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第八章 異世界人の最後
39.水も滴る……(いわゆるサービス回)
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「えー!? うみんちゅったら泳げないの!?
それならプールの授業には出といた方がいいかもねぇ」
「授業で泳ぎを教えてくれるのか?
確かにこの体の元の持ち主と同じく、溺れてしまったらシャレにならんしなぁ。
いざという時のためにも泳げるに越したことはない」
「学校指定の水着は女子用しかないからどういうの用意すればいいか聞いておきなよ?
購買部で注文できるといいんだけどな」
「そうだな、明日にでも聞いておこう。
仕送りから出せそうか?」
「うん、十分だよ。
一体どっからお金が出てるのかわからないけどね。
伊勢さんってお金持ちなのかなぁ」
「うーん、親と言っても俺もあったことないしわからんな。
だが神がいいと言っているんだから貰っておけばいいだろう」
どういう話になっているのかわからんが、戸籍を捏造した時に親となってくれた伊勢家からの仕送りで俺の生活費は賄われていた。とは言ってもそれほど多いわけではなく潤沢に使えるほどはない。
だがジョアンナはやりくりがうまいようで、今のところ日々の飯に貧しさを感じることはない。どちらかと言うと贅沢に腹いっぱい食わせてもらえていて、十分満足な日々を過ごしていた。
この世界に俺がやってきたのは、こちらの暦で言うと五月だったらしい。それから一か月半ほど経ち七月がやってくると気温が大分高くなってきた。そこでプールと言う泳ぎの授業が始まる知らせがあったのだ。
思い返せば水浴びを除いて自ら水の中へ入ったことはあまりない。それも背よりも深い場所へ行くなんて考えたくもない事だった。なんせ普段は金属の鎧を着こんでいたのだから、水の中へ入れば沈んでしまうのが道理だ。
清流のある田舎の村や海の近くに住むものなら泳ぎの経験はあったかもしれないが、戦士の俺がのんきに水遊びをするなんてありえないのだ。しかし今の俺は戦士でもなく鎧を着こんでいるわけではない。
はっきり言ってしまえば、俺は泳ぐことに興味津々で非常に楽しみだった。
そしていよいよ初めてのプール授業が行われる日がやってきた。だが俺は、当日になり肝心なことを見落としていたことに気が付いた。ここは女子校なので男は自分一人。つまり好奇の目に晒されること、そしてこの貧弱な身体を大勢の女たちに披露しなければならないと言うことだった。
とは言え肉体はこのひと月ほどで大分食って鍛えているからまだマシかもしれない。問題は全員の視線が一気に注がれることで、俺は産まれてはじめて、もちろん転生してからも初めて恥ずかしいと言う感情を持った。
今となっては手遅れだが、その昔、酒場に入ってくる女を品定めするような目で見たことを思い出し謝りたくなっている。冒険者などと言うのは基本的に男社会だったわけで、そこへ飛び込んでくる女は誰からも興味の対象となって当然だった。
そこにはいい女と親しくなりたいなんて純朴なやつもいたが、あわよくばベッドを共に、なんてことまで考えるのが当たり前である。そしてそれは俺も例外ではなかった。
それがいまやほぼ同年代の女と二人で暮らしているのに触れもせず、毎日大量の女に囲まれているにもかかわらず興味もわかないと言う信じられない生活をしているのだ。今の俺は十四歳なのだが、貴族ならば間もなく成人の儀を受ける年齢だし、平民でも扱いは大人と同じになる歳である。そんな少年が異性に興味を持てないのはどこかずれていると言えるのではないだろうか。
思い返せば、以前ジョアンナに生娘ではないだろうと言ったらとても怒られたことだし、この世界では男女が床を共にする関係になるのはもっと遅いのが一般的ということも考えられる。つまり水着と言う、ほぼ裸で着ている意味が不明な格好だとしてもそこまで恥ずかしがる必要はないのかもしれない。
『コンコン』
「海人君? まだ着替え終わらない?
あまりに遅いから先生に様子見てくるようにって言われちゃったんだけど……
なにか困ってる?」
「いやっ! 別に困ってはいない、いないが……
今行くから問題ない、大丈夫だ!」
俺はいったい何をしているんだ。パーティーに女が居ても、旅の途中で水浴びをするのに恥ずかしがったりはしなかったはず。現に来たばかりの頃、裸で家の中をうろついてジョアンナに叱られたくらいだし、あの時もすべてバッチリ見られているじゃないか。
それなのに、便所で着替えてから出てプールに向かうことが出来ないでいる俺は、自分で自分の心境がわかりかねて困惑していた。
だがいつまでもここにはいられない。俺は覚悟を決めて冷たい床をぺたぺたと歩いていった。
「すまない、初めてで手惑い遅くなってしまった」
「「キャー!!」」
「「「すごーい!!」」」
思いがけない反応に俺は顔が紅潮していくのを感じる。物珍しいと言うのはわかるが、なぜこれほどまでに騒がしくなるのか、俺にはその理由が分からなかった。
「伊勢はなかなかいい体つきをしているな。
激しい運動は禁止と聞いているが、それにしては随分と鍛え上げられている。
ウエイトトレーニングは禁止ではなかったのかな?」
「うーん、細かいことはわからないが、何もかも禁止なわけじゃない。
(人間離れしていると思われない程度の)普通の運動は問題ないはず」
「どうにもつかみどころのない答えだな。
泳げないとは聞いているからこちらのBグループへ加わってくれ」
俺は水泳担当の教師に返事をしてから数人分けられているところへと並んだ。こちらがどうやら泳げない組らしい。ニクラス合同なので知らないやつばかりだったが、同じクラスの山西もどうやら泳げないらしい。
「伊勢君って見た目よりずっと細マッチョだったんだね。
凄くカッコいいからみんなとキャーキャー言っちゃった」
「そんなことはないだろ。
せめて腕が太ももくらいの太さになるくらいまで鍛えたいと思っているんだがな」
「いやいやそれはやり過ぎだよー
今ぐらいがちょうどいいってば。
ムキムキ過ぎたらキモイから女の子にモテないんだからね」
モテるの概念が未だによくわかっていないが、おそらくは異性が近寄ってくるかどうかと理解している。つまりあれだけ騒がれたのだから十分魅力があると判断されたのだろう。
では俺はどう考えているのだろうか。ジョアンナはもちろん魅力的だが、それは容姿だけではなくあの気高い精神に惹かれていると自認している。
隣にいる山西は同い年と言うことも有り、その他大勢と同じようにまるっきり子供のような体型、つまり首から下は背中同様ストンと切り立っている。別に乳がデカければいいわけではないが、女の魅力の一つであることは間違いない。
水泳教師は当然ながら大人びた体系ではあるが、俺の現年齢が精神にも作用しているようなので完全に射程圏外でなんの魅力も感じない。そもそもこれは授業であって女探しをしているわけではない。
下手にキョロキョロして不審者のように思われてもまずいので、しっかりと正面を向き空を見据えて指示を待っていたが、視線の端に入るひときわ目立つふくらみを持つのが高石であることは確認済みだった。
結局この日は水に顔を付けて目を開ける訓練と、プールのヘリに捕まって足をバタバタさせる練習をするだけで終わってしまった。そんな基礎をとっくに習得済みのやつらはとても華麗に泳いでおり、ほんの少しだけ羨ましさを感じたのだった。
それならプールの授業には出といた方がいいかもねぇ」
「授業で泳ぎを教えてくれるのか?
確かにこの体の元の持ち主と同じく、溺れてしまったらシャレにならんしなぁ。
いざという時のためにも泳げるに越したことはない」
「学校指定の水着は女子用しかないからどういうの用意すればいいか聞いておきなよ?
購買部で注文できるといいんだけどな」
「そうだな、明日にでも聞いておこう。
仕送りから出せそうか?」
「うん、十分だよ。
一体どっからお金が出てるのかわからないけどね。
伊勢さんってお金持ちなのかなぁ」
「うーん、親と言っても俺もあったことないしわからんな。
だが神がいいと言っているんだから貰っておけばいいだろう」
どういう話になっているのかわからんが、戸籍を捏造した時に親となってくれた伊勢家からの仕送りで俺の生活費は賄われていた。とは言ってもそれほど多いわけではなく潤沢に使えるほどはない。
だがジョアンナはやりくりがうまいようで、今のところ日々の飯に貧しさを感じることはない。どちらかと言うと贅沢に腹いっぱい食わせてもらえていて、十分満足な日々を過ごしていた。
この世界に俺がやってきたのは、こちらの暦で言うと五月だったらしい。それから一か月半ほど経ち七月がやってくると気温が大分高くなってきた。そこでプールと言う泳ぎの授業が始まる知らせがあったのだ。
思い返せば水浴びを除いて自ら水の中へ入ったことはあまりない。それも背よりも深い場所へ行くなんて考えたくもない事だった。なんせ普段は金属の鎧を着こんでいたのだから、水の中へ入れば沈んでしまうのが道理だ。
清流のある田舎の村や海の近くに住むものなら泳ぎの経験はあったかもしれないが、戦士の俺がのんきに水遊びをするなんてありえないのだ。しかし今の俺は戦士でもなく鎧を着こんでいるわけではない。
はっきり言ってしまえば、俺は泳ぐことに興味津々で非常に楽しみだった。
そしていよいよ初めてのプール授業が行われる日がやってきた。だが俺は、当日になり肝心なことを見落としていたことに気が付いた。ここは女子校なので男は自分一人。つまり好奇の目に晒されること、そしてこの貧弱な身体を大勢の女たちに披露しなければならないと言うことだった。
とは言え肉体はこのひと月ほどで大分食って鍛えているからまだマシかもしれない。問題は全員の視線が一気に注がれることで、俺は産まれてはじめて、もちろん転生してからも初めて恥ずかしいと言う感情を持った。
今となっては手遅れだが、その昔、酒場に入ってくる女を品定めするような目で見たことを思い出し謝りたくなっている。冒険者などと言うのは基本的に男社会だったわけで、そこへ飛び込んでくる女は誰からも興味の対象となって当然だった。
そこにはいい女と親しくなりたいなんて純朴なやつもいたが、あわよくばベッドを共に、なんてことまで考えるのが当たり前である。そしてそれは俺も例外ではなかった。
それがいまやほぼ同年代の女と二人で暮らしているのに触れもせず、毎日大量の女に囲まれているにもかかわらず興味もわかないと言う信じられない生活をしているのだ。今の俺は十四歳なのだが、貴族ならば間もなく成人の儀を受ける年齢だし、平民でも扱いは大人と同じになる歳である。そんな少年が異性に興味を持てないのはどこかずれていると言えるのではないだろうか。
思い返せば、以前ジョアンナに生娘ではないだろうと言ったらとても怒られたことだし、この世界では男女が床を共にする関係になるのはもっと遅いのが一般的ということも考えられる。つまり水着と言う、ほぼ裸で着ている意味が不明な格好だとしてもそこまで恥ずかしがる必要はないのかもしれない。
『コンコン』
「海人君? まだ着替え終わらない?
あまりに遅いから先生に様子見てくるようにって言われちゃったんだけど……
なにか困ってる?」
「いやっ! 別に困ってはいない、いないが……
今行くから問題ない、大丈夫だ!」
俺はいったい何をしているんだ。パーティーに女が居ても、旅の途中で水浴びをするのに恥ずかしがったりはしなかったはず。現に来たばかりの頃、裸で家の中をうろついてジョアンナに叱られたくらいだし、あの時もすべてバッチリ見られているじゃないか。
それなのに、便所で着替えてから出てプールに向かうことが出来ないでいる俺は、自分で自分の心境がわかりかねて困惑していた。
だがいつまでもここにはいられない。俺は覚悟を決めて冷たい床をぺたぺたと歩いていった。
「すまない、初めてで手惑い遅くなってしまった」
「「キャー!!」」
「「「すごーい!!」」」
思いがけない反応に俺は顔が紅潮していくのを感じる。物珍しいと言うのはわかるが、なぜこれほどまでに騒がしくなるのか、俺にはその理由が分からなかった。
「伊勢はなかなかいい体つきをしているな。
激しい運動は禁止と聞いているが、それにしては随分と鍛え上げられている。
ウエイトトレーニングは禁止ではなかったのかな?」
「うーん、細かいことはわからないが、何もかも禁止なわけじゃない。
(人間離れしていると思われない程度の)普通の運動は問題ないはず」
「どうにもつかみどころのない答えだな。
泳げないとは聞いているからこちらのBグループへ加わってくれ」
俺は水泳担当の教師に返事をしてから数人分けられているところへと並んだ。こちらがどうやら泳げない組らしい。ニクラス合同なので知らないやつばかりだったが、同じクラスの山西もどうやら泳げないらしい。
「伊勢君って見た目よりずっと細マッチョだったんだね。
凄くカッコいいからみんなとキャーキャー言っちゃった」
「そんなことはないだろ。
せめて腕が太ももくらいの太さになるくらいまで鍛えたいと思っているんだがな」
「いやいやそれはやり過ぎだよー
今ぐらいがちょうどいいってば。
ムキムキ過ぎたらキモイから女の子にモテないんだからね」
モテるの概念が未だによくわかっていないが、おそらくは異性が近寄ってくるかどうかと理解している。つまりあれだけ騒がれたのだから十分魅力があると判断されたのだろう。
では俺はどう考えているのだろうか。ジョアンナはもちろん魅力的だが、それは容姿だけではなくあの気高い精神に惹かれていると自認している。
隣にいる山西は同い年と言うことも有り、その他大勢と同じようにまるっきり子供のような体型、つまり首から下は背中同様ストンと切り立っている。別に乳がデカければいいわけではないが、女の魅力の一つであることは間違いない。
水泳教師は当然ながら大人びた体系ではあるが、俺の現年齢が精神にも作用しているようなので完全に射程圏外でなんの魅力も感じない。そもそもこれは授業であって女探しをしているわけではない。
下手にキョロキョロして不審者のように思われてもまずいので、しっかりと正面を向き空を見据えて指示を待っていたが、視線の端に入るひときわ目立つふくらみを持つのが高石であることは確認済みだった。
結局この日は水に顔を付けて目を開ける訓練と、プールのヘリに捕まって足をバタバタさせる練習をするだけで終わってしまった。そんな基礎をとっくに習得済みのやつらはとても華麗に泳いでおり、ほんの少しだけ羨ましさを感じたのだった。
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