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第十章 睦月(一月)

263.一月十九日 午後 小祠創建/魂入れの儀

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 久野町の町役場からほど近いところに例の三角地は位置している。綾乃の家からだと三キロは無い程度だ。この日のために用意したいつもとは異なる白の半着と朱色の袴に身を包んだ八早月と綾乃が、少し離れた場所へ停めた車から降り立つ。他に何もなく日中は車の音しかしないような場所のはずが今日は少々騒がしくなっているようだ。

 それもそのはず、今日は滅多に見られない儀式が行われるとすでに噂になっていたらしい。なんと言っても娯楽の少ない町でのイベントである。すでに大勢の人が押し寄せており、正面と裏手に伸びる道路は通行止め、誘導の警官も出ていて大仰な様子である。

 普段は交通量が多く、過去には事故多発地帯だったこの三角地だが、数年前に横断歩道ができ、一時停止の看板が設置されてからは無事故だと言う。さらに今後は信号機の設置が検討されているとのこと。町としてほこらやしろ巡りを観光資源にして力を入れていくのは本当らしい。

 こう言った大掛かりの設置工事は先に石碑等の建造物を作っておき、当日はお披露目のための除幕式や祝詞のりとを唱え祓いをする神事が行われるのが一般的だ。役場としてもそのほうが予定が立てやすく都合はいいはずだが、今回は八早月の都合が優先され急遽ねじ込まれていた。

「オラーイ、オラーイ、オラーイ、オラーーーイ、オッケーイ!
 それほど重くは無いけど慎重にな、神様のもんで変わりはねえんだからよ」

「ウイーッス、んじゃ行きますよ、うりゃあー!」
「ほいせー!」「どりゃああ!」

 石材店の職人たちが運んできたのは白御影石で作られた石祠せきしである。それをトラックから下ろし所定の位置へと運んでいく。事前に整地されていた場所へ丁寧に設置してもらい準備完了だ。

 土台部分には決定の通り『双尾弧神藻小祠そうびこしんみくずしょうし』と彫られており稲荷であることが見て取れる。その上に載せられた祠も当然総石造りなのだが、あたかも扉がついて開いているように彫られており、中央には双尾の狐が丁寧に彫りこまれていた。

「これは随分と良い仕事ですね、細やかで美しく仕上がっていて嬉しいです。
 良い石屋さんに巡り合えてよかった、藻さんも喜んでおられますよ」

「これは巫女様、恐縮でございます、今後ともごひいきにお願いいたします。
 もう一つの白蛇様の分、あと一週間ほどいただきましてご奉納の運びです」

「ええ、よろしくお願いします、これなら巳さんもきっと満足いく出来でしょう。
 私も個人的に真宵さんの像でも作ってもらおうかしら」

『お戯れでの無駄遣いはいけません、第一見えないものを作れとは酷い注文です』

『それもそうですね、私としたことがうっかりしていましたね、うふふ』

『では筆頭、人も多くなってきましたし始めましょうか、綾乃殿もよろしいか?』

『はい、準備できております、緊張してるけどきっと大丈夫……』

『では宿おじさま、宮司役をお願いしますね』

 袴姿の初崎宿がゆっくりと周囲を見回し、八早月と綾乃とへ交互に目をやりもっともらしく頷く。祠を置いた目の前の道路に巫女が二人立ち、偽の宮司が祠の前に立つとまがう方無き神事のおもむきである。

「では皆様方、静粛に! それでは只今より双尾弧神藻様の入魂式を始めます。
 そこの小さいボクも静かにしていられるかなぁ―― うんうん、がんばろうね。
 コホン、では祝詞の唱え、参ります――」

 子供好きの宿が観衆の前列に陣取っていた子供へ声をかけると思わず笑い声が上がったが、これは小さな子でも我慢できるのだから大人はしっかり静かにしていろよというメッセージでもある。

 祝詞を終えた宿が祠の前から距離を取ると、今度は祠の左右へ巫女二人が歩み出ていく。宿が大幣おおぬさを振りながら再び祝詞を唱え、呼応するように巫女も詠唱を始める。

「双尾弧神藻様神使巫女、寒鳴綾乃、八岐大蛇神使巫、櫛田八早月、お手を。
 藻様の魂が小祠へと入りこの場の安寧を追護る下さることを願いたてまつらん」

 双方のたなごころを合わせ祈りを続ける八早月と綾乃であるが、これはただのポーズであり本来特別な効果は無い。しかしこのように観衆が集まっている場所では、この姿を見て感銘を受けるものが現れる。

 それがそのまま信仰に繋がるとは限らないが、何かを感じ想いを秘めることによって継続的な参拝に繋がれば甲斐もあると言うものだ。だがこの場合は本来・・を超える効果を引き出してしまった。

「きれい……」

 ふと誰かのつぶやきが聞こえてきた。続いてこそこそと話し声と言うよりつぶやきが漏れ聞こえてくる。目をつぶり祝詞を唱えていた宿は、やれやれと言いたそうに観衆のほうに目をやり、それから八早月たちへと視点を変えた。

 するとそこには驚くべき光景が見えた、いや見えてしまったのだ。

『筆頭、なにかしたのですか? このままでは騒ぎになりますよ?
 祠の様子に気が付いておられますか?』

『なんでしょうか、祠が何か? あら随分と力が溜まるのが早いですね。
 よほど石屋さんの腕が良かったのかしら、良いことではありませんか』

『それがですね、もしかしたら観衆から見えているのではないかと思うのです』

 宿りに言われ横目で覗くと、何となくざわついて落ち着きのない様子の者が数人いるように感じる。その中には美晴と夢路も含まれているが、さすがに二人は騒いだりせず口を押えてじっと我慢している様子だ。

『八早月ちゃん? これってみんなに見えてるってこと? 大丈夫なの?』

『見えているものはしかたありません、藻さん、わざとやっているのですか?
 あまり悪戯はしないようにしてくださいよ?』

『いいえ主様、私はなにもしておりませんよ?
 これから小祠へ魂を入れようかと考えてた程度です。
 どうやら考えているよりも信仰心が高いのかもしれませんね』

『主ぃ、言われる前に言っておくが俺だって何もしてないんだからな?
 まあやれと言われてもできないけどよ』

 どうやら藻と藻孤の仕業ではないようだ。となると本当に魂がやってきて留まろうとしているのだろうか。このままではせっかく藻のために作った祠が別の神に取られてしまうかもしれない。仕方なく八早月はまだ姿の見えぬ神に語りかけてみることにした。

『もし? そちらの神様? いずこからいらしたのですか?
 その祠は藻さんの憑代ですから勝手に憑くのはおやめくださいな。
 もし必要なら別の場所をご用意いたしますよ?』

『ロゴハミビヤコレミナコケクナミヒ、マルキケエヤエオコフハリサカ』

『うーん、どうやら言葉が通じないようですね、困りました。
 ひとまず何か無いでしょうか…… このままでは藻さんの魂が入れません。
 それにこの神様も入れず消えてしまうかもしれませんね』

『ウキゴキノウエマベツヘジャニタウミオ、エクヒアブノイモアテウ』

『全然わかりません、宿おじさまわかりま―― せんよねえ。
 もし神様? こちらの大岩はいかがですか? 空になっていますし名前もありません』

 すると祠の光は薄くなっていきほどなくして完全に消えさった。同時に観衆のざわめきも静かになって行く。だがことはそこで終わらない。次は一般の人たちには見えなかったものの、八早月の頭の上に光の珠となって浮かび居ついてしまったのだ。

『はあ、またこの展開なのですか、ようやく藻さんの行き場所が決まったのに。
 これでは少々頭を整理させていただきたくなりますねえ』

 文句を言っていても仕方がないと八早月は諦めた雰囲気で儀式を継続し、藻の魂は無事に小祠へと吸い込まれていった。
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