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第六章 未知の洞窟と新たなる冒険編

120.マタドール!?

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 さっきまで野菜を掘っていた畑とは別の方角にその場所はあった。その場所とは森が開けたところにある湿地帯で、目的はもちろん牛を狩ることだ。

「ほらミーヤさま、あそこにいっぱいいるでしょ。
 どう? 強そう?」

「そうねえ、かなりの大きさだけどきっと魔獣よりは弱いわよねえ。
 でも数が多いから囲まれちゃったら大変なことになるわ。
 一匹だけどこかへ連れ出すことが出来ればいいんだけど」

 湿地帯で水を飲んだり餌を食べたりしている様子の牛、それは頭から横向きに伸びている大きな角が特徴である水牛だった。何匹いるのか数えてみると全部で十四匹もいる。あそこにいる全部の水牛に襲われたらさすがに無事では済まないだろうし、運良く倒せたとしてもあんなに沢山使い切ることが出来ない。

「ミーヤさまは泳げる?
 ボクはね、およげない」

「じゃあここで狩ろうとしても難しいわね。
 場所はわかったから戻ってみんなに教えましょ。
 無理してなにかあって取り返しがつかないことになったら困るもの」

「そうだね、ボク泳げないし。
 レナージュは泳げるかなあ」

 チカマは泳げないことを気にしているのか、それとも泳げる人がうらやましいのか、なぜか泳げるかどうかばかり気にしている。そんなことよりも数をどうするかのほうが問題だと思う、とは口に出さず、ただ笑顔でチカマの頭をなでるのだった。

「それじゃ行きましょ。
 いくらなんでもそろそろ起きてほしいものだわ」

 二人がいったん引き揚げるために立ち上がると、ミーヤのマントが藪に引っかかり『バサッ』っと派手な音を立ててしまった。ミーヤは自身も予期してなかった物音に驚く。と言うことは当然水牛もこちらに気が付いたと言うことになる。数頭がこちらを見てブモモブモモと鳴き声を上げた。

 その直後――

「チカマ! 走って! 早く!」

 ひるがえした山吹色のマントに反応したのか、水牛たちがミーヤめがけて走り寄ってきたではないか。逃げようと慌てて走り出したが相手もなかなかの速度、足元が悪いせいもあって差が縮まってくる。身軽なチカマはミーヤの先を行くが、かといって先に逃げることは憚られるらしくチラチラとこちらを見ながら一定の距離を保っている。このままでは二人とも追いつかれてしまいそうだ。

「ミーヤさま! 木に登れば登ってこないよ。
 はやくー」

 先に木へ登ったチカマが上から声をかけてくれた。なるほど、水牛が木に登れるはずはないのでさっさと登ってやり過ごすことにしよう。ミーヤも慌てて木の幹に爪を立てて垂直に駆け上がった。

「はあはあはあ…… ああビックリした。
 牛って赤いもの見ると興奮するって言うの本当だったのね……」

「ミーヤさまのマント?
 それ見て一匹だけ追いかけて来てくれたら良かったのにね」

「そうよ! 一匹にだけ見せられればうまく引き離せそうね。
 問題はそれをどうやってやるかなのよねえ」

 そう言いながらマントを脱いでポケットへしまった。生体研究でステータスを確認すると、全てレベル1か2なので大した強さではないだろう。問題は数だけだ。

 見下ろした先で木の根元を掘りかえしたり体当たりをしていた水牛たちは、しばらくするとパラパラと去っていき、ようやく平穏が訪れ安堵のため息を吐く。おそらくはまた湿地帯まで戻ったのだろう。ミーヤたちもそこまで戻って作戦を立てることにした。

「あの湿地へ入ると走れないだろうから避けて動ける場所がいいわね。
 そこから一匹だけおびき寄せて離れたところまで来たら倒せばいいと思うの。
 まずは水牛に石でもぶつけてこっちを向かせるでしょ。
 そのあとマントを見せてこっちへ来させるっていうのはどうかしら」

「うん、いいと思う、ミーヤさまかしこい。
 ボクはどうすればいいの?」

「私がおびき寄せて引き離すからその離れたところで隠れててほしいの。
 チカマの近くまで牛がやってきたらスパッと倒してもらえる?」

「わかった! ボクがんばる。
 あの水飲み場の向こう側に乾いた土地があるよ」

「じゃあそっち側へ行ってみましょ。
 湿地の近くに隠れる場所があるといいなあ」

 こうして二人は少し遠回りしながらさっきまでいた場所の反対側までやってきた。もう少し進むと荒野の入り口で足場の不安は無い。まずはミーヤが走るルートを打ち合わせし、手ごろな岩陰にチカマが隠れた。あとは水牛をおびき寄せるだけだ。あとはうまいことチカマのところまで一匹だけ連れていけばいい。

 水牛から数メーターほどのところまできたミーヤは尻尾へマントを結びつけた。これで準備はよし。足元に転がっている小石を拾ってからよく狙いを定める。外したらすぐに隠れてやり直せばいいので気は楽だが、大量の水牛に気づかれないよう注意する必要はあるだろう。

 ミーヤが石を投げるとヒュッと小さな風切音と共に空を飛んでいき、水牛の大きな横っ腹へ命中した。的が十分に大きいので外すことは無いと思っていたが、思惑通り無事に一匹だけ顔を上げたので大成功、大満足だ。ただしこの場面を誰も見てくれていないのは少し残念である。

 次は獣化の呪文を唱えて四足の狐に変身し、藪の陰からマントをチラチラと見せつけてやった。すると一頭の水牛が興奮した様子でこちらへ数歩進んでくる。そして前足で地面を数回掻いてから一気に走ってきた。

 こうなればしめたもので、ミーヤは尻尾に縛ったマントをはためかせながら荒野へ向かって全力で走った。身軽な狐の姿であれば追いつかれることなんてない。しかしあまり離れてしまって戻られても困るので一定の距離を保つように誘導する。

 そろそろチカマが待っているポイントのはずだ。湿地帯からは十分離れているのでいつでも大丈夫。あとはチカマの攻撃を待つだけのつもりでキョロキョロするが姿が見えない。もしかして待ってる間に寝てしまったとか!? それともなにか緊急事態でもあったのだろうか。

 チカマも心配だがミーヤ自身もうろうろしている間に水牛に追いつかれてしまい万事休す。変身を解いて戦ってもいいが、チカマに任せると言ったのに放っておくわけにもいかない。そんなことをしてもし拗ねてしまったらかわいそうだ。

 そんなことを考えているうちに水牛がすぐそばまで迫ってきた。だがミーヤはマントを翻しながら水牛の突進をかわす。ひらりひらりとかわし続けながらチカマを呼ぼうと叫んだ。もう何度かわしたかわからないが、何度もマントを翻していると闘牛士にでもなった気分である。それと同時に、さっきチカマと打ち合わせた場所と少し風景が違っていることに気が付いた。

 どうやら砂色の地面と岩だけなので誘導してくる場所を間違えてしまったらしい。それでも当然水牛は待ってくれずミーヤを執拗に追いまわしてくる。さてどうしたらいいだろう。

 その時かわいい叫び声が聞こえてきた。

「ミーヤさまああ!
 なんで置いてっちゃうのー」

「チカマー、早く来てー
 場所を間違えてしまったのよー」

「はーい、今行くねー」

 まもなくチカマが来てくれる。そう思って安心してしまったのか避け方が雑になったミーヤに水牛が襲い掛かり、その長い角が脇腹近くをかすめる。しかしギリギリでかわして飛び上がり、水牛の頭を踏んづけてからさらに空中高く飛び上がった。

 地面から離れながらはためく山吹色のマントを水牛が見上げたその瞬間、チカマが荒れ地にすべりこむ音が聞こえた。直後、ミーヤを見上げていた水牛の頭は地面へと転がり落ちたのだった。

 ドサッと大きな音を立てて水牛が横たわるとほぼ同時に、空中で宙返りをしながら獣化を解いたミーヤがそのすぐそばへと華麗に着地した。

「ミーヤさまかっこいい!
 ひらひらくるくるってすごくきれいだったね」

「あらありがと、チカマもカッコよかったわよ。
 あの大きな水牛を一撃で倒してしまうんだもの、すごいわ」

 二人で仕留めた大物を見ながらお互いを褒め称える。なんて清い心、なんて素晴らしい光景なんだろうと自画自賛のミーヤだった。

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