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第十一章 如月(二月)

309.二月二十四日 午後 事の始末

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 家出と言っても中学生のすること、行き先も限られているし親同士も付き合いがあるのだから友人宅への外泊と変わりはしない。そんなわけで綾乃の母には手繰から連絡を入れてもらい、綾乃は一泊して心を落ち着けていた。

 なんと言っても日曜日には綾乃にも『お役目』があるのだから帰らなくてはならない。幸いにも今日は何事も無く平和な晩であったため、八早月もぐっすり眠ることができ、夜更かしした分を取り返すことができていた。

「やっぱりバスで帰るよ、八畑村ならまだしも久野を飛ぶのはちょっとね。
 誰かに見られたらまずいことになるじゃない? 今でも多少噂されてるし……」

「あらそうなの? 悪いうわさでなければいいのだけれどね。
 まあご近所の方には創建を見に来ていた方もいるでしょうから仕方ないわ」

「そうなのよね、どうも私のことを神職者だと勘違いしてる人がいるみたい。
 毎週お手入れに行っているから顔は覚えられて当然なんだけどね?
 この間なんて近所のお婆さまからお礼状をいただいてしまったの。
 どうも双尾弧神藻小祠そうびこしんみくずしょうしが出来てから環境が変わったと思ってるみたい」

「実際に良くなっているのではないかしら、藻さんの遣いが常駐しているもの。
 軽微な妖は即退治しているはずよ?」

「やっぱりそうなの? お参りするようになってから足の痛みが減ったとかさ。
 散歩中に息切れしにくくなったとか言われても関係なさそうじゃない?
 あそこを通る車が前より飛ばさなくなったのは横断歩道が出来たからだろうしね」

「そう言った身近なほんのわずかな障害にも妖が絡んでいることがあるわ。
 下がり鬼なんてその辺に沢山いて、歩く人にしがみついて移動するのよ?
 それがいなくなっただけでもお年寄りには負担が軽くなるでしょうね。
 車の件はまあ関係ないでしょうけれど」

「なるほど、そう言うこともあるなら素直にお礼を受けておけばいいのかな。
 私の功績じゃなくても藻様が大切にされることには繋がるもんね。
 でもやっぱり分不相応な扱いは困るから地面から帰ります!」

 そうは言っても板倉が返ってくるのは夜だろう。ここ最近は週末になると夢路の従姉である山本小鈴こりん逢引デートなのである。ただし行き先はもっぱら隣県にある自動車競技場サーキットだと聞いて八早月はガッカリだった。

 一番身近なところで起きた色恋沙汰がてんで面白そうな話にならずどうにも消化不良な八早月にとって、綾乃と直臣の仲が進展することは願ってもない出来事である。娯楽と言ってしまうと言いすぎだが、自分が楽しまれた分くらいは楽しんでもバチは当たらないだろうと考えていた。

 そんな八早月を始め、当事者たちも全員揃っているわけで綾乃が家出先に櫛田家を選んだのは浅はかだったのかもしれない。そんななかで唯一の救いは直臣が常識人であることくらいではなかろうか。

 しかしここに大きな落とし穴があった。直臣は確かに分別をわきまえ現代的な思考を持っている。だがその父である臣人は違った。家長として、親として直臣の幸せを願っていることには違い無いが、ガールフレンドの気配すらないことを過剰に心配しなにかと世話を焼きたがる傾向がある。

 当初は興味を持っていなかった綾乃に対しても、八早月が話題に出しているうちにこれぞ直臣の相手に相応しいと考えるようになっており、家同士の問題がないようなら他にとられる前に許嫁となってもらうことは出来まいかと口にしたこともあった。

 それぞれの思惑はともかく、今は綾乃をどうやって送って行くかを考える必要がある。思い切って臣人に車を出してもらうのはどうだろうか。いくらなんでもそれはやりすぎだろうか、などと思考を巡らせていた。

 その時、真宵が須佐乃からの念話を受け取り八早月へと繋ぐ。なにか急用や問題でも起きたのだろうかとにわかに緊張を走らせるが、それほど大事ではなく、とりあえず話があるからと宿が来ることになった。

◇◇◇

「筆頭、それに寒鳴殿もいらしたとは、お忙しいところ申し訳ございません。
 実は先日の一件を受けて、とある議員センセが引退することになりましてね。
 その関連で本庁から呼び出しが来ているのです」

 この場合の本庁とは、お役目についている神職を抱える社を統括している宮内庁の事である。一般の宗教法人は治自体や文化庁の管轄だが、神通力を以ってお役目を果たすという特殊性から、管轄は内閣府から見て縦の関係にしておきたい政府の思惑があった。

「まさか私に行けと? もちろん宿おじさまにお任せします。
 出張費用に関してはいつもの通り、お土産も忘れないで下さいね。
 そうだ、どうせ行くのであれば東京のとある稲荷を調べて来てください。
 どうやら綾乃さんの家系と交わった家系がわかったので調べておきましょう」

「ちょっと八早月ちゃん? 一体なにを調べようって言うの?
 まさか裏から手を回して脅すとかそういう物騒な事じゃないよね?
 面倒事になったら本当に連れて行かれちゃうかもしれないじゃない」

「直接何かしようと言うわけではないのでご心配なく。
 当該の神社ではすでに巫を持たなくなっているのでしょう?
 綾乃さんを養子へ迎えて今更どうするつもりなのか理由が気になるではありませんか」

「確かに気にはなるけどさ、本当に面倒事にはしないでよ?
 パパが意外に権力に弱いって知って不安になってるんだから」

 何の話なのかさっぱり分からず聞いている宿へ経緯を説明すると、なんだそんなことかと笑いながら解決策を提案してきた。

「そんなことで悩む必要などありません。
 臣人殿に話を通して口裏を合わせればいいだけのこと。
 別に正式な許嫁の儀を行う必要などありませぬ。
 もう将来が決まっていると言えば無理強いもし辛くなるでしょう」

「でもそんなご迷惑かけるわけには行きません。
 偽の許嫁だなんて、その気もないのに失礼じゃないですか」

「そんなことありません、こう言う話はしばしばありますからな。
 聖の場合はそのまま本当に許嫁になりましたが、あれも元は似た件です。
 商売の関係で金策の対価に養子縁組を迫られ困っていた家の娘ですからな」

「お嫁さん同士がお友達でその縁と聞いていたけれど裏事情があったのね。
 でもそのお嬢さんと遊んでばかりいるから大学に落ちているのではなくて?」

「違いありませんな、一応家庭教師として先方へ伺っているんですがね。
 確か高校は瑞間まで行っているはずで歳は寒鳴殿と同じだったかと」

「まさか中央でパパの教え子だったりして。でも瑞間女子かもしれないね。
 どちらにせよ進学率の高い高校だし優秀なんじゃないかしら」

「今年こそ受からないと先に大学生になられてしまいそうね。
 聡明さんも大変だけど当人はもっと焦っているに違いないわ。
 先日の立ち合い会ではいい打ち込みを見せていたから諦めても構わないけれどね」

「これはとても聡明殿に聞かせられませんな。
 だが僕も同感です、聖の才はなかなかのものですよ。
 器用になんでもこなしますし、将来が楽しみな八岐贄の一人かと。
 おっと、どうやら来たようです、ついでですから送って貰うとよろしいのでは?」

 そう言った宿の笑顔には何となく含みを感じ、どうなるかを既に察していた八早月の表情も似たようなもので、二人を見比べて呆れ顔になる綾乃だった。
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