魔法少女は世界を救わない

釈 余白(しやく)

文字の大きさ
上 下
8 / 9

成功体験

しおりを挟む
 ようやくこの時がやってきた。毎日のようにサクラと町中を走り回りようやく見つけた魔竜は、学校が休みになる前に見たよりも倍くらいの大きさになっていた。パッと見、小娘どもの身長と大差ないようだ。

『おいサクラ、あやつらはまだ来んのか? いきなり逃げ出すことは無いと思うが、いつまでもここにいると不審者扱いされかねんぞ?』

「でもここは同い年のアザミの家だから見つかっても何とかなりますよ。カタクリさんと同じ士族なんスけど、アタシに優しくないんですよね……」

『ほう、以前は良くお前にちょっかい出していた髪の長いあいつか。となるといじめていた相手がお前で良かったかもしれんな』

「ちょっと聞きづてならないっスね。そんなひどい言いよう、一体どういう意味なんですか?」

『おそらく手ごたえのないお前に変わって、今は別の相手をいじめているのだろう。もしお前が相手を恨んだり仕返しを考えたりしていたとしたら――』

「そうか、それも負の感情になるってことっスね。でも誰もいじめられないのが一番ですよ」

『それは理想論で、実際に人は人を攻撃するものだしそこに理由があるのは限らない。さすがに快楽で人をいたぶるものは少なかろうが、気晴らしに弱い相手に手を出すことは珍しくない』

「それはそうなんでしょうけど…… あの魔竜はアザミの悪意を食べてこんな大きくなったんですかね?」

『始めに見てから二週間ほどでこの大きさ、一人分ではないかもしれんな。学校の敷地内を移動していたことも気にかかる』

「毎日アザミを追いかけていたってことっスかね? でもそれなら随分目立つでしょうに、誰も気が付かなかったんでしょうか」

『真後ろをつけて道路を這っていくようなことはしないさ。物陰に隠れながらついて回っているのだろうな』

 アザミとやらの家の庭で、モミジとカタクリを待つ間そんな話をしていたのだが、突然怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら家の中で諍いが起きているらしい。

「そんなことでは立派な人になれませんよ! もっと士族として誇りと責任を持って取り組みなさい! あなたがそんなだとこの家は取り潰しになってしまうのよ! お父様のように警備の下っ端で終わりたいの!?」

「お母さまごめんなさい。もっと頑張りますからゆるして……」

 母親らしき者の怒鳴り声の後、小娘のすすり泣く声が聞こえてきた。どうやら訓練か勉強かでしごかれているらしい。怒鳴りつけたり無理強いしたりしても効果は薄いと言うのに哀れなやつだ。

「神具様、聞こえました? きっとアザミがしごかれてるんですね。学校ではいつも威張ってて嫌な子ですけど、こういうの聞いちゃうとやるせないっスねえ」

『そうだな、おそらく家で親に受けた仕打ちが心の傷になっているのだろう。それを学校で他の者へ向けることで解消していると言うわけだ。無論そのどちらも悪意を吐きだす要因となる』

「つまり魔竜はアザミの家と学校を行ったり来たりしていた? そりゃまた随分と熱心なことで……」

 母親に虐待まがいの教育を受けた恨み、それを晴らすため学校でのいじめ行為、そしていじめられた別の娘の恨み、それらを喰らって魔竜は成長したに違いあるまい。それならばこの成長速度も納得できる。

「サクラ、お待たせ。まさかアザミの家にその魔竜ってやつがいたなんてね」

「カタクリはアザミと仲いいの? 同じ科だし同じクラスよね?」

「そうよ、それに週一の合同訓練でも一緒になるわ。ああこれは内緒のことだから誰にも言わないでね」

「相変わらず士族には秘密が多いですねえ。どういう訓練をしているのかが気になって仕方ないっスよ」

「それはまた今度教えるわね。でも三人でやってる訓練のほうがためになってる気はするわ。おかげでやけどすることなんて無くなったもの」

「それは良かった、やっぱり誘って正解でした。じゃあそろそろ始めましょうかね。指示は出しますので打ち合わせ通りにお願いします」

 いよいよ初めての実戦である。この時が来るのを何年待ち続けただろうか。産まれてから約四千年、一度たりとて討伐の場にいたことは無かったが、ようやく俺様も神具としての楽しみを得る、いや役目を果たせる時が来たのだ。

 とはいえ相手は子供の背丈程度の未成熟な魔竜だ。おそらく簡単に片付いてしまうだろう。できれば少しくらい苦戦してくれると楽しめて、いや課題が見えていいのだがな。

「それじゃ二人ともいいっスか? まずは魔力を練ってください。 ちょうどよくなったら声を掛けますからね」

「わかったわ」
「了解よ」

「くれぐれも火を炊いたり風を起こしたりしないように気をつけて。モミジは指先をそろえてくださいよ。カタクリさんはもう少しゆっくりでお願いします」

 俺様の目で見てもサクラの指示は的確だ。モミジの指先には緑色の魔力が集まっているし、カタクリの手のひらには赤い球状の魔力が練られている。そしてサクラには二人がきちんと魔力制御できているかどうかの見極めが出来ている。これは眺めているだけで出番がなさそうである。

「イイ感じですね。二人ともそのまま魔力を保っていてくださいよ。そのまま魔竜へ向けて同時発射です。三、二、一、発射!」

 サクラの合図とともに発射された炎と風の魔力球が魔竜へと直撃した。魔竜の身体はやや黄色がかったまま動きを止めている。

「バッチリです。では留め差しますね」

 最後にサクラがほんのわずかな水の魔力を送り込むと、魔竜を覆っている色が白く変化した。それから数秒後、その白い光もゆっくりと消えていく。

「二人ともこれであの蛇を見てみてください。さっきまでの青い魔力は完全に消えてます。大成功っスよ!」

「ホントだ! 私たちがやったのよね? 初めてなのにすごくない?」

「やったね! 自分では見えないから自信無かったんだけどうまく言ってほっとしてるわ。私の魔力はきちんと飛んでたってことよね?」

「はい、カタクリさんの火球はまっすぐ飛んで行って当たりましたよ。モミジの風の矢もバッチリでした」

「仕組みは教科書に載ってたから何となくわかってたんだけどさ。なんで最後はサクラもやらないといけないの? 魔竜が青いから緑の風と赤い炎だけでいいんじゃない?」

「ピッタリに出来ればそれでもいいんですけど、足りないとまた魔力練りからやらないとですよね? だから少し多めに当てておいて、最後にアタシが調整した方が簡単だと考えたんです。思惑通りうまくいって嬉しいっスね」

 本当にその通りだ。計画と言うのは成功して初めて達成感が得られるものである。もちろん経過も大切なのではあるが、最終的に失敗となれば落胆の気持ちが勝ることが当然なのだ。

 たった今体験したこの成功がこやつらの大きな喜びとなり、きっと更なる修練と成功体験を求めることだろう。それこそ俺様の思惑通りと言うのものだ。

 この小娘どもも今後失敗することだってあるだろう。しかしそれを含めて成長と努力の繰り返しを眺めて行けることは俺様にとって何より楽しみなのだ。なんといっても自分では歩くことさえできないありさまなのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済み】破滅のハッピーエンドの王子妃

BBやっこ
児童書・童話
ある国は、攻め込まれ城の中まで敵国の騎士が入り込みました。その時王子妃様は? 1話目は、王家の終わり 2話めに舞台裏、魔国の騎士目線の話 さっくり読める童話風なお話を書いてみました。

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

【もふもふ手芸部】あみぐるみ作ってみる、だけのはずが勇者ってなんなの!?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 網浜ナオは勉強もスポーツも中の下で無難にこなす平凡な少年だ。今年はいよいよ最高学年になったのだが過去5年間で100点を取ったことも運動会で1等を取ったこともない。もちろん習字や美術で賞をもらったこともなかった。  しかしそんなナオでも一つだけ特技を持っていた。それは編み物、それもあみぐるみを作らせたらおそらく学校で一番、もちろん家庭科の先生よりもうまく作れることだった。友達がいないわけではないが、人に合わせるのが苦手なナオにとっては一人でできる趣味としてもいい気晴らしになっていた。  そんなナオがあみぐるみのメイキング動画を動画サイトへ投稿したり動画配信を始めたりしているうちに奇妙な場所へ迷い込んだ夢を見る。それは現実とは思えないが夢と言うには不思議な感覚で、沢山のぬいぐるみが暮らす『もふもふの国』という場所だった。  そのもふもふの国で、元同級生の丸川亜矢と出会いもふもふの国が滅亡の危機にあると聞かされる。実はその国の王女だと言う亜美の願いにより、もふもふの国を救うべく、ナオは立ち上がった。

【完結】月夜のお茶会

佐倉穂波
児童書・童話
 数年に一度開催される「太陽と月の式典」。太陽の国のお姫様ルルは、招待状をもらい月の国で開かれる式典に赴きました。 第2回きずな児童書大賞にエントリーしました。宜しくお願いします。

みかんに殺された獣

あめ
児童書・童話
果物などの食べ物が何も無くなり、生きもののいなくなった森。 その森には1匹の獣と1つの果物。 異種族とかの次元じゃない、果実と生きもの。 そんな2人の切なく悲しいお話。 全10話です。 1話1話の文字数少なめ。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

【完結】王の顔が違っても気づかなかった。

BBやっこ
児童書・童話
賭けをした 国民に手を振る王の顔が違っても、気づかないと。 王妃、王子、そしてなり代わった男。 王冠とマントを羽織る、王が国の繁栄を祝った。 興が乗った遊び?国の乗っ取り? どうなったとしても、国は平穏に祭りで賑わったのだった。

処理中です...