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第二章 主従関係確立

7.格の違い

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「おいジョアンナ、念のため聞いておくが、同意の立ち合いなら殺してしまっても構わないのか?
 それともなにかまずいことになったりするのか?
 適当にあしらって警備兵へ引き渡すのが最善な気がするのだが、どの程度までは許されるんだ?」

「殺すって、そんなことしていいわけないでしょ!
 早く逃げようよ、私も頑張って走るし、ほとぼりさめてから謝りに行くからさ」

「逃げる? なぜ? こいつが貴族や権力者か何かには見えん。
 ただの輩(やから)ならノしてしまえばよかろう。
 手足を折ってしまえば追っても来られないだろうしな、ぶっはっ」

「ダメダメダメ、怪我させたらまずいよ。
 何事もやり過ぎはいけないんだから。
 でもなんでそんなに自信満々なのよ……
 あの男は半グレっていう街の厄介者なのよ」

「厄介者か、それはちょうどいい。
 俺がどの程度の強さのままか確認するいい機会だ。
 心配なら逃げていいぞ?」

 俺はそう言いながらジョアンナを路地の外へと押し出すようにして振り返った。するとその隙をついて走り寄る足音が聞こえてくる。やはり下衆のやることはどこでも同じだ。

 ジョアンナにあたらないよう突っ込んできた男の向きを変えると、やつは壁へと突っ込んでいった。なんと遅い動きだ。これなら年端もいかぬひったくりの子供のほうがまだマシじゃないか。どうやら期待できそうにない。

「この野郎、やりやがったな!
 いい気になるなよ!」

「次はどうする? 本気出すとでも言うのか?
 じゃれつく羊よりもかわいい動きだ、遠慮はいらんぞ」

 激高した男は拳を握りしめ本気で殴り掛かってきた、はずのだが…… なんだこいつ、まるで収穫祭で意中の相手に初めて手を差しだした純朴な青年のような動きではないか。

 俺は一瞬でつまらなくなり向けられた拳を指先ではじき返した。すると向きの変わった拳が裏路地の壁を叩く音がする。

「ぐはっ、いってええええ!
 この野郎、何しやがった!」

「なあジョアンナ、もうコイツ始末してしまっていいか?
 あの処刑用の道具へ放り込んでしまった方が世のためだろうに」

「だからMRIは処刑道具じゃないってば。
 すぐに警察が来るから逃げちゃお。
 また連れていかれて調書とられちゃうわ」

「だがこいつはお前の仕事仲間なのだろ?
 一応気を使って怪我はさせていないのだ。
 今後お前さんにおかしな態度を取らないことが約束されないなら始末するに限る。
 なあに、森にでも打ち捨てて狼にでも食わせてしまえばよかろう」

「だからそんなの絶対ダメ!
 だいたい近くに森なんてないし狼もいないわよ!」

 なんだか平穏な世ではあるが面倒でもある。とりあえずこいつが二度と手を出してこないよう懲らしめるだけにしておくとするか。

 俺は拳を押さえている男へと近寄り、顔の前で勢いよく両手を合わせた。パチーンと大きな音を立てると風圧と恐怖で男の顔が歪み、どうやら格の違いが理解できたようだ。ついでにもう一押しくれてやろうと、地面に落ちていた石のかけらを握りつぶしてさらなる脅しをかけた。

 それは想像よりもはるかに柔らかい石だったので簡単に崩れ去り粉状になって足元へと落ちる。しかし脅すには十分だったと見え男は震えて言葉を失っている。これならそうそう手を出してこないだろう。

 同時にジョアンナも言葉を失っているがすぐに正気へと戻った。そして震えている男へなにかを向けるとカシャカシャと音がして光が瞬く。もしかして今度こそ魔法か!? と身構えるがなにも起きていないようだ。

「ねえヨージ、二度とアタシを軽く見ないでよね。
 仕事はちゃんとやるし、変なことしてこなければこのことも黙ってるから」

 力なく頷いたそのヨージという男を後にして、俺とジョアンナはその場から急いで立ち去った。なぜならば遠くから警備兵が近づいてくることに気付いたからだ。


 しばらく走っていくと周囲に商店が少なくなり静かな場所へ出た。少し遠くから水の匂いがする。どうやら湖か川が近くにありそうだ。路地裏へ入ったりして埃っぽくなっていることだし、時間が許せば水浴びでもしたいものだ。

「驚いたわ、アンタ本当に強かったのね。
 何してたかはわかんなかったけどヨージが勝手に転んだり壁殴ったりしてさ。
 最後はあんなに震えてたの、おかしくってアタシ写真一杯撮っちゃった」

 嬉しそうになにか平たい板状のものをこちらへ向けると、その中にはさっきの男が閉じ込められていた。いやだが確かにあいつはあの場に留まっていたはず。まさかあの短時間にこれほど精巧な写しを行ったと言うのか?

「それはお前の能力なのか?
 あの一瞬でそんな絵を描くなんてすごい能力だな」

「違うってば、これはスマホっていうの。
 ここに写ってるのは写真って言って絵じゃないよ?
 仕組みは、うーん…… アタシもわかんない。
 あ、オカさんから連絡入ってた……」

「それで手紙のやり取りもできるのか?
 まさかそれも一瞬で出来ると言うのか?」

「そうそう、一瞬だよ。
 誰かが走って手紙を届けるなんて今時あんまないと思うよ。
 あちゃあ、やっぱオカさん怒ってるよ……
 一応危険がないかどうか心配してくれてるんだけどさ」

「俺が危険な存在だと?
 まあ否定はできないが食うに困らなければ無茶をするつもりはないぞ?
 もちろん雇い主に忠誠も誓おう」

「それじゃまずおまえとか言うのやめてもらえる?
 アタシもあんた、とか言わないからさ。
 やっぱりお嬢様とか呼んじゃったりするの?
 でも柄じゃないしどうしよっかなー」

「だが俺は未だ自分の名前がわからん。
 いや待て? そう言えばなにか名前の書いてあるものを持っていたのだったか」

「えっ!? なんでそんな大事なこと先に言わないのよ!
 出してみなさいよ、なんて名前なの? 住所とか書いてないの?」

「そう慌てるでない、俺も身に覚えのない持ち物なのだ。
 えっと確かここへ入れたはず……」

 俺は懐からその小さな書物のような物を取り出すとジョアンナへと手渡した。

「なにこれ? 学生証みたいね。
 しかも高等小学校ってなに?
 あんた小学生だったの?」

「あんた…… まあいい、そこに名前も書いてあるのか?」

「いっけない、ゴメンつい。
 ここに書いてあるわね『伊勢海人』いせ・うみんちゅ?」

「随分おかしな名前に聞こえるな。
 まったく覚えがないがそれが俺の名と言うことか?
 いやまて、その書物を持っていただけで俺の物と決まったわけではないな」

「確かにそうだけどさ、いったいどこにある学校だろうね。
 制服のある小学校なんて今時珍しいからいいとこのお坊ちゃんかもしれないわよ?
 とてもそんな風には見えないけどね」

「それはその持ち主が、であろう。
 俺はこの世界の人間ではないのだからな」

 そう言いながらジョアンナが見ている学生証とやらを覗き込んだ。するとそこには見慣れない文字が並んでいるにもかかわらず当たり前のように読むことができ、書いてある名前は自分の物のように感じた。

「よし、後でこの学校調べて行ってみよ!
 バイトが終わってからだと夜になっちゃうから明日がいいかなー」

 ジョアンナは勝手に予定を立てて満足そうにしている。俺はなんとなく気は乗らなかったが雇い主に逆らえるはずもなく頷くしかなかった。
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