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序章 女神との出会いと異世界転生編

03.心に刺さる言葉

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 女神は七海の戸惑いなど気にもしない様子で話を続けている。それを聞いている七海は、話半分としてもこの摩訶不思議な内容に事実が含まれていると信じてしまっていた。でも人々の生活をゲームだなんて言う人のことを本当に信じていいのだろうか。

「実験だったら結果から知見を得て、そこからなにか発展させようとするものじゃない?
 でも私たちがやっているのは見ること以外特に目的がないから観察なのかな。
 人間と違って魚や野生動物を閉じ込めたりはせず、自由にしてもらってるけどね」

「正直に言うと、女神さまの存在やお話自体は信じるしかないと思ってます。
 かと言って私自身がそこへ行きたいかと聞かれたら、行きたくないとお答えするしかありません。
 確かに今は辛いことばかり続いてるけど、いつかはその反動でいいことばかり続くかもしれない。
 私はそう言う風に思っていたいんです」

「そっか、わかったよ。
 七海ちゃんの人生だから自分のために使えばいいもんね。
 でもね、じゃあなんで自分の命を絶とうとなんて考えたの?
 今の人生に絶望して惰性で生きているからじゃないかな?」

 そんな…… 昨日の出来事さえ知っているのかと驚き、なにも言い換えす言葉が出てこない。確かに昨晩の七海はどうかしていたのかもしれない。かと言って考えてもいないことを行動に移したわけでなかったのは自分自身一番わかっている。

「あのさ、七海ちゃんってば悪いことばかりの人生だって自覚があるのでしょ?
 それなのにまだ未来に希望を持ってるんだもん。
 だったら希望が持てる未来を掴んでほしいって思っちゃったのよね。
 そういう人の方が次の人生を楽しんでくれそうでしょ?」

 これは反則だ。今まで誰も手を差し伸べてくれなかった七海にとって涙を流すに十分な言葉だった。中学で孤独になった時も、両親が事故で亡くなった時も独りだった。そして自暴自棄になっている今も頼れる人は誰もいない。

 でももしかしたら、このうさんくさくて怪しい自称女神なら、七海の手を引いてくれるのではないか、そう思ってしまいそうだ。でも確か怪しい新興宗教の勧誘も似たような手口と聞いたことがある。結局七海には他人を信用することなんて出来るはずがないのだ。

「きっとね、完全に信用するのも決断するのも、まあすぐにはできないと思うんだよね。
 だからこれを渡しておくから持って帰って」

 そう言って女神は古風な短剣を差し出した。向けられた柄を持って受け取ってみると、見た目よりも相当軽くておもちゃみたいだ。刃から手を離した女神が口を開く。

「これは転生に使う『儀式の短剣』って言うものなの。
 今の生活をすべてを棄てて新しい世界へ旅立つ決心がついたら、その刃を自分の胸へ刺すのよ。
 そうすればあなたは今の自分から別の自分へ生まれ変わることができる。
 もちろん生まれ変わる先は異世界だから、今までとは大分異なる生活が待ってるよ?
 さっきも言ったけど、なんでも思い通りになるわけじゃないし大変なこともあるはず。
 それでも今いるこの世界、この社会よりはよほど素晴らしいところなんだから」

 七海がわかったと頷くと女神は言葉を続けた。

「もしも転生なんてしたくない、今のままがいいと本心で思った場合はね。
 その短剣を握ったままでこんなものはいらない、そのままで生きていくって強く願うの。
 そうすると、この短剣や私と会って話をした記憶は全部消えちゃう。
 もしそうなったら残念だけどきっぱりと諦めるわね」

「これはいつまで持っていればいいんですか?
 使わなかったらずっと残っている物ですか?」

「そうねえ、今まですぐに使わなかった子がいなかったからいつまで残るかはわかんない。
 でも悩んだりしてて、いつ必要になるかわからないうちは消えないはず、多分ね」

「神様でもわからないことがあるんですね。
 ちょっと面白いです」

「そうそう、忘れてるみたいだからもう一度名乗っておくね。
 私は豊穣の女神、私たちの作った異世界で九神って呼ばれてる神々のうちの一人よ。
 『ほうじょう』って言うのは豊作とかって意味ね。
 だからたわわに実ってるでしょ?」

 豊穣の女神はそう言いながら、ご自慢の? 巨大なおっぱいをを揺らして見せた。こんな街中で恥ずかしくないのかと思わなくもないが、七海以外には姿が見えていないようだし時間も止まっているのだった。それよりも見ているこちらが恥ずかしくなってくる。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか豊穣の女神はいなくなっていた。七海の手元へ短剣を残して……


◇◇◇


 今日も業務は遅くまで続き、帰宅したのは真夜中である。七海はほっとしながら冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出した。昨晩は飲みすぎて、今朝は後悔するほど泥酔したと言うのに懲りずにまた飲んでしまう。

 それにしても、今日は変なことがあったせいでプレゼンで噛みまくって大変だった。結果としてはクリアファイルを受注できたので七海的には成功だったのだが、受注額が安かったので帰社後に報告した課長からはそっけない返事が返ってきただけだった。

 昼間の出来事が夢でなかったのは、カバンから出してテーブルへ乗せてある短剣を見ればわかる。一体これは何なんだろうか。あの狐耳のメイドが言っていたことが本当なら、女神の力によって異世界へ転生することができる魔法の短剣と言うことになる。

 でもそんなおとぎ話のようなことがあるのだろうか。確かに世の中には科学で解明できない不思議なことがあるとは言うけど、そもそも七海は文系なので科学自体がよくわからない。

 テーブルに手を伸ばし短剣を手に取ってみる。片手に短剣、もう片手には缶ビールというシュールな絵面だ。どう見ても切れ味が悪そうで、鋭さのかけらも感じられない刃をビールの缶へ押し当ててみる。すると押した分だけ少しへこんだ程度で穴が開く様子はない。
 
 あの自称女神は、短剣が必要なければこのままで生きていくと念じることで短剣自体も、女神との記憶も消えると言っていた。七海は心の中で、この先も今のままで生きていくからこんなもの必要ない、と念じてみた。しかし何の変化もない。

 逆に、今の生活には確かに疑問を感じているし、この先良くなる展望もないと思ったところ、刀身が輝いたように感じられる。ということは女神の言ったことは本当で、七海は今の自分を棄てて異世界へ転生したいと思っているのだろうか。だがそれは錯覚かもしれないし自己暗示かもしれない。かといって刃物を自分の胸へ突き刺すなんてこと、とてもじゃないが恐ろしくてできっこない。

 こんなところで悩んでいてもすぐに答えは出せないのは明らかだと自分に活を入れ、まずはシャワーを浴びて頭を冷やしてから、七海は二本目の缶ビールを開けて一気に飲み干した。
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