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162 センテナーリオへ
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アークアビット拳王国の王都からセンテナーリオ精霊国の王都までは国を跨ぐ事から六の時ほどかかる事が予想され、昼二の時に出発した今、夕方に差し掛かる前には到着する事もできるだろう。
しかしセンテナーリオでの自由な時間がどれだけ取れるかはわからない為、それ程腹の空いていないマルドゥクではあるものの、道行先で発見するモンスターをつまみながら向かう事とする。
この辺はボア系よりもディア系のモンスターが多く見られ、草食のモンスターである事からかマルドゥクは美味しそうにその肉を咀嚼する。
肉というよりは一口で全身丸ごとバリボリと咀嚼する為、マルドゥクの恐ろしさを示すには充分な迫力がある。
そしてマルドゥクのおやつタイムにはフェリクスの訓練も実施される事となり、ディーノの支持のもと対面する両者。
顎を打ち鳴らす程に震えるフェリクスにマルドゥクの右前脚が振り抜かれると、無抵抗のまま地面を転がって気を失った。
もしかしたら気を失ってから転がったのかもしれないが。
大量に買い込んである上級回復薬を飲ませてダメージを癒した。
二度目のおやつタイムには先の訓練の記憶が全く残らなかったのか、体は震えるとしても死ぬことはないと脳が判断したらしく構えをとる事はできた。
最初と同じように右前脚が振り抜かれ、それに対して右拳を叩き付けると同時に跳躍して回避したフェリクスは、体を翻して地面に着地。
真上からガブッと噛み付かれた。
マルドゥクにとっては甘噛み程度のものだったのかもしれないが、数本の肋骨を砕かれて意識を失った。
やはりマルドゥク程の巨獣を相手にする場合は行動の度に間があってはまともな戦いにはならないようだ。
三度目も二度目と同じように振るわれた右前脚を跳躍によって躱し、着地と同時に一歩前へとステップ、目の前に噛み付き攻撃が振り下ろされると、左拳を全力で叩き込んだフェリクス。
日頃から鍛え続けた肉体のおかげもありマルドゥクの頭をわずかに左へ向かせ、低い位置へと下げられた首筋へと蹴上げをぶちかます。
しかし攻撃の直後は隙だらけとなり、その背中へと左前脚が振り抜かれるも、強引に体を捻って左拳を打ち付ける。
なかなかのコンビネーションではあるもののマルドゥク相手では分が悪く、遥か遠くへと打ち払われて地面を転がった。
たった三度の訓練でここまで戦えたのなら充分な成長速度と言っていいだろう。
その後センテナーリオの王都到着までに何度も戦闘訓練を行う事になるのだが、到着する少し前にはマルドゥクが戯れる程度の攻撃に耐えられるまでに成長する。
竜種すら超える強さを持つマルドゥクとの実戦訓練であれば、どのモンスターと戦うよりも遥かにレベルの高い経験を積む事ができるはずなのだ。
これを見守っていたチェルソはマルドゥクとの戦いと考えただけでも膝が笑い、立っていることすらままならない。
フェリクスが一つ一つ成長を見せる度に涙がこぼれ落ちるのは教え子の成長に感動、または喜びによるものか。
それとも哀れに思っての事かはわからない。
そしてこの狂った訓練を表情一つ変える事なく指示を出すディーノに対し、リエト達は白い目を向けていた。
アークアビットの二つの領地を抜けて、国境となる川を飛び越えてセンテナーリオの大地へと脚を踏み入れたマルドゥク。
おそらくは監視塔からこちらの存在は知られており、ここで入国許可をもらってからセンテナーリオの王都を目指す事になる。
本来であれば交易のないアークアビットである為、この川を渡る者は犯罪者や国に居られなくなった問題のある者である場合が多く、騎馬隊が出動して捕縛される事になるそうだ。
アークアビット側にも監視塔があり、同じように犯罪者などの捕縛から相手国への引き渡しなどが行われる為、交易はないとしてもまったく接する機会がないというわけでもないとの事。
監視塔へとゆっくりと近付いて行き、塔の長、国境警備隊隊長という男に今回の旅の目的を説明。
アークアビット側の監視塔からもすでに巨狼が来る事は伝えられていたようだが、マルドゥク程の化け物が来るとは思っていなかったのか表情が死んでいた。
生き残る事を放棄したのかもしれない。
フラフラと揺れる隊長からセンテナーリオの国旗に入国許可印を押された旗印をもらい、これを馬車に取り付ける事で他国の者の入国が許される事になるそうだが、馬車どころかマルドゥク一匹である為、頭上からこの旗を掲げる事で許可がある事を知らせればいいとの事。
手に持てる程のそう大きくない旗ではあるが、見えない事もないだろう。
監視塔からまた二つ程の領地を抜けたであろう先に、王都の大きな街並みが見えて来た。
ここまでどちらに向かうべきか悩んだものの、途中マルドゥクから逃げ惑う行商人の馬車を見つけた為、ディーノが旗印を持って襲撃……ではなく飛び乗って道を聞いた。
アークアビットとは交易を行ってはいないものの、センテナーリオも他の数国とは交易があるとの事で同じような許可印が知られているそうだ。
しかし許可印の色が違う事に気付いた商人は震えだし、必要はないかとも思ったがバランタインとルーヴェベデル、アークアビットの合同使者団だと説明して納得してもらった。
商人ともなればこの他国の使者団が来たというだけでも大きな情報となり、これから先の取引先が増えるかもしれないと考えればお宝情報でもある。
目的地である王都ではすぐに広まってしまう事にはなるが、他領ともなれば情報は数日後。
今ここがこの商人の腕の見せどころ、頭の働かせどころとなるだろう。
ディーノが馬車から去った後、元来た道を戻って行った事から今後の利益に繋げようと何かしらの取り引きに向かったのだろう。
有能な商人だったのかもしれない。
王都に近付くにつれてゆっくりと歩き進む事とし、ある程度距離が近くなったところでマルドゥクから降りたディーノとリエト、チェルソは見張りの兵士へと使者である事を説明。
両国からの書状として謁見を願い出る為の書簡を渡し、兵士から貴族へ取り次いでもらえるようお願いした。
今回マルドゥクが近付いて来た事で軽く騒ぎになりかけたとの事ではあったが、大きく掲げられた三国の国旗を確認した事で避難指示や戦闘指示は出されなかったとの事。
やはり巨獣には国旗を掲げるのは正解のようだ。
しかしこれから貴族に取り次いで戻って来るまでには時間が掛かるだろうと、ただ時間を潰すよりはいいだろうとフェリクスの訓練を再開した。
それから三の時程も経った空が赤く染まる頃、ようやく戻って来た兵士に案内されて王都の大通りを歩き進むマルドゥクとディーノ。
一応飼い主ではないが、他国の者が来たのだというのを知らせる為にもディーノは兵士に続いて歩いていく。
大通りを抜けて広場へと出ると、ここがマルドゥクを休ませる場所にどうだろうと提示された。
屋根もないただの広場ではあるが、もともと野生のモンスターであるマルドゥクにとっては邪魔がなければどこでもいい。
雨が降ろうと雪が降ろうと関係ない。
とはいえ野晒しではやはり汚れてしまう為、バランタインの王都やラフロイグでは巨獣用の厩舎が建設される予定となっている。
今後アークアビットにもルーヴェベデル民の派遣があれば厩舎が建てられる事にもなるだろう。
マルドゥクからパラサイトを解除したウルが降りて来て、兵士にはマルドゥクに危害を加えないようしっかりと釘を刺しておく。
ウルの指示に従うマルドゥクではあっても、危害を加えられれば迎撃するだけの防衛力はあるのだ。
もし無闇に傷付けて暴れ出したとすればすぐに落ち着く事はないだろう。
この辺一体が焼け野原になる可能性もある。
ところがマルドゥクにも兵士の見張りが数人着くとの事で、下手に手を出す者はいないだろうと一安心。
そしてこの広場には豪奢な馬車が待っており、中から出てきたのは腹の出た貴族と思われる中年の男と、付き人と思われる髭を蓄えた初老の男。
「ようこそ。使者団の皆様。こちらは【イーヴォ=フォン=スカラヴィーニ】伯爵様でございます。皆様の案内をと参られた次第であります」
何故か付き人が伯爵の紹介をしてきた。
少し戸惑いつつも、リエトとチェルソも挨拶を返す。
「私、バランタイン聖王国の外交官を務めますリエト=テッサーリと申します。スカラヴィーニ伯爵様におかれましては国王様への謁見のお願い、何卒よろしくお願い致します」
「アークアビット拳王国外交官のチェルソ=カザリーニと申します。此度は聖王国の訪問に合わせて同行させて頂いた次第であります」
外交官はこの両国の二人である為この場はディーノ達の挨拶は必要ないだろう。
二人の挨拶にコクリと頷いた主人を見て、付き人から今後についての説明がなされた。
「今後、伯爵様は国王様への謁見の書簡を用意されまして、使者団の謁見依頼の申し立てに上がる事となります。それまでは我が国の美しい街並みを見物しながらお待ち頂きましょうか。ただし、くれぐれも問題行動は起こされませぬようお願い致します。宿は、そうですね、二番通りにある……」
「ああ、別にいいよ。こっちで勝手に探すから」
態度の悪い伯爵、そして他国の使者団を一般の旅人でもあるかのように扱う付き人に落胆するディーノ。
使者団を招く国の代表として来たはずの貴族だが、自分で名乗りもしないこの男には礼儀も何も必要はないだろう。
「おい貴様!護衛の分際で口の利き方も知らんのか!この伯爵である私に無礼であろう!」
「やっと喋った。リエトさん。伯爵って偉いんだっけ?」
激昂する伯爵をよそにリエトに質問するディーノ。
ぽっちゃり貴族を恐れるディーノではない。
「伯爵であれば私と同じ爵位ですね。国王を頂点として公爵、侯爵、伯爵ときて子爵となりますね。ところがディーノ様は聖王勲章を受勲されている身。我が国では聖王勲章を持つ者は国王様と同様に敬うのが常識とされております」
ディーノもすでに忘れかけていたのだが、襟元に取り付けられた聖王勲章と竜殺しの勲章は、聖王国で絶大な権限を持つ。
聖王勲章は国王の発言力に匹敵する力を持ち、国を左右する場面ともなれば意見が必ずしも通るというわけでもないのだが、仮に公爵といえどもその意見を覆す事ができないだけの発言力がある。
そして竜殺しの勲章はどの国でも似たような物が存在し、いずれも色相竜討伐を機に与えられる事になっている。
どちらの勲章も伯爵位を上回るだけの力を持っているだけに、イーヴォはディーノよりも弱い立場にあるはずなのだ。
「オレ聖王勲章あるのに護衛の分際でとか言われちゃったな~。無礼はいったいどっちなんだろうな~。これでもし国王様への謁見を断られたらどうしようかな~。他の貴族にお願いするしかないのかな~。自分で挨拶もしない貴族に無礼とか言われてもな~。どう思うかな?イーヴォ君」
「ぐぬぬ……虚仮にしおって……!」
怒りに震えるイーヴォの顔を覗き込むようにして近付いていくディーノ。
国や領地が栄えている土地ほど礼節のしっかりした貴族が運営しており、民を蔑ろにする貴族が運営する土地では貧困に喘ぐ者も多い。
これまでバランタイン聖王国でも多くの依頼を受けてきたディーノは、領地の為、民の為に危険とされるモンスターを報酬や難易度問わず達成してきた。
ディーノの評価こそ貴族間では上がってはいたものの、本人からすれば貴族の優劣をつける事にもなり、イーヴォのような偉そうにふん反り返った貴族を好ましく思ってはいないのだ。
無能な貴族ほど自分だけを肥え太らせ、貧困に喘ぐ民に目もくれずに踏み躙る。
孤児院育ちのディーノにとって態度の悪い貴族など嫌悪の対象となるのだろう。
ディーノがイーヴォを小馬鹿にしている間、リエトは付き人から書簡を回収してここへ案内してくれた兵士へと手間賃と共に渡し、他の貴族に繋ぎを取ってもらえるようお願いする。
ついでにこの広場に面したおすすめの宿を紹介してもらい、案内の者が来るまでそこで待つ事にした。
「ディーノさん、そろそろやめましょう。イーヴォ伯爵様はもうお帰り頂いても結構ですよ。もう貴方は必要ありませんから」
「え?なんで?国王様に報告してもらわなくていいの?」
「報告ならしてやるわ!バランタイン聖王国ごとき田舎から愚かな無礼者が来たとな!貴様らなど罪人として首を切り、国に送り返してやるわ!」
ディーノが煽ったとはいえ貴族として言ってはならないような言葉まで発するイーヴォ。
これに目を細めたリエトと、ここまでのやり取りを後ろで全てを書き留めるピーノとエルモ。
この全てを国王に報告される事になるかもしれないが、イーヴォの運命はどうなるのだろうか。
慌てた付き人も、罵倒を続けるイーヴォの口を塞ぎ、馬車へと押し込んで逃げるようにして馬を走らせる。
「ディーノさん、やり過ぎですよ……」
「でもあれはダメだろ。こっちは王子だっているのにさ」
「その王子にマルドゥクを嗾けているのはどこのどなたですか?」
「んー……ウルじゃね?」
「お前に言われてやってるんだが?」
「いいい今思い出したように僕の事を出さなくても……」
フェリクスを見て思い出し、チェルソはまた一人涙を流していたが。
しかしセンテナーリオでの自由な時間がどれだけ取れるかはわからない為、それ程腹の空いていないマルドゥクではあるものの、道行先で発見するモンスターをつまみながら向かう事とする。
この辺はボア系よりもディア系のモンスターが多く見られ、草食のモンスターである事からかマルドゥクは美味しそうにその肉を咀嚼する。
肉というよりは一口で全身丸ごとバリボリと咀嚼する為、マルドゥクの恐ろしさを示すには充分な迫力がある。
そしてマルドゥクのおやつタイムにはフェリクスの訓練も実施される事となり、ディーノの支持のもと対面する両者。
顎を打ち鳴らす程に震えるフェリクスにマルドゥクの右前脚が振り抜かれると、無抵抗のまま地面を転がって気を失った。
もしかしたら気を失ってから転がったのかもしれないが。
大量に買い込んである上級回復薬を飲ませてダメージを癒した。
二度目のおやつタイムには先の訓練の記憶が全く残らなかったのか、体は震えるとしても死ぬことはないと脳が判断したらしく構えをとる事はできた。
最初と同じように右前脚が振り抜かれ、それに対して右拳を叩き付けると同時に跳躍して回避したフェリクスは、体を翻して地面に着地。
真上からガブッと噛み付かれた。
マルドゥクにとっては甘噛み程度のものだったのかもしれないが、数本の肋骨を砕かれて意識を失った。
やはりマルドゥク程の巨獣を相手にする場合は行動の度に間があってはまともな戦いにはならないようだ。
三度目も二度目と同じように振るわれた右前脚を跳躍によって躱し、着地と同時に一歩前へとステップ、目の前に噛み付き攻撃が振り下ろされると、左拳を全力で叩き込んだフェリクス。
日頃から鍛え続けた肉体のおかげもありマルドゥクの頭をわずかに左へ向かせ、低い位置へと下げられた首筋へと蹴上げをぶちかます。
しかし攻撃の直後は隙だらけとなり、その背中へと左前脚が振り抜かれるも、強引に体を捻って左拳を打ち付ける。
なかなかのコンビネーションではあるもののマルドゥク相手では分が悪く、遥か遠くへと打ち払われて地面を転がった。
たった三度の訓練でここまで戦えたのなら充分な成長速度と言っていいだろう。
その後センテナーリオの王都到着までに何度も戦闘訓練を行う事になるのだが、到着する少し前にはマルドゥクが戯れる程度の攻撃に耐えられるまでに成長する。
竜種すら超える強さを持つマルドゥクとの実戦訓練であれば、どのモンスターと戦うよりも遥かにレベルの高い経験を積む事ができるはずなのだ。
これを見守っていたチェルソはマルドゥクとの戦いと考えただけでも膝が笑い、立っていることすらままならない。
フェリクスが一つ一つ成長を見せる度に涙がこぼれ落ちるのは教え子の成長に感動、または喜びによるものか。
それとも哀れに思っての事かはわからない。
そしてこの狂った訓練を表情一つ変える事なく指示を出すディーノに対し、リエト達は白い目を向けていた。
アークアビットの二つの領地を抜けて、国境となる川を飛び越えてセンテナーリオの大地へと脚を踏み入れたマルドゥク。
おそらくは監視塔からこちらの存在は知られており、ここで入国許可をもらってからセンテナーリオの王都を目指す事になる。
本来であれば交易のないアークアビットである為、この川を渡る者は犯罪者や国に居られなくなった問題のある者である場合が多く、騎馬隊が出動して捕縛される事になるそうだ。
アークアビット側にも監視塔があり、同じように犯罪者などの捕縛から相手国への引き渡しなどが行われる為、交易はないとしてもまったく接する機会がないというわけでもないとの事。
監視塔へとゆっくりと近付いて行き、塔の長、国境警備隊隊長という男に今回の旅の目的を説明。
アークアビット側の監視塔からもすでに巨狼が来る事は伝えられていたようだが、マルドゥク程の化け物が来るとは思っていなかったのか表情が死んでいた。
生き残る事を放棄したのかもしれない。
フラフラと揺れる隊長からセンテナーリオの国旗に入国許可印を押された旗印をもらい、これを馬車に取り付ける事で他国の者の入国が許される事になるそうだが、馬車どころかマルドゥク一匹である為、頭上からこの旗を掲げる事で許可がある事を知らせればいいとの事。
手に持てる程のそう大きくない旗ではあるが、見えない事もないだろう。
監視塔からまた二つ程の領地を抜けたであろう先に、王都の大きな街並みが見えて来た。
ここまでどちらに向かうべきか悩んだものの、途中マルドゥクから逃げ惑う行商人の馬車を見つけた為、ディーノが旗印を持って襲撃……ではなく飛び乗って道を聞いた。
アークアビットとは交易を行ってはいないものの、センテナーリオも他の数国とは交易があるとの事で同じような許可印が知られているそうだ。
しかし許可印の色が違う事に気付いた商人は震えだし、必要はないかとも思ったがバランタインとルーヴェベデル、アークアビットの合同使者団だと説明して納得してもらった。
商人ともなればこの他国の使者団が来たというだけでも大きな情報となり、これから先の取引先が増えるかもしれないと考えればお宝情報でもある。
目的地である王都ではすぐに広まってしまう事にはなるが、他領ともなれば情報は数日後。
今ここがこの商人の腕の見せどころ、頭の働かせどころとなるだろう。
ディーノが馬車から去った後、元来た道を戻って行った事から今後の利益に繋げようと何かしらの取り引きに向かったのだろう。
有能な商人だったのかもしれない。
王都に近付くにつれてゆっくりと歩き進む事とし、ある程度距離が近くなったところでマルドゥクから降りたディーノとリエト、チェルソは見張りの兵士へと使者である事を説明。
両国からの書状として謁見を願い出る為の書簡を渡し、兵士から貴族へ取り次いでもらえるようお願いした。
今回マルドゥクが近付いて来た事で軽く騒ぎになりかけたとの事ではあったが、大きく掲げられた三国の国旗を確認した事で避難指示や戦闘指示は出されなかったとの事。
やはり巨獣には国旗を掲げるのは正解のようだ。
しかしこれから貴族に取り次いで戻って来るまでには時間が掛かるだろうと、ただ時間を潰すよりはいいだろうとフェリクスの訓練を再開した。
それから三の時程も経った空が赤く染まる頃、ようやく戻って来た兵士に案内されて王都の大通りを歩き進むマルドゥクとディーノ。
一応飼い主ではないが、他国の者が来たのだというのを知らせる為にもディーノは兵士に続いて歩いていく。
大通りを抜けて広場へと出ると、ここがマルドゥクを休ませる場所にどうだろうと提示された。
屋根もないただの広場ではあるが、もともと野生のモンスターであるマルドゥクにとっては邪魔がなければどこでもいい。
雨が降ろうと雪が降ろうと関係ない。
とはいえ野晒しではやはり汚れてしまう為、バランタインの王都やラフロイグでは巨獣用の厩舎が建設される予定となっている。
今後アークアビットにもルーヴェベデル民の派遣があれば厩舎が建てられる事にもなるだろう。
マルドゥクからパラサイトを解除したウルが降りて来て、兵士にはマルドゥクに危害を加えないようしっかりと釘を刺しておく。
ウルの指示に従うマルドゥクではあっても、危害を加えられれば迎撃するだけの防衛力はあるのだ。
もし無闇に傷付けて暴れ出したとすればすぐに落ち着く事はないだろう。
この辺一体が焼け野原になる可能性もある。
ところがマルドゥクにも兵士の見張りが数人着くとの事で、下手に手を出す者はいないだろうと一安心。
そしてこの広場には豪奢な馬車が待っており、中から出てきたのは腹の出た貴族と思われる中年の男と、付き人と思われる髭を蓄えた初老の男。
「ようこそ。使者団の皆様。こちらは【イーヴォ=フォン=スカラヴィーニ】伯爵様でございます。皆様の案内をと参られた次第であります」
何故か付き人が伯爵の紹介をしてきた。
少し戸惑いつつも、リエトとチェルソも挨拶を返す。
「私、バランタイン聖王国の外交官を務めますリエト=テッサーリと申します。スカラヴィーニ伯爵様におかれましては国王様への謁見のお願い、何卒よろしくお願い致します」
「アークアビット拳王国外交官のチェルソ=カザリーニと申します。此度は聖王国の訪問に合わせて同行させて頂いた次第であります」
外交官はこの両国の二人である為この場はディーノ達の挨拶は必要ないだろう。
二人の挨拶にコクリと頷いた主人を見て、付き人から今後についての説明がなされた。
「今後、伯爵様は国王様への謁見の書簡を用意されまして、使者団の謁見依頼の申し立てに上がる事となります。それまでは我が国の美しい街並みを見物しながらお待ち頂きましょうか。ただし、くれぐれも問題行動は起こされませぬようお願い致します。宿は、そうですね、二番通りにある……」
「ああ、別にいいよ。こっちで勝手に探すから」
態度の悪い伯爵、そして他国の使者団を一般の旅人でもあるかのように扱う付き人に落胆するディーノ。
使者団を招く国の代表として来たはずの貴族だが、自分で名乗りもしないこの男には礼儀も何も必要はないだろう。
「おい貴様!護衛の分際で口の利き方も知らんのか!この伯爵である私に無礼であろう!」
「やっと喋った。リエトさん。伯爵って偉いんだっけ?」
激昂する伯爵をよそにリエトに質問するディーノ。
ぽっちゃり貴族を恐れるディーノではない。
「伯爵であれば私と同じ爵位ですね。国王を頂点として公爵、侯爵、伯爵ときて子爵となりますね。ところがディーノ様は聖王勲章を受勲されている身。我が国では聖王勲章を持つ者は国王様と同様に敬うのが常識とされております」
ディーノもすでに忘れかけていたのだが、襟元に取り付けられた聖王勲章と竜殺しの勲章は、聖王国で絶大な権限を持つ。
聖王勲章は国王の発言力に匹敵する力を持ち、国を左右する場面ともなれば意見が必ずしも通るというわけでもないのだが、仮に公爵といえどもその意見を覆す事ができないだけの発言力がある。
そして竜殺しの勲章はどの国でも似たような物が存在し、いずれも色相竜討伐を機に与えられる事になっている。
どちらの勲章も伯爵位を上回るだけの力を持っているだけに、イーヴォはディーノよりも弱い立場にあるはずなのだ。
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「ぐぬぬ……虚仮にしおって……!」
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これまでバランタイン聖王国でも多くの依頼を受けてきたディーノは、領地の為、民の為に危険とされるモンスターを報酬や難易度問わず達成してきた。
ディーノの評価こそ貴族間では上がってはいたものの、本人からすれば貴族の優劣をつける事にもなり、イーヴォのような偉そうにふん反り返った貴族を好ましく思ってはいないのだ。
無能な貴族ほど自分だけを肥え太らせ、貧困に喘ぐ民に目もくれずに踏み躙る。
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ついでにこの広場に面したおすすめの宿を紹介してもらい、案内の者が来るまでそこで待つ事にした。
「ディーノさん、そろそろやめましょう。イーヴォ伯爵様はもうお帰り頂いても結構ですよ。もう貴方は必要ありませんから」
「え?なんで?国王様に報告してもらわなくていいの?」
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ディーノが煽ったとはいえ貴族として言ってはならないような言葉まで発するイーヴォ。
これに目を細めたリエトと、ここまでのやり取りを後ろで全てを書き留めるピーノとエルモ。
この全てを国王に報告される事になるかもしれないが、イーヴォの運命はどうなるのだろうか。
慌てた付き人も、罵倒を続けるイーヴォの口を塞ぎ、馬車へと押し込んで逃げるようにして馬を走らせる。
「ディーノさん、やり過ぎですよ……」
「でもあれはダメだろ。こっちは王子だっているのにさ」
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S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
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