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211 イカれ野郎
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五拳人やフェリクスとの戦いを済ませた翌日からは、アークアビット拳王国の観光を楽しむ……予定だったのだが、意識を取り戻したフェリクスと拳王は昨晩のうちに精霊国での生活や特訓について語り合っていたらしく、拳王の希望でマルドゥクとの訓練を試したいと王都から離れた草原へと来ていた。
さすがに一国の王に対し、マルドゥクに寄生したウルが戦うのには問題があり、かといってマルドゥクに拳王で遊んでいいよでもダメな気がする。
だが体裁的にと考えれば人間ではないマルドゥクが拳王と戯れた方がまだいいのではないかという結論に達し、今、拳王が地面に転がっている……いいのか?これ。
上級回復薬を全身に噴霧して意識が戻るのを待つ間、フェリクスとライナーが何とも言えない表情で拳王を見ていたが。
チェルソも同じような表情でフェリクスを見ていたなとディーノは思う。
そして平気な顔でマルドゥクを嗾けるディーノに対し、ウルも白い目を向けていたことを思い出しつつ、拳王にまで嗾けるとなれば頭のイカれ具合は最上級。
ウルの知る中で最もイカれた人物として認定しておく。
イルミナートは青ざめた表情で拳王を見下ろしている。
「やっぱり拳王様は五拳人よりはるかに強いよな。今のフェリクスで五拳人並みってとこだから初見であれだけ戦えたんなら相当だよな」
マルドゥクに真正面から挑んだ拳王は、横薙ぎの一撃を打ち上げるような掌底で威力を抑えつつ弾き上げ、その後の叩き付けを回避すると同時に回転しながら裏拳でマルドゥクの前足を弾き、頭が下がってきたところに強烈な打ち上げで下顎を跳ね上げるという驚異的な強さを見せた。
しかしスマッシュほどの威力はないためかマルドゥクはこの抵抗に喜び、全身を使って拳王へと戯れついた結果がこれだ。
ディーノのように距離を取ることなくマルドゥクに挑めばその質量にも速度にも耐え切れるものではなく、途中でスキルを織り交ぜて抵抗したとしても叩き伏せられるのは必至。
マルドゥクの捕獲に成功したディーノとて真正面から挑んでは、爆破や雷撃、身体能力向上にギフトの重ね掛けをしても叩き伏せられると予想する。
もちろんディーノはそんな無謀な戦いはしないが、他人には平気でやらせるようだ。
ひどい。
「お前、頭がおかしいって言われることないか?仮にもっていうか相手は本物の王様だぞ?拳王様が望んだといっても『よし、やれ!』じゃないだろう」
「あの~、ぼぼぼボクもあんな感じで嗾けられてたんですよね?ひ、酷くないですか?」
「フェリクス……すまん、俺がディーノにお前を預けたばかりに」
イルミナートからすればフェリクスの異常なまでの成長にも納得のいく訓練内容だ。
訓練として認めていいかわからない、いや、虐待ではなかろうか。
「なんかオレが悪いみたいに言うけどやってるのはマルドゥクだから。マルドゥクだって遊びたいだろうし誰か相手してやんないとさ。次はイルミナートもやるんだろ?」
この男、やはりイカれてる。
やるともなんとも言ってないイルミナートも巻き込むつもりのようだ。
ディーノもマルドゥクと遊んでやることもあるが、空を駆け回るディーノをマルドゥクが追い回し、叩いたり叩かれたり、精霊魔法と火炎魔法をぶつけ合ったりと戯れあっているだけで意識を失うことはない。
ディーノ的には訓練ではなく遊びである。
まあそのへんもイカれてるが。
「う、んん……フェリクスがやっている以上、師である俺もやらないわけにもいかないが」
真面目な師匠である。
ウルからすればフェリクスがやっているのではなく、ディーノから虐待を受けているだけなのだが。
師弟揃って虐待を受けるのかと。
すでに親子揃って虐待を受けた後だし。
ここで拳王が目を覚まして青い顔で周囲を見回す。
「生きて……いるのか……」
死んではいないが死を覚悟する出来事は先程あったのだ。
叩き伏せられ、転がし回され、震える体で立ち上がったところを頭からガブッと。
食後ではないためそれほどベチャベチャにはなっていない。
「さすが拳王様ですね。マルドゥク相手にいい戦いでした。二戦目やります?」
「やめろイカれ野郎」
珍しくウルも暴言を吐かずにいられなかった。
イルミナートに挑ませるのはまだ許せるとしても、拳王に二戦目は本人が望まない限りは勧めるものではない。
ちなみにライナーはこれまでフェリクスの訓練は見てきたものの、普通の感覚を持った彼はマルドゥクと戦うなど望んだことはない。
ディーノから直接剣術の訓練だけ受けているのだ。
最も賢い訓練方法だとウルも思う。
その後イルミナートもマルドゥクの相手をしてみたものの、通常打撃で拳王ほどの威力を出せないイルミナートでは数える程度の時間で倒れる結果となった。
マルドゥクもマルドゥクでフェリクスに対してはいつものパターン動作で上限開放を行ってから遊び始めるため、それなりに満足する遊びができるとわかっているらしい。
最後にフェリクスの訓練をしてから王都へと戻った。
◇◆◇
それから六日ほど毎日拳王はマルドゥクに挑み、イルミナートも巻き込まれ、そしてイルミナートに助言を求めた他の五拳人も巻き込まれて充実した日々?を過ごしていた。
マルドゥクとの訓練は早朝に行われ、午前中から王都観光や貴族の主催する宴に参加したりと拳王国の上流階級的な生活を送り、使者団は拳王国側との対談やらなにやらと忙しく働いていた。
すでに精霊国にはフェリクス王子とルアーナ王女との婚約を認めるとの報告がされており、今後結婚までの云々と話が進んでいるらしい。
とはいえまずはフェリクスの成人を待たねば結婚も何もないとのことで、今は自由なフェリクスがディーノに同行して拳王国の案内をしている。
一庶民のライナーとしては居心地が悪いかもしれないが、精霊国召喚勇者の子としての立場から他国でも無碍にすることはできない。
そのうえ五拳人とも対等に戦った者ということもあって拳王国では敬われている。
ただディーノに向けられる視線には若干の畏怖が込められているような気もしなくもないが。
今回の拳王国滞在は十日程度を予定していたものの、精霊国のサモンスキルの有用性から早いところ聖王国国王とも話を進め、さらには一日でも早く獣王国との交渉もしたいということで二日早い出国をするとのこと。
明日の朝には拳王国を出発し、その日のうちに聖王国王都へと到着。
翌朝の聖王国国王への謁見をと考えているということで、精霊国の使者四人と拳王国からも使者二人が聖王国へと向かうことが決まった。
ここでフェリクスやチェルソとはお別れとなるが、チェルソはもちろん立派に成長したフェリクスであれば何も心配はいらないだろう。
できればフェリクス王子とルアーナ王女の結婚の際には声をかけてほしいところだが、聖王国で重要な人物とはいえ一般の冒険者であるディーノが呼ばれるかはまだ不明だ。
そして今後の聖王国へと向かう使者として、第三王子であるシリルが志願したとのこと。
さすがに継承権の高い王子が使者として旅立つともなれば護衛が必要であり、人選の結果ライナーと戦った最強を名乗る五拳人が同行するそうだ。
補助の役人も必要かとも思ったが、精霊国のサモナーのおかげで国とのやり取りが容易なことや、聖王国のピーノやエルモの速記が優秀なことでシリルの補助もしてくれるとのこと。
その後獣王国にも渡ることになるとしても使者のグレゴリオと従者二人がいるため、同じように補助をしてもらえば問題ないと判断した。
精霊国の場合は能力を売り込む必要があるため使者として二人ずつ同行しているのだが、もともと国同士の繋がりがある聖王国と拳王国であればこのような助け合いも必要だろう。
さすがに一国の王に対し、マルドゥクに寄生したウルが戦うのには問題があり、かといってマルドゥクに拳王で遊んでいいよでもダメな気がする。
だが体裁的にと考えれば人間ではないマルドゥクが拳王と戯れた方がまだいいのではないかという結論に達し、今、拳王が地面に転がっている……いいのか?これ。
上級回復薬を全身に噴霧して意識が戻るのを待つ間、フェリクスとライナーが何とも言えない表情で拳王を見ていたが。
チェルソも同じような表情でフェリクスを見ていたなとディーノは思う。
そして平気な顔でマルドゥクを嗾けるディーノに対し、ウルも白い目を向けていたことを思い出しつつ、拳王にまで嗾けるとなれば頭のイカれ具合は最上級。
ウルの知る中で最もイカれた人物として認定しておく。
イルミナートは青ざめた表情で拳王を見下ろしている。
「やっぱり拳王様は五拳人よりはるかに強いよな。今のフェリクスで五拳人並みってとこだから初見であれだけ戦えたんなら相当だよな」
マルドゥクに真正面から挑んだ拳王は、横薙ぎの一撃を打ち上げるような掌底で威力を抑えつつ弾き上げ、その後の叩き付けを回避すると同時に回転しながら裏拳でマルドゥクの前足を弾き、頭が下がってきたところに強烈な打ち上げで下顎を跳ね上げるという驚異的な強さを見せた。
しかしスマッシュほどの威力はないためかマルドゥクはこの抵抗に喜び、全身を使って拳王へと戯れついた結果がこれだ。
ディーノのように距離を取ることなくマルドゥクに挑めばその質量にも速度にも耐え切れるものではなく、途中でスキルを織り交ぜて抵抗したとしても叩き伏せられるのは必至。
マルドゥクの捕獲に成功したディーノとて真正面から挑んでは、爆破や雷撃、身体能力向上にギフトの重ね掛けをしても叩き伏せられると予想する。
もちろんディーノはそんな無謀な戦いはしないが、他人には平気でやらせるようだ。
ひどい。
「お前、頭がおかしいって言われることないか?仮にもっていうか相手は本物の王様だぞ?拳王様が望んだといっても『よし、やれ!』じゃないだろう」
「あの~、ぼぼぼボクもあんな感じで嗾けられてたんですよね?ひ、酷くないですか?」
「フェリクス……すまん、俺がディーノにお前を預けたばかりに」
イルミナートからすればフェリクスの異常なまでの成長にも納得のいく訓練内容だ。
訓練として認めていいかわからない、いや、虐待ではなかろうか。
「なんかオレが悪いみたいに言うけどやってるのはマルドゥクだから。マルドゥクだって遊びたいだろうし誰か相手してやんないとさ。次はイルミナートもやるんだろ?」
この男、やはりイカれてる。
やるともなんとも言ってないイルミナートも巻き込むつもりのようだ。
ディーノもマルドゥクと遊んでやることもあるが、空を駆け回るディーノをマルドゥクが追い回し、叩いたり叩かれたり、精霊魔法と火炎魔法をぶつけ合ったりと戯れあっているだけで意識を失うことはない。
ディーノ的には訓練ではなく遊びである。
まあそのへんもイカれてるが。
「う、んん……フェリクスがやっている以上、師である俺もやらないわけにもいかないが」
真面目な師匠である。
ウルからすればフェリクスがやっているのではなく、ディーノから虐待を受けているだけなのだが。
師弟揃って虐待を受けるのかと。
すでに親子揃って虐待を受けた後だし。
ここで拳王が目を覚まして青い顔で周囲を見回す。
「生きて……いるのか……」
死んではいないが死を覚悟する出来事は先程あったのだ。
叩き伏せられ、転がし回され、震える体で立ち上がったところを頭からガブッと。
食後ではないためそれほどベチャベチャにはなっていない。
「さすが拳王様ですね。マルドゥク相手にいい戦いでした。二戦目やります?」
「やめろイカれ野郎」
珍しくウルも暴言を吐かずにいられなかった。
イルミナートに挑ませるのはまだ許せるとしても、拳王に二戦目は本人が望まない限りは勧めるものではない。
ちなみにライナーはこれまでフェリクスの訓練は見てきたものの、普通の感覚を持った彼はマルドゥクと戦うなど望んだことはない。
ディーノから直接剣術の訓練だけ受けているのだ。
最も賢い訓練方法だとウルも思う。
その後イルミナートもマルドゥクの相手をしてみたものの、通常打撃で拳王ほどの威力を出せないイルミナートでは数える程度の時間で倒れる結果となった。
マルドゥクもマルドゥクでフェリクスに対してはいつものパターン動作で上限開放を行ってから遊び始めるため、それなりに満足する遊びができるとわかっているらしい。
最後にフェリクスの訓練をしてから王都へと戻った。
◇◆◇
それから六日ほど毎日拳王はマルドゥクに挑み、イルミナートも巻き込まれ、そしてイルミナートに助言を求めた他の五拳人も巻き込まれて充実した日々?を過ごしていた。
マルドゥクとの訓練は早朝に行われ、午前中から王都観光や貴族の主催する宴に参加したりと拳王国の上流階級的な生活を送り、使者団は拳王国側との対談やらなにやらと忙しく働いていた。
すでに精霊国にはフェリクス王子とルアーナ王女との婚約を認めるとの報告がされており、今後結婚までの云々と話が進んでいるらしい。
とはいえまずはフェリクスの成人を待たねば結婚も何もないとのことで、今は自由なフェリクスがディーノに同行して拳王国の案内をしている。
一庶民のライナーとしては居心地が悪いかもしれないが、精霊国召喚勇者の子としての立場から他国でも無碍にすることはできない。
そのうえ五拳人とも対等に戦った者ということもあって拳王国では敬われている。
ただディーノに向けられる視線には若干の畏怖が込められているような気もしなくもないが。
今回の拳王国滞在は十日程度を予定していたものの、精霊国のサモンスキルの有用性から早いところ聖王国国王とも話を進め、さらには一日でも早く獣王国との交渉もしたいということで二日早い出国をするとのこと。
明日の朝には拳王国を出発し、その日のうちに聖王国王都へと到着。
翌朝の聖王国国王への謁見をと考えているということで、精霊国の使者四人と拳王国からも使者二人が聖王国へと向かうことが決まった。
ここでフェリクスやチェルソとはお別れとなるが、チェルソはもちろん立派に成長したフェリクスであれば何も心配はいらないだろう。
できればフェリクス王子とルアーナ王女の結婚の際には声をかけてほしいところだが、聖王国で重要な人物とはいえ一般の冒険者であるディーノが呼ばれるかはまだ不明だ。
そして今後の聖王国へと向かう使者として、第三王子であるシリルが志願したとのこと。
さすがに継承権の高い王子が使者として旅立つともなれば護衛が必要であり、人選の結果ライナーと戦った最強を名乗る五拳人が同行するそうだ。
補助の役人も必要かとも思ったが、精霊国のサモナーのおかげで国とのやり取りが容易なことや、聖王国のピーノやエルモの速記が優秀なことでシリルの補助もしてくれるとのこと。
その後獣王国にも渡ることになるとしても使者のグレゴリオと従者二人がいるため、同じように補助をしてもらえば問題ないと判断した。
精霊国の場合は能力を売り込む必要があるため使者として二人ずつ同行しているのだが、もともと国同士の繋がりがある聖王国と拳王国であればこのような助け合いも必要だろう。
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