追放シーフの成り上がり

白銀六花

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66 危険領域調査

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 伯爵邸で目覚めたフィオレ。
 昨夜はディーノとアリス、ヴィタと一緒に食事をしていたのだが、アリスに抱き着いて泣いた後の記憶がない。
 おそらくは泣き疲れて寝てしまったのだろう。
 もういい大人なのにと恥ずかしそうに顔を押さえるも、これまで冷め切っていた心の中に柔らかな温もりを感じて嬉しくなる。
 昨夜の食事風景を思い出して思わず笑顔がこぼれるフィオレは、身支度を整えて部屋を出る。

 フィオレが起きた時間が少し遅かったのかすでにディーノやアリスは起きており、優しい笑顔と挨拶がフィオレに向けられた。
 昨夜の事もあり少し恥ずかしさを覚えつつも挨拶を返したフィオレは、ソファーに座るアリスの隣へと腰掛ける。
 アリスは随分と懐かれたなと思いつつ、ディーノに好意を持たれるよりはいいかと特に気にする様子はないのだが、ディーノはフィオレの表情を見つめてからこの日の予定を話し出す。

「まずはアークトゥルスと合流してクランプスの討伐について話をしようか。その後は相手が相手だし、アリスとフィオレには適当なクエスト受けてある程度まともな連携を取れるようになってもらう。その間オレはクランプスの様子見に行って来るから……フィオレは妙な気起こすなよ?」

「なんのこと?」と、コテリと首を傾げるフィオレは可愛らしく、全く知識も持たないような表情だ。

「ディーノと別行動なの!?連携取るのはわかるけどディーノが一緒じゃないのは寂しいっ!」

 アリスは拗ねて見せるが、ディーノとしては緊急性が高いと感じてこの予定を変更するつもりはない。
 すでに何体かのクランプスが周囲に散っている可能性もあり、各地で家畜や人間を襲い出すと手が回らなくなってしまう。
 最悪の場合は人が大勢いる中での戦闘になる場合も考えられるのだ。

「悪いな。できれば昨日にでも行きたいくらいだったんだ。だから今夜、な」

 ディーノにそう返されて顔を赤くするアリスは、人前で今夜の話をされるとは思っていなかったのだろう。
 しかしフィオレとしては今夜また会えるという意味としてしか捉えていないのだが。

 出掛ける前に三人で朝食を摂り、気持ちに変化が現れたフィオレにとって久しぶりに美味しいと思える食事をする事ができた。



 ギルドに顔を出すといつもの沈んだ雰囲気とは一変しており、冒険者達は報酬の金額ではなく達成を目的として合同パーティーで挑もうと、多くのパーティーが手を取り合って討伐する為の戦略を練っていた。
 ヴィタも忙しそうにそれぞれのパーティーに依頼を紹介しており、いつものように長話をしている余裕はなさそうだ。
 そんなヴィタがディーノに気付いて笑顔を向けて手を振ると、誰もがその笑顔を受け取るディーノへと視線を送る。
「おぉっ!疾風のディーノだ!」「あれが炎姫アリスか!」と二つ名を付けられて呼ばれているのはなぜだろう。
 答えは簡単で、奥側の待合席に座っているアークトゥルスのメンバーがいろいろと吹き込んだ為である。
 普段から目立つ二人はそう気にする事もなくアークトゥルスに歩み寄り、フィオレはアリスに隠れるようにしてついていく。

「おう、ディーノこの野郎。早速借りが返せそうで嬉しいぜ」

 熊男コルラードが立ち上がって拳を突き出してくる。
「この件はこっちの借りになると思うんだが?」と首を傾げたディーノに対し、コルラードは「俺の借りは返せてねぇだろ」とガハハと笑う。
 コルラードと拳を打ち付け合って「助かる」と言うと、早速クランプスについて話し始める事にした。

 ディーノの提案にアークトゥルスは全て了承する為話が早く、とりあえずはアリスとフィオレの準備が整うのが先決だと、他のパーティーの対応をしているヴィタに「クエスト紹介してくれぃ!」と叫ぶコルラードはやはり自由な男である。
 しかし優秀な受付嬢ヴィタはすでにクエストを用意していたらしく、他の冒険者を対応しながら依頼書をこちら側に向けてきた。
 アリスとフィオレはそのクエスト内容を確認して討伐に向かう事になる。

「じゃあオレも行ってくる。今夜また……どこにする?」

「昨日のお店。もう一度行きたいな」

 ディーノはアークトゥルスに問いかけたつもりだが、先にフィオレが答えてきたのは予想外。

「行きたいのか?」

「うん。だめ……かな」

 上目遣いでお願いするフィオレの表情はディーノには通用しないのだが、ロッコが「もちろん構わないよ」と勝手に決めてしまう。
 ディーノとしては断る理由もないのだが、フィオレから最初に持ち掛けられた話である為、協力を依頼するアークトゥルスが決めるべきだと思っただけである。
 とはいえロッコが良いと言うなら全く問題はないのだが。



 久しぶりのソロになったディーノは時間を短縮する為にも自分の足で目的地へと向かう事にする。
 多少疲れる事にはなるのだが、風を巻き起こせば体力をそう失う事なくたどり着けるはずだ。

 馬で半日以上もかかる距離を一時程で走り切ったディーノ。
 多少息はあがったものの、今すぐ戦闘になっても問題ない程度の消耗で済んでいる。

 クランプスがいるという危険領域へと近付いたディーノは息を潜めながら周囲を散策し、木の上から一体のクランプスを発見する。
 複数いるとすれば今のうちに見つけておきたいところだが、索敵範囲を広げてみても他のクランプスの存在は確認できない。
 もしかすると各地へ散らばってしまったか、または危険領域内にいるのかはわからないが、敵が一体でいるのであれば今のうちにこの一体を倒しておきたいところ。
 これがもしフィオレの敵となる個体であれば討伐するのも躊躇われるが、フィオレから聞いた話では多くの傷を負っている個体となるだろう。
 時間経過でその傷は癒えてしまう事になるのだが、戦いからそう長い時が経っているわけでもないのでまだ傷は残っているはずだ。
 ディーノはクランプスの様子を見続け、傷が全く無い個体である事を確認するとその命を奪おうと動き出す。

 今回の目的は調査であり、戦闘をする為に来たのではない。
 あくまでも敵に見つからずに調査をすすめ、気付かれる事なく情報を持ち帰る事。
 そのついでに一体を倒すとすれば暗殺以外考えられない。
 気配を消して背後を追い、クランプスが獲物を見付けて狙いを定めて駆け出したところをディーノも狙う。
 完全に獲物にのみ注意を向けたクランプスが襲い掛かったところ、その背中に着地したディーノ。
 全身を回転させる勢いでユニオンを薙いで首を斬り落とした。
 何が起こったかもわからないまま地面に伏したクランプスを引き摺って窪地に隠し、魔核を取り出してから枯れ草を撒いておく。
 クランプスに襲われた獣の死体もある為、血の痕はそれ程気にしなくてもいいだろう。



 次に危険領域内を確認しようとまた木の上を移動するディーノ。
 クランプスだけでなく他の強力なモンスターもいる事が予想される為慎重に行動する。

 半時程木の上を移動しながら地面を見ていくと、多くのモンスターや獣の死骸が確認され、領域の入り口に近い位置は餌場として利用されているようだ。
 死肉を食い漁るモンスターも少なくないのだが、強力な個体はおらずクランプスの餌になりそうな個体ばかりである。
 そこからさらに半時程散策すると、また一体のクランプスを発見、尾行する。

 しばらく気付かれる事なく後を追い、右へ左へと移動する為自分のいる位置が少し曖昧になってきた頃にクランプスの群れを発見する。
 その数十一体。
 絶望的な数のクランプスが群れを成して危険領域内に生息していた。
 これにはさすがのディーノも危険を感じ、これ以上はここにいるべきではないと判断して撤退する事を決めた。



 時刻は昼八の時。

「ここどこだろう」

 ディーノは危険領域内では目立たないよう行動していた為、自分でもわからない程奥へと進んでいたようだ。
 帰り道にはある程度地図を描き起こしてはいるのだが、現在地がわからない為持っている地図との場所が合わせられない。
 目印になるものも残すわけにはいかない為完全に遭難状態に陥っている。
 空を駆ければ場所を把握する事もできるのだがモンスターに発見される確率が跳ね上がるどころか確実に見つかってしまう為最終手段とするべきだろう。
 しかしこんな事なら自分だけがわかる目印をつけておくべきだったのかもしれないと思いつつ、以前ザックから聞いた方角見分け方を思い出して太陽の高さと位置関係から方角を割り出す事にした。
 太陽の見える位置まで木を登る必要がある為少しリスクはあるのだが仕方がない。

 木の枝を跳ねるようにして高度を上げていくディーノ。
 鳥型のモンスターがいない事を願いつつ木の先端まで登り、太陽の位置を確認するとすぐに全力で駆け出した。
 残念ながら顔を出した瞬間に鳥型のモンスターに見られてしまったのだ。
 同じ場所に留まれば間違いなく狙われる為、騒ぎになる前に場所を変えてしまうべきである。
 しかしモンスターが蔓延する危険領域は障害物が多く木の上を走るのは容易ではない。
 やむを得ず地面に降りて走り、ディーノに気付いて向かって来るモンスターを全て斬り伏せながら走り続ける。
 生憎クランプスが追って来る事なく元来た入り口付近へとたどり着くと、死臭漂うこの場所には他の強力なモンスターも存在する事が判明する。
 図鑑を毎日のように読み漁るディーノですら見た事のない巨獣系モンスターであり、クランプス二体と向かい合っている事から臨戦態勢にあるのだろう。
 おそらくはこの周辺にいたクランプスだが、片方は体に多くの切り傷がある事からフィオレが狙っている個体と判断する。
 咄嗟に隠れたディーノと、違和感に気付いたモンスター。
 クランプスもその違和感に気付いたようで、モンスター同士は第三勢力を警戒したのか睨み合いながらも距離をとりだした為、互いに警戒し合うモンスターをよそに、ディーノは音もなくその場から姿を消した。
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