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第十章 睦月(一月)

244.一月五日 夕刻 隠されていた事実

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 今ここで行われているのは、きれいに着飾った華やかな着物の母娘、あつらえ物の上等な着物を着た少年、そして吊るし・・・の地味な着物を着た中年男性二人が同じ卓を囲み、小洒落たガラスの器を前にしておやつを食べていると言う珍妙な絵面である。

 中年男性の一人である高岳磯吉は、櫛田家の母親が同席しているくらいなので覚悟を決めないといけないと考えていた。今この場で結納だと切り出され自分が断われるとは思えないからである。

 しかし予想に反して八早月も母親も何も語らずあんみつを突いている。

 方や高岳家側でも同じように黙ったままで、それぞれがそれぞれの器を見つめて相手の出方を待っている状態だ。かと言っていつまでもこのままではいられない。なんと言っても今回の訪問は高岳家側から言い出したことなのだ。

 つまり用があってやって来たと解釈されるのが当然の状況であり、口火を切る義務があると言える。そしてその責任者は当主たる磯吉なのは言うまでもない。

「えー、この度は突然の訪問、快くお受けくださいましてありがとうございます。
 私は高岳磯吉、この飛雄の父の兄、つまり叔父に当たり現高岳家当主ございます。
 とは言え稼業はそれぞれの家で異なりますゆえ、当主と言っても代表程度と思って下さい」

「まあまあ、これはご丁寧にありがとうございます。遠路お疲れさまでした。
 私は八早月の母で手繰と申します。この度は娘が大変失礼を申し上げました。
 まさか子供同士でご友人を婿に取ると言いだすなど想像の範囲外ですから。
 ですのであまり気にせずこれからもお付き合いくだされば幸いです」

「なっ!? それでは今回持ち上がったお話は正式なものではないと?
 と言うことは先ほどの扱いはどういった意味合いなのでしょうか。
 飛雄に部屋を与え正装を誂えた事に関してどう判断すればよろしいのか」

「左様ですね、これではなにもわからないかと存じます。それは私も同じ。
 娘と話し合いをしたところ、こちらからの申し出は性急なものでした。
 ですのでまずは飛雄さんを養子として迎えるのはどうかと考えたのです。
 その後適齢になったところで祝言を上げれば何の問題もございませんよね?」

 はっきり言って高岳家にとっては問題だらけである。一族で管理している祠は小さいもので守護範囲は微々たるものだ。それでもお上からの補助金は出ており、それが二人分なのだ。

 いや、金銭の問題を抜きにしても地域の安寧を護っている事実と前提が、生活面でのあらゆる事柄に影響を与えている。八畑八家ほどではないものの、高岳家もまた特別な存在であることに違いはない。

 だがここで養子の話を即答で断れば今後の付き合いは難しくなるだろう。それどころか一族として反抗し対立を宣言したと捉えられても不思議ではない。例えそこまで大仰な話にならなくとも飛雄と磯吉や雄二郎の関係、または飛雄と八早月の関係に亀裂が生じる可能性もある。

 どちらにせよただ断ることは後々を考えると得策ではない。何とかうまく伸ばす方向へ話を進められないだろうかと、磯吉は考えを巡らせていた。しかしいい案は浮かんでこない。たった一つ思いついたことはあるが、それはそれで今日ここへやって来た意味が分からなくなってくる。

「もし? 高岳様? 顔色が優れないようですが大丈夫ですか?
 私がご無理を申し上げているのは承知しております。
 ただやはり飛雄さんのように優れたお方を繋ぎ留めておきたいのは事実。
 力不足が有り現状での婚約がまかりならぬとのことならご安心ください。
 私共でしっかりと必要なものを身に着けていただけるよう教育いたします」

「教育、ですか…… 例えばどのようなことを……?」

「まずは社会人としての常識、そしてテーブルマナーからでしょうか。
 実は私の旧姓は九遠と申しまして、十久野郡ではそれなりの名士です。
 ですので後々は社交の場へ出ることもございますし、会食の機会も多いでしょう。
 もちろん鍛冶師としての修行も同時に行っていただきます。
 鍛冶製品は多岐に渡りますが、櫛田家では主に包丁と日本刀を鍛っています。
 世界的な三ツ星レストランのシェフにも使っていただいているのですよ?
 日本刀は現代美術品として骨董とは異なる価値を見出し収集する方がお相手。
 こちらもやはり海外方々が主となっておりますので英語の得意な飛雄さん向きでしょう」

「飛雄は英語が得意とおっしゃるのですか!?
 ―― おい飛雄、それは本当なのか?」

「あ、ああ、高校英語の範疇でってことだけど、成績は上位だよ。
 オレは意外と成績いい方なんだけど叔父さんはそんなの興味ないもんなあ。
 親父もそうだけど、オレが野球しか脳がないくらいに思われてて遺憾だよ」

 確かにそんなことは知らなかったと磯吉は反省していた。ただ単にまだ子供だからと見下していたのではないか、押しが強くリーダーシップのある姉の零愛と比較して下に見ていたのではないかと。だがそれを他人の親から聞かされるとは情けない話だ。

「櫛田様にお聞かせいただくまで我が甥のことを禄に知らず恥ずかしい限り。
 思いのほか高く評価して頂けていること、大変有難く存じます。
 ですが近々での養子縁組は勘弁願えませんでしょうか。
 規模は小さくとも私共も神職の端くれ、地域の護人もりとなのです。
 そしてそれは双子が前提とされておりますゆえ、未熟なうちは一人にはできません」

「それは将来も婿として迎えることができないと言う事でしょうか。
 地元を離れることができないわけですからね」

「いいえ、伝承によれば神通力は二十代でピークに達するらしいのです。
 つまりその位の年齢になれば一人でもある程度のお役目をこなせるでしょう。
 ひとまずはその辺りまでお待ちいただくことをお考えいただきたい」

「それはつまり現時点ではそれぞれの家に留まり約束のみとしておくと?
 ご子息を当家へ預けることに不安を感じていると言うことでよろしいでしょうか?」

「めっ、滅相もございません! 決してそう言うつもりがあるわけでは……
 そこまで飛雄を評価いただいているとは思わなかったので戸惑っております。
 こう言ってはなんですが、お役目でも姉に後れを取ることが多いとのこと。
 櫛田家へ婿入りしたとしてご満足、ご納得頂けるのか不安なのです」

「あらまあ、まだお若いのですからこの先どうなるかわかりませんよ?
 八早月もまだ十二ですから両家の事情を深く考えての行動とは言えません。
 ですが婿として迎えたいと言うのは子供の戯言ではなく当主としての判断です。
 まあ先々どうであろうと二人が仲睦まじく過ごせればよろしいと思いますよ。
 まして力不足だと言って婿殿を追い出すなんてあり得ない話です、うふふ」

 ここまでひたすら威厳を感じさせるよう演技してきた手繰だが、とうとうボロを出してしまった。とは言っても嘘をついていたわけではなく、八早月にはしっかりした親として振舞うよう言われていただけだ。

 しかしこれまでのことを決めたのは八早月であると宣言してしまったからには八早月が前面に立つしかない。

「お母様、ここまでありがとうございます、ご苦労様でした。
 さて高岳の当主さま、家々の話に子供が出るのは無礼だと思わないでください。
 実のところ、家も一族も仕切っているのは私なのです。
 さすがに婚姻となると法的な制限がありますので、前面には母を出したまで。
 のんびり屋の母ではこれ以上のお話ができそうにないのでここからは私がお話いたします」

「は、はあ、わかりました、よろしくお願いします。
 とは言っても内容に変わりはなく今すぐ養子には出すことは難しいのです。
 すでにご存じかと存じますが、当家は双子が産まれた時のみ力を授かります。
 飛雄たちの前は四代遡ってようやく御神子がおりました。
 そんなこともあり私らの代までは肩身の狭い思いをしてきたのです。
 どうぞ当家の事情も汲んでいただきたくお願い申し上げます」

「事情については表向きも裏も理解はしております。
 高岳家を狙う家系の詳細は存じませんが、私共が後れを取る相手とも思えません。
 一応何かの際には当家からお役所を通じて圧を掛けることも考えていました。
 ですが、そこまで拒まれるのであれば諦めるしかないでしょう。
 元々は飛雄さんから交際を申し込まれたこと、これ幸いと考えたのですがね」

「なっ!? なんですと!? 少々失礼します!
 ―― 飛雄、お前から持ちかけたとは本当の話なのか?
 なんでそれを先に言わなかったんだ、どちらからなのかで話が全然変わってくるんだぞ」

 磯吉は驚きながら振り返り、申し訳程度に声を潜めて相談を始めた。とは言っても同じ部屋にいるのだから話は筒抜けである。

「いや、知らなかったことを知らなかったよ、少なくとも親父は知ってるよな?
 オレがその…… 告白したとき、家族全員が目の前にいたんだからさ」

「おい雄二郎、今の話は間違いないんだろうな? 飛雄から話を出したのか?
 こちらから持ちかけてお相手が受けて下さったのに断ろうとしていると?
 まさかそんな…… 無礼を働いたなんてもんじゃ済まないぞ……」

「いや兄貴、ついうっかりしてたんだよ、隠してるわけじゃ無くてだな?
 あまりに焦って伝えるタイミングを失っていたと言うか…… すまん」

 高岳家の面々が勝手に混乱しているのを見ながら、八早月は母と向き合ってニコリと笑みを浮かべた。それが何を意味しているのかは分からないが、どう考えてもこの後は言われるがままに進むだろうと、高岳磯吉は白旗を掲げた気分になっていた。
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