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第十章 睦月(一月)

260.一月十五日 夕暮れ時 町長の提案

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 町長とは昔で言うと庄屋くらいだろうか。一国一城を預かる立場と言うほどではなく、かと言って村長と言うほど身近でもない存在を想像する。つまり八早月が今感じているのは、長と名がつく割には質素な部屋を構えていると言うことだ。

 そして同じように町長側も、八早月を招き入れてから値踏みをしているに違いなかった。恐らくはお飾りの筆頭で昔で言うところの幼い姫を祀り上げ、実務は摂政である初崎宿が担っていると感じたと言ったところか。

 勝手に想像し勝手に楽しんでいるうちにお茶が運ばれてきた。礼を言って口を付けると、薫り高く上等なものであることがうかがえる。だが町長は名刺を差し出そうとしながらその手をどうしようか悩んでいる様子で立っていた。

「コホン、失礼しました、私は櫛田八早月と申します。
 生憎私共は名刺を持つ習慣がありません、ご勘弁下さいませ」

「とんでもございません! 先に初崎様より伺い承知しております。
 この度はご足労お願いし役場までいらしていただきありがとうございます。
 わたくし、久野町長を拝命しております五本木将星しょうせいと申します。
 すでに大まかな話は進めており、宮内庁からも申し付かっております」

「話がすでに出来ているなら早くていいですね、ご配慮に感謝いたします。
 では何を話し合おうと言うことなのでしょうか。
 駆け引きは得意ではないので要求があるのなら率直にお伝え願います」

「はっ、ははっ、これはお見通しと言うことなのでしょう、恐縮です。
 とは言え要求などと言う大層なことを申し上げるつもりはございません。
 すでにご承知と存じますが、あの土地は以前より町の保護区画でございます。
 狭く活用が難しい上にいわくつきと言うことで扱いに困っていたのも事実。
 そこへ今回のお話ですからわたくしどもとしては正直言って渡りに船。
 ですので譲渡に当たっての障害は全くありません、その上でご提案なのです」

「要点がつかめません、手放せなかった土地が始末できて都合が良いのでは?
 それとも何か困ることでもあるのでしょうか」

「いいえ、困るのではなく、譲渡しますと所有者には固定資産税がかかります。
 ですので今までの管理費用と予算計上の手間が無くなり税金も入ってくる。
 これでは町がただ押し付けたことになるだろうとの意見が出たのです。
 かと言って理由なく免税とは出来ませんので、観光地として利用できないかと」

「久野町に観光客が来ているとは考えもしませんでした、その一つにと?
 あの石に由緒正しい物やもっともらしい逸話をこじ付けるなどと言うのは勘弁願いたいものですがね」

「そんな罰当たりなこといたしません! あの場所は牛塚と言うのですよね?
 十久野郡の郡史編纂を担当する学者先生の話では希少で価値の高い史跡だと。
 ですので案内板の設置と観光ガイドへの掲載をご許可いただきたいのです。
 それに対し、街から謝礼と看板設置の土地使用料をお支払いいたします。
 そこから固定資産税を差し引いてお支払いいたしますのが双方にとって円満かと存じます」

 金の話になったので八早月には興味が持てず、内容が全く頭に入ってこなくなっていた。仕方なく宿を見上げてみると頷いている。どうやら町長の言い分に問題は無いようだ。

「つまりはこちらの出費が無くなるようご配慮下さると言うことですね?
 町にとっては損しかないと思うのですが本当に構わないのですか?」

「いいえ損だなんてとんでもございません、管理人件費だけでもかなりの節約。
 本当であれば単に固定資産税免除としたいのですが出来ないための苦肉の策。
 普段のお手入れに関してはこちらから週一度程度、清掃員を手配いたします」

「そこまでお世話になるのも心苦しいですが折角のお申し出ですからね。
 受諾させていただき感謝して甘えてしまいましょう。
 綾乃さんもよろしいですよね?」

「えっ!? 私!? ああ、普段のお掃除のこと、ですよね?
 はい、もちろんです、私も週一以上は行きますが週末になると思います」

「ええと、こちらのお嬢様もその、神職の方でしょうか?
 週末にお手入れをして下さるとのことならちょうど良いです。
 こちらは役所ですので対応は平日となります、よろしくお願いいたします」

「いいえ、こちらこそ、私は寒鳴綾乃と申します。
 今回あの場所に出来る祠へ祀られる藻様にお仕えする巫女です」

「なるほど、するとこの久野町にお住まいと言う事でしょうか?
 まさかわが町にも正統な神職の方がいらしたとは、なんとも光栄の極み」

 久野町長の大げさな言葉に綾乃は照れてうつむいてしまった。八早月はそれを見ながら綾乃の膝に手を置き落ち着かせようとするが、それが却って動揺を誘ってしまったことには気づいていない。

「では話は概ね決まったようですね。観光ガイドへの掲載について一つ。
 出来れば…… なんでしたか? ぽっとなんとかという…… 綾乃さん?」

「え、あ、ああ、パワースポットのこと? そうだね、いいかもしれないね」

「そのぱわーすぽっととして街の各所にある祠を観光ガイドへ掲載願えますか?
 この場所以外にも出来るだけ多くの方々に訪れていただきたいのです。
 隅々まで全てとは行かずとも、わかっているところだけでもお願いします」

「なるほど、名称は久野町パワースポット巡りマップなどがよろしいでしょうな。
 承知しました、観光推進課の担当者へ申し伝えます、草案ができましたらお持ちいたしましょう」

 町長にとってはただの観光資源だろうが、巫である八早月や綾乃にとっては大切な力の根源でもある。多くの人が形だけでも祈りを捧げ、その中から本当の信仰心が芽生えることで道祖神どうそしんが蘇り戻ってきたり、新たな地域神が産まれ育まれたりすれば地域の安寧に繋がるだろう。

 これに関しては綾乃が普段回っている近隣の祠マップが役に立ちそうだ。さすがに町全部を網羅しているわけではないが、わかり辛い場所にあるこじんまりとした祠や、完全に崩壊しているのではないかと言うくらいに崩れている木製の祠の残骸までもチェックしてあった。

 こう言った細かな場所を見つけるのはモコの得意芸である。彼の鼻は匂いだけでなく神聖な場所から出る気配をも嗅ぎ取ることが可能だ。それを元にして散歩中にあちこち見つけて回っており、今では寒鳴家から半径四、五キロメートル程度に位置する祠はほぼすべて網羅できているようだ。


 そんな話をしながらの帰り道、八早月は思い出したように綾乃へと話を持ちかけた。それは創建する祠の名称についてだ。綾乃の家につく前に言っておかないと忘れてしまいそうなので、早めに伝えておきたいと考えた。

「綾乃さん、今度創建する祠の名称を決めたのに伝えるのを忘れていたわ。
 牛塚も供養はしたけれど、牛塚跡地にすると扱いが粗末になると思うのよね。
 だから今も現存していると言うことで『十久野牛塚』にするつもりよ」

「うんうん、そのほうがいいと思うよ、みんなにも敬意を払って欲しいもん。
 そのほうがあのあかべこさんも浮かばれる? 満足すると思うしさ。
 それで本命のみくず様の祠は何て名前に決めたの? きっと素敵でしょうね」

「ステキかどうかは何とも言えないけれど、当たり障りない名称にしたつもり。
 名付けて『双尾弧神藻小祠そうびこしんみくずしょうし』でいかがかしら。
 私にしては悪くない名を思いついたと思っているのよ?」

「すっごくステキじゃないの! 藻孤の文字が両方入ってるのが特にいいね!
 これなら藻様もお気に召して下さるんじゃないかしら」『ね、藻様?』

『ええ、想像よりもはるかに立派な名をいただくことになり光栄の極み。
 これはもはや栄誉と言っても過言ではございません。
 八早月様のお蔭で今までの悔しさを払拭できるやもしれぬ、まっこと嬉しきこと』

『悔しさって? 藻様はなにか悔しい思いしていたのですか?
 私そんなの知らなくて申し訳ございません……』

『綾乃が気に病む必要はありません。私は過去から現代に至るまで真名無き存在。
 なんと言ってもほとんどの人々に玉藻前たまものまえと混同されているのですからね。
 それがきちんと私自身として祀り頂けるのですからこんなに嬉しいことはございません』

『ふふ、藻さんも随分と大げさですね、そんな当たり前のこと感謝は不要です。
 それよりも今後も綾乃さんのことをよろしく頼みます。
 良き神使しんしとなれるよう導いて下さいね』

『もう、八早月ちゃんってばそうやってすぐ私のこと考えてくれるんだから。大好きだよ!』

 綾乃は念話・・で話している最中に八早月へと飛びついて抱きしめた。そこはもちろん車の中央座席であり、その後ろの席には手繰が座っている。つまりバッチリと見られたわけで、さらに言えば無言で並んでいた二人だったのに、綾乃が突然八早月へ飛びついたようにしか見えない。

「あらあら、疲れて大人しくしてるのかと思ったら突然に、うふふ、仲良しね。
 ではママは微笑ましい光景をを眺めながらバターロールをいただこうかしら」

「お母さま! それは私のですよ! 鰻の代わりなのですから!」

「まあまあ、なんで知られてしまったのかしらねえ、うふふ、困ったわあ」

 そんなやり取りが繰り広げられる車内で、メロンパンで小腹を満たす綾乃だった。
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