魔法少女は世界を救わない

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魔法少女は世界を救わない

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 魔竜を倒してからひと月ほど経ち新学期が始まった。春生まれのサクラは一足早く十三歳になり、それは俺様を手に入れてから八年が過ぎたことを表している。

「モミジ、カタクリ、また見つけましたよ。今度は犬型なのでちょっと手ごわいっス」

「あら野良犬? 今時珍しいわね。普通に警備隊で処置してもらえばいいような気もするけど――」

「でも自分たちで倒しに行った方が楽しい、でしょ? 無力化した後にカタクリのお父さんへお願いすればいいでしょ」

「その通り、と言いたいところなんですけど実は飼い犬なんですよ。アケボノマチの工場裏に沢山犬を飼ってる家がありまして。そこがいわゆるブラック企業ってやつみたいなんです」

「なるほどね、これは闇が深そうだわ。私たちの出番ってわけね!」

「またモミジはそうやって調子に乗るんだから。こないだみたいに興奮して魔力増やしすぎないでよ?」

「今日は平気よ、ちゃんと指示通りやるわ。この間は調子が良過ぎてうまく制御できなかっただけだもの」

 小娘どもはこのひと月の間にさらに三体の魔物を倒していた。サクラは放課後になると色々な所へ出かけて行って地図に印をつけていく。学校内で誰かがいじめられている話や、親が厳しいなんて話にもよく食いついていて熱心である。

 発見した魔物はどれもまだまだ未成熟だったので危険性は全くなかったが、早々に無力化し普通の生き物へ戻すことで騒ぎになる前に対処していることになる。もちろん世の中すべての魔物を討伐できるはずはないが、身の回りに起きる危険を未然に防いでいるのは間違いない。

「さあサクラ! カタクリ! 世界を救いに行くわよ!」

「ねえモミジ? 絶対に調子のってるでしょ。お願いだからちゃんと抑え気味にしてよね」

「まあまあカタクリはそんな心配しないで。モミジだってやる気が満ち溢れてのことなんですから」

「だいたいサクラが甘やかすからいけないんだからね。何かにつけて世界を救うとかさ、魔法少女マンガの見過ぎよ」

「そのくらいに思ってた方が楽しいじゃない。私たちが世界を救ってるなんてステキだと思わない?」

「そうっスね、前向きなのはいいと思いますよ。だからカタクリも機嫌直してくださいな。そろそろ着きますよ」

「それじゃさっそく――」

「町内を救っちゃいますか」

「そうそう、それくらいでちょうどいいのよ。あんまり背伸びしすぎてもいいこと無いわ」

「なんだかスケールが小さいわね。でもまあいいわ、早くいこー」

 町内を救う、か。かつて世界の危機を救うために産み出された俺様だったが、武具ではないため置いてきぼりを食った。それ自体に恨みも妬みもないが、虚無感や未練があったことは確かだ。

 それがどうだろう、サクラと出会ってからはそれほど退屈せずに過ごせているではないか。あまり敬意を持たれずこき使われてる気がしないわけではないが、それはそれで楽しいものだ。

『楽しいか、サクラよ。俺様はなかなか楽しいぞ、今までよく仕えてくれた、礼を言う』

「何言ってるんスか、いまさら。第一お礼を言って来るなんてどうかしちゃったんですか?」

『いや、そろそろ、な』

「えっ!? まさか、お別れの時が近づいてるとか言わないっスよね!? 嫌ですよ、絶対に嫌ですからね」

 なんだこやつ、本心から心配しているのか。まさかこんなに大事にしてくれるとは思ってもみなかった。きっと今までの持ち主同様ただの便利な道具として使われると考えていたと言うのにな。

『お前は初めて俺様を道具ではなく相棒として扱ってくれたからな。感謝くらいするに決まってるだろうよ』

「だめ、絶対に別れたくないっスよ! お願いだからずっと一緒にいてください…… お願いだから……」

『お前はなにを言ってるんだ? 俺様に寿命は無いし壊れることもない、完全なる不死身だぞ?』

「へ!? じゃあ今言ってたのは何だったんですか? てっきお別れ前最後の挨拶かと思ったっスよ」

『そんなものは知らん、俺様だって感謝を表することくらいあるわ。まったく早とちりばかりしやがってからに。ほれ、きさまら魔法少女たちの戦い方を見せてみろ』

「はい、任せてください!」

 こうして俺様は退屈しのぎの『相棒』を手に入れ、終わりの無い長い時間の中でわずかな想い出を作ることが出来た。こいつらに寿命があることが恨めしいほど楽しい時間、退屈しない日々、まったく道具冥利に尽きるぜ。

 いつか他の兄弟たちを探し出して同じような思いをさせてやりてえもんだ。世界を救わなくても楽しめる世界は良いもんだってことを。

 なあ小娘どもよ、お前たちもそう思うだろ?
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