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第七章 裏切りの夜

38.最強の相手

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 夜も大分更けてきた河原に乾いた音が響、かなかった。

『パッス、パッス』

 この間と違い破裂音はせずくぐもった音だったが、先端から発射された弾は同じように回転している。これを素手で受け止めると熱いし、指の皮がめくれると言うことは学習済みなので体を横にしながら避けた。

「なっ!? まさか今避けたのか?
 いくらなんでも…… 偶然だろ?」

「お前は何を言ってるんだ。
 当たったら熱いじゃないか、避けるに決まっているだろ。
 それよりも俺の後ろにいるやつを引き上げさせないと当たっちまうぞ?」

「やかましい!
 このバケモンが!!」

 そういうと、旋回棍を振りながら間合いを詰めてきた。俺が棍をかわすとそこに合わせて銃を撃ちこんできた。なるほど、見事な策を講じてくる。どうやらこいつは戦い慣れているようだ。

 さすがに二段構えの攻撃で目の前で撃たれては避ける暇がなく、俺は仕方なく発射された弾を手のひらではたいて地面へ落とした。

「くっ、やはり一瞬でも熱いな。
 だが攻撃としては悪くないぞ?
 今まで会った小者の中では一番頭を使って戦っていると褒めてやろう」

「うわああああ!!!」『パッス、パッス、パッス――』

 だが自信を持って仕掛けた攻撃がかわされて自暴自棄になってしまったのだろう。せっかく褒めてやったと言うのに、この男は狂ったように連射するだけでなんの面白みも無くなってしまった。しかもさっき忠告してやったと言うのに、自分の部下を二人ほど撃ってしまったようだ。

「それではこちらも一撃喰らわせてやろう。
 なあに命は取らんさ、しかし己の所業を悔いるがいい!」

 地面をひと噛みし間合いを詰めると、霊体の剣で魂を砕いた。さてと聞かせてもらうとするか。

「おい、俺たちを襲わせたのは誰だ」

「そんなの言うわけ…… ふざけんな……」

「じゃあ質問を変えるから嘘は言わないようにね。
 アタシたちを襲わせたのは浦賀有三なのかしら?」

「そ、そうだ、いや! 違わねえ! 浦賀だ!
 そう言う意味じゃねえ! 命令したのは浦賀なんだ! いや待て!?」

「じゃ、全員捕まえよっか。
 うみんちゅ、よろしくね」

「姫の仰せのままに」


 こうして捕らえた輩(やから)どもを河原へと転がしてから、ジョアンナと二人で浦賀弁護士事務所へと戻る。さっきのやつらには、浦賀から頼まれた仕事について仲間割れをして負傷したと言うように命じておいた。魂砕斬を使うとほぼ全員が素直に言うことを聞いてくれて助かる。

 信念を持って悪事を行っているようなやつは例外になるようだが、そいつらはガキにやられたなんてとても言い出せないクソちっぽけなプライドを持っている。つまりはよほどのことがない限り俺たちの存在が知れることはないだろう。


 来た道を戻って事務所へつくとまだ灯りがともっており浦賀もいるようだ。インターフォンを通じてジョアンナの声を聞いた浦賀は明らかに動揺しながら玄関までやってきた。

「く、九条さん、どうしたんですか?
 なにか忘れ物でも?」

「そうなんです、一つ伝え忘れてたことがあって。
 浦賀先生? もうすぐ警察が来るから逃げた方がいいですよってね」

「な、なぜ私のところにけ、警察が、来ると?
 そんな、そんなはずはありませんよ」

「口が堅い奴らを使ったからそんなはずはない?
 それじゃうみんちゅ、よろしく」

 俺は目の前の太鼓腹を横薙ぎにした。すると中年男は情けなく泣きだしたのだった。


「出来心だったんです……
 繁華街で騒ぎを起こしたやつの弁護を受けてやったらお礼だと言ってね……
 引き合わされた美人女性と一緒に薬に手を出してしまいました……
 後はもう弱みを握られ金をむしられ無理な仕事をさせられて……」

「だから自分も被害者だなんて言うわけ?
 随分と都合がいい解釈なのね。
 アタシよりも随分長く生きてる割りに世間知らずすぎなんじゃない?
 ま、詳しいことは警察でしなさいよ。
 弁護士なんだから裁判だって得意でしょ?」

 いい大人がデカい体をしぼませて縮こまり床へ伏せって泣いている姿は実に哀れだ。弁護士と言うのは法に基づいて仕事をする法律家らしいが、社会的地位を突かれてしまうと転落するのもあっという間なのか。


 長居は無用と弁護士事務所を後にした。もうすっかり遅くなってしまったこともあり辺りには人影もまばらで夜道は薄暗かったが、今度は何事もなく家へと帰り着いた。

「ねえうみんちゅ、もうあたしのこと姫とか主(あるじ)とか呼ばないで欲しいんだ」

「そうか…… それであれば仕方ないな。
 俺も身の振り方を考えておくことにしよう。
 短い間だったが今まで世話になった」

「は? 何言ってんの?
 一体どうしたらそういう発想になるわけ?」

「だが俺がいると家計が苦しくて餅が食べられないのだろ?
 腹いっぱい食えないことは辛いに決まってるじゃないか」

「ますます意味ワカンナイ。
 ホントうみんちゅっておっかしいよねー
 そうじゃなくてさ、主従関係なんて堅苦しい真似やめよって言ってんの」

「だが俺は姫を、ジョアンナを護りたいと思っているんだ。
 食わせてもらってるのはもちろん、やはり最初に手を差し伸べてもらったからな。
 何もわからん俺をなんの見返りも求めず助けてくれた恩は一生かかっても返しきれない。
 だからせめて餅くらい好きなだけ食えるようになってもらいたいんだ」

「だからもうお餅はいいんだって! 関係ないから!
 そうやって嬉しいこと言ってくれるのに、おかしなことも言うから台無しだよ。
 まずはさ、アタシの言うことちゃんと聞いて余計なこと考えないでくれる?」

「余計な事なんて考えてないぞ?
 どうしたら姫のためになるかだけ考えてるんだからな。
 それを余計な事と言うのはおかしいだろう」

「もう! バカっ!
 アタシはこれからもずっと一緒にいたいって思ってんの!
 そんでその関係性は対等がいいって言ってるだけなんだからね!」

「ああ、なるほど、そういうことなのか。
 そうハッキリ言ってくれれば理解しやすい。
 では来週からは一緒にパフェをごちそうになりに行くということだな。
 いやあ、俺だけウマイもんを食っているのを妬んでるなんてらしくないと思ってたんだ。
 これで一安心だな」

 するとジョアンナは俺を真っ直ぐに見据えてニコリと笑みを浮かべて一言――

「とまれ」


 俺はまた一つ学んだ。銃から放たれる高速の弾丸よりも手ごわい相手がすぐそこにいることを忘れてはならない。
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