追放シーフの成り上がり

白銀六花

文字の大きさ
上 下
195 / 257

195 アリスの成長

しおりを挟む
 新しく木を拾いに行ったジェラルドが戻って来たところ、わずかな灯りの中で竜種と戦い続けるアリスは風の防壁展開して爪刃を受け流し、遅れてやって来る爆風にも防壁で相殺しつつバーンを突きつける事で攻勢に回っていた。
 フィオレのサリューム仕込みの矢も頭の両脇、おそらくは顎か頬の両脇に突き刺さっており、どちらを向いても顔の位置がわかりやすくなっている。
 薄暗い中でも戦えないという事もなさそうではあるが、やはり位置を補足してくる竜種が相手ではアリスも決め手に欠けるといった状況だろう。
 やはり今以上に松明は必要であり、ジェラルドは大量に持ってきた木に火を燃え移しながら灯りを増やそうと動き出す。

 最初こそ響き渡っていた快音波は多くの者に対して絶大な威力を誇るものの、耐性のあるアリスには効果が薄く、呼吸にもかかわる魔法である為咆哮をあげたままでは戦う事はできない。
 一人でも耐性のある者がいた場合には使用できない魔法攻撃という事だろう。
 アリスを前に物理と風魔法のみで戦う竜種はこの洞窟内での優位を失った状態だ。
 風属性の竜種という事もあり空を飛んで戦った方が確実に優位性が高く、空を飛べないアリスでは苦戦を強いられる事は必至。
 ソロで挑むとすれば暗くともこの洞窟内での戦いの方が勝算は高いのだ。
 右へ左へと竜種の爪刃を躱し、爆風を相殺しつつバーンを突き付け、炎槍を噴射しながら怯んだ竜種との近接戦を続けている。

 しかし竜種の風魔法がこの遅れてやってくる爆風だけのはずもなく、アリスも警戒しながら少しずつ踏み込みを増やしているようだ。
 黄竜装備によって身体能力を強化しているアリスはA級シーフ並みの速度で動き回れるとはいえ、巨体を持つ竜種の懐に飛び込んではさすがに回避できるかはわからない。
 一気に踏み込むとすれば竜種が手の内を晒した時だろうと、様子を見ながら攻撃を繰り出している。

 まだ炎槍を噴射したとしても体の表面にしか効果がないであろう距離、それでも竜種の攻撃にタイミングを合わせれば肩や胸部を狙える距離まで踏み込んだアリス。
 左右の巨大な爪を連続して振り続ける竜種の攻撃を回避し、受け流し、爆風を相殺しては狙いを定め、深く踏み込むと同時に肩部に向けてバーンを突き付けつつ炎槍を……
 しかし狙っていたのは竜種も同じであり、アリスが竜種の攻撃に合わせて踏み込みを深くした事で爪刃に風魔法を乗せて振り向ける。
 展開された防壁を相殺し、爪刃がアリスを捉えて薙ぎ払う。
 だが竜種の見立て以上にアリスの炎槍は出力が高く、直接突き刺されてからの炎槍ではなくとも肩部に風穴をあける程の威力を誇り、惰性で振り抜かれた爪刃に薙ぎ払われたアリスは地面を転がりつつも体勢を立て直して走り出す。
 背中側に焼ける程の痛みを覚えつつも左手で上級回復薬を取り出して口に含み、右肩を貫かれて絶叫する竜種へと一気に迫る。

 少しずつ明るくなっていく洞窟内で駆けるアリスは全身に張り巡らせている風の防壁を解除し、自身の次の段階へと進もうとディーノと同じように防壁を足元に展開し、強度が低くとも弾力のある防壁であれば更なる加速が可能となる。
 音のない加速はディーノの爆破加速程の勢いはないものの、直線加速はソーニャの速度に届きそうな程に速い。
 そしてこれまでソーニャやディーノの戦いを見てきたアリスは速度の持つ恐ろしさを誰よりもよく知っている。

 目の前に迫った竜種。
 加速するアリス。

 警戒を強めた竜種からの風魔法を込めた左の爪刃が振り向けられ、足元に作り出した大きなポヨポヨの防壁を力いっぱい踏み込んで跳躍。
 風の爪刃で相殺された防壁によって破裂音が響き渡り、高々と跳躍したアリスは竜種の頭上を超えて翼の付け根部分目掛けて降下、全体重を乗せて竜種の急所へとバーンを突き立てた。
 今ここで炎槍を放てないのが口惜しくもあるが、これまでにない程の叫び声をあげる竜種のダメージも絶大なものとなっただろう。
 前後にバーンを傾けつつ、引き抜くと同時飛び上がって竜種に潰されまいと距離を取る。

 やはり竜種も急所を突かれてはその苦しみようも尋常ではなく、普段のソーニャのダガーによる突きに比べても深々と突き刺された槍によるダメージは大きい。
 戦い方を工夫して炎槍を温存さえしておけばここで勝利は確定していたはずだ。
 全く灯りのない奥側へと来てしまったが、風の魔核の使い方を考えるようになったアリスは気持ちに余裕がある。
 風の防壁に加えて加速と踏み台、地面を転がる場合でも衝撃を和らげるのもいいだろう。
 風の防壁の部分展開は魔力消費も低く、全身に張り巡らせているよりも炎槍発動までの待機時間も短く済む事になりそうだ。
 ディーノも教えてくれれば良かったのにとは思いつつも臆病だった自分を考えての事かと気付き、自身で一歩先に進めた事を嬉しく感じるアリス。
 これまではディーノの教えから学んだ戦法で戦い続けてきたが、S級となった今は自分自身で成長していく事が必要だ。
 フィオレを見てもディーノを追って成長し続けており、足踏み状態だった自分は教えられる事を常としていた事から、自身の成長を想像できていなかった。
 周りには学ぶべき者が多く存在し、見て触れて、全てを吸収するつもりで成長していく必要がある。
 先の水竜戦ではマリオも攻撃力を高める事に成功し、全ては自身で考え抜いて至った答えが結果として表れている。
 出会ってしばらくは最悪の印象しかなかったマリオも今では良きライバルであり、成長を見せられれば負けてはいられない。

 自身のスキルの成長を考えた場合に炎槍をどう扱うかという方向にだけ意識が向いていたが、ディーノを見るに必ずしも火属性にこだわる必要もない。
 今は風の属性リングしか持っていないが、今後は他属性の魔核を手に入れて自分の戦いに組み込んでいくのも良さそうだ。
 スキルの成長は難しくなるとしても炎槍はほぼ完成された力であり、アリスの絶対的な攻撃力となっている。
 この日は水竜との戦いという事で相性が悪かった事から役に立つ事はなかったものの、ここに他属性の魔核さえあればまた違った戦いができたはずだ。
 今はこの風属性の竜種を相手に、炎槍を軸としてどう戦いを組み立てるか。
 出力の関係からか防壁を含めて風魔法の魔力消費は少なく、常時展開できるうえに魔法スキルとしての待機時間も短く済む。
 攻撃魔法にするには炎槍並みの魔力を消費する事になるかもしれないが、属性リングの出力ではそれも不可能である為やはり補助として使うのが有効だ。
 炎槍を発動できるだけの魔力を残しつつ、風魔法で如何に懐に潜り込むかが今の課題となるだろう。
 暗闇の中、自分に必要なものを見つけたアリスは高みを目指して歩み出す。

 急所への一撃から苦しみ暴れていた竜種も体を起こし、怒りの咆哮を快音波として放つ事で周囲を威嚇。
 マリオ達が動きを止めた事を確認するとアリスへと向かって姿勢を落として身構える。
 アリスもバーンを右に構え、身体能力を強化しつつ右前方へと向かって走り出した。
 ここで竜種初の旋風のブレスが吐き出され、足元に作り出した風の防壁を踏み込んでその弾力を利用して左へと回避。
 ブレスは岩壁が抉られる程の威力となり、アリスも直撃すればただでは済まない。
 おそらくはこの洞窟を破壊しないようここまではブレスを使用しなかったのかもしれないが、アリスとの命懸けの戦いとなれば出し惜しみしている場合ではないと判断したのだろう。
 ようやく本気で戦う決意をしたという事か。
 しかし所詮は上位竜であり、旋風のブレスを吐き出せる時間はわずかなもの。
 岩壁がガラガラと崩れて洞窟が崩落する危険性もある為討伐するのに時間を掛けてはいられない。
 足元に防壁を展開して加速に利用しつつ竜種へと迫るアリス。
 右前脚は炎槍で貫いている事から動かす事はできず、警戒するべきは左前脚と噛み付き、あとは翼による風魔法だろう。
 全てを回避するとすればやる事は一つ。
 右に引いたバーンの穂先を後方へと向けたアリスは、左前脚による横薙ぎを風の加速によって回避。
 炎槍の射出口から収束された風魔法を放つ事で推進力を稼いだのだ。
 簡易エアレイドとも思える加速に竜種も反応が間に合わず、懐へと飛び込んだアリスはそのまま跳躍すると同時にバーンを腹部へと突き立て、炎槍を噴射。
 風の加速に魔力を消費してしまった為、最大出力とはならなかったが威力としては充分。
 竜種を貫いた炎槍は背中へと突き抜けて命を刈り取った。



 風の上位竜のソロ討伐に成功したアリスは息を弾ませたまま仲間の元へと戻り、労いの言葉を受け取りつつ自身の新たな戦いができた事に顔を綻ばせる。

「すげーじゃねーかアリス。上位竜をソロ討伐なんてよ」

「ほんと、最後すっごく速かったし!」

「また一つ成長したようだしな。いつになったら俺達はアリスに追いつけるんだか」

「ありがと。今回は褒められると素直に嬉しいわ。私だって貴方達に負けてられないもの。それに目指すべきはディーノなんだし、今よりもっと強くなりましょ!」

「ま、いつまでもアイツを待たせてるわけにもいかねーしな。死ぬ気で追いかけようぜ」

 士気を高める合同パーティーオリオンだが、この時はまだ知らない。
 ディーノが精霊魔術師として遥か高みへと至る事を。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

種から始める生産チート~なんでも実る世界樹を手に入れたけど、ホントに何でも実ったんですが!?(旧題:世界樹の王)

十一屋 翠
ファンタジー
とある冒険で大怪我を負った冒険者セイルは、パーティ引退を強制されてしまう。 そんな彼に残されたのは、ダンジョンで見つけたたった一つの木の実だけ。 だがこれこそが、ありとあらゆるものを生み出す世界樹の種だったのだ。 世界樹から現れた幼き聖霊はセイルを自らの主と認めると、この世のあらゆるものを実らせ、彼に様々な恩恵を与えるのだった。 お腹が空けばお肉を実らせ、生活の為にと家具を生み、更に敵が襲ってきたら大量の仲間まで!? これは世界樹に愛された男が、文字通り全てを手に入れる幸せな物語。 この作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

『おっさんの元勇者』~Sランクの冒険者はギルドから戦力外通告を言い渡される~

川嶋マサヒロ
ファンタジー
 ダンジョン攻略のために作られた冒険者の街、サン・サヴァン。  かつて勇者とも呼ばれたベテラン冒険者のベルナールは、ある日ギルドマスターから戦力外通告を言い渡される。  それはギルド上層部による改革――、方針転換であった。  現役のまま一生を終えようとしていた一人の男は途方にくれる。  引退後の予定は無し。備えて金を貯めていた訳でも無し。  あげく冒険者のヘルプとして、弟子を手伝いスライム退治や、食肉業者の狩りの手伝いなどに精をだしていた。  そして、昔の仲間との再会――。それは新たな戦いへの幕開けだった。 イラストは ジュエルセイバーFREE 様です。 URL:http://www.jewel-s.jp/

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした

コレゼン
ファンタジー
小日向 悠(コヒナタ ユウ)は、クラスメイトと一緒に異世界召喚に巻き込まれる。 クラスメイトの幾人かは勇者に剣聖、賢者に聖女というレアスキルを授かるが一方、ユウが授かったのはなんと外れスキルの無能だった。 召喚国の責任者の女性は、役立たずで戦力外のユウを奈落というダンジョンへゴミとして廃棄処分すると告げる。 理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。 ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。 これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~

きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。 洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。 レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。 しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。 スキルを手にしてから早5年――。 「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」 突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。 森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。 それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。 「どうせならこの森で1番派手にしようか――」 そこから更に8年――。 18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。 「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」 最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。 そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。

処理中です...