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第六章 初めてのカチコミ

33.余韻

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 例の出来事からひと月ほどが過ぎ、こちらの生活にもすっかりなじんだと思い込んでいた俺だったが、未だにわからないことがあった。

「だからなぜそんなに不機嫌になるんだ?
 週に一度ごちそうになるくらいなら構わんだろう?
 それに勉強も教えてくれるんだ、願ったりかなったりじゃないか」

「だから不機嫌なんかじゃないってば!
 好きにしていいって言ったじゃないの!
 最初から今まで一回もダメなんて言ったことないでしょうに!」

「うーん、どう見ても怒っているように見えるがなぁ……
 ダメと言われればもちろん行かないし、忠誠心を疑っているなら確かめたらいい。
 俺の心は常に姫と共にあると言うことがわかるはずだ」

「そんなのわかってんの!
 でもそんなこと言ってないし、ダメなんかじゃないの!
 もちろん羨ましいわけでも無いからね?
 だから気にしないで行ってきなさいよ!」

 毎週月曜は、クラスメートの柳に呼ばれてパフェをごちそうしてもらいながら勉強を教わることになったのだが、どうもジョアンナが不機嫌に見える。月曜の朝は決まってそっけなく当たりが強い気がしている。

 この日はどうしても真意を聞きだそうとしたのだが言い合いのようになってしまった。結局昼飯は一緒に食べたものの、それ以降は顔を合わせることもなく別々に帰ることとなり、俺は予定通り柳や他の数人と共に彼女の家へと向かった。

 柳の家でパフェを食べた後しばらく勉強していたが、一息入れようと言ったところで、柳と同じクラスメートの高石がふいに話しかけてきた。

「海人君って九条先輩と一緒に住んでるんでしょ?
 先輩って怖くないの? あんまりいい噂ないって言うか……」

「そうなのか? 俺にはとても優しいし作る飯もうまくて不満はないな。
 もちろん怖いなんて思ったことは一度もない。
 大体人の噂なんて当てにならないものを信じても仕方ないだろ」

「そりゃそうだけど…… 他の先輩がよく見かけるって……
 九条先輩が不良みたいな人たちと一緒にいるところをさ?」

「ということは、その他の先輩とやらも同じような場所に出入りしていると言うことか?
 ジョアンナを見かけた先輩は一体何をしていたんだろうな?」

 ここまで言うと高石は黙ってしまった。俺としては知らぬところで名誉が毀損されることの無いよう言い返したつもりだったが、少々強く言いすぎたのか、その場には微妙な空気が流れてしまった。

「海人君、もうそのくらいにしてあげて?
 綾乃だって悪気があったんじゃなくて海人君のこと心配しただけなんだよ。
 実際に私もそういう噂を聞いたことあるから気にはしてたよ……」

「そうか、それは心配かけて悪かったな。
 だがそれには及ばん、もうそんなうわさが出ることもないだろうしな。
 とりあえず今日はもう帰るよ、二度と来ないとか友人関係を解消するわけではない。
 ただ今日のところはどちらにとっても気まずかろうからな」

 こうして俺は早めに帰宅することにした。内容はすべて虚構と言うわけではなく、おそらくはパパ活とやらの目撃情報だろう。それがなんで中等部の連中にまで噂されているのかはわからない。誰かが意図的に噂を流しているのだろうか。

 よくよく考えると、ジョアンナが誰か友人らしきものと一緒にいるところを見たことがない。思い返して見ると、いつも一人でいることと関係があるような気もしてくる。

 確か図書館で読んだ…… そう、仲間外れってやつかもしれない。今までも、パーティーを組むとろくな目に合わないヤツだとか、金にがめついから気を付けろだとか噂を立てられるやつは大勢見てきた。そのいくつかは根も葉もない噂で、恨みだったり妬みだったりと理由は様々だった。

 ジョアンナの場合はどういう理由だろうか。いや噂の内容は事実でもあるのだが、わざわざ言いふらす理由がわからない。場合によっては出どこを突き止めて斬ることも考えなければならん。

 せっかく早く帰るのだからじっくり話し合ってみるのがいいかもしれん。ちくしょう、こういう時は手土産の一つでも用意するのがいいと思うが、今の俺は無一文で何もできない。

 そんなことを考えながらの帰り道、背後に人の気配を感じたので警戒しながら索敵に入る。もちろん人の多い商店街なので気配があって当たり前なのだが、ただ歩いているのかこちらを見ているかの区別は容易い。殺気とまでは言わないが、明らかに俺を目的として近づいてくる。

 しかしそれは取り越し苦労だった。

「おおーい、瀬戸君、待ちなさい。
 まったくこんな人ごみの中なのに足が速いな」

「ええっと、オカさんか、どうしたんだ?」

「学校帰りにしては遅いが一人なのか?
 九条は一緒じゃないのか、なにかあったのか?」

「いいや、俺は学友の家に行っていて今帰りなんだ。
 オカさんは仕事中か? まさか……」

「いやいや、まだ補導するような時間じゃないしそもそも管轄外だ。
 俺は夜勤でこれから署へ行くところなんだよ」

「夜勤? 夜の勤務か、ご苦労なこった。
 それで何か用か?」

 この男が声をかけてくる状況など想像したこともなかったので必要以上に警戒してしまったが、どうやらたまたま見かけて声をかけて来ただけのようだ。もちろん目的はジョアンナの素行調査だろうが。

「君たちは知らんだろうが、ひと月ほど前繁華街で大きな摘発があってな。
 九条が出入りしていたクラブを経営していた奴らが逮捕されたのさ。
 だからあいつも今はいかがわしいバイトに行ってないと思うんだが……
 念のためと連絡してるんだが、ちゃんと返事がもらえなくて気になってるんだ」

「ああ、パパ活というやつか。
 確かにひと月くらいは行ってないぞ?」

 俺はごまかしてあれこれ嘘をつくのが苦手なので最低限の返答で済ませようとした。ジョアンナがはっきりとした返事をしていないのは、話が続いて自分たちの関与がばれることか、母親の件がばれるのを恐れているのかどちらかだろう。

「そうか、ちゃんと足洗ったんだな。
 別のグループへ流れたりしていないか心配していたんだよ」

「なに!? 別のグループなんてあるのか?
 そんなに悪人ばかりのさばらせて警察は何をやっているんだ」

「ちぃ、耳が痛いねぇ。
 だがな、法に反したところを確認できなきゃ俺たちにはどうにもできねえんだ。
 その証拠集めってやつはなかなか大変なんだぜ?
 今回みたいになんだか知らんが証拠もって自首するなんて信じられねえ出来事さ」

「詳しいことは知らんが、悪が減ったなら良かったじゃないか。
 俺は文無しについて考えるのが忙しいからまたな」

 あんなに働いたのに銅貨一枚にもならなかったのは残念だが、何もしないことで食い物にされる奴らが増え続けるよりは良かったと自分へ言い聞かせていた。

「なんだ仕送りとか小遣いとかないのか?
 それじゃおやつでも買ってやるから二人で食いな。
 どんなもんが好きなんだ? コンビニでいいのか?」

 この申し出に俺は歓喜し、高級プリンを二つをぶら下げてホクホク顔で家路を急いだ。
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