上 下
39 / 46
第八章 異世界人の最後

39.水も滴る……(いわゆるサービス回)

しおりを挟む
「えー!? うみんちゅったら泳げないの!?
 それならプールの授業には出といた方がいいかもねぇ」

「授業で泳ぎを教えてくれるのか?
 確かにこの体の元の持ち主と同じく、溺れてしまったらシャレにならんしなぁ。
 いざという時のためにも泳げるに越したことはない」

「学校指定の水着は女子用しかないからどういうの用意すればいいか聞いておきなよ?
 購買部で注文できるといいんだけどな」

「そうだな、明日にでも聞いておこう。
 仕送りから出せそうか?」

「うん、十分だよ。
 一体どっからお金が出てるのかわからないけどね。
 伊勢さんってお金持ちなのかなぁ」

「うーん、親と言っても俺もあったことないしわからんな。
 だが神がいいと言っているんだから貰っておけばいいだろう」

 どういう話になっているのかわからんが、戸籍を捏造した時に親となってくれた伊勢家からの仕送りで俺の生活費は賄われていた。とは言ってもそれほど多いわけではなく潤沢に使えるほどはない。

 だがジョアンナはやりくりがうまいようで、今のところ日々の飯に貧しさを感じることはない。どちらかと言うと贅沢に腹いっぱい食わせてもらえていて、十分満足な日々を過ごしていた。

 この世界に俺がやってきたのは、こちらの暦で言うと五月だったらしい。それから一か月半ほど経ち七月がやってくると気温が大分高くなってきた。そこでプールと言う泳ぎの授業が始まる知らせがあったのだ。

 思い返せば水浴びを除いて自ら水の中へ入ったことはあまりない。それも背よりも深い場所へ行くなんて考えたくもない事だった。なんせ普段は金属の鎧を着こんでいたのだから、水の中へ入れば沈んでしまうのが道理だ。

 清流のある田舎の村や海の近くに住むものなら泳ぎの経験はあったかもしれないが、戦士の俺がのんきに水遊びをするなんてありえないのだ。しかし今の俺は戦士でもなく鎧を着こんでいるわけではない。

 はっきり言ってしまえば、俺は泳ぐことに興味津々で非常に楽しみだった。


 そしていよいよ初めてのプール授業が行われる日がやってきた。だが俺は、当日になり肝心なことを見落としていたことに気が付いた。ここは女子校なので男は自分一人。つまり好奇の目に晒されること、そしてこの貧弱な身体を大勢の女たちに披露しなければならないと言うことだった。

 とは言え肉体はこのひと月ほどで大分食って鍛えているからまだマシかもしれない。問題は全員の視線が一気に注がれることで、俺は産まれてはじめて、もちろん転生してからも初めて恥ずかしいと言う感情を持った。

 今となっては手遅れだが、その昔、酒場に入ってくる女を品定めするような目で見たことを思い出し謝りたくなっている。冒険者などと言うのは基本的に男社会だったわけで、そこへ飛び込んでくる女は誰からも興味の対象となって当然だった。

 そこにはいい女と親しくなりたいなんて純朴なやつもいたが、あわよくばベッドを共に、なんてことまで考えるのが当たり前である。そしてそれは俺も例外ではなかった。

 それがいまやほぼ同年代の女と二人で暮らしているのに触れもせず、毎日大量の女に囲まれているにもかかわらず興味もわかないと言う信じられない生活をしているのだ。今の俺は十四歳なのだが、貴族ならば間もなく成人の儀を受ける年齢だし、平民でも扱いは大人と同じになる歳である。そんな少年が異性に興味を持てないのはどこかずれていると言えるのではないだろうか。

 思い返せば、以前ジョアンナに生娘ではないだろうと言ったらとても怒られたことだし、この世界では男女が床を共にする関係になるのはもっと遅いのが一般的ということも考えられる。つまり水着と言う、ほぼ裸で着ている意味が不明な格好だとしてもそこまで恥ずかしがる必要はないのかもしれない。

『コンコン』
「海人君? まだ着替え終わらない?
 あまりに遅いから先生に様子見てくるようにって言われちゃったんだけど……
 なにか困ってる?」

「いやっ! 別に困ってはいない、いないが……
 今行くから問題ない、大丈夫だ!」

 俺はいったい何をしているんだ。パーティーに女が居ても、旅の途中で水浴びをするのに恥ずかしがったりはしなかったはず。現に来たばかりの頃、裸で家の中をうろついてジョアンナに叱られたくらいだし、あの時もすべてバッチリ見られているじゃないか。

 それなのに、便所で着替えてから出てプールに向かうことが出来ないでいる俺は、自分で自分の心境がわかりかねて困惑していた。

 だがいつまでもここにはいられない。俺は覚悟を決めて冷たい床をぺたぺたと歩いていった。


「すまない、初めてで手惑い遅くなってしまった」

「「キャー!!」」
「「「すごーい!!」」」

 思いがけない反応に俺は顔が紅潮していくのを感じる。物珍しいと言うのはわかるが、なぜこれほどまでに騒がしくなるのか、俺にはその理由が分からなかった。

「伊勢はなかなかいい体つきをしているな。
 激しい運動は禁止と聞いているが、それにしては随分と鍛え上げられている。
 ウエイトトレーニングは禁止ではなかったのかな?」

「うーん、細かいことはわからないが、何もかも禁止なわけじゃない。
 (人間離れしていると思われない程度の)普通の運動は問題ないはず」

「どうにもつかみどころのない答えだな。
 泳げないとは聞いているからこちらのBグループへ加わってくれ」

 俺は水泳担当の教師に返事をしてから数人分けられているところへと並んだ。こちらがどうやら泳げない組らしい。ニクラス合同なので知らないやつばかりだったが、同じクラスの山西もどうやら泳げないらしい。

「伊勢君って見た目よりずっと細マッチョだったんだね。
 凄くカッコいいからみんなとキャーキャー言っちゃった」

「そんなことはないだろ。
 せめて腕が太ももくらいの太さになるくらいまで鍛えたいと思っているんだがな」

「いやいやそれはやり過ぎだよー
 今ぐらいがちょうどいいってば。
 ムキムキ過ぎたらキモイから女の子にモテないんだからね」

 モテるの概念が未だによくわかっていないが、おそらくは異性が近寄ってくるかどうかと理解している。つまりあれだけ騒がれたのだから十分魅力があると判断されたのだろう。

 では俺はどう考えているのだろうか。ジョアンナはもちろん魅力的だが、それは容姿だけではなくあの気高い精神に惹かれていると自認している。

 隣にいる山西は同い年と言うことも有り、その他大勢と同じようにまるっきり子供のような体型、つまり首から下は背中同様ストンと切り立っている。別に乳がデカければいいわけではないが、女の魅力の一つであることは間違いない。

 水泳教師は当然ながら大人びた体系ではあるが、俺の現年齢が精神にも作用しているようなので完全に射程圏外でなんの魅力も感じない。そもそもこれは授業であって女探しをしているわけではない。

 下手にキョロキョロして不審者のように思われてもまずいので、しっかりと正面を向き空を見据えて指示を待っていたが、視線の端に入るひときわ目立つふくらみを持つのが高石であることは確認済みだった。

 結局この日は水に顔を付けて目を開ける訓練と、プールのヘリに捕まって足をバタバタさせる練習をするだけで終わってしまった。そんな基礎をとっくに習得済みのやつらはとても華麗に泳いでおり、ほんの少しだけ羨ましさを感じたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

英雄伝承~森人の章~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になったようです。

大田シンヤ
ファンタジー
人攫いによって主であるアルバを連れ去られ、その責任を問われ、森人族の里を追放されたリボルヴィア。主であるアルバを探すため、緑豊かなロンディウム大陸へと帰るために、まずは極寒の地である氷結大陸を目指す。

「守ることしかできない魔法は不要だ」と追放された結界師は幼なじみと共に最強になる~今更俺の結界が必要だと土下座したところでもう遅い~

平山和人
ファンタジー
主人公のカイトは、ラインハルト王太子率いる勇者パーティーの一員として参加していた。しかし、ラインハルトは彼の力を過小評価し、「結界魔法しか使えない欠陥品」と罵って、宮廷魔導師の資格を剥奪し、国外追放を命じる。 途方に暮れるカイトを救ったのは、同じ孤児院出身の幼馴染のフィーナだった。フィーナは「あなたが国を出るなら、私もついていきます」と決意し、カイトとともに故郷を後にする。 ところが、カイトが以前に張り巡らせていた強力な結界が解けたことで、国は大混乱に陥る。国民たちは、失われた最強の結界師であるカイトの力を必死に求めてやってくるようになる。 そんな中、弱体化したラインハルトがついにカイトの元に土下座して謝罪してくるが、カイトは申し出を断り、フィーナと共に新天地で新しい人生を切り開くことを決意する。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

ゴミ召喚士と呼ばれたスライム超特化テイマーの僕〜超特化が凄すぎて、最強スライムを育ててしまう〜

伊藤ほほほ
ファンタジー
13歳になる年の始め、子供達は教会に集まる。 人生が決まるに等しい、適性診断があるからだ。 全ての人がモンスターを召喚できる召喚士となり、サモナーとテイマーに分かれる。 これが問題で、一般的にテイマーはハズレ、サモナーはアタリとされていた。 適性診断では、どんなモンスターに特化した召喚士であるのかが分かる。 ここに、夢を語りながら教会へと向かう子供が二人。 主人公のカイト・フェイトと、その幼馴染のラビ・エンローズだ。 どんな召喚士になるのか、気になってしまうのは当然のこと。 同じ学校に通う、顔見知りの子供達が作る列の最後尾に並び、ドキドキしながら順番を待つ。 一人、また一人と診断を終えて出てくる子供の顔は三者三様。嬉しそうな表情ならサモナー、絶望を浮かべていればテイマーになったのだろうと分かりやすい。 そしてついに、二人の順番がやってきた。 まずは、幼馴染のラビ・エンローズから。 「……ねえ、カイトくん? ……ラビね、ドラゴン特化サモナーになっちゃった」  小さく呟き、振り返ったラビの顔は、悲しんでいるのか喜んでいるのかよく読み取れない。口角は上がっているのに涙目で、頬がヒクヒクと動いている。  何が起きたのか理解できず、まるでカイトに助けを求めているようで……。 「す、すごいじゃん!」  幼馴染が、世界最強のドラゴンサモナーになってしまったのだ。手の届かないところへ行ってしまった気がして、カイトには情けない一言を発することしかできない。 「僕だって!」 しかし、カイトも自分を信じて疑わない。 ステータスを見ると、スライム超特化テイマーと表示されていた。 絶望するカイト。世界から色が消え失せて、ショックからか意識を手放す。 親の助言もあり、立ち直ることはできた。 だが、いじめっ子同級生のザンブに決闘を挑まれる。 自分を信じてスライムをテイムし、カイトは困難に立ち向かう。

史上最強魔導士の弟子になった私は、魔導の道を極めます

白い彗星
ファンタジー
魔力の溢れる世界。記憶を失った少女は最強魔導士に弟子入り! いずれ師匠を超える魔導士になると豪語する少女は、魔導を極めるため魔導学園へと入学する。しかし、平穏な学園生活を望む彼女の気持ちとは裏腹に様々な事件に巻き込まれて…!? 初めて出会う種族、友達、そして転生者。 思わぬ出会いの数々が、彼女を高みへと導いていく。 その中で明かされていく、少女の謎とは……そして、彼女は師匠をも超える魔導士に、なれるのか!? 最強の魔導士を目指す少女の、青春学園ファンタジーここに開幕! 毎日更新中です。 小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも連載しています!

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

ドラゴン王の妃~異世界に王妃として召喚されてしまいました~

夢呼
ファンタジー
異世界へ「王妃」として召喚されてしまった一般OLのさくら。 自分の過去はすべて奪われ、この異世界で王妃として生きることを余儀なくされてしまったが、肝心な国王陛下はまさかの長期不在?! 「私の旦那様って一体どんな人なの??いつ会えるの??」 いつまで経っても帰ってくることのない陛下を待ちながらも、何もすることがなく、一人宮殿内をフラフラして過ごす日々。 ある日、敷地内にひっそりと住んでいるドラゴンと出会う・・・。 怖がりで泣き虫なくせに妙に気の強いヒロインの物語です。 この作品は他サイトにも掲載したものをアルファポリス用に修正を加えたものです。 ご都合主義のゆるい世界観です。そこは何卒×2、大目に見てやってくださいませ。

処理中です...