魔法少女は世界を救わない

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眼鏡の思惑

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「昨晩はお楽しみでしたね。なんであんなにご機嫌だったんスか?」

『いやな、今後お前らをどう鍛えてやろうかと考えておってな。とは言っても俺様がサクラ以外にしてやれるのは知識を与えることくらいだ。しかも直接伝えることはできない』

「ということはもしかして?」

『そうだ、お前の口からあいつらへ伝えてやることが必要なのだ。まあ今すぐには必要ない、といいがなあ』

「なにか含みがありますねえ。昨日言ってた魔竜の復活と関係ありますか?」

『ちゃんと覚えておったか。昨日見た魔竜、いや実は魔力を持った蛇だがな、まだまだ小さいものだった。しかし時間が経つと大気中の悪意を食って大きくなるのだ』

「悪意、ですか。それはやっかいですねえ。人の悪意には際限がありませんから」

『わかるか、サクラよ。とは言え生きていくうえで仕方ないことではあるのだがな。人間だけではない、この世は弱肉強食だ。生きていくうえで邪魔となる存在を排除しようとするのは当然のこと。デカくなった蛇は当然人間の脅威となる』

「つまり敵対するのは仕方ないし、そこに悪意が生まれるのも必然、と? 確かに魔竜がどうこうと言う前に人間は多種多様な種を従え喰らい虐げていますねえ。でもそれは異種に限らず人間同士でも当たり前のように行われてますよ?」

『それだよ、人類が生きるための糧として動物を殺し喰らうのは自然の摂理と言える。だが人間同士は欲や憎悪、はたまた快楽のために殺し合うではないか。そういった負の感情は生物へ様々な影響を与えるのだよ』

「でもなんだかおかしくないですか? 最初は小さな蛇だったなら、なんでそんな大きくなるまでほっといたんですかねえ」

『それが人間の恐ろしさおぞましさの一つよ。国の脅威になるまでわざと対策をせず、自分たちでなければ対処できないようにしたのだ。神話で言うところの神官たちがな』

「じゃあ大量の犠牲が出るまで野放しにしていたってことっスか!? ひどいことしますねえ」

 俺様は確信へ触れないよう適度に話を間引きながら当時のことをサクラへ説明した。神官たちが行った悪逆非道な行いは、年端もいかぬ少女には少々刺激が強いかと心配したものの、サクラは動揺したそぶりも見せずただ聞いていた。

 こういうところがこの娘の感心するところでもあり心配になるところでもある。感情をどこかへ置いてきてしまったような振る舞いは、冷静を通り越して客観的過ぎであるし、どこかあの神官たちと通じるものを感じさせる。簡単に言ってしまえば他人への興味が無さすぎるのだ。

 だがそのおかげも有り、自分へ向けられた悪意に対し。負の感情を膨らませ過ぎずに済んでいる側面もある。つまり危害を加えている相手を恨んだり復讐心を抱いたりしていないのだ。

 そう言った自己完結性のある性格は魔法の修練をするに当たって好ましい性格と言える。周囲に流されず我が道を行き、集中力を乱されることも少ない。そして自分が信じると決めた事柄に関連するものならば素直に聞く耳も持っている。

『そろそろ学校へ行く時間だな。今日はマナを練りながら行くとしよう。昨日やったのとは違い手のひらに維持するのだぞ』

「はーい、今日は落とさないように頑張ります!」

『魔法はマナの練り上げと想像力が大切だ。どちらが欠けてもうまくいかん。お前は本に書いてあるようなことをなぞるのは得意だが想像力にはやや欠ける』

「それは確かに否定できませんねえ。お絵描きとか苦手だし……」

『それだな、絵は描けなくてもいいが頭の中にイメージを浮かべるのだ。練ったマナを思い浮かべた形に…… 加工する?』

「なんで疑問形なんですか…… イメージは立体? それとも平面?」

『なんでも構わんぞ、要はイメージがあればいいのだからな。例えば初歩的な魔法に水や炎の球を発射するものがあるだろう? あれがなんで初歩かと言うと球状は誰でもイメージしやすいからなのだ』

「じゃあ手の上で練っているマナが球状の水だと思えばいいんですかね? 大きさはテニスボールくらいかなあ―― って、うわあ」

 おいおい、まだ魔法の練習を始めて間もないと言うのにもう具現化できるようになったとは驚きだ。こやつの才能なら簡単にイメージできるものならすぐにでも習得できそうである。

『やるなお主、才能があるのはわかっていたがこれほどとはな。しかしあまり具現化をやり過ぎると肉体に高い負担がかかるでの。身体がもう少し成長するまでは地道に基礎練習のみをするのだぞ』

「そんなにしつこく言わなくてもわかってますって。そのことで少し気になることがあるのですけどね。カタクリさんは剣技も魔法も練習してるらしいけど平気なんですかね?」

『うむ、それは俺様も心配している。おそらくは年齢以上に成長が早いので問題ないと考えているのではないだろうか。親が無知とは思いたくないからな』

「成長って…… えっちですね……」

『違う! 違うぞ! 決してそう言う意味ではない! いやまて、ではどういう意味だ? 俺様はただ単に成長には個人差があると言いたくてだな――』

「冗談っスよ。カタクリさんの体に負担がかかり過ぎてないならいいんです。でも平和な世の中で剣技とか勇者とか意味あるんですかねえ。毎日トレーニング大変らしいですよ」

『意味はあるぞ。平和に見えるこの世だが、実は人知れず悪意と戦っている者たちがおる。そのために大昔から戦士を育成していたのだが今は学校で教育しているようだな』

「そんなの習ってないっスよ? 魔竜みたいな敵? がそこらじゅうにいるってことッスカ?」

『二千年前は魔竜みたいになっちまう前に倒していたが今はどうだろうなあ。大きな被害が出てないならちゃんと討伐してるんじゃねえかな』

 とは言ってみたものの、実際に俺様は魔物討伐に参加したことはない。あくまで伝聞や当時の報道で知った程度の内容だ。しかしそれも歴史から消されている。その理由はわからんがいずれ調べる必要があるだろう。

 もちろん俺様がいくら神具ですげえ力を持っていると言っても自立行動はできない。つまり小娘を鍛えて働いてもらうしかないということだ。そのためにも今は基礎をみっちりやって自力を上げることが最優先ってことになる。

「神具様? 黙ってるけどちゃんと出来てるか見てくれてますか? いつもは独り言ぶつぶつ言ってるくせに肝心な時はダンマリなんだから。ほら、もう学校ついたっスよ」

『たわけ! ちゃんと見ていたわ。何も言うことは無かったから黙っていただけだ。では今日も勉学に励もうではないか。嘘の歴史も楽しいものだからな』

「あははは、今日は歴史の授業ないっスよ」
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