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第十章 睦月(一月)

257.一月十二日 早朝 静かな朝

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 山奥の一軒家、その裏手にある庭に激しい掛け声が響いていた。辺りがようやく白んで来た朝、いつもと変わらず鍛錬から始まると言う、普通・・の中学生女子とは縁遠いスタートの八早月である。

 そんなところへ唐突な電子音が鳴った。

『ピポッパ、ピッ』
「おはようございます、今日は随分と早いですがもう行かれるのですか?
 ――――――――― ええ―――― なるほど、練習試合があるのですか。
 事前に教えてくれたら良かったのに―――――― いいえ、こちらも立て込んでおりまして行くのは難しいですけれどね」

 通話を開始しながらいそいそとヘッドセットを耳に挿しこみ準備は万全、もはや手慣れたものだ。スマホをベルトポーチへしまうと八早月は山道へ向けてゆっくり歩きだした。数十歩歩いてから速度を上げていく。地面にはうっすらと雪が積もっているが、歩いた跡が細く続いているのは昨日から雪が降っていない証だ。

「―― えっ? 自転車で学校へ行くのではないのですか? ――――
 なるほどお迎えが来ると、車なら楽でいいですね、そちらも寒いでしょうし。
 ―――――― ふふ、嫌ですねえ、そんなつもりで言ったわけありませんよ?
 私はお迎えが来ると事実を述べただけですから―――――― まさかまさか。
 予知ができるくらいならもっと普段の生活に役立てているでしょう?
 本当に他意はありませんから気にせずに、でも道中ご注意くださいね――――
 ―――― はい、私も安全走行で参ります―――― ではまた」

『八早月様、今朝は短いですね、少し物足りないのでは?』

『仕方ありません、これから迎えが来て遠征へ出かけると言うのですから。
 どうやら近隣に高校が少ないため遠くまで試合に出向くことがあるようです。
 他流試合も楽ではないでしょうに、いや、この場合は同門なのでしょうか。
 確かどの学校も同じ決め事で練習をしているわけですもの、きっとそうだわ』

『若がうらやましい、私は最近剣を振るう機会がなく腕が鈍るのではないかと。
 どこかに手ごろなお相手はいないのでしょうか』

『そう言えば組折くみおりが立ち合いしたいと盛んに言っているようですね。
 耕太郎さんのところへ行ってみましょうか、っと、本日は当番でした。
 ではあの男、キーマはどうでしょう、真宵さんには大分物足りませんが断りはしませんよ?』

『いいや、あの男は打たれて喜ぶ傾向があり薄気味悪いのです。
 昨日の夜様子を見に行った際、耕太郎さんにしごかれて嬉しそうでした。
 あれは異常者ではないのですか? 少し心配です』

『私もおかしい人かと思っていたのですが心配はいらないようですよ。
 巫や呼士たちのように特殊な力や人知を超えるものに興味があるのだとか。
 先日も雪山に雪女がいないかワクワクしながら一人帰宅したらしいですからね』

『やはりおかしな男…… 私は関わりたくありません、勘弁願いたいものです』

 八早月は走りながら笑ってしまい、思わず道を外れるところだった。湿った道は滑りやすいので注意しなければいけないが、そんなわかりきったことを忘れてしまうほど飛雄と通話した朝の八早月は隙だらけである。

 稽古が全て終わり湯あみをしてから学校の支度をしていると、珍しく朝早くに宿からの連絡が入った。急用なのかわからないが、八早月にとって電話をかけてくると言うのは、それほど重要な話ではないと判断してしまう。それはあながち間違いではなかったが、どうでもいい話でもなかった。

『筆頭おはようございます、忙しいところ申し訳ございません、
 例の三角地購入の手筈が整ったと久野町長から連絡がありました。
 ただ何か相談があると言うことで午前中にこちらへやってくるとのこと。
 いかがいたしましょう、時間をずらすか、代わりに聞いておくか、どうなさいますか?』

「宿おじさまおはようございます、こんな早くにお役所が動くなんて驚きです。
 それでは代わりに伺っておいてください、緊急の用件が発生したら連絡を。
 お母さまが言っていましたが、もしかしたら税金関連かもしれません。
 その場合は寄時叔父様に助力をお願いするので教えてくださいね」

『かしこまりました、それで別途の報告なのですが例のキーマの件です。
 実はあやつ、先日車で来ていたみたいでして、数日前に警察が持って行ってしまったとのこと』

「ええっ!? それはどういう事でしょうか、素性がばれてしまったのかしら。
 それともなにか法に触れるものでも積んでいたとか?」

『いえいえ、そう言うわけではございません。あやつは路上駐車してたんですよ。
 それでレッカー移動されてしまったらしいですね。全く世話の焼ける……
 いかがいたしましょう、うちの食客として裏から手を回しておきますか?』

「確か車を持って行かれてしまうと科料反則金を取られるのですよね?
 まあいい薬になりますよ、それに今は耕太郎さんの弟子、放っておきましょう。
 しかしそのようなことよくわかりましたね、さすが宿おじさまです」

『実は様子をうかがっていたところ車に着替えがあると言っておりましてね。
 どこに停めたのか探しに行ってみるとレッカー移動されて警察署行きと言うわけです』

「ふふふ、じゃまになったご近所の方に呼ばれてしまったのでしょうね。
 以前板倉さんも車を持って行かれたことがありまして悔しがっていましたよ。
 警察の方々もご苦労様ですね、支払いは本人か耕太郎さんがするでしょう」

『きっとあの男は運が悪いのでしょうな、まさか筆頭があの場にいたわけですし。
 そう言えばあの新年祭りを計画したのは外部の人間のようなのです。
 耕太郎殿達が追跡調査しますので、その結果は追ってお知らせ出来るかと』

「わかりました、今回こそ息の根を止めてしまいましょう。何度も面倒ですしね。
 それでは例の土地の件、よろしくお願いします」

『かしこまりました、勉学がんばってくださいませ、それではこれにて』

 最後の最後に嫌なことを言い残して電話を切った宿へは見えるはずないのだが、八早月はスマホに向かってあかんべーをしていた。それを目撃した房枝は驚きながら声をかける。

「まぁお嬢様ったらはしたない! 朝餉の用意が整いましたからどぞ。
 あんま待たせっとまあたアンちゃんがそわそわしますからお早めに頼んます」

「ふふ、へんなところ見られてしまったわね、もちろん外ではやらないわ。
 さ、朝ご飯を食べましょうかね」

 うまいこと誤魔化したとご機嫌のまま食堂へ向かう八早月と、それを見ながらかぶりを振る房枝、そんなよくある光景が今朝も繰り広げられながら一日が始まるのだった。
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