追放シーフの成り上がり

白銀六花

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108 髪は女の命

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 炎の巨獣マルドゥクが殺意をもって歩みを進め、ユニオンを片手にディーノは獰猛な笑みを浮かべながら身構える。
 咆哮をあげたマルドゥクは首の襞から真っ赤に燃え盛る炎を、前足からも炎を噴射しながら大地を踏み締め、周囲に生えた草葉も燃え上がり、離れた位置で隠れているフィオレやアリスにも届くほどの高熱を発している。

 魔力を充分に溜め込んだディーノは爆破を使用せずに加速し、マルドゥクの顔にに向かって一直線に跳躍。
 マルドゥクは眼前から向かって来るディーノに炎の右爪を横薙ぎに振り払うと扇状に炎波が広がるも、防壁を踏み台にしてさらに上へと跳躍したディーノが前方に回転しながら鼻先へと斬り掛かる。
 これを隙と捉えたマルドゥクは口内から炎のブレスを吐き出したのだが、ディーノはユニオンの一振りによってそれを相殺。
 余波を体に浴びつつもその大部分を魔力へと還元してブレスを防ぎきる。
 マルドゥクもディーノがこれを相殺するとは思っていなかったのだろう、ブレス後の硬直に合わせてリベンジブラストを最大威力で発動し、喉元から胸にかけて超威力の爆発を食らわせる。
 恐るべき威力の反撃に、前傾姿勢だったマルドゥクもその身を仰け反らせ、左後足から崩れ落ちると前方に体が傾き出す。
 そこへ駆け込んだフィオレとアリス。
 倒れて来るマルドゥクの腹部目掛けて全力のインパクトを撃ち込み、巨体による体重にインパクトの衝撃が加えられた事により凄まじい威力がマルドゥクの体内を突き抜ける。
 マルドゥクも受け身をとる事もできずにその場に倒れ伏せ、右前足に向けてアリスが炎槍を突き立てた瞬間。
 真っ赤に光り輝いた鎧のような脛から爆発の如き炎が吹き荒れる。
 一瞬の判断で身を伏せたアリスは炎の直撃を受ける事はなかったものの、躱し損ねた髪の毛先が焼き焦がされる。
 さらに倒れたままのマルドゥクは右前足を横に薙ぎ、地面を抉りながらアリスを払い除けた。
 風の防壁によってダメージは軽減されたものの、受けた魔鉄槍バーンに響く衝撃は尋常なものではなく、ミシミシと嫌な音を響かせながらもその一撃に耐えたアリス。
 すぐさま距離をとろうと駆け出したのだが、マルドゥクの攻撃はこれでは終わらない。
 血を吐き出しながらも赤い襞を広げて前方へと炎波を吹き荒らし、目に映らないフィオレを狙って周囲を焼き払う。
 アリスは身を伏せてその炎を回避し、フィオレはシルフィードウルフの外套で頭を隠してその場に伏せる。
 炎波の直撃を受け死を覚悟したものの、上空から落下して来たディーノが炎波の一部を相殺すると、マルドゥクの鼻先にリベンジブラストを叩き込む。
 わずかに溜め込んだ魔力だけでのリベンジブラストの威力は高くはなかったものの、炎波の放出を止める事だけはできたようだ。
 すぐにフィオレに上級回復薬を叩き付け、肩に担いでマルドゥクから距離をとるディーノ。
 アリスもそれに続き、涙目になりながらも髪を左手で梳くと……
 ごっそりと焼けた髪の毛が手の中に落ちてきた。

「ディーノぉ……髪の毛がぁ……」

「焼けちまったのか!?ああっ、もったいないけど仕方ない!後で整えてやるから今は泣くな!油断すると死ぬぞ!」

 ゴシゴシと涙を拭い、手に残るチリ毛を投げ捨ててバーンを見つめるアリス。
 持ち手に亀裂が入り、途中から曲がってしまっている事にまた涙が溢れ出る。

「バーンもぉっ、壊れちゃったよぉ!ふあぁぁぁんっ!!」

 全力で走りながらも泣き出してしまったアリスでは戦闘の続行が難しい。
 火だるまになったフィオレと一旦隠れてもらう必要がありそうだ。

「泣いてる場合じゃない!バーンも直せばいいから!なっ?とりあえず落ち着くまで一旦引け!」

「でもっ……髪が短くなったらディーノっ……うっ、うぐぅっ……」

 以前娼館の友人達が髪は女の命と言っていた事を思い出したディーノはあまり強く言う事ができず、涙を流すアリスにかける言葉が見つからない。
 しかし今はアリスを慰めているような状況ではなく命懸けの戦闘中である。
 アリスの言葉を反芻しつつ、髪が短くなる事が問題なのかと判断したディーノは。

「アリスは髪短くても大丈夫だ!もしかしたらそっちの方が好みかもしれない!」

 ディーノとしては似合っていれば長くとも短くともどちらでもいいのだが、アリスさえ納得がいけば今はそれでいい。

「え……本当?」

 この戦闘中に何の話をしているんだとも思いつつ、涙を止めたアリスであればなんとかなるかもしれない。

「ミラも以前は髪短かったんだ!それにケイトだって肩までの長さしかないだろ?他にも娼館のセリーヌだって短いしリーンも短いな!あとは~ヴィアンカもだ!」

「んなっ!?リーンって誰!?後で詳しく聞かせてもらうわよ!」

 軽く失言しつつも元気を取り戻したアリスに安心するディーノ。

「あ、やべ!えーと、他の街の友達だ!」

「王都とラフロイグだけじゃなかったって事!?なんで教えてくれなかったの!?」

「き、聞かれなかったから?」

「むぅっ!!」

 髪の事など忘れたかのように憤慨するアリスは拳を握りしめ、後でディーノを問いただそうと決意する。
 そしてマルドゥクとの距離をある程度稼げた事からフィオレをその場に寝かせ、アリスに守ってもらえるよう頼んでディーノは駆け出した。
 全身に炎を浴びたフィオレはひどい火傷を負っており、アリスもすぐに上級回復薬を取り出してフィオレの手や足へと振りかけてやる。
 下級回復薬を飲ませて意識が戻るまではアリスが守らなくてはならないが、ディーノが引き付けるとすればこちらが襲われる可能性は限りなく低くなるだろう。
 ディーノ一人でマルドゥク相手に無事で済むだろうかと、女絡みで少し怒りを覚えつつもやはり心配で仕方がないアリスだった。



 マルドゥクは先に受けたリベンジブラストとインパクト、右前足には炎槍による深い傷を負い、かなりのダメージを負いつつも体力的にはまだまだ倒れるまでには至らない。
 ダメージにより動きは大きく制限されるも、今回の目的は討伐ではなく捕獲である為、この動きを制限したところからが戦いの本番と言っていいだろう。
 それこそ身動きとれなくなるまで消耗させるとなれば、先にディーノ達の体力が先に尽きてしまう可能性さえあるのだ。
 フェイントを加えて炎魔法を無駄撃ちさせ、リベンジブラストで激しく揺さぶる事でダメージを与えて体力を奪っていく。
 死ぬ寸前まで追い込んではウルが寄生したとしても使い物にならなくなっている可能性もあり、なるべく身体的に破壊する事なく体力だけを奪いたい。
 やはりディーノの風の事象による爆破やリベンジブラスト、フィオレのインパクトにアリスの遠距離魔法攻撃など、外からの攻撃が有効となるだろう。
 フィオレが回復するまではディーノ一人で相手取るつもりではいるのだが、時間稼ぎとある程度の消耗を狙って挑む事となる。
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