追放シーフの成り上がり

白銀六花

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186 オリオン

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 ディーノが使者としてセンテナーリオ精霊国へと向かってから早くも二十日が過ぎた頃、マリオ率いる合同パーティーオリオンはというと。
 何度かの下位竜討伐依頼を済ませ、近場での次のターゲットとして上位竜の討伐依頼を受けていた。
 エンペラーホークでの旅はいつものように順調であり、空を飛ぶモンスターと遭遇しようとも飛行速度の差から戦闘になる事はない。
 目的地であるリカーノから先の山中で降ろしてもらい、シストはエンペラーホークに乗ったまま山頂で待機し、新生オリオンは地図を片手に竜種が潜んでいるという巨大洞窟を探していた。

「うにゃ~。また洞窟かぁ。暗がりで戦うのは苦手なんだよね~」

 ソーニャが愚痴をこぼすように、自然洞窟や自身で作った穴蔵に潜んでいる竜種は多く、ここ三度程は下位竜を相手に暗闇での戦いに苦戦を強いられていた。
 竜種は暗闇の中でも地形や生物を感知する事ができるらしく、空を飛ぶ事ができないとしても視界がある分優位に戦える。
 人間の場合は光源が必要であり、淡く光を放つ事のできる魔具サリュームや松明を明かりにして戦う必要がある。
 竜種の全容がわからないうえに地形もある程度しか把握できないとなると、これまで問題なく討伐できていた下位竜でさえ難易度が跳ね上がる。
 過去には他のモンスターとの暗闇戦も経験しているものの、竜種程の巨獣との戦いとなればまた話は違ってくる。
 アリスも過去にアローゼドラゴンとの暗闇戦を経験しているものの、所詮はリザード系モンスターの亜種であり本物の竜種に比べればその動きは緩慢で攻撃力も低い。
 暗い中で繰り出される多くの攻撃に加えてブレスが吐き出され、隙ができたかと思えば地形を利用して壁や天井を足場にさまざまな攻撃を繰り出してくる。
 小さな人間であるマリオ達は竜種だけでなく落ちてくる岩壁にまで注意を向ける必要がある為非常に戦いにくいのだ。

「それでも穴蔵じゃないだけマシね。洞窟の上位竜がどれだけの脅威になるかはわからないけど、こっちが動けないよりはいいわ」

 穴蔵を掘るタイプの竜種は飛行能力が高くないのか翼は小さく、代わりに前脚が長く強靭に発達した個体が多い事から正面からの戦いに強く、明るさがあったとしても狭い場所というだけでも相当な強さを持つ。
 正面から延々と繰り出される左右前脚の攻撃に加え、ブレスを吐き出されては狭い穴蔵の中では逃げ場すらないのだ。
 完全にジェラルドの防御やフィオレのインパクト頼りの戦いになってしまい、素早く動けるソーニャや火力であるマリオとアリスは隙ができたところで一気に距離を詰めて翼の付け根を抉り、腹部を焼き、斬り裂くといった半ば強引な討伐方法となっている。
 竜害に向けた訓練も兼ねているはずが、この強引な戦いでは経験としてはそれ程得られるものはなさそうだ。

「見つかっている竜種のうち三割程が暗闇に潜んでるって話みてーだからな。それによく考えてみれば、英雄ヘラクレスも最後は夜の戦いだったって話になってるんだしよぉ。もし今後月明かりさえない状態で竜種に囲まれでもしたら暗闇戦も必要な経験って事になるんじゃねーか?」

「確かにそーなんだけどさ。私の素早さ活かせないのが辛いー!」

「確かにこの間はエアレイドで壁に突っ込んでたからな。ふぎゃっ!と聞こえた時は何事かと思ったぞ」

 暗がりで最も活躍できずにいるのはソーニャであり、ここ最近も伸び続けている自身の素早さに制御が追いついていないのが原因だ。
 ディーノの場合は俊敏が伸びると同時に器用さも伸びている事から制御もそう難しくはないのだが、純粋なシーフ系冒険者はこの素早さの制御が成長への大きな妨げとなっている。
 広い場所であれば制御しきれなくとも大きく回り込めばそれ程問題はないとしても、狭い洞窟などでは全力で駆け回る事ができないうえに地形の把握もしづらいため実力が半減してしまうのだ。

「前が見えなかったんだよーっ!」

「まあ俺らも戦闘前に転けた事あったしな。視界がねーのは辛いし素早さのあるソーニャなら尚更だろ。一応サリュームは大量に買ってきてあるからできるだけ明るさ確保して戦おうぜ」

 サリュームもそう安いアイテムではないのだが、竜種討伐依頼を斡旋され続けているオリオンの懐事情は暖かい。
 サリュームを大量購入しても、上級回復薬を大量購入したとしても全く問題ない程に潤沢なのだ。

「ちゃんと遠くに投げてね!竜種に当てるんじゃないからね!?」

「はいはい。今日は上手く投げる」

「練習して来たから大丈夫よ」

 前回の洞窟戦ではサリュームで光源を確保しようと、火力組のマリオとアリスはサリュームを遠くに投げる役割を担っていたのだが、アリスは地面に叩きつけ、マリオは竜種の口内に放り込むという全く意味のない事になってしまった。
 この事態に周囲の壁にサリュームを仕込もうと駆け出していたソーニャも自身が光源となっている事から竜種の的となり、尾による攻撃を緊急回避した直後に壁にぶつかるという失態を犯したのだ。
 見えないながらもジェラルドが突進して竜種を抑え、フィオレがインパクトで蹌踉めかせ……とグダグダな展開で戦闘を開始する事になった。

「今日は私が天井にサリューム射ち込むから安心してよ」

 モンスターの視界を奪う呪闇を発動できるレナータではあるが、暗闇の中では竜種の目の位置もよくわからず、距離も近い事から反動も大きい為使用を躊躇うところ。
 それなら回復と光源確保に専念した方が安全に戦えるものと考えられる。
 レナータが天井へ、マリオとアリスが左右方向の地面へ、そしてソーニャは地形を把握しやすいようにと壁面へサリュームを仕込む作戦でいく。

「ふふ。楽しみ。期待してるね」

 戦いが上手く運ぶ事への期待か、それとも今日も予想外の事態が起こる事への期待かはわからないが、ブレイブは面白いと語るフィオレはいつも楽しそうに冒険へと向かう。
 最初の頃こそ作戦通りに事を運ぶ事ができなかったものの、成りかけとの戦闘を経てからは自身の仕事を完璧にこなしつつも、仲間へのフォローも欠かさない完成されたアーチャーへと成長を遂げている。
 この日の戦いがどう動こうとも、仲間の失敗すらも許容できるだけの能力が今のフィオレにはあるのだ。
 たとえ暗闇での上位竜戦であろうとも充分な威力がインパクトにはある為、色相竜でもない限りは余裕を持って戦える。

「おっ!洞窟ってあれじゃねーか?こっから崖になってるけど側面に穴が空いてるし。よく見るとこれ縦穴だよな?」

「んん、あの穴、上位竜……ギリ、ギリ入れるか、な?入れなくない?」

 マリオが発見した洞窟は草木が生い茂っている為わかりにくいものの、縦穴になった窪地の中間位置に洞窟と思われる穴が空いていた。
 多少距離はあるものの、穴の大きさから考えれば下位竜でも入るのに苦労しそうな広さでしかないが、巨獣の足跡と思しき爪痕が壁面に残されている。
 中に入るためにはここから回り込んで真上からロープを垂らして降りる必要がありそうだ。

「異形の竜種かもしれないわね。空を飛ばない代わりに地上戦に特化した個体とか」

「確かに下位竜でさえ個体差があるくらいだ。上位竜ともなればまたさらに違いは大きくなるのかもしれない。注意して行こう」

 これまで何度かの暗闇戦で相手にした竜種はいずれも異形の個体であり、翼が退化した代わりに前脚の長い個体や噛み付く事に特化したのか頭の大きな個体もいた。
 下位竜でさえそれだけの個体差があるとすればやはり上位竜、色相竜と進化するにつれて別種と思えるだけの違いが表れる可能性も考えられる。
 表立って知られている竜種はやはり空を舞う個体である事から、これまで竜種に対する固定観念があっただけであり、実際はさまざまな個体が存在するようだ。
 その個体差がどれだけ大きくなるかは不明だが、今後はある程度の違いがあると認識した上で挑むべきだろう。

 真上からではわかりづらいかもしれないと、フィオレが見える位置から目印となる矢を放ち、ジェラルドを先頭にして洞窟の真上を目指して歩みを進める一行。
 周囲にはモンスターの気配がなく襲われる心配も少ないが、鳥の囀りさえも聞こえないのが少し気になるところ。
 竜種が生息する場所と考えれば他の生物が棲むには危険である為わからなくないとしても、山中でここまで静かなのは初めての経験だ。

 オリオンが発見した洞窟は思っていた程大きくはなかったが、実はこの時はまだ気付いていない。
 探すべきは巨大洞窟であり、縦穴の側面に空いた小さな洞窟ではなかったという事に……
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