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第十二章 弥生(三月)

323.三月八日 夜 幼き告発者

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 さすが板倉の運転、雪の残る真っ暗な山道をすんなりと走り抜け、ぼんやりと玄関灯の燈る櫛田家へと一行が到着した。その音を聞きつけて玄関まで出て来ていたのは下女の房枝だったが、一緒に直臣と妹の秋菜がやってきた。

 ぞろぞろと降り立つ一向に少々戸惑う童女わらわめだが、見知った顔を確認すると笑顔で飛び出す寸前である。板倉はその様子を見ながらきちんと警戒し、直臣が秋菜の手をしっかりと握ったのを確認してから車を駐車場へ移動させた。

「直臣早かったのね、さすがに夜道を歩いて来たのではないわよね?
 まだ秋菜が歩いてくるのは無理そうだもの、熊に会っても困るし」

「もちろんです、ちゃんと浜中さんに送ってもらいました。
 しかし本当に泊まって行ってよろしいのですか? 閑談のお邪魔では?」

「そんなこと気にしないでいいのよ? こちらにも男性が一人で気まずそうだし。
 ねえ飛雄さん、こちらは私の従兄の四宮直臣、中学三年生で勉強の虫なのよ?
 それと妹の秋菜よ、もう四歳になったのよね?」

 どういう紹介の仕方だ、と双方が感じているのは当然としても、誰一人指摘しないのは無駄だとわかっているからだろう。ともすると八早月の周囲の男性たちは女難の気があると諦めている節もある。

 自身が考えているよりも大分自己中心的である八早月が、自分の誕生祭から秋菜と会っていなかったこともあり、車から降り立ち真っ先に抱きしめるつもりで両手を広げた。

「お姉ちゃーん、呼んでくれてありがとー」

「お姉ちゃん!?」

 普段なら『八早月ちゃん』と呼んでいる年下のいとこたちだ。いつの間にお姉ちゃんと呼ぶようになったのかと八早月がいぶかしんだ矢先、その理由が明らかとなった。

「どーん、えへへ、抱っこしてー」

「う、うん、いいけどまだ寒いから早く家の中に入れてもらおうね。
 八早月ちゃん、冷える前にお部屋へ行っちゃってもいいかな?」

「ええ、もちろん、構わないわ、幸い部屋は逃げたりしないものなの。
 だから場所は前と同じ奥の右側、直臣は飛雄さんの部屋へどうぞ、いいわよね?」

「あ、ああ、もちろん構わないさ、他の選択肢がある方が驚きだよ。
 直臣君、始めまして、その、八早月の許嫁の…… 高岳飛雄です……
 ちえっ、なんか照れくさいからちゃんと紹介してくれりゃいいのになあ」

「なに言ってんだよ、そんなのどうでもいいから早く入っちゃいなって。
 後ろがつかえてるんだからな? 夢なんて今にも叫びそうなくらいだぞ」

 不機嫌になったわけではないのだが、どうにも釈然としないと言った様子で先頭の綾乃についていく八早月。そして微妙に気まずそうな表情でその後ろを直臣が追う。

 最後尾には異常なほどニヤニヤしている夢路がおり、その前を行く美晴と零愛を突っついている。そんな異様な一団に挟まれながら、この状況がなぜ起きているのかさっぱりわからず嫌な予感と気味悪さを感じている飛雄だった。

「お嬢様、お帰りなさいませ、ご友人さま方もはるばるの長旅お疲れでしょう。
 湯はちょうどいい頃合いですので順番にお入りください。
 食事の用意も整っておりますので後ほどお声かけ致します」

「玉枝さんありがとう、直臣は燻製などを持ってきてくれたのでしょう?
 零愛さんたちが持ってきてくれた海苔の佃煮もあるし、夕餉が楽しみだわ」

「もうそろそろ禁漁時期も終わるので蓄えはそれほど残っていないのです。
 ですがご要望の鰍、それと岩魚はまだありましたのでご安心を。
 ちょうど今日の夕刻に山菜取りへ行きましたので玉枝さんへお渡ししました」

「うんうん、ありがとう、今晩は海の幸山の幸の共演と言ったところね。
 荷物を置いたら飛雄さんは湯あみへどうぞ、直臣は済ませて来たのかしら?」

「はい、今日は山菜取りで足元が汚れてましたので早々に済ませました。
 ただ秋菜はまだなのです、その…… こちらで入ると我がままを言いまして。
 お手数おかけして申し訳ありませんがお願いできますか?」

「ええもちろんよ、きっと『お姉ちゃん』が丁寧に世話してくれるはず。
 お任せしてよろしいわよね、綾乃さん?」

「うう、なんか棘が…… もちろん大丈夫、不慣れだけどがんばるよ。
 秋菜ちゃんもいつもと違うことがあったら教えてね」

「はーい、お姉ちゃんとはいるー、まっててよかったー」

 やはり納得がいかない様子の八早月だが、まだ四歳になったばかりの秋菜に気を使えと言うのもどだい無理な話である。どちらかと言えばヤキモチに近い感情を抱いている八早月のほうが幼いとさえ言えるだろう。


 全員がそれぞれの部屋へ入ると、待ってましたと言わんばかりに夢路が仁王立ちのまま後ろ手で扉を閉めた。いかにもこれから何かが始まる予兆を感じさせる。

「さて、それでは皆さま裁判を始めましょうか。
 原告、櫛田八早月、被告人、寒鳴綾乃、証人、えっと秋菜ちゃん、それぞれ前へ」

 仰々しく裁判の真似事を始めた夢路だが、微妙に皆のノリが悪くいわゆる滑った雰囲気である。呆気にとられる八早月と頬を膨らませる綾乃、そしてクスクスと笑いをかみ殺している美晴に零愛、最後になにもわからないけど楽しくなってきた様子の秋菜だ。

「まあ冗談はともかくさ、はっきり聞かせてもらおうじゃない?
 綾ちゃんだって八早月ちゃんが何を気にしているのかはわかってるわよね?
 もちろん私も気になって気になって仕方ないわけだけどさ!」

「その…… 秋菜ちゃんが私を知ってること? でもこないだ会ったばかりだよ?
 八早月ちゃんの誕生日に三人で連れて来てもらったでしょ?
 あの時仲良くなったじゃないの、なんか変に勘ぐりすぎだと思うけどな」

「ちょっと八早月ちゃん聞いた? さっきのはそんな態度じゃ無かったよね?
 どう考えても凄い懐いてるって感じだったからそんな顔してるんでしょ?」

「えっ私? 私は秋菜が真っ先に綾乃さんへ飛びついて行ったのが悔しいのよ。
 だってついこの間までは八早月ちゃん八早月ちゃんってまとわりついてたのに。
 秋菜ったら一体どうしちゃったのよ、ダメではないけれど、これって失恋のようなものかしら」

 やはり八早月はどこかずれている。そう感じているのは夢路だけではない。しかし綾乃はホッとした様子でこの場を乗り切ろうとしていた。そそくさと着替えを用意しながら秋菜と風呂の準備を始めている。

 どうも思っていたように事が進まず悔しがる夢路だったが、せっかくみんな集まっているのだからしつこく追及するのも空気を悪くすると思って一時休戦だ。きっと秋菜は早く寝てしまうだろうからそこからの女子会タイムで暴露させればいいとの算段である。

 だがここで思わぬ告発がなされるとは、ほんの数秒前には誰も考えていなかった。もちろん綾乃が油断したからというのもあるだろう。用意しているのは当然パジャマなわけで、丁寧に畳んだまま手元へと置いた。

「あー、このパンダさんのやつ、あきなとおそろいなんだよねー
 こないだお姉ちゃんがあきなにどうぞってくれたんだよー
 ほぅらおそろい、いいでしょー」

 そう言いながら秋菜がトレーナーのお腹をめくると、そこには確かに綾乃のパジャマと同じ絵柄、アニメキャラクターのパンダがちりばめられたパジャマが現れた。
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