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第十章 睦月(一月)

268.一月二十一日 日中 調べもの

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「ねえ八早月ちゃん、なんでこんなことになってしまったのよ。
 正直言って私ちょっと、ううん、だいぶ落ち着かないんだけど?」

「そりゃそうだよなあ、流石のウチも平常心ではいられないよ。
 こういう時はハルと夢が羨ましいかもしれん」

「いやいや、今は術を掛けてもらってるんだから同じ立場だよ。
 アタシはちょっと後悔してるけどさ…… これどうするつもり?」

「みんな意外とだらしないねえ、私はこう言うの好きだしいいと思うけどな。
 ほーれほれほれー、お祭りみたいで楽しいじゃないの」

 無言の八早月に三人が強く当たり、夢路だけはお気楽な様子で楽しんでいる。今は櫛田家の墓所から戻ってきて八早月の部屋である。一見すると、広い部屋の中で八早月たちが壁沿いに座っているくらいで、他にはいつもと変わったところは無い。

 しかしその目の前、部屋の中央では先ほど出会った自然神たちが宴を開いているのか、相変わらず輪になって踊りながらはしゃいでいるのだ。そこに巳女の術で人形の体を借りている夢路も加わって混沌とした様子と言うほかない。

「私に言われても答えようがないわ、勝手について来てしまったのだから。
 大体おかしいのは、自然神は人を避けて暮らしているのよ? 家の中へ入ってくるなんてあり得ないわ」

「あり得ないって言われてもなあ、現にこうして目の前にいるわけだし……
 うるさいってこともないけど気にはなるのは仕方ないだろ」

「零愛さんの言う通りだよ、私も大分耐性がついたと思ってたけど全然だなあ。
 モコだって警戒して出てこなくなっちゃったしさ、夢ちゃんはおかしいよ」

「本当に、なんでこんなことになってしまったのかしらね。
 これからどうすべきか悩んでしまうわ」

 確かに八早月の言う通り、自然神と言うのは微弱でも神なのだから、やすやすと人の前に現れるものではない。しかしコロポックルの一件があってからは八早月に心を開くようになっており、しばしば山の異常を知らせてくれていた。

 それが、先ほど自然神の種を連れて行ったせいなのかさらに信頼を得てしまい、とうとう家までついて来てしまったのだ。種を自然神たちへ引き渡した墓所からの帰り道ですでに予兆は有り、ずっと踊りながら大名行列のように歩いてきた。

 家が近くなれば人の気配や生活の匂いを嫌って去って行くと考えていた八早月だったが、当たり前のように玄関から一緒に入り、とうとう部屋まで来てしまったと言うわけである。

 そんな困ったところへ助け舟、真宵の登場である。 役割や生き方が違えど同じ常世の住人、うまく説得してくれればいいと話をするよう頼んでいた。しかし――

「八早月様、どうやらおさが留守のようで、この子らは子供ばかりの様子。
 とは言え数十年以上は生きているはずですが、あまり恐れを知らぬのでしょう。
 長が帰ってくれば森へ戻るよう命じてくれるとは思うのですが……」

「長と言うのは木霊もくれいでしょうか、彼が帰ってこないうちはこのままと?
 まったく困ったものです、せめてもう少し静かにしてくれればいいのですが。
 じっと座っているようにと、真宵さんから呼びかけていただけませんか?」

「はあ、やってはみますが期待はしないようお願いいたします。
 なにせ彼らは自由の民、自然の中で自然に生きるだけなのですから」

「わかっていても願いたくなるほどには目の前が慌ただしいのですからね。
 ダメなら次の手を考えますからやってみてください」

 と多少の期待はあったものの交渉はあっさりと失敗に終わった。真宵は申し訳なさそうに去って行く。彼女もまた騒ぎは苦手なのである。残されたのは十一人の自然神、いつの間にか減ってもこの数である。

「仕方ないわ、ちょっと数を減らしてきましょうか。鍛冶場へ行ってくるわ。
 とりあえず待っていて貰えるかしら?」

 一緒に行って見てみたいと言う夢路と綾乃を強く押しとどめ、八早月は一人で部屋を出た。しかし二人はこっそりと後を付けていき、八早月もそのことには当然気付いていたが、好奇心を消すことが難しいことも知っている。


 鍛冶小屋へと入った八早月は何となく居心地が悪そうにモジモジしている。遠目から見ている二人には様子がよくわからないが、他にも誰かいるようにも見える。

「父上、少し場を借りますよ、その工程を終えたらしばし下がってください」

「はいかしこまりました、それほどかかりませんので少々お待ちくださいませ」

 その会話を聞いた二人は驚いて口を抑えた。何度来ても父親の姿がなく紹介もされないことから何らかの事情があるのだとは察していたが、まさかこれほど冷えた関係だったとは驚きである。しかも明らかに立場は八早月が上、家長と言うのは伊達ではないと言うことだ。

 やがて一段落したようで父親が脇へと逸れた。代わりに座った八早月がやっとこで鉄の棒を摘まんでその上に何か石のようなものを乗せていく。それを炉へ運んで行き熱していった。

 しばらく熱して真っ赤になった石ころを引き出すと、どうやら溶けているようなので鉄鉱石か何かなのだろう。本当は玉鋼たまはがねだが二人にそんな知識は無い。まだ高熱を帯びて真っ赤な状態のそれ・・を八早月がハンマーで叩いて伸ばしていく。

 辺りには火花が飛び散りいくつかは八早月のむき出しの腕にも飛んでいたように見える。しかし動揺した様子もなくひたすら叩き続ける八早月だ。何度も叩いて何度も火花が散って行くと、未だ八早月の周りで踊っている自然神のいくつかが飛び跳ねて飛び散った火花を掴んだではないか。

 それを見た二人は驚いて目を見開いた。綾乃の肩に乗っている人形姿の夢路は興奮して綾乃の耳を引っ張っているが、されている方も興奮しているので気になっていない様子で凝視している。驚きの理由は熱そうだとかそう言うことではなく、火花をいくつか掴んだあとそのまま弾けるように消えていったからだ。

『あれって死んじゃったのかな? 神様なのに?』
『森へ帰って行ったんじゃないの? あれは多分ご飯なんだよ』

 コソコソと話をしている二人へちらりと目をやった八早月の仕草を見て、盗み見をしていることはばれていると理解し、バツが悪そうに遠目で顔を出す綾乃と夢路だった。

「二人とも危ないからあまり近くへ来ないでちょうだいよ?
 今いくつ帰ったかしらね、二人? いや火の自然神は三人もいたのね。
 ひとまずはこれで良し、お邪魔しました」

 先ほど同様そっけない態度の八早月は鍛冶部屋を出ると、綾乃の背中を押しながら次の場所へと向かっていく。父親との関係性は気になるものの、これはきっと聞いてはいけないことだろうと悟り黙っており、それは珍しく夢路も同様だった。

 次にやってきたのは井戸である。ここまで来ると何がしたいのかが二人にもわかってきたが、それをどう実行するのかには興味を持っていた。八早月はまず水を組み上げ勢いよく水しぶきを上げながら顔を洗った。しかし自然神たちは何も変わらず踊り続けている。

 次に桶を持って勢いよく水を地面へ叩きつけるようにぶちまけた。しかし状況は変わらない。終いには頭からかぶろうとして桶を持ったまま仁王立ちしていたが、さすがにこの寒空での荒行ははばかられたようだ。

 だが何かを思いついたという表情をした八早月は、水を口へと含み勢いよく上空へ向かって噴きあげた。するとようやく一人の小神がケタケタと笑い声をあげながら水しぶきに誘われ出てきたようだ。これを何度か繰り返すと、ようやく一人消えてくれた。

「あれ? 残りは七人かと思ったら四人しかいないね。いつのまに?」

「きっと鉄や光、木や土の神様がいたのよ、意図せずに帰ってくれたってわけ。
 それにしても残りは何かしら、もっと大きな子ならわかるのだけれど」

「どんな種類がいるの? やっぱ五行はいるよね? それとも七曜かな?」

「そうね、七曜に相当する以上には間違いなくいるわね。
 細かいのを入れるとキリがないかもしれないわ、草木の種類ごととかね」

「そんなのもいるなら調べようもないじゃないの、そう言えば絵本で見たかも。
 釜戸の神様っていうのもいるんでしょ?」

「そうね、火と炎に光、それと木と灰は間違いなくいるでしょうね。
 あとは何かしら、釜戸なら石かしらね、鉄も使っているからいると思うわ」

「なるほど、そう言う感じなのかあ、これはなかなか大変そうだ」

 綾乃の予想通り調査は困難を極め、夕飯の食卓の上では残り四人の陽気な神様が躍りつづけ、それを見ながら食事する羽目になっていた。
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