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第十二章 弥生(三月)
320.三月四日 午前 乙女の目覚め
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確かに朝目覚めた時から体調がすぐれなかったのは確かである。しかし生まれてこの方一度も体調不良を感じたことも、実際に病を患うことも無かった八早月だ。初めての体験に戸惑いを感じつつもどこか楽しさを感じていた。
「八早月ちゃんどうしたの? 具合悪そうにしてるなんて珍しくない?
テストも終わって後は終業式待つだけだしあんまり無理しない方がいいよ?」
「珍しいと言うよりこんな様子始めてじゃないの?
どっか痛いとか苦しいとかあったりする? 板倉さん呼んだ方が良くない?」
夢路も美晴も心配して声をかける。その様子を見ながら当然綾乃も声をかけるのだが、少し不思議そうな表情を浮かべていた。どうやら疑問を感じている様子なのだがもちろん八早月が仮病だなどと考えてはいない。
「ねえ八早月ちゃん、巳女さんに直してもらうことは出来ないの?
顔に出るくらいにはつらそうなのにそのままにしている理由があるのかな」
「実は巳さんでも治せない痛みがあると言われてしまったの。
でも私は痛みよりも違和感のほうが大きくて気になるわね。
なんと言えばいいのか、お腹の中に何かが飛び込んで蠢いているような感覚かしら」
すると巳女がブツブツと小言のようなことを言い返す。しかしこれは当然ながら八早月と綾乃にしか聞こえていない。
『狐の巫女が不思議がるのももっともなのじゃが主様が無茶を言っているのじゃ
わらわにだって出来ないこともあることをご理解いただきたいのじゃ。
大体童女が乙女になろうとすのは怪我でも病でもないのじゃがな』
それを聞いた綾乃は目を丸くして口を押えた。そのまま八早月の腕をつかむと、物凄い剣幕で学園への道を急ぎ歩きはじめる。腕を引かれた八早月はと言えば、腹を押さえながらたどたどしくついていくしかなく、突然何が起こったのかわからない美晴と夢路も慌ててその後を追った。
◇◇◇
学園についた四人が真っ先にやってきたのは中等部の保健室だった。ここまで来ると夢路はすでに察しがついており、美晴も耳打ちされてようやく理解した。
綾乃はさすがに頼りになると言うのか、一つ違うだけでもお姉さんなのだと感心する二人だ。引きずられるように連れてこられた八早月だけが事情を理解せずベッドに腰掛けて不満顔である。
「それでは先生、お願いします。担任の先生にもうまく説明お願いします。
用意もビデオもなにもないと思うので…… うちは親同士仲が良いので説明してもらうよう話しておきます」
「えっと二年生の寒鳴さんね、わかりました、たまにこう言う生徒もいるからね。
櫛田さんも大丈夫、心配はいらないわよ、でも午前中は授業はお休み。
これからみっちりと別の講義を受けてもらいますからね?」
「事情は分からないけれど、まあ授業に出なくていいのは悪くないわね。
それにしても今日は真宵さんもなんだか静かすぎて不気味だわ。
妖が出なければいいのだけれど」
「うーん、それはきっと大丈夫なんじゃないかなぁ。
真宵さんって照れ屋さんみたいだし、多分巳女さんと藻様が説明してるでしょ」
「一体何の説明が必要だと言うのかしらね。三人とも様子がおかしいわ。
それにお母さまへも連絡するなんて随分と大げさではなくて?」
「いいから後は保健の先生の指示に従って大人しくしてね。
お昼になったらまた様子見に来るけど教室に戻るようなら連絡ちょうだいよ?」
「知っているかしら? 今日の給食はバターロールとシチューなのよ?
這ってでも教室へ戻るに決まっているわ、ええ、絶対に戻ってみせる!」
「いやいや八早月ちゃん、そんな大げさな話じゃないからね……
それにお昼までかかるようならアタシがちゃんと持ってきてあげるってば。
バターロールに目がないなんてホント面白いよね」
面白いと言われて抗議しようとした八早月だが、興奮して腹に力を込めるとどうにも痛みが強まってしまう。結局養護教諭に促され横になって休むことになった。ご丁寧に電気毛布まで出してくれてお腹を温めると違和感が緩和され心地よくなってくる。三人が教室へ向かおうとするころには寝息をかきはじめていた。
「それにしても驚いたよ、あの八早月ちゃんが病気かと思ってさ。
でもそうじゃ無くて安心したよ」
「いやいや始めてってことは相当苦しいと思うよ?
痛みと言うよりも体験したことの無かった気持ち悪さ? 苦しさなのかな。
とにかくよかったよかったってわけにも行かないと思うんだよね」
「夢ちゃんが言うように、未体験の辛さみたいなのはあると思うんだよね。
私はそれよりもその…… 仕組み? 構造的と言うか生物学的な、その……」
「あーね、確かにそれを聞いた八早月ちゃんがどう反応するかは見てみたかった!
きっとコウノトリの話はしなくなると思うけど、別の話をしないことを祈ろう」
「ちょっと夢ったら何変なこと言いだすのさ! バッカじゃないの!」
そういうと美晴は夢路の背中を平手ではたいた。廊下には大きな音が響き、歩いている生徒が一斉にこちらを振り返ったので、美晴はとっさに頭を下げてしまった。
だがこの夢路の心配は取り越し苦労でもなんでもなく、放課後のフリースペースではやや興奮気味にコウノトリはおとぎ話であったと力説する八早月の姿があった。
そしてそれだけではなく、学術的生物学的に正しい仕組みの解説を始め、それを懸命に止める三人と言う光景が多数の生徒の前で繰り広げられたのだった。
もちろんその後すぐ、図書委員によって追い出されたのは言うまでもない。
「八早月ちゃんどうしたの? 具合悪そうにしてるなんて珍しくない?
テストも終わって後は終業式待つだけだしあんまり無理しない方がいいよ?」
「珍しいと言うよりこんな様子始めてじゃないの?
どっか痛いとか苦しいとかあったりする? 板倉さん呼んだ方が良くない?」
夢路も美晴も心配して声をかける。その様子を見ながら当然綾乃も声をかけるのだが、少し不思議そうな表情を浮かべていた。どうやら疑問を感じている様子なのだがもちろん八早月が仮病だなどと考えてはいない。
「ねえ八早月ちゃん、巳女さんに直してもらうことは出来ないの?
顔に出るくらいにはつらそうなのにそのままにしている理由があるのかな」
「実は巳さんでも治せない痛みがあると言われてしまったの。
でも私は痛みよりも違和感のほうが大きくて気になるわね。
なんと言えばいいのか、お腹の中に何かが飛び込んで蠢いているような感覚かしら」
すると巳女がブツブツと小言のようなことを言い返す。しかしこれは当然ながら八早月と綾乃にしか聞こえていない。
『狐の巫女が不思議がるのももっともなのじゃが主様が無茶を言っているのじゃ
わらわにだって出来ないこともあることをご理解いただきたいのじゃ。
大体童女が乙女になろうとすのは怪我でも病でもないのじゃがな』
それを聞いた綾乃は目を丸くして口を押えた。そのまま八早月の腕をつかむと、物凄い剣幕で学園への道を急ぎ歩きはじめる。腕を引かれた八早月はと言えば、腹を押さえながらたどたどしくついていくしかなく、突然何が起こったのかわからない美晴と夢路も慌ててその後を追った。
◇◇◇
学園についた四人が真っ先にやってきたのは中等部の保健室だった。ここまで来ると夢路はすでに察しがついており、美晴も耳打ちされてようやく理解した。
綾乃はさすがに頼りになると言うのか、一つ違うだけでもお姉さんなのだと感心する二人だ。引きずられるように連れてこられた八早月だけが事情を理解せずベッドに腰掛けて不満顔である。
「それでは先生、お願いします。担任の先生にもうまく説明お願いします。
用意もビデオもなにもないと思うので…… うちは親同士仲が良いので説明してもらうよう話しておきます」
「えっと二年生の寒鳴さんね、わかりました、たまにこう言う生徒もいるからね。
櫛田さんも大丈夫、心配はいらないわよ、でも午前中は授業はお休み。
これからみっちりと別の講義を受けてもらいますからね?」
「事情は分からないけれど、まあ授業に出なくていいのは悪くないわね。
それにしても今日は真宵さんもなんだか静かすぎて不気味だわ。
妖が出なければいいのだけれど」
「うーん、それはきっと大丈夫なんじゃないかなぁ。
真宵さんって照れ屋さんみたいだし、多分巳女さんと藻様が説明してるでしょ」
「一体何の説明が必要だと言うのかしらね。三人とも様子がおかしいわ。
それにお母さまへも連絡するなんて随分と大げさではなくて?」
「いいから後は保健の先生の指示に従って大人しくしてね。
お昼になったらまた様子見に来るけど教室に戻るようなら連絡ちょうだいよ?」
「知っているかしら? 今日の給食はバターロールとシチューなのよ?
這ってでも教室へ戻るに決まっているわ、ええ、絶対に戻ってみせる!」
「いやいや八早月ちゃん、そんな大げさな話じゃないからね……
それにお昼までかかるようならアタシがちゃんと持ってきてあげるってば。
バターロールに目がないなんてホント面白いよね」
面白いと言われて抗議しようとした八早月だが、興奮して腹に力を込めるとどうにも痛みが強まってしまう。結局養護教諭に促され横になって休むことになった。ご丁寧に電気毛布まで出してくれてお腹を温めると違和感が緩和され心地よくなってくる。三人が教室へ向かおうとするころには寝息をかきはじめていた。
「それにしても驚いたよ、あの八早月ちゃんが病気かと思ってさ。
でもそうじゃ無くて安心したよ」
「いやいや始めてってことは相当苦しいと思うよ?
痛みと言うよりも体験したことの無かった気持ち悪さ? 苦しさなのかな。
とにかくよかったよかったってわけにも行かないと思うんだよね」
「夢ちゃんが言うように、未体験の辛さみたいなのはあると思うんだよね。
私はそれよりもその…… 仕組み? 構造的と言うか生物学的な、その……」
「あーね、確かにそれを聞いた八早月ちゃんがどう反応するかは見てみたかった!
きっとコウノトリの話はしなくなると思うけど、別の話をしないことを祈ろう」
「ちょっと夢ったら何変なこと言いだすのさ! バッカじゃないの!」
そういうと美晴は夢路の背中を平手ではたいた。廊下には大きな音が響き、歩いている生徒が一斉にこちらを振り返ったので、美晴はとっさに頭を下げてしまった。
だがこの夢路の心配は取り越し苦労でもなんでもなく、放課後のフリースペースではやや興奮気味にコウノトリはおとぎ話であったと力説する八早月の姿があった。
そしてそれだけではなく、学術的生物学的に正しい仕組みの解説を始め、それを懸命に止める三人と言う光景が多数の生徒の前で繰り広げられたのだった。
もちろんその後すぐ、図書委員によって追い出されたのは言うまでもない。
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