定されたサディアスは朱王の意のままに剣を振るう。
サディアスを払い除けて斬り裂くだけで、全ての魔法は霧散する。
全力で振るわれるサディアスの剣戟、次から次へと放たれる魔法、その全てが朱王の刀一振りで遇らわれてしまう。
膨大な魔力を有するサディアスは、一発の魔法に使用する魔力量も少なくはない。
数千、数万という剣戟に加えて数百の魔法を発動し続け、その魔力も次第に減少していく。
そして朱王の反撃がサディアスの体を捉える。
その一撃がサディアスの腹を斬り裂き、朱王の放つ豪炎が傷を灼く。
炎の魔人と化したサディアスは自分の炎で相殺するが、その焼けた傷口は簡単には塞がらない。
大量の血を吐き、息を荒げながらも朱王に向かって剣を構える。
「畜生!! たかが人間如きがぁぁ!!」
息を荒げ、声も荒げて怒鳴りつけるサディアス。
額からは脂汗を流し、その表情にも余裕はない。
「君もたかが魔人族、たかが魔貴族でしょ? 私から言わせれば魔人族も人間族もそれ程違いはないよ。違いがあるとすれば他人への想いが希薄なのが魔人族。他人への想いが強いのが人間族ってとこかな。でも魔人族にも忠誠心というものがあるだろう? それは他人への想いと同じ事だと思うけどね」
「うるせー!! テメーをぶっ潰してテメーの目の前で仲間全員殺してやる!!」
傷口を塞ぐ事を諦め、魔力を高めるサディアス。
「そうか。じゃあ私の全力を持って君を殺すよ」
朱王は上級魔方陣インフェルノを発動。
サディアスの放出する魔力を優に超える魔力。
紅蓮の焔を纏った朱王。
サディアスは勝機がない事を悟りつつも朱王に挑む。
翼を羽ばたかせて距離を詰める双方。
お互いの炎の刃を斬り結ぶ。
サディアスの放つ真っ赤な業火を、朱王の超高熱の紅炎が飲み込む。
サディアスの魔力をもってしても耐え切れない熱量。
防御を捨てた朱王の一撃は、サディアスの体を一瞬にして蒸発させた。
地面へと舞い降りる朱王。
駆け寄りたくても駆け寄れない千尋達。
「みんなボロボロだねぇ。君達の場合初めてなんじゃない? こんな命懸けの戦闘なんて」
「朱王さんだって死にかけたじゃん!」
「まぁそれもそうだね。心配かけてごめんねー」
なんとも軽い朱王の詫びに戦闘の緊張もほぐれる。
「でももっと早く助けて欲しかったわよ」
リゼはご立腹のご様子。
「ごめんごめん、傷塞ぐのに手間取ってさぁ。心臓まで刺されちゃったから本当死ぬかと思った」
頭を掻きながら言う朱王だが、心臓を刺されて死なないとはどんな体をしてるんだと驚く千尋達。
「それより千尋君! さっき凄かったよね! 上級精霊に進化したの!?」
「えーと…… 進化?」
小さくなったガクとエンが出てきて千尋と会話する。
それを千尋が全員に説明する。
地の精霊ノームであるリクとシンは進化をする事は出来ないらしい。
シンは自己の精神生命体としての存在を元にベヒモスを召喚し、精神生命体としての存在を上書きさせたそうだ。
ベヒモスの中にシンの精神が溶け込み、これまでの千尋との生活も記憶にあるという。
リクも同じようにベヒモスを召喚したのだが、そこに割り込んできたのはバハムート。
ガクと同じように存在の上書きをさせたらしい。
地の上級精霊ベヒモスがガク。
そして魔龍バハムートがエン。
魔龍とは何なのかと問うと、この世界の創生から存在する神獣だそうだ。
エンが言うには朱雀も神獣との事。
千尋的には納得したが、朱雀が黙ってろとばかりに殺気を放っていたので秘密にする千尋。
どうやら朱雀にはガクとエンの声が聞こえるらしい。
視線を送ると朱雀も頷く。
バハムートは深淵の魔龍という特別な精霊であると説明した。
とりあえず疲れ切った一行は、多少の魔力が回復したところで魔族の死体を魔石に還す。
デヴィルの死体は少し離れた位置にあるので、まずは昼食を摂る事にした。
念の為にと二人前ずつ購入した弁当は、全員残さず完食。
魔力を使い果たした為、二人前食べてもまだ足りない程だった。
お菓子とジュースを飲みながら一休み。
その間に朱王と朱雀はデヴィルの解体と素材の回収。
回収が終わったところでリゼに魔石に還してもらってデヴィル討伐は終了。
超巨大な魔石が手に入った。
魔力にまだ余裕のある朱王が運転してクイースト王国に帰ることにした。
朱王邸に着くと出迎えるカミン。
車を停めても出てこない事を不思議に思ったカミンが中を覗く。
全員傷だらけなうえ、疲れ果てて眠っていた。
すぐに王国の魔法医を呼んだカミンは、マーリンとメイサ、フィディックとともに全員を部屋へと運ぶ。
全員の回復を施したが、最も酷かったのは朱王だ。
心臓やその他内蔵を貫かれた朱王。
強引に魔法で固定して魔石で機能させるという荒業でここまで命を繋いでいたようだ。
表面をヴリトラの表皮で塞いで内臓が溢れないようにしていただけという危険な状態。
王国でも指折りの魔法医を複数呼んでその傷を回復させる事に成功した。
回復が終わってようやく安心したカミン。
この日はゆっくりと休んでもらう事にした。
それでもなお諦めはしない。
魔族を睨みつけ、手に剣を握りしめる。
サディアスの命令によって、魔族は死に損ないの人間を甚振るだけ。
剣を鞘に納めて歩み寄る。
まともに立てないリゼとアイリを必死に守ろうとする千尋と蒼真。
千尋は剣も体外魔力球も残っていない為、素手で構えて魔族の攻撃に備える。
蒼真は回復したばかりの右腕が上がらずに、左腕で刀を構える。
リゼはルシファーの固定すら困難な状態だ。
ルシファーを杖にして立ち上がるが、固定が解除されてまた地面に膝をつく。
アイリも左のソラスで体を支え、右手のクラウを構えるが膝が笑う。
満身創痍の千尋達に一歩ずつ魔族は近付いてくる。
サディアスは不思議そうに千尋達を見据える。
この状況で何故絶望に怯えないのか。
殺さないでくれと命乞いはしないのか。
人間とは脆弱な生き物のはず。
他の誰かを犠牲にしてでも生き残りたいと思わないのか。
甚振れば命乞いをするのだろうか。
ただそれだけ。
それだけを確かめたくて甚振るよう指示を出した。
魔力が尽きかけたミリーは、意識が朦朧とする中その光景をジッと見つめる。
しかし絶望の中に笑顔を溢すミリー。
いったい何を見ているのか……
魔族の男が千尋に拳を振り上げた瞬間。
「ジャスト、一分だ」
全員がガシャンッとガラスが割れるかのように世界が崩れ去る錯覚に捉われる。
そしてそこに立つのはもちろん……
緋咲朱王その人だ。
「悪夢は見れたかい? …… ふふふっ。言っちゃった」
「なっ!? テメーは殺したはずだろ!?」
「うん。完全に不意を突かれたから危なかったよ。咄嗟に幻術を発動したけど上手くいったね!」
「ああ!? 幻術だと!?」
「私もデヴィルにとどめを刺そうと思って防御の魔力を攻撃に回してたからね。幻術の発動条件が満たされてたから何とか成功したよ」
朱王の言う発動条件。
朱王の知覚できる範囲内の全ての生物が自分に意識を向けている事だ。
それでも朱王は完全に隙を突かれてしまい、魔族の攻撃を全て受けてしまった。
致命傷と言える程の傷を受けてしまった為、ここまで出てくる事ができなかったのだ。
「朱王。一分どころか十分以上経っとるぞー!」
ジュースをストローで飲みながら近付いてくる朱雀。
「あはは。一分っていうのはちょっと言ってみたかっただけだよ。そう言う朱雀は今まで何してたの?」
「我は皆が戦っとる間マカルォンを食べてたのじゃ。美味かったぞー」
千尋達が苦戦する中、ずっとお菓子を食べ続けていたようだ。
まぁ朱雀が戦闘に参加すれば、朱王が生きている事がバレたかもしれないが。
「朱王…… 朱王! やっぱり生きてましたね!」
気力を振り絞って朱王に声をかけるミリー。
「やぁミリー。心配かけたね。皆んなも無事…… ではなさそうだけど生きて良かった」
「なんだよ朱王さん!! 超心配したのに!!」
「くぅ…… この状況で小ネタを挟んでくるとは……」
「やはり朱王様は死ぬはずがありません!」
「ただの化け物じゃないのがタチ悪いわよね」
まだ魔族達がいるのにもかかわらず、朱王を見て安心しきる千尋達。
魔族達は剣を抜いて朱王に向ける。
「何勝った気でいるんだよ。さっきのテメーの傷は確かなものだ。黙って隠れてりゃテメーだけ生き残れたのによぉ。その傷を負ったテメーがオレに勝てると思ってんのか!?」
サディアスも剣を抜いて構える。
魔力を練り、炎を纏って朱王に剣を向ける。
「まぁ確かにこの怪我はまずいよね。このままだと死んじゃうかもしれないけど、ヴリトラの表皮で塞いでるから今はまだ大丈夫かなー。それより君、サディアスだっけ? 魔貴族がそっちから来てくれるとは嬉しいよ。その力を確かめるいい機会だ」
朱王も魔力を練って火炎を放つ。
「サディアス様の力を確かめるだと? 怪我を負った人間風情が…… 軍団長である我々がとどめを刺してくれる!」
かませ犬のようなセリフを吐いた魔族の男。
軍団長四人が魔力を練り、炎や風を纏って取り囲む。
「一応聞こうか。君達は私の敵か?」
「当然だろう!」と右袈裟に斬り掛かる魔族の男。
朱王は左逆袈裟に朱雀丸を振るい、魔族の男を剣ごと叩き斬る。
一瞬で間合いを詰めた朱王は、魔族の女の背後からもう一度問う。
「私は魔族とも敵対する事を望んではいない。それでも君は私の敵となるかい?」
「魔族と人間は相容れぬ存在だ!」
魔族の女が言うと同時に三人で襲い掛かる。
朱王は残念だと感じながら刀を振るう。
容赦ない朱王の斬撃が、一撃の下に魔族三人を斬り伏せる。
残るは魔貴族のサディアスのみ。
「さすがデヴィルとやり合うだけはあるな。それでもオレには勝てねーぞ」
朱王をも上回る魔力を放つサディアス。
豪炎を纏って剣を構える。
朱王も下級魔方陣ファイアを発動し、刀を右に構える。
サディアスの右袈裟の斬撃と朱王の右薙ぎの斬撃が交錯する。
サディアスの赤い豪炎と朱王の緑色の豪炎。
お互いに相殺し合い、そこから剣戟を重ね合う。
全ての斬撃が必殺の威力。
朱王の刀を正面から受け止め、受け流し、そして躱す。
サディアスの剣術は一流と言える。
さらにその放出する魔力はこれまで感じた事がない程に強大だ。
デヴィルとさえ戦えるであろうサディアスの強さ。
朱王の豪炎はサディアスの豪炎にも負けない威力を持つが、手負いの朱王は十全に力を発揮できない状態だ。
朱王の刀を弾いて攻勢に出るサディアス。
休む事なく斬り込まれるサディアスの斬撃に、朱王はひたすら耐え凌ぐ。
しかしここでサディアスは違和感を覚える。
サディアスは知っている。
最初に見た朱王の戦いを。
しばらく防御し続けていた朱王が、デヴィルを圧倒し始めた事を。
それは今この状況も同じではないのか?
朱王の力が読めない。
このまま剣で戦う事は危険。
そう判断したサディアスは、全力の豪炎で朱王を弾いて距離をとる。
「仕方がねー。本気でやってやろうじゃねーか」
サディアスが魔力を練り、呪文を唱え始める。
初めて見る事になる魔貴族の本気。
朱王は嬉しそうにサディアスの準備が整うのを待つ。
放つ魔力が増大し、全身を炎の鱗を纏う。
背中からは炎を放出し、背後からは尾が生えた。
さらに腰に巻いていた腰布を大きく広げて翼とする。
まるで竜人の如き様相となったサディアス。
「テメー等も飛行装備を持ってたよなぁ。オレは久し振りの本気だ。空中戦でもやろうじゃねーか」
「いいね! 全力で来てくれると嬉しいよ!!」
魔貴族の本気だというのに嬉しそうにする朱王。
翼を広げて空へと飛翔する。
サディアスも朱王を追って空へと舞い上がる。
空中浮揚する朱王とサディアス。
お互いに構えて向かい合う。
サディアスの背中の炎が噴き上がるとともに加速。
朱王との距離を一気に縮める。
朱王も同時に翼を羽ばたかせてサディアスへと向かう。
すれ違いざまに剣と刀が交錯する。
サディアスの高速の飛翔と超高火力の豪炎の斬撃。
朱王はそのサディアスを上回る速度で飛翔し、急旋回、そして豪炎の乗った強く重い斬撃を放つ。
威力で勝るサディアスに対し、速度で勝る朱王。
サディアスの攻撃は全て受け流され、朱王の予測と操作がサディアスの攻撃を確定させていく。
時間を追うごとに増えていく朱王の反撃。
その攻撃力がサディアスの一撃に匹敵する。
サディアスの攻撃を確定させる事で、次第に防御から攻撃に回す魔力を増大させていく朱王。
サディアスもそれに気付いたのか、剣での攻撃に加えて魔法を連続して放つ。
その魔法一つ一つが大魔法と呼べるほどの威力を持つ。
しかしそれもサディアスの攻撃手段を一手増やしたに過ぎない。
動作の確定されたサディアスは朱王の意のままに剣を振るう。
サディアスを払い除けて斬り裂くだけで、全ての魔法は霧散する。
全力で振るわれるサディアスの剣戟、次から次へと放たれる魔法、その全てが朱王の刀一振りで遇らわれてしまう。
膨大な魔力を有するサディアスは、一発の魔法に使用する魔力量も少なくはない。
数千、数万という剣戟に加えて数百の魔法を発動し続け、その魔力も次第に減少していく。
そして朱王の反撃がサディアスの体を捉える。
その一撃がサディアスの腹を斬り裂き、朱王の放つ豪炎が傷を灼く。
炎の魔人と化したサディアスは自分の炎で相殺するが、その焼けた傷口は簡単には塞がらない。
大量の血を吐き、息を荒げながらも朱王に向かって剣を構える。
「畜生!! たかが人間如きがぁぁ!!」
息を荒げ、声も荒げて怒鳴りつけるサディアス。
額からは脂汗を流し、その表情にも余裕はない。
「君もたかが魔人族、たかが魔貴族でしょ? 私から言わせれば魔人族も人間族もそれ程違いはないよ。違いがあるとすれば他人への想いが希薄なのが魔人族。他人への想いが強いのが人間族ってとこかな。でも魔人族にも忠誠心というものがあるだろう? それは他人への想いと同じ事だと思うけどね」
「うるせー!! テメーをぶっ潰してテメーの目の前で仲間全員殺してやる!!」
傷口を塞ぐ事を諦め、魔力を高めるサディアス。
「そうか。じゃあ私の全力を持って君を殺すよ」
朱王は上級魔方陣インフェルノを発動。
サディアスの放出する魔力を優に超える魔力。
紅蓮の焔を纏った朱王。
サディアスは勝機がない事を悟りつつも朱王に挑む。
翼を羽ばたかせて距離を詰める双方。
お互いの炎の刃を斬り結ぶ。
サディアスの放つ真っ赤な業火を、朱王の超高熱の紅炎が飲み込む。
サディアスの魔力をもってしても耐え切れない熱量。
防御を捨てた朱王の一撃は、サディアスの体を一瞬にして蒸発させた。
地面へと舞い降りる朱王。
駆け寄りたくても駆け寄れない千尋達。
「みんなボロボロだねぇ。君達の場合初めてなんじゃない? こんな命懸けの戦闘なんて」
「朱王さんだって死にかけたじゃん!」
「まぁそれもそうだね。心配かけてごめんねー」
なんとも軽い朱王の詫びに戦闘の緊張もほぐれる。
「でももっと早く助けて欲しかったわよ」
リゼはご立腹のご様子。
「ごめんごめん、傷塞ぐのに手間取ってさぁ。心臓まで刺されちゃったから本当死ぬかと思った」
頭を掻きながら言う朱王だが、心臓を刺されて死なないとはどんな体をしてるんだと驚く千尋達。
「それより千尋君! さっき凄かったよね! 上級精霊に進化したの!?」
「えーと…… 進化?」
小さくなったガクとエンが出てきて千尋と会話する。
それを千尋が全員に説明する。
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シンは自己の精神生命体としての存在を元にベヒモスを召喚し、精神生命体としての存在を上書きさせたそうだ。
ベヒモスの中にシンの精神が溶け込み、これまでの千尋との生活も記憶にあるという。
リクも同じようにベヒモスを召喚したのだが、そこに割り込んできたのはバハムート。
ガクと同じように存在の上書きをさせたらしい。
地の上級精霊ベヒモスがガク。
そして魔龍バハムートがエン。
魔龍とは何なのかと問うと、この世界の創生から存在する神獣だそうだ。
エンが言うには朱雀も神獣との事。
千尋的には納得したが、朱雀が黙ってろとばかりに殺気を放っていたので秘密にする千尋。
どうやら朱雀にはガクとエンの声が聞こえるらしい。
視線を送ると朱雀も頷く。
バハムートは深淵の魔龍という特別な精霊であると説明した。
とりあえず疲れ切った一行は、多少の魔力が回復したところで魔族の死体を魔石に還す。
デヴィルの死体は少し離れた位置にあるので、まずは昼食を摂る事にした。
念の為にと二人前ずつ購入した弁当は、全員残さず完食。
魔力を使い果たした為、二人前食べてもまだ足りない程だった。
お菓子とジュースを飲みながら一休み。
その間に朱王と朱雀はデヴィルの解体と素材の回収。
回収が終わったところでリゼに魔石に還してもらってデヴィル討伐は終了。
超巨大な魔石が手に入った。
魔力にまだ余裕のある朱王が運転してクイースト王国に帰ることにした。
朱王邸に着くと出迎えるカミン。
車を停めても出てこない事を不思議に思ったカミンが中を覗く。
全員傷だらけなうえ、疲れ果てて眠っていた。
すぐに王国の魔法医を呼んだカミンは、マーリンとメイサ、フィディックとともに全員を部屋へと運ぶ。
全員の回復を施したが、最も酷かったのは朱王だ。
心臓やその他内蔵を貫かれた朱王。
強引に魔法で固定して魔石で機能させるという荒業でここまで命を繋いでいたようだ。
表面をヴリトラの表皮で塞いで内臓が溢れないようにしていただけという危険な状態。
王国でも指折りの魔法医を複数呼んでその傷を回復させる事に成功した。
回復が終わってようやく安心したカミン。
この日はゆっくりと休んでもらう事にした。
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**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**

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※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
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※本作はカクヨム様にも掲載しております。

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