追放シーフの成り上がり

白銀六花

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89 黄竜に挑む

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 ワルターキに向かう道中は馬車を連ねて進んでおり、側からは伯爵家の護衛をする冒険者が多くいるようにも見えるが、その実、竜種戦の観戦に向かう一行である。
 一度竜種を見に行った事があるというルビーグラスを先頭にアークトゥルス、黒夜叉、エンリコと使用人一人を交えた伯爵家と続き、その後ろに冒険者達の馬車が続いている。
 ディーノ達の馬車にはヴィタも乗っており、御者席にはディーノとフィオレ、荷台にアリスとヴィタが座る。
 アリスもフィオレが男だと知ってからはスキンシップが少し減ったものの、知らずにこれまで普通に過ごしてきていた為かそれ程男だから苦手だという認識はないようだ。
 そしてディーノとフィオレが仲良くしていても以前程は警戒する事もなくなり、今はフィオレがアリスに近づきすぎるのをディーノが警戒するような状態になっている。
 しかしディーノも新しくできた男の仲間を嬉しく思っているのか、一つ年下のフィオレを可愛いがっており、予備のダガーを渡して近接戦を教えたりもしている。
 弓矢を使えない状況でもフィオレのステータスがあればA級シーフ並みには戦えるかもしれないとの思いからだが、今後は投げナイフを購入してインパクトと組み合わせても面白いと考えているようだ。

 ジャダルラックからは少し遠いワルターキに到着するのは夕方に差し掛かる頃となる。
 途中昼休憩に一度停止した以外は順調な旅路となった。



 ワルターキからは全ての人々が非難しており、被害にあったのは街ギルドで冒険者をしていた数名と、運悪く竜種の下敷きになった家の者だけである。
 人間を脅威とも餌とも見ていない竜種は逃げ惑う人々を襲う事もなく、危険度としてはそう高くはないだろう。
 それでも向かって来る敵に対しては容赦する事はなく、その凶悪なまでの強さで形状を留めない程まで叩き潰す。
 街ギルドの冒険者達もすり潰されたかのように死んでいたと調査員からは報告が上がっている。

「ま、そんなわけで竜種に近いけどここで今夜は食事にしようか。寝泊まりは冒険者は適当な宿を、伯爵様は街長の家を借りてください」

「本気でここで食事する気か……ああ一応大丈夫だとは思うが、家財を漁るなどはせんでくれよ?疑われるのはここにいる我々なのだからな」

 放置された街などは盗賊の恰好の餌食となるのだが、さすがに竜種がいるこの街で略奪行為に及ぶ事はできないだろう。
 街人の財産は残されたままであり、これを奪うような事があれば盗賊のしている事と変わらない。

「ここにいる奴らぁそんな真似しませんよ伯爵様。もしいたら俺が責任を持ってその腕を斬り落としますわ」

 カルロがそう言いながら冒険者仲間に目を向けると、誰もがそんな真似はしないと首を横に振る。
 だが竜種との戦いが始まればこの街は更地になる可能性もあり、家財を漁ろうが漁るまいがそれ程違いはないのだが、やはり冒険者としての気持ちの問題であり、ここで略奪行為をしてしまえばその者は今後盗賊に落ちていく事にもなるだろう。

「じゃあ各パーティーのシーフは食事の準備だ。他の奴らは寝床の……掃除だな。一時後には飯にしよう」

 ネストレが指示を出し、ディーノ他各パーティーのシーフが集まり、ギルドの厨房で六人での調理が始まった。
 冒険者ではそう多くはないシーフが六人も集まって話す事などそう多くはなく、やはり上位者であるディーノやネストレは様々な質問を受ける事になったが、同じジョブを選択するだけあって感覚が似ている。
 全員分の料理を用意していてもそれなりに楽しい時間を過ごす事ができた。

 料理と軽く酒を飲み交わして、竜種戦を前にゆっくりと体を休ませた。



 ◇◇◇



 街にディーノ達人間が数十人もいるというのに動く事のなかった竜種。
 敵意が向けられれば襲い掛かってくる事もあったかもしれないが、戦うつもりのない冒険者達が竜種に敵意を向けるはずもなく、アークトゥルスとルビーグラスも戦いの前夜とはいえ自然体で過ごしており敵意を向ける事はなかった。
 アリスは以前竜種にフレイリア領を攻め込まれた際にはまだ小さな子供だった為か、それとも匿われていた事で見た事がなかったのか、竜種を見ても動揺はみられない。
 フィオレも動揺する事なく「大きいね」と感想を述べるのみで、先日竜種以上ともなる存在感を放つティアマトを見ているせいか落ち着いたものである。

「またオレがソロで削っていいのか?結構街を破壊する事になると思うけど」

「頼むぜぃ。ついでに言うと飛べねぇようにしてくれるとありがてぇな」

「うむ。街が壊滅する事は想定のうちだ。もし全てが破壊されたとしても黄竜討伐の街として復興させてみせよう」

 竜種に壊滅された街は数多にあれど、討伐した街ともなればそう多くはない。
 討伐に成功すれば観光地として有名になり、竜種を素材として様々な商品が売られる事で多くの利益が予想されるのだ。
 それこそ他領からの貴族も訪れる事になり、商人達も買い付けや物品の販売などと人の出入りも多くなる。
 今は避難しているワルターキの街人達は家を失う事になるとしても、国からの援助や今後街が発展していく事を考えれば、住む事のできない竜種がいる今よりは遥かにマシだろう。

「じゃあ建物に潰されないようこの広場で見ててくれ。もし危ない時は助けてくれよな」

 そう言い残して竜種に向かって歩いていくディーノだが、縦横無尽に空を駆け回るディーノをどうやって助ければいいのだろうと誰もが疑問に思うところ。

「では皆さん!配った遠見筒でディーノさんの勇姿を見届けましょう!」

 ヴィタが配った遠見筒とは遠くを見渡せるレンズの入った小型の筒で、長さを調整する事で拡大率も変更できる優れ物である。
 ジャダルラック領の冒険者が今後成長するのに必要だろうと、この日の為にヴィタは自腹で買い占めてきたのだ。
 これを嬉しく思わないセヴェリンではなく、先を見越せる優秀な女性だとディーノに続いて娘に欲しいとさえ思える程に気に掛けるようになった。



 黄竜に敵意を向けて歩き進むディーノ。
 その存在にゆっくりと体を起こした黄竜は威嚇を込めてか空を割るかの如き咆哮をあげ、それに応えるかのようにディーノは爆音を轟かせて竜種に向かって加速した。

 竜種へと跳躍したディーノに対して強靭な右前足が斜めに振り下ろされ、爆風によって更に加速したディーノは爪刃を躱してそのまま喉元へとユニオンを突き立て、異変を感じて即退避。
 それが何かはわからないが距離を取りながら空を駆ける。
 ディーノを追って前進し始めた竜種は巨大であり、家屋を倒壊させながら恐ろしい程の素早さでディーノを引き裂こうと左右の前足で襲い掛かるが、回避に専念するディーノはそう簡単に捕まる事はない。
 空を駆けていたディーノが地面に降り立ち、そこへ飛び掛かった黄竜の頭を駆け上がったディーノだが、背後に回られるのを嫌った黄竜は上体を起こして地面に倒れ込む。
 跳躍する事によって黄竜から潰される事はなかったディーノだが、予想外にも振り上げられた尾によって弾き飛ばされる。
 突き刺さりそうになった家屋を爆破して潜り抜け、目の前の障害物を斬り裂きながら進路を上方へと持ち上げ、空を駆け上がりながら再び黄竜へと向かう。
 黄竜の真上へと駆け上がったディーノは、上空から防壁を蹴って落下加速。
 頭上から向かって来るディーノに対して黄竜はブレスを吐き出そうと口内に魔力を集中させる。
 そこで爆破により加速したディーノが左目目掛けてユニオンを振り下ろすが、黄竜は仰反るようにして左前足を振り上げる事によってガードする。
 体勢を崩した黄竜は右後方へと倒れていくが、巨大な翼が覆い被さるようにしてディーノを薙ぎ払う。
 黄竜のその巨体を持ち上げる程の翼となれば家を数軒包み込める程の大きさとなり、それが黄竜の意のままに操れるとあってはディーノも逃げ切れない。
 ユニオンで受けながら後方へと弾き飛ばされた。

 身を翻しながら風の防壁で衝撃を和らげて建物の屋根へと着地したディーノは、黄竜から見えないよう狭い路地を駆けて距離を詰める。
 多くの家屋を薙ぎ倒しながら起き上がった黄竜に死角から飛び掛かるディーノ。
 右後足の関節部へとユニオンを突き立て、痛みに叫び声をあげる黄竜はディーノを振り払おうと右前足を振り下ろす。
 それを真上に駆け上がる事で回避したディーノは黄竜の鱗に捕まりながらユニオンを突き立てて上り進む。
 浅い傷ではあるがこのわずかな傷も後々響いてくるはずだ。
 ザクザクと突き刺される痛みに黄竜は転げて暴れ回り、ディーノが離れると身を伏せたまま光輝く球状のブレスを吐き出した。
 家屋を貫いて地面へと着弾した光球は轟音を轟かせて破砕。
 空に向かって放電現象を起こすと、周囲の瓦礫がその熱により燃え出した。
 頭から生えたツノも発光して放電現象が起こっており、どうやら黄竜は雷属性を持つ竜種のようだ。
 最初こそツノは光っていなかったものの、ブレス放出後に発光し始めたという事は持続型のスキルの可能性が高い。
 もしそうだとすればツノが発行する間はいつでも雷撃が発動可能であり、近接戦は危険極まりないものとなるだろう。
 そして上位竜ともなればまだ特殊な何かを持っていると考えれば、パーティーでの戦いでは一網打尽にされる可能性もある。
 隠し持つ特殊能力を暴いてスキルを使えなくなるまで消耗させる必要がありそうだ。
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