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第四章 新生活開始

23.二人の境遇

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 大前提として、この世界では多種多様な国が有り意外に特色豊かな外見を持っているとのことだ。本来この日本と言う国では黒髪に黒い瞳を持つ人種が多数住んでいる。ジョアンナの持つエルフのような金色の髪は、父親が異国の人種であることを示していると言うことになる。

 祖母殿、そして祖父殿が築いて来たこの家系は社会的にはそれなりに高い地位にあったと言う。俺の知識の範疇で言えば貴族未満、村長以上と言ったところか。だが一人娘だったジョアンナの母親はその名家の堅苦しい生活を嫌い、若いうちに家を飛び出してしまったそうだ。

「まあそれでね、あまり人に言えるような話じゃないんだけどさ。
 とある地方で異国の兵隊さんと恋仲になったってわけ。
 でも一人と真剣にお付き合いするなんて人じゃなくてね……
 その兵隊さんたち数名と、その…… あれよ、わかるでしょ!」

「ああ、それくらい言わなくてもわかるぞ。
 姫は存外恥ずかしがり屋なのだな。
 境遇としては俺と大分近いが、商売女でなかっただけマシかもしれん」

「うみんちゅのお母さんって…… いや、別に聞きだしたいわけじゃないわ。
 きっと辛い幼少期を過ごしてきたんでしょうね」

「まあ振り返れば辛いこともあったな。
 だが周囲にも同じようなやつらがいたから疑問に思ったことはなかった。
 大人になるまでは生きることだけで他に考え事なんてする余裕もなかったし」

 話がそれてしまったが、ジョアンナは続きを話しはじめた。そのうちに母上は身ごもったが、誰が父親なのかは今もわかっていないらしい。産まれてすぐ祖母殿に預けられたジョアンナは、すぐにいなくなった母と今まで一度も一緒に暮らしたことはないと言う。

「去年おばあちゃんが亡くなるまでは、お爺ちゃんが残してくれた資産で暮らしてたのよ。
 一人になっちゃった私は、おばあちゃんの遺言で財産を全て相続したわけ。
 でもまだ未成年だからなんでも自由にはできなくてね。
 成年後見人って人が管理してくれてるんだ」

「なるほど、資産を子へ受け継ぐのではなく孫へ継がせたのか。
 それであればわざわざ危険な稼業に手を出す必要はないだろう?
 一体誰を盾に強要されているんだ?」

「そこはちょっと面倒な事情があって……
 絶対に無茶なことをしないって約束してくれる?
 アタシは今のままなんとか出来る時がくるまで辛抱して待つつもりなのよ」

「まあ内容によりけりだとは思うが、姫がどうしたいかを最優先とすることは約束しよう。
 もしくはわざわざ聞かせないと言う選択もある」

「これからも一緒に生活していくんだから隠し事はしたくないのよ。
 余計な心配かけたくないし、もちろんむやみに手を出して欲しくもないから」

 俺はゆっくりと頷いて続きを聞くことにした。ジョアンナが抱えている問題、それを俺ごときに話してしまいたいくらい重荷に感じているのだろう。とは言え囚われているのが誰なのか、なんとなく検討はついているのだが、その理由はわからないままだ。

「この間のヨージたちはヤバいグループのメンバーだって言ったよね?
 アタシはそこの仕事を手伝ってパパ活してるのよ。
 グループのトップは名前も知らなくて、みんなから兄貴って呼ばれてるんだ。
 で、実はその兄貴ってやつのところにママがいるの」

「なんと!? 母上は意外に近くにいるのだな。
 だが助け出すことはできない、と?」

「うん、だって自分の好きでそこにいるんだもん。
 アタシともまともに話そうとしないくらい兄貴ってやつにベタ惚れみたいでさ。
 たまに言葉を交わすんだけど、自分のために稼いでこいって言うだけなの……」

「ちょっとわからないことがあるんだが?
 その男に囲われているのならなんで姫が稼いで母上に献上するんだ?
 生活に困っているわけではないのだろ?」

「そこがまああるあるなんだけどさ……
 ママは兄貴ってやつに夢中になってるけど、兄貴はママのことなんとも思ってないわけ。
 ホストってわかるかな? 要はママは兄貴に貢いでるだけの存在なのよ。
 だからそのためのお金をアタシが稼いでるってわけ」

「それならば救い出して改心させてやればいいじゃないか。
 なんなら俺がその兄貴と言うやつを撃ち滅ぼしてやる!」

「そう来ると思ったから最初にくぎ刺したのよねぇ。
 まず最初に、暴力で解決してほしくない。
 もし手を出したらうみんちゅは警察に捕まっちゃうんだからね。
 それと、ママは無理やり引き離されるくらいなら死ぬって言うのよ……
 最初にあった時、アタシだってもちろんうちで一緒に暮らそうって言ったわよ。
 でも無理だった…… 刃物振り回して自分につきつけて暴れて大変だったんだから。
 あんなのでもアタシにとってはたった一人の肉親だから、なんとかしてあげたいのよ」

「そうか、そうだな、俺が悪かった。
 事情はよく理解できた、俺にできることは姫が命じた時には全力で役目を果たすことだ。
 いつでもどんなことも遠慮なく命じてくれ」

 この時俺は自分のすべきことが何かを考えていた。本当にその時が来るのか。ジョアンナが力づくでなんとかさせようなんて決断する日は来ないのではないか。彼女の心の安寧は俺の生活安定にも繋がるわけだし、余計なお世話にならない程度には解決に向けて動きたいところではある。

「よし、姫のことを聞かせてもらったんだ。
 次は俺のことを話そう、とは言っても大した内容ではないんだがな」

「まだうっすらしか知らないけど、すでに大した内容ばかりな気がするけどね。
 さ、聞かせてもらおうじゃないの!」

 俺は売春婦の母と見ず知らずの客の間に出来た子であり、赤子の時に孤児院へ捨てられていた過去、そして飢えのあまり数人で逃げ出して物乞いや残飯拾いで生きてきたことを話した。

 その後の戦乱時に流れてきた一人の戦士が俺たち乞食のねぐらへと転がり込み、怪我が癒えるまで共に暮らし、そこで何人かが剣を教わったことを説明した。そしてこれが俺の転機だったのだ。

 数人は僅かに得た力を勘違いし盗賊に堕ちたり裏社会の用心棒についていった。結局、最後まで剣を教わっていたのは俺だけで、傷の言えたその戦士を師として共に旅へ出た。

 国中を旅しているうちに俺はメキメキと腕を上げ、身についたスキルの相性もあって、いつしか剣術大会で負けることは無くなっていた。だが冒険者としての本懐は未知への探索であり、そのために鍛え上げてきた俺の肉体は、もうすでに人を相手にするものではなくなって今に至る、と説明をした。

「ちょっと待って?
 境遇はアタシよりはるかに悲惨、と言ったら失礼かもだけど、すごい苦労してるじゃないの。
 なんでそんな淡々と話せるわけ? 信じらんない」

「いやいや、売春婦の子が産まれてすぐ捨てられるのも物乞いをするのもありふれたこと。
 それでも生きているだけで幸せな部類だよ。
 中には奴隷商に連れていかれひどい扱いをされた末、短命でこの世を去るものも多いんだ」

「想像以上に厳しい世界なのね。
 そんなところから日本に来てぬるま湯生活じゃ物足りなくない?」

「何を言うんだ!
 毎日命の心配をせずに眠ることが出来てまともな飯が食える幸せ。
 こんな素晴らしい世界があるなんて、今でもたまに夢じゃないかと思うよ」

 ジョアンナは半ばあきれるように頷いていたが、俺に同情してくれている様子は十分に伝わった。やはり俺はついている。こんな恵まれた場所とジョアンナに出会うことが出来たのだ。その点だけはンダバーの神に感謝してもいいかもしれないと考えていた。
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