追放シーフの成り上がり

白銀六花

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56 死神ディーノ

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 エンリコに出してもらった馬車は貴族用の豪奢な馬車ではなく、動きやすいよう幌も付いてないような荷馬車にしてもらった。
 いつものようにディーノの幌を張って座り、ガタガタと揺られながらモンスターが居着いた場所へと向かって行く。
 そしてギルドからの素材回収部隊も後に続いており、確実に討伐するものとして期待されているようだ。

 伯爵邸から近いのは鉱石系のSS級モンスター【ミネラトール】であり、亀のような姿をした小山を思わせる程の巨体を持つモンスターである。
 この日素材回収の馬車を三台用意しているようだが、ミネラトールを分解したとしても乗り切る大きさではない。
 何度かに分けて運ぶとすればわからなくもないのだが、坑夫でも連れて来なければ分解するのも難しいかもしれない。
 また、このミネラトールから採れる鉱石は武器素材にも使えるとの事で、ファブリツィオへのお土産として少しもらって帰る予定でもある。



「見えましたな。あれが討伐対象となりますが……本当に倒せるのですかな?」

 本当に倒せるのかと疑ってしまう程の巨体を持つミネラトールが目の前にいる。
 高さだけでも馬の三倍以上、横幅も同じだけあり、長さを見れば高さの二倍程もあるだろうか。
 その巨体を支える足の太さも尋常ではなく、そして見た目に反して動きも遅くはない。

 この一軒家と変わらない大きさを持つモンスターを相手に前に出たのはアリスただ一人。
 ディーノは後方から助けに入るつもりで位置取りをしようと移動を開始する。
 馬車の方へと歩み始めたミネラトールは餌を見つけたとでも思ったのだろう。一歩一歩が馬の速度以上であり、このまま進まれれば素材回収部隊も全滅だ。
 アリスは魔鉄槍バーンを構えて走り出し、風の防壁を展開して首筋目掛けて炎槍を放つ。
 自身の絶対の防御力に自信を持つミネラトールは回避もせずに炎槍の直撃を受け、そのあまりの火力から首の付け根に大きな風穴が空くも、その巨体さ故に貫く事はできない。
 そして加速した勢いのままその場へと倒れ込み、その質量に押されてアリスの防壁がボヨンと後方へと体を跳ね除けた。

 倒れ込んだミネラトールはゴフゥと唸り声をあげて立ち上がり、着地して身構えるアリスへと敵意を向けて咆哮をあげる。
 空気の震えがアリスの防壁を破壊する程の咆哮であり、耳を押さえたアリスに向かってミネラトールは駆け出した。
 踏み付けられれば風の防壁など意味を成さない程の巨体であり、直接狙いを定められればアリスは回避するしかない。
 右方向へと向かって駆け出し、追従しようと方向を変えるミネラトールは重さのあまり方向転換が得意ではない。
 向きを変えて前へと歩み出すと距離を詰めたアリスから下顎へと炎槍が放たれ、口内に達する一撃にミネラトールも顔を仰け反らせる。
 しかしただその一撃を食らうミネラトールではなく、左前足を持ち上げるとアリスに向かって踏み下ろす。
 地面が陥没する程の一撃をアリスはバックステップによって回避し、軽く跳躍してしまった事で一瞬の隙が生まれる。
 頭を下ろしたミネラトールは再び咆哮をあげてアリスの防壁を破壊し、その勢いもあってアリスは地面に叩き付けられてしまう。
 息を漏らしたアリスは立ち上がるも、すぐにミネラトールに向かう事はできずに後方へと退避。
 追従するミネラトールと息ができずに蹲るアリス。
 そこへ助けに入ったディーノはアリスを抱えてミネラトールの後方へと跳躍して着地し、アリスが息を整えるまでアドバイスを口にする。

「あんな巨体を相手にする時は外に逃げるより内に逃げた方が安全な場合もある。まぁ潰される可能性もあるから臨機応変に対応する必要があるけどな。さっきの場合は後ろに逃げるんじゃなく顎下を抜けて反対方向に行くべきだ」

 息を整えるアリスはコクリと頷き、ディーノから水袋を受け取って一口飲む。

「ありがと。そろそろ大丈夫そう」

「頑張れよ」とディーノは再びアリスから距離を取り、アリスは向きを変えたミネラトールへと向かって駆け出した。

 ミネラトールも咆哮をあげて駆け出し、互いに距離を詰めるとミネラトールはアリスに噛み付こうと首を振り下ろす。
 しかしアリスはB級シーフに匹敵する程の速度の持ち主であり、顎下を抜けて右前足の横を通り過ぎて腹下へとたどり着くと頭上に向かって炎槍を放つ。
 分厚い脂肪に守られているとはいえ外殻に比べて圧倒的に弱い腹部であれば炎槍の威力は絶大だ。
 勢いのまま左方向へと倒れ込み、アリスは駆け抜ける事で潰される事はない。
 倒れ込んだミネラトールに接近したアリスは再び同じ位置へと炎槍を放ち、脂肪を貫いて内臓へと炎が到達すると大量の血を吐き出しながらもミネラトールは立ち上がる。

 ディーノから見たアリスの炎槍の威力はやはり尋常なものではない。
 ミネラトールの内臓に達する程の攻撃を与えようと思えば物理攻撃では不可能であり、ディーノが倒そうと思えば首筋を狙った浅い一撃で少しずつ削り取っていく方法が最も効果的だ。
 ディーノの風の加速からの一撃であれば深く斬り付ける事も可能だが、やはり刃の長さ以上のものを斬り裂く事は難しい。
 強度の高いミネラトールであれば尚更である。

 そこからのアリスの戦いは一方的なものであり、数度の炎槍を腹部へと放つ事でミネラトールは絶命した。
 生物の臓器の位置を把握していればアリスはもっと短い時間で討伐する事も可能だろう。
 図鑑でモンスターの特徴を学ぶだけでなく、今後は生物の在り方についても見ていこうと思うディーノだった。

「なんとか勝てたわね。SS級モンスターって言うから私じゃ倒せないとも思ったたんだけどね」

「ミネラトールは普通の奴じゃ倒せない。アリスの場合はちょっと特殊だからな。まぁ何にせよ倒せてよかった。ただ今回の戦い方だと……」

 少しアリスの戦いを振り返りながら馬車まで戻り、驚愕の表情でアリスを見るエンリコに笑顔を返してやる。

「お、おぉぉお疲れ様でした、アリス様。貴方様のその実力を疑ってしまった事、恥ずかしく思います」

「いえいえ~。私も倒せるのかわかりませんでしたから」

 頭を下げたエンリコにアリスは頭を上げるよう肩にそっと手を当てる。
 この事からもアリスの男が苦手というのもだいぶ緩和された事がわかり、ディーノとしても少し嬉しく思えた。

 素材回収隊もアリスの勝利に湧いており、報告に来た隊員によると、そのうちの一台分がこのミネラトールの回収作業を行うようだ。
 まずは魔核の回収を行い、何度も足を運んで解体作業と回収作業を繰り返すとの事。
 それならば二台をミネラトール回収に当たらせるべきではとも考えたのだが、この後討伐予定のAA級モンスターの群れ【シノサウロプテリザード】を全て回収する為との事で特に言うこともない。
 この群れは八体ともなるとの事でディーノの体力勝負でもあるのだが、ユニオンを持つディーノにとってはそう難しくはない相手でもある。



 それから半時程も移動した先に見えた土煙がシノサウロプテリザードの群れだろう。
 家畜となる牛を追いかけ回し、捉えた牛を頬張り始めた。
 血の匂いが広がるこの場所では多くの家畜が被害にあった事だろう。
 食料事情に影響を及ぼしていると考えればディーノとしても不愉快極まりない。
 食事中であろうと迷わず馬車を飛び降りて駆け出した。

 それは人の想像を遥かに超える加速であり、爆風を放つと同時に駆け出したディーノはほんのわずかな時間でリザードの元へと到着し、二体の首を一瞬で斬り裂いた。
 仲間の首が斬り落とされた事で危険と察したリザードは駆け出し、速度に乗りすぎて思いの外離れた位置に着地したディーノは振り返り、リザードを追ってまた走り出す。

 あまりにも一方的な討伐であり、モンスターとの戦いではなくただの狩りであったのは誰の目にも疑いようのない事実。
 追い付いた先から首を斬り落とし、馬車が食い散らかされた牛の元までたどり着く前に全ての討伐を終えて戻って来る。
 馬が全力で走るよりも速いシノサウロプテリザードを相手に、何の苦もなく倒し切って戻って来るディーノにアリスですら恐怖を覚える程だ。
 気付いた時には命が刈り取られた後ともなれば、モンスターにとっての死神のようなもの。
 これがもし人間に向けられたのなら……
 最強最悪の暗殺者になる事間違いないだろう。
 敵対するつもりのないエンリコもそう考えてしまう程にディーノの強さは圧倒的なものなのだ。

 しかし当人のディーノは、久しぶりに全力で戦えた事で嬉しそうに戻って来たのだが。
 全員が引きつった表情をしていた事に首を傾げるディーノだった。
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