追放シーフの成り上がり

白銀六花

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73 敵とも酒を飲む

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 野営地での夕食後。
 ティアマトに寄生していた男に興味を示したディーノは、離れた場所にも焚き火を移して少し話をしてみようと誘ってみる。
 そしてその男もティアマトと対等に戦ったディーノに興味があったようで、ディーノの誘いに乗ってそのままついてくる。
 しかし貴族男がそれを危険と思ったのか引き留めようとするも、「興味本位だ。国に不易な話はしない」と言ってその場を離れた。

 ディーノは持ってきていた酒のうちジャダルラックで買った酒を男に渡し、干し肉をつまみにして話ついでに飲み交わす事にした。

「まずはオレ。この国のS級冒険者、ディーノ=エイシスだ。クランプスの討伐と危険領域の調査を依頼されてたまたまあんたらと遭遇したわけだが、獣王国ルーヴェべデルの兵隊さん。まずは名前を聞かせてくれよ」

「さすがにあいつらのスキルで嫌でも気付くか……俺は兵士ではないがルーヴェべデルの0級冒険者、【ウル=シュミット】だ。冒険者としては特殊ランクに位置するんだが……この国ではS級が最上位って事でいいんだな?」

 どうやら冒険者のランクに呼び方が違うようで、その後の話からルーヴェべデルでは1級から8級までのランクがあり、最上位となる1級冒険者から頭脳や人間性他様々な審査を受けて合格した国のお抱え冒険者が0級となるそうだ。
 この国で考えればランクが変わる事はなかったが、聖銀パーティーのザックやエンベルトなどが国のお抱えの冒険者となる。

「ああ。その下がA級でBCDE級とある。パーティーになるとまた呼び方は変わるんだけどな。オレはまだソロだからS級。今後パーティーを組めばSS級になると思う」

 アリスはすでにS級冒険者であり、フィオレも実力を見る限りではアリスよりもポイントが高そうだ。
 確実にSS級パーティーになれるだろうとディーノは予想する。

「なるほどな。しかしこの国のS級冒険者がまさかティアマトを一人で狩れる強さを持つとは思わなかった。あれは竜種をも超える化け物だというのにな……」

「スキルが発動できないなら竜種以下だろ。あれでスキル使われたらオレも勝てるかわかんないし」

 そう返したディーノにウルは「確かにな」と笑い、それでもティアマトを圧倒したディーノを竜種を倒せる存在であると認識せざるを得ない。
 本来のティアマトは肉体性能はディーノと戦った能力そのままに、地属性魔法スキルを無限に使用できる超生物である。
 クランプスを捕獲する際には殺さないよう手加減したのだが、魔法スキルに耐性のあるティアマトはスキルがなくとも竜種に匹敵する強さを持つだろう。
 これを捕獲できたのはウルのスキルが特殊であったが為に可能であり、ルーヴェべデル軍を召集し多大な犠牲を払ってその作戦を成功させている。

「実は戦い始める前にウルとあの貴族男の話を盗み聞きしてたんだけどさ。モンスター集めて戦争起こすつもりみたいだがやめといた方がいい。この国にはオレより強いのがまだいるからな」

 ディーノのこの言葉に驚愕するウル。
 ティアマトをソロで倒せるディーノを、バランタイン最強の冒険者だとさえ思っていただけにディーノ以上がいると聞いては震え上がる程の恐怖を覚える。
 しかしウルも自身がルーヴェべデル最強だと自負するつもりはなく、他にも強力なモンスターを使役する者が何人もいる事を知っているのだ。
 まだ戦争が始まればどちらが勝つとも予想はつかない。

「聞かれていたか……俺もできる事なら戦争は避けたいところだが、俺達には必要な戦争でな。広大な領地に多くの資源があるバランタインは魅力的な国なんだ。戦争を起こしてでも手に入れたいと思うのは侵略の歴史を持つ獣王国では当たり前の考え方だろ」

 ディーノが知る獣王国の歴史もウルが言うように侵略の国としての歴史であり、小さな領地からの反逆による元の国の滅亡、そして周辺領地の侵略と殺戮、多くの小国との戦争の歴史を持つ。
 未だそれほど大きな国ではないものの、多くの巨獣や強力なモンスターを集めているとすれば、大国であるバランタイン王国でも多大なる被害、もしくは戦争に敗れて植民地化する可能性さえある。

「もうわかっているとは思うが俺のスキルは【パラサイト】というモンスターに寄生する能力だ。同じような者が国に何人かいるが誰もがティアマト級のモンスターを操る。そのうえ国が総力をあげて竜種を集めているんだ。実際にディーノよりも強い者がいたとしても勝てるとは思えん」

「んん、まぁいいか。それよりほら、お前も飲めよ。ジャダルラックの酒もなかなか美味いからさ」

 ウルの言葉に言い返そうかとも思ったディーノだが、わざわざザックの事を説明してやる必要もないだろう。
 ディーノから見たザックは今日戦ったティアマトを相手にしたところで、負ける姿など想像がつかない。
 素早さも攻撃力も圧倒的にティアマトに分があるとしても、それでもザックの強さは人智を超えるものであり、今のディーノが挑んだとしても勝てる要素が見当たらない。
 ギフトで全ステータスを底上げしたところでザックのスラッシュに対抗できる気がしないのだ。
 ディーノが知る最強生物は竜種でもティアマトでもなく兄貴と慕うザック=ノアールその人である。

「俺はこの国に戦争を仕掛けようって国の冒険者だぞ?言わば敵だ。なに普通に酒に誘ってんだよ」

「戦争が始まる前ならそれはオレ達冒険者には関係のない話だからな。で?獣王国ってのはどんなとこだ?料理とか酒とか気になるから教えてくれよ」

 国の問題を冒険者であるディーノが今考えても仕方のない事であり、気になっていたウルのスキルについても聞く事ができた。
 それならば獣王国ルーヴェべデルではどのような暮らしをしているのかと、冒険者らしく酒の肴に世間話を始めるディーノ。
 ウルも毒気が抜かれたのか酒瓶を煽り、「変な奴だな」と笑ってからディーノの世間話に付き合った。



 ディーノとウルが酒を飲み交わしながら楽しそうにしていると、アリスとフィオレもその話が気になって近付いてくる。
 他のルーヴェべデル兵はアークトゥルスが見張っている為放っておいてもいいようだ。

「ねぇディーノ。この人敵じゃないの?」

「この人達のせいでモンスターが溢れたんじゃないの?」

 アリスもフィオレもルーヴェべデルから来たティアマトのせいでジャダルラック領にモンスターが溢れかえっているのだと思っているようだ。

「んん、まあ今は捕虜だし?モンスターが溢れた理由は知らん」

 ディーノもよくわからないままウルと世間話をしていたあたり何も考えていなかったのだろう。

「この二人お前のパーティーメンバーか。美人どころを二人も引き連れて羨ましいものだな」

 ウルもアリスとフィオレを見比べながら二人の質問に答えようと口を開く。

「モンスターが溢れたのは俺達が原因ではない。この周囲に竜種が現れたと思うがおそらくはあれがこの地に来たせいだろう。先に危険領域だったか、あの周辺に降り立ったとすればそこにいたモンスターが各地に散った可能性はある」

「元々危険領域内に竜種がいたって場合もあると思うけど。そこにあなた達が来たせいで暴れ出したとか……」

 アリスやディーノも危険領域内に立ち入ったのはモンスターが各地に散ってからであり、疑い出せばキリがないのだが意見としては当然の事。

「周囲にどれだけのモンスターがいたのかは知らないが、ティアマトがいたとしても俺が仲間を引き連れてあの場所までたどり着くのは難しいと思わないか?それに竜種と対峙した時点で戦いになるだろうしどちらかが倒れるのが必然だと思うが」

 竜種とは強い個体と遭遇すれば確実に仕留めようと襲って来る危険度の高いモンスターである。
 同族であれば襲う事もないのかもしれないが、他種族であれば確実に殺し合いの戦闘になるのは間違いない。
 格下のモンスターであれば竜種が放つ威圧により逃げ出す為襲われる事も少ないのだが、敵意、悪意に対しても敏感な竜種は近付いてくる人間にも容赦はしない。
 ティアマト程の強力な個体が目の前に現れれば間違いなく殺しにくるだろう。

「それでもあなた達が危険領域に入った事には変わらないわ。そもそもどうして今ここにいるの?モンスターの大量発生、竜種の出現、そして危険領域内には獣王国の兵士達。どれをとってもあなた達が原因としか思えないけど」

「もうディーノには知られてるしある程度は話してもいいか……」

 ウルはディーノとの会話にあった戦争についての話を簡単に説明した。
 獣王国ルーヴェべデルがバランタイン王国に戦争を仕掛けるつもりで竜種を集めている事や、ここ以外にも竜種を捕獲しようと各地に部隊は派遣されている事。
 そして自身のスキルもパラサイトという寄生スキルだという事まで明かし、嘘はない事を証明しようと試みる。
 さすがに敵とはいえスキルまで明かされては話に信憑性が増すものであり、全てを鵜呑みにする事はできないとしてもある程度は信じようとアリスも考える。
 ディーノもウルのスキルを知ってはいたのだが、敵国の珍しいスキル持ちともなればそう簡単に話すつもりはない。
 恋人であるアリスにさえも話すつもりはなかったのだが。

「それとここにいる竜種はルーヴェべデルの東にある領地を壊滅させてくれてな。予想外の竜種の襲来に抵抗する事もできなかったそうだ。まあそれでも国の偵察が追ったおかげで場所は特定できたんだが……派遣された俺達は作戦に失敗してこの有様というわけだ」

 ここまで説明されればウルの話とこれまでの状況に辻褄が合う為、睨みをきかせていたフィオレも落ち着きを取り戻してアリスと頷き合う。

「一応、納得はするけど……戦争を起こすって本気なの?」

「ここで始末しておいた方がいい?」

 フィオレはなかなかに物騒な事を言い出すが、一人二人残せば聴取は取れるのだ。
 敵国の兵と考えればそれも手段としては悪くはないのかもしれない。

「そう焦る必要はないだろ。もしおかしな行動をとるようならオレが殺す。逃げても殺す。敵意をみせても殺す。だからオレに任せてくれ。で、ウルはどうする?」

「ディーノは怖いな。ここは大人しくすすめられた酒を飲む事にしよう」

 表情を変えずに酒を口に含むウルに対し、ディーノもそれでいいとばかりに笑顔を向けて酒を煽る。
 敵国の人間を目の前にしながらも普段と変わらないディーノに少し困った表情を向けるアリスとフィオレだった。
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