追放シーフの成り上がり

白銀六花

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195 アリスの成長

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 新しく木を拾いに行ったジェラルドが戻って来たところ、わずかな灯りの中で竜種と戦い続けるアリスは風の防壁展開して爪刃を受け流し、遅れてやって来る爆風にも防壁で相殺しつつバーンを突きつける事で攻勢に回っていた。
 フィオレのサリューム仕込みの矢も頭の両脇、おそらくは顎か頬の両脇に突き刺さっており、どちらを向いても顔の位置がわかりやすくなっている。
 薄暗い中でも戦えないという事もなさそうではあるが、やはり位置を補足してくる竜種が相手ではアリスも決め手に欠けるといった状況だろう。
 やはり今以上に松明は必要であり、ジェラルドは大量に持ってきた木に火を燃え移しながら灯りを増やそうと動き出す。

 最初こそ響き渡っていた快音波は多くの者に対して絶大な威力を誇るものの、耐性のあるアリスには効果が薄く、呼吸にもかかわる魔法である為咆哮をあげたままでは戦う事はできない。
 一人でも耐性のある者がいた場合には使用できない魔法攻撃という事だろう。
 アリスを前に物理と風魔法のみで戦う竜種はこの洞窟内での優位を失った状態だ。
 風属性の竜種という事もあり空を飛んで戦った方が確実に優位性が高く、空を飛べないアリスでは苦戦を強いられる事は必至。
 ソロで挑むとすれば暗くともこの洞窟内での戦いの方が勝算は高いのだ。
 右へ左へと竜種の爪刃を躱し、爆風を相殺しつつバーンを突き付け、炎槍を噴射しながら怯んだ竜種との近接戦を続けている。

 しかし竜種の風魔法がこの遅れてやってくる爆風だけのはずもなく、アリスも警戒しながら少しずつ踏み込みを増やしているようだ。
 黄竜装備によって身体能力を強化しているアリスはA級シーフ並みの速度で動き回れるとはいえ、巨体を持つ竜種の懐に飛び込んではさすがに回避できるかはわからない。
 一気に踏み込むとすれば竜種が手の内を晒した時だろうと、様子を見ながら攻撃を繰り出している。

 まだ炎槍を噴射したとしても体の表面にしか効果がないであろう距離、それでも竜種の攻撃にタイミングを合わせれば肩や胸部を狙える距離まで踏み込んだアリス。
 左右の巨大な爪を連続して振り続ける竜種の攻撃を回避し、受け流し、爆風を相殺しては狙いを定め、深く踏み込むと同時に肩部に向けてバーンを突き付けつつ炎槍を……
 しかし狙っていたのは竜種も同じであり、アリスが竜種の攻撃に合わせて踏み込みを深くした事で爪刃に風魔法を乗せて振り向ける。
 展開された防壁を相殺し、爪刃がアリスを捉えて薙ぎ払う。
 だが竜種の見立て以上にアリスの炎槍は出力が高く、直接突き刺されてからの炎槍ではなくとも肩部に風穴をあける程の威力を誇り、惰性で振り抜かれた爪刃に薙ぎ払われたアリスは地面を転がりつつも体勢を立て直して走り出す。
 背中側に焼ける程の痛みを覚えつつも左手で上級回復薬を取り出して口に含み、右肩を貫かれて絶叫する竜種へと一気に迫る。

 少しずつ明るくなっていく洞窟内で駆けるアリスは全身に張り巡らせている風の防壁を解除し、自身の次の段階へと進もうとディーノと同じように防壁を足元に展開し、強度が低くとも弾力のある防壁であれば更なる加速が可能となる。
 音のない加速はディーノの爆破加速程の勢いはないものの、直線加速はソーニャの速度に届きそうな程に速い。
 そしてこれまでソーニャやディーノの戦いを見てきたアリスは速度の持つ恐ろしさを誰よりもよく知っている。

 目の前に迫った竜種。
 加速するアリス。

 警戒を強めた竜種からの風魔法を込めた左の爪刃が振り向けられ、足元に作り出した大きなポヨポヨの防壁を力いっぱい踏み込んで跳躍。
 風の爪刃で相殺された防壁によって破裂音が響き渡り、高々と跳躍したアリスは竜種の頭上を超えて翼の付け根部分目掛けて降下、全体重を乗せて竜種の急所へとバーンを突き立てた。
 今ここで炎槍を放てないのが口惜しくもあるが、これまでにない程の叫び声をあげる竜種のダメージも絶大なものとなっただろう。
 前後にバーンを傾けつつ、引き抜くと同時飛び上がって竜種に潰されまいと距離を取る。

 やはり竜種も急所を突かれてはその苦しみようも尋常ではなく、普段のソーニャのダガーによる突きに比べても深々と突き刺された槍によるダメージは大きい。
 戦い方を工夫して炎槍を温存さえしておけばここで勝利は確定していたはずだ。
 全く灯りのない奥側へと来てしまったが、風の魔核の使い方を考えるようになったアリスは気持ちに余裕がある。
 風の防壁に加えて加速と踏み台、地面を転がる場合でも衝撃を和らげるのもいいだろう。
 風の防壁の部分展開は魔力消費も低く、全身に張り巡らせているよりも炎槍発動までの待機時間も短く済む事になりそうだ。
 ディーノも教えてくれれば良かったのにとは思いつつも臆病だった自分を考えての事かと気付き、自身で一歩先に進めた事を嬉しく感じるアリス。
 これまではディーノの教えから学んだ戦法で戦い続けてきたが、S級となった今は自分自身で成長していく事が必要だ。
 フィオレを見てもディーノを追って成長し続けており、足踏み状態だった自分は教えられる事を常としていた事から、自身の成長を想像できていなかった。
 周りには学ぶべき者が多く存在し、見て触れて、全てを吸収するつもりで成長していく必要がある。
 先の水竜戦ではマリオも攻撃力を高める事に成功し、全ては自身で考え抜いて至った答えが結果として表れている。
 出会ってしばらくは最悪の印象しかなかったマリオも今では良きライバルであり、成長を見せられれば負けてはいられない。

 自身のスキルの成長を考えた場合に炎槍をどう扱うかという方向にだけ意識が向いていたが、ディーノを見るに必ずしも火属性にこだわる必要もない。
 今は風の属性リングしか持っていないが、今後は他属性の魔核を手に入れて自分の戦いに組み込んでいくのも良さそうだ。
 スキルの成長は難しくなるとしても炎槍はほぼ完成された力であり、アリスの絶対的な攻撃力となっている。
 この日は水竜との戦いという事で相性が悪かった事から役に立つ事はなかったものの、ここに他属性の魔核さえあればまた違った戦いができたはずだ。
 今はこの風属性の竜種を相手に、炎槍を軸としてどう戦いを組み立てるか。
 出力の関係からか防壁を含めて風魔法の魔力消費は少なく、常時展開できるうえに魔法スキルとしての待機時間も短く済む。
 攻撃魔法にするには炎槍並みの魔力を消費する事になるかもしれないが、属性リングの出力ではそれも不可能である為やはり補助として使うのが有効だ。
 炎槍を発動できるだけの魔力を残しつつ、風魔法で如何に懐に潜り込むかが今の課題となるだろう。
 暗闇の中、自分に必要なものを見つけたアリスは高みを目指して歩み出す。

 急所への一撃から苦しみ暴れていた竜種も体を起こし、怒りの咆哮を快音波として放つ事で周囲を威嚇。
 マリオ達が動きを止めた事を確認するとアリスへと向かって姿勢を落として身構える。
 アリスもバーンを右に構え、身体能力を強化しつつ右前方へと向かって走り出した。
 ここで竜種初の旋風のブレスが吐き出され、足元に作り出した風の防壁を踏み込んでその弾力を利用して左へと回避。
 ブレスは岩壁が抉られる程の威力となり、アリスも直撃すればただでは済まない。
 おそらくはこの洞窟を破壊しないようここまではブレスを使用しなかったのかもしれないが、アリスとの命懸けの戦いとなれば出し惜しみしている場合ではないと判断したのだろう。
 ようやく本気で戦う決意をしたという事か。
 しかし所詮は上位竜であり、旋風のブレスを吐き出せる時間はわずかなもの。
 岩壁がガラガラと崩れて洞窟が崩落する危険性もある為討伐するのに時間を掛けてはいられない。
 足元に防壁を展開して加速に利用しつつ竜種へと迫るアリス。
 右前脚は炎槍で貫いている事から動かす事はできず、警戒するべきは左前脚と噛み付き、あとは翼による風魔法だろう。
 全てを回避するとすればやる事は一つ。
 右に引いたバーンの穂先を後方へと向けたアリスは、左前脚による横薙ぎを風の加速によって回避。
 炎槍の射出口から収束された風魔法を放つ事で推進力を稼いだのだ。
 簡易エアレイドとも思える加速に竜種も反応が間に合わず、懐へと飛び込んだアリスはそのまま跳躍すると同時にバーンを腹部へと突き立て、炎槍を噴射。
 風の加速に魔力を消費してしまった為、最大出力とはならなかったが威力としては充分。
 竜種を貫いた炎槍は背中へと突き抜けて命を刈り取った。



 風の上位竜のソロ討伐に成功したアリスは息を弾ませたまま仲間の元へと戻り、労いの言葉を受け取りつつ自身の新たな戦いができた事に顔を綻ばせる。

「すげーじゃねーかアリス。上位竜をソロ討伐なんてよ」

「ほんと、最後すっごく速かったし!」

「また一つ成長したようだしな。いつになったら俺達はアリスに追いつけるんだか」

「ありがと。今回は褒められると素直に嬉しいわ。私だって貴方達に負けてられないもの。それに目指すべきはディーノなんだし、今よりもっと強くなりましょ!」

「ま、いつまでもアイツを待たせてるわけにもいかねーしな。死ぬ気で追いかけようぜ」

 士気を高める合同パーティーオリオンだが、この時はまだ知らない。
 ディーノが精霊魔術師として遥か高みへと至る事を。
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