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第八章 異世界人の最後

41.想定外の出来事

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 まったくジョアンナの行動はまったく理解できない。信仰なのか欲なのか、それとも他に理由があるのかわからないが、例の石碑へ毎日せっせと手を合わせていた。

「うみんちゅもやりなよー
 こういうのは一人より二人のほうが効果があるんだからさ。
 そだ、追加でお供えもしておこうかな」

「そんな無駄なことしてどうするんだ。
 まったくもって理解できん」

「いいじゃん、せっかく二人で作ったんだからさ。
 こういうのは気持ちの問題だって神様も言ってたしね。
 帰りに榊(さかき)買ってこないとなー」

 だがこうして毎朝早起きするようになったのは悪いことではない。神への信仰が生活をいい方向へと導いた好例だろう。もちろん俺は全く興味がなく、ゆっくりと腹いっぱいに朝飯を詰め込むことを最優先している。やはり生きることは食うことだ。満腹はすべてに優先される。

 だがそんな俺を想像もしていなかった悲劇が襲った。


「えー、来週から夏休みが始まります。
 生活が乱れないよう規則正しい生活を心がけること。
 もちろん宿題もありますが、その前に一学期分の課題は今週中に提出すること。
 それと今年の登校日は八月二日なので間違えないよう注意しなさいね」

「「はーい」」

 俺は何がなんだかわからずホームルームが終わってから辺りを見回した。するとプール授業から突然馴れ馴れしくなった山西がおもむろにやってきて説明してくれた。

「海人君なにかわからないことあった?
 もしかして夏休みがなんだかわからなかったとか?」

「あ、ああ、休みと言うことは学校が無いと言うことだろ?
 まさか夏の間ずっと休みなのか? 食堂も休みか?」

「そうだよ、職員室前に年間予定表貼ってあるから見ておくといいね。
 私は予定ないけど、長期休暇だから旅行行ったりする子も多いんだよ。
 海人君は実家へ帰ったりするの?」

「実家? それはなんだ?
 俺が帰るのはジョアンナの家だけだ」

「あ、ごめん、なんか変なこと言っちゃったね……
 それじゃ家にずっといるってことか。
 予定が合うようなら宿題一緒に出来るといいな。
 あと八月には花火大会があって、仲いい子同士で行ったりするから誰かから誘われるかもね」

 俺は柳と高石が誘ってきそうだと気が重くなったが、ここ最近はジョアンナが不機嫌になることもあまりないので心配しすぎだとも考えていた。

 念のため山西と連絡先を交換しようと言うことになり、スマホを取り出してあれこれやっていると、他にも数名がやってきて、半強制的に登録させられてしまった。まともに会話したことがない奴の名前と顔は一致しないが、これも社交辞令と言うことで諦めよう。

 クラスメートにようやく解放され帰ろうとすると、ジョアンナからメッセージが飛んできた。なにやら教員と話があって遅くなるらしいので、合流しようと高等部の校舎へと向かうことにする。

「おや、伊勢君じゃないか。 高等部へなんの用かな?
 水泳の夏休み補講の申し込みならまだだよ?
 それとも九条君に用があるのかな?」

「うむ、ジョアンナが教師と話をするから遅くなると言っていたので来てみた。
 もしかしてなにか悪さでもしでかしたか、出来が悪くて呼び出されたか。
 昼にはなにも言っていなかったんだがなぁ」

 高等部の職員室へ向かう途中、水泳教師に出くわした俺はここにいる理由を説明した。すると背の高い女教師はケラケラと笑いながら語りはじめる。

「九条君は成績優秀で運動も出来る優等生だよ。
 悪さしたり教師に呼び出されるようなことはまずないだろうね。
 おそらく夏休みの夏期講座申込みじゃないかな。
 彼女は付属の大学じゃなくて国立とかもっと上を目指しているはずだからね」

 まさか、いつも俺と一緒に行動していて勉強している様子なんて全くないのに、教師から褒められるくらい優秀とは思ってもみなかった。そして高校の先に大学という学校があるらしいことと、国立と言うのだからおそらく国が運営している優秀な大学を目指しているようだ。

 つまり王立学園に入る貴族たちと同じようなものと考えていいだろう。王立学園とは無縁な俺は伝聞でしか知らないことだが、まれに平民から入学を果たす物がいることくらいは聞いたことがあった。

 それでも数年に一人いるかどうかの話だったはず。と言うことはジョアンナの優秀さは只者ではないと言うことになる。まさかそんな貴族並みの頭脳を持っている希少な人材と知り合うとは奇跡としかいいようがない。

 だが…… 普段やっていること言えば、自分で作った石碑を拝んで神を呼び寄せようとするくらいには子供である。他にも俺とプリンを取り合いしたり、俺がつまみ食いしようとしてチンした冷凍ピザをかっさらったりもする。

 あとはなにか言い間違いをするとごまかそうとしてすぐに俺の動きを止めたり、平気でビンタしてきたり―― だから俺はいつまでもこんな気楽な付き合いが続き、いつの日か恩返しできる日がやってくると考えていたのだ。

 それなのに…… 大学へ行ってからどうなるかは知らないが、いつかは国王、いや王はいない国なので王ではない支配階級の誰かだろうが、そこへ召し抱えられることになるのだろう。

 と言うことは、ジョアンナに追いつけなくともある程度の賢さがないと仕えることも許されそうにない。無能な臣下を抱える貴族がバカにされるところを何度も見てきた俺だ。これは本腰入れて勉学に励む必要があると感じていた。


「おまたせ、大分待たせちゃったからお腹空いちゃったんじゃない?
 肉まんでも食べながら帰ろっか」

「ああ、それは名案だな。
 ところで夜飯はもう決めたのか?
 俺には気になってる食材があるのだが」

「なになに? またなにかレシピでも調べてたの?」

 俺がスマホに表示させたままにしてあった写真を見せると、ジョアンナは首をかしげながら悩み始める。そりゃそうだ、俺もこれをどうやって食えばいいのかわからないのだ。

「アタシならサラダに入れるけどねぇ。
 ご飯へかけてもいいし、チャーハンにしてもいいけどそれだけじゃ足りないでしょ。
 メインのおかずを他に考えないとだよ」

「それなら俺はハンバーグがいい。
 アレはウマイしボリュームもあって満足感が高いからな」

「うふふ、うみんちゅったら子供なんだからー
 それじゃスーパー寄ってから帰ろっか。
 アタシもお腹すいたよ」

 今日もそんなたわいもない話をしながら帰り道を歩いていた。


「うみんちゅって料理の才能あるんじゃない?
 色々作れるようになったし、調理もすっかり上手になったよね」

「それは俺を調理人としてなら召し抱えてくれると言うことか?
 悪い話ではないが、どうも気が進まんなぁ」

「だからなんでもそっちへ結びつけるんじゃないの。
 召し抱えるとか考えてないからさ。
 ずっと友達でもいいじゃん」

 やはり将来は見捨てられてしまうのだろうか。武力が必要ない世界では俺の価値は相当下がってしまう。今まで何度か危ない目にはあってきたが、そんな出来事そうそうない。

 浦賀弁護士が逮捕された後は八柱弁護士が後見人とやらになって落ち着いてしまった。奴はまだ若いが優秀らしいから、今後大きなトラブルを起こすことはないだろう。

 やはり早めに手を打つしかない。俺はジョアンナが風呂に入っている間に、晩飯の支度をしながらちょろまかしておいた『ちりめんじゃこ』なる魚の群れを石碑の下へと埋めて祈りを捧げたのだった。
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