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第二章 主従関係確立

9.夜道

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 物珍しさも有りあれこれ聞いているうちにジョアンナが怒りだしてからいくばくかの時間が過ぎた。俺は今の状況と似て張りつめた空気のように膨らんだ、不思議な素材の手提げ袋を持たされてコンビニを後にしていた。

「おいおい、いくら俺が大喰らいだからと言ってもこんなには食えんぞ?
 それとも主(あるじ)もそれなりに食べるほうなのか?」

「うるさいわね!
 アンタが! 店の中で!! はしゃぎまくるから!!! 出て来たんでしょうが!!!!
 行きつけなのに恥ずかしいったらありゃしない。
 もう行くのヤダ……」

「俺ははしゃいでなどいないぞ?
 ただ見知らぬものが多く気になったので聞いただけではないか」

「だからっていちいち全部聞かれるアタシの身になってみてよ。
 店員さんたちだって笑ってたじゃないの」

「きっとたくさん買い込んで儲かったから機嫌が良かったのだろうな。
 いいことをしたじゃないか。
 だが贅沢はよくないな、部族の者に申し訳が立たんだろ?
 仕送りも大変だろうから、俺は贅沢は言わんぞ。
 俺には生きていかれる分だけ食わせてくれれば十分さ」

「部族とか仕送りとか意味わっかんないンだケド?
 なんか色々勘違いしているみたいだからちょっと腰据えて話そっか。
 もうすぐばあちゃんちにつくからさ。
 あ、ばあちゃんちってのは自宅のことね」

「祖母殿と暮らしておるのか。
 突然に俺が押しかけても迷惑ではないのか?」

「あ、うん、もう亡くなってるの。
 でもいまだにばあちゃんちって言う癖が抜けなくてさ。
 すごく面倒かけたけどすごく大切にしてもらったんだ」

「きっと素晴らしい御仁だったのだな。
 折を見て墓参りに行かせていただこう」

「なんかうみんちゅっていろいろずれてるけど根はやさしいよね。
 今日はいっぱいお話ししよ!
 食べ物も飲み物もいっぱいあるしさ!」

「だが酒がないではないか。
 そこらじゅうに気配がるのに飲めないとは、ある種の拷問だな。
 主はさっき飲んだからいいかもしれんがな!」

 俺はつい嫌味に聞こえるようなことを言ってしまった。悪気はなく喉が渇いていたからつい、本当につい出た言葉だった。

「さっき飲んだ? ラテのこと?
 あれお酒じゃないよ? カフェ・ラテって飲み物だよ。
 コーヒーはわかるの?」

「コーヒー? 知らん。
 飲み物と言えば酒か果実の絞り汁か茶、後は水だな。
 一般的でないものなら生血とか体液とか――」

「ぎゃーあ゛あ゛や゛め゛て゛え゛え゛え゛」

「ん? こういう話は苦手なのか。
 まあこの手の食い物には得手不得手があるからな。
 言っている俺も別にうまいとは思わん、死ぬよりマシと食ったまでだ」

「うみんちゅが強くて頑丈な理由が少しわかったわ……
 でももうその話は絶対にしちゃダメ! わかった!」

「御意、ところで主? あそこで待ち伏せている男はどうする?
 殺ってしまうか?」

「えっ!? どこにいるの?
 誰だか見える? わかる?」

 俺は元々夜目が利く方ではないが、この国の夜は明るくいともたやすく様子が見える。どうやらさっきジョアンナと接触した悪人の若造だった。それをジョアンナへ伝えるといざという時まで手は出さないよう釘を刺された。

「よ、ジョアンナ、さっきぶりぃ。
 ちょっと話があってよ」

「なによ、仕事の時以外は近寄らないでよ。
 いろいろ面倒になったら困るんだからさ」

「別におかしな話をしようとしてるんじゃねえよ。
 ちと確認なんだけどな? ユージが突然にお前の担当下りるって言いだしたわけ。
 俺が次の担当ってことを知らせてやろうと思って待ってたのさ。
 そんでよ? 理由はわからねえがユージが何やら怯えててなぁ、兄貴があいつはもうダメだって。
 あんまり兄貴を困らせるとおめえにも跳ね返ってくることは忘れんなよ?」

「話はそれだけ?
 だったらもう帰ってよ。
 そんでアタシにちょっかい出さないで仕事だけきっちりやってなさいよ」

「おめえは自分の立場が分かってねえみてえだな。
 ちょっとばかし顔がいいからって調子のるんじゃねえぞ?」

 男はそう言いながらタバコの火をジョアンナにじりじりと近づけていく。俺なりに考えた結果、これはいざという時だと判断したので手元から手提げを一つ落としてしゃがみ込んだ。

「なんだそのガキゃ、土下座でもしますってか?
 随分買い込んできたみたいだけど酒はねえのか?
 パーティーでお楽しみなら俺も混ぜろよ。
 お前はうまそうだしハッパもあるぜ、うへっへへげへ」

 まったく品の無いとはこの男のためにある言葉だ。嫌悪感を抱きつつも冷静に、俺は地面から砂粒のように小さな石ころをいくつか拾ってから立ち上がった。そして男へ向かって指ではじきだす。

 どうやらこいつもユージと大差なく小者中の小者だ。指先よりも小さな吹けば飛ぶような小石をぶつけただけで痛がってひっくり返っていた。

「ちょっとうみんちゅ! アンタなにしたのよ!
 特に動いてもいなかったわよね?」

「俺は何もしてないぜ?
 なんか虫でも飛んできたんじゃねえか?」

「てんめええ、しらばっくれやがって! 何しやがった!
 どこのどいつか知らねえが、ガキだからって容赦しねえぞ」

「やれやれ、小者の吐く台詞はいつも同じだ。
 弱いだけでなく頭も悪い救えない存在で哀れだよ。
 ―― くっ、ジョアンナ、離れろ!」

 男の手から光るものが取り出されるのが見えて少し焦ってしまった。男とジョアンナはすぐそばで、俺は一歩後ろにいる。だが男の動きがあまりに遅いのでなんなく体を入れ替え庇うことが出来た。

「へっ、さすがにビビったみてえだな、
 小さくても刺さりゃいてえぜ?
 死ぬことはないから安心しな!」

「いや、俺は呆れているんだよ。
 せっかく先に武器を手にできたと言うのにそのまま刺さず虚勢を張るのみだなんてなあ。
 出したら即刺せ、そうでないとやられるのはお前だ」

「このガキ、ふざけたこと言いやがって!」

 興奮が見て取れるこの小者がナイフをこちらへ差し出してくる。もしかしてこれは俺にくれようとしているのか?これなら串焼きの屋台で唐突に試食を差し出すおばちゃんのほうがよほど鋭い突きをする。

 腹の辺りをめがけて突き出された刃物を指先で摘まんで取り上げると、それだけでこいつは戦意喪失した様子だ。まったく度胸も覚悟もないし、相手の技量を見極める目すら持ち合わせていない情けない様に俺はガッカリしてしまった。

「随分と小さいが精巧な造り、それに折りたためるのは画期的だ!。
 おそらく相当の名工の作だろうな。
 こんなろくでなしが持つにふさわしいとは思えん。
 ひげをそるのにちょうど良さそうだし俺が貰っておこう」

 こうして俺は目の前の小者を軽くあしらい、地べたへはいつくばらせたのだった。
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