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第九章 師走(十二月)
224.十二月二十一日 夜 生誕の宴
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月明かりが積もった雪に反射して煌めいている山奥の夜、風景とは似つかわない音楽が聞こえてくる。それはもちろん、板山美晴の誕生日パーティーが櫛田家の大広間で行われているからだ。
綾乃が持ってきたスマホ用のスピーカーから流行りの音楽が流され、知っている曲が流れると一緒に歌うこともある。それを聴いていると、曲を知らない八早月でもなんだか楽しくなりリズムに合わせ自然と手を叩いたりして大騒ぎしていた。
「あらあら、楽しそうで何よりねえ、ところで夢路さん、少しいいかしら。
山本の奥様から連絡があって、夢路さんに手伝ってもらいたいことがあるの」
「はーい、わかりました! ――なんだろね?」
こうして手繰が夢路を連れて行ってしまい訝しむ八早月だが、こっちはこっちで騒ぐのに忙しいためあえて追求はしない。どうせ家の中にいることは間違いないのだしすぐに戻ってくると思ったのだ。
今まで一緒に撮った写真を見たり体育祭に文化祭のことなどを振り返り話したりしている間に料理が並べられていく。オードブルやサラダに揚げ物等、板倉が仕出し料理屋で買ってきてくれたものを皿に移しただけだが、それでも十分豪華で華やかだった。
ただし綾乃の誕生日の時に借りたような洋風の金属食器ではなく、完全な和風の陶器や漆器に盛りつけられているため、パーティーと言うよりは宴と言った装いである。
「これはこれで豪華でステキね、特にこの大皿の絵柄はアタシ好みだなぁ。
うちには無難な白い食器が多いんだよね、あとはいかにも安物ってやつね。
それにこんなキレイな塩焼き―― これって鯛だよね? 尾頭付きってこと?
随分豪華にしてもらっちゃって感謝しきれないよー」
「豪華なのもそうだけど食べきれるかが心配だね、すごい量だもん。
あれ? 夢ちゃん戻ってこないね、どうしたんだろ」
「そう言えば時間を気にしていなかったけれど、もう三十分ほど経ったかしら。
お母様も詳しいこと言わなかったから何をしているのかわからないわね」
そんなことを言っていると襖が開いたので夢路が戻ってきたのかと皆が一斉に視線を集中させた。が、そこに来ていたのは玉枝で、揚げ物が多いことが気になったらしく漬物を運んできたのだった。
「さすが玉枝さん! 確かにこの料理だとお漬物が欲しくなりますものね。
本当に細かな気遣い、いつもありがとうございます」
「いえいえ、お嬢さまなら塩辛いもん欲しいじゃねえかと思ったんですよ。
後は若い娘さんたちは甘いもんがあると嬉しいですよなあ」
玉枝のその発言には八早月だけでなく、美晴も綾乃もドキリとして目が泳ぐ。だが当の玉枝は何やら含みがありそうにニヤリと笑っている。そしてその笑みの理由はすぐに分かった。
開けられたままの襖の向こうから夢路が顔を出す。その表情は明らかに上機嫌で満面の笑みを見せているではないか。部屋で待っていた三人が夢路に何かあったのかと感じるのは当然だが、玉枝と夢路、双方の笑みの理由は夢路の手に握られていた。
「夢路さん! そのケーキ! 今作ったのですか!? 一体どうやって……
まさか我が家の台所からケーキが出てくるとは考えたこともありません、驚きです!」
「さっき八早月ちゃんのお母さんが呼びに来たのってこのため!? すごいよ!
ハルちゃん良かったね、ね? ハルちゃん?」
綾乃が声をかけると美晴はあまりの喜び、驚きに感極まった様子で大粒の涙をぼろぼろと流していた。その姿を見た八早月も込み上げてくるものがあったが、今まで一度も泣いたことがないせいか泣き方がわからない。その代わりと言ってはなんだが、感受性の高い綾乃はすでに一緒になって泣き始めている。
つい先ほどまで無いものと割り切っていた誕生日のケーキ、だが決していらないと思ったわけではない。美晴のために泣いて悔しがってくれた夢路のために無くてもいいと言ったのであって、本心では残念だと思ったに違いなかった。
その諦めていたケーキが今目の前にあるのだからうれし泣きするのも当然である。
「私も知らなかったよ、八早月ちゃんがケーキも買っといてって頼んだでしょ?
誕生日用が売って無くて板倉さんが八早月ちゃんのママに相談したんだって。
それでどこからかオーブンを借りて来てくれてうちのママへ届けてくれたってことみたい」
「では学校へ行っている間に夢路さんのお母様が作っておいてくれたのですね。
素晴らしい親子愛です! そして夢路さんと美晴さんの友情も美しいわ」
「またそうやって大げさな、照れるからやめてよね?
ママはスポンジを焼いてくれて、残りの材料を持たせてくれたのよ。
それでさっきからデコレーションで仕上げてたってわけ」
「本当に夢、みんな…… ありがとうね、最高のバースデーになっちゃった。
こんなに嬉しいことって初めてだよ、絶対忘れないからね!」
そう言うと美晴は全員まとめて抱きしめてきた。あまりに突然だったので、夢路は危なくケーキを落とすところだったと文句を言っていたが、それは明らかに照れ隠しだと全員が理解している。
畳敷きの和室に置かれた重厚な座卓へ和食器の数々が並べられ、どう見ても大人たちの宴会が開かれているようである。たがしかし、中央に鎮座したバースデーケーキがこの宴を立派なバースデーパーティーへと変えていた。
こうして何とも嬉しいサプライズは夜遅くまで続き、誰も用意したお菓子類に手を付けるどころではないくらい満腹である。玉枝はそれを見越しており、これから房枝や板倉と共に遅い夕餉を取るようだ。
「玉枝さん、房枝さん、遅くまでありがとうございました。油っこいものが多いですから食べ過ぎないように、それとお酒は程々にしてくださいね」
「はい、お部屋へ布団を敷いて火鉢を用意しておきましたから冷ささぬよう。
寝相が悪いのはお嬢様くれえなもんですがねえ」
「そ、そんなことありません! 私も大分寝相が良くなってきたはずです。
板倉さんも今日はあちこち回っていただきありがとうございました。
まさか夢路さんのお宅まで行っていたとは驚きです、お疲れさまでしたね」
「いえいえ、私は言われた場所へ行っただけですからなんてことないです。
それよりだいぶ楽しいパーティーになったようで何よりですよ。
やっぱり子供は明るく元気なのが一番ですからね」
「ええ、今日は素直に子供と言われるままにしておきます。
皆さんは日曜の夕方に帰る予定なので明日はお休みで構いません。
月曜日もお休みにしますから散髪へ行って髭も綺麗にしておくように。
スーツは寄時叔父様が貸してくださるそうですから心配いりませんからね」
「ええっと? 何の話でしたかね? ―――― あ、ああっ!
本気なんですかい? 月曜と言えば世の中はクリスマスイブってやつですよ?
そんな日に四十男が見合いなんて冗談にもなりゃしませんって」
だが今更何を言っても現実は変わらない。関係各位の顔を立てる意味でも見合い一度くらいは仕方ないだろう。顔に醜い怪我の跡がある板倉は、どうせ会えば先方から断ってくると考えているのだ。
今日は良く働き、主から労いの言葉をかけてもらい良い一日だったと終えるはずの板倉は、最後の最後でそんな気の乗らない話を思い出すことになり、婆二人を引き連れ重い足取りで帰って行った。
綾乃が持ってきたスマホ用のスピーカーから流行りの音楽が流され、知っている曲が流れると一緒に歌うこともある。それを聴いていると、曲を知らない八早月でもなんだか楽しくなりリズムに合わせ自然と手を叩いたりして大騒ぎしていた。
「あらあら、楽しそうで何よりねえ、ところで夢路さん、少しいいかしら。
山本の奥様から連絡があって、夢路さんに手伝ってもらいたいことがあるの」
「はーい、わかりました! ――なんだろね?」
こうして手繰が夢路を連れて行ってしまい訝しむ八早月だが、こっちはこっちで騒ぐのに忙しいためあえて追求はしない。どうせ家の中にいることは間違いないのだしすぐに戻ってくると思ったのだ。
今まで一緒に撮った写真を見たり体育祭に文化祭のことなどを振り返り話したりしている間に料理が並べられていく。オードブルやサラダに揚げ物等、板倉が仕出し料理屋で買ってきてくれたものを皿に移しただけだが、それでも十分豪華で華やかだった。
ただし綾乃の誕生日の時に借りたような洋風の金属食器ではなく、完全な和風の陶器や漆器に盛りつけられているため、パーティーと言うよりは宴と言った装いである。
「これはこれで豪華でステキね、特にこの大皿の絵柄はアタシ好みだなぁ。
うちには無難な白い食器が多いんだよね、あとはいかにも安物ってやつね。
それにこんなキレイな塩焼き―― これって鯛だよね? 尾頭付きってこと?
随分豪華にしてもらっちゃって感謝しきれないよー」
「豪華なのもそうだけど食べきれるかが心配だね、すごい量だもん。
あれ? 夢ちゃん戻ってこないね、どうしたんだろ」
「そう言えば時間を気にしていなかったけれど、もう三十分ほど経ったかしら。
お母様も詳しいこと言わなかったから何をしているのかわからないわね」
そんなことを言っていると襖が開いたので夢路が戻ってきたのかと皆が一斉に視線を集中させた。が、そこに来ていたのは玉枝で、揚げ物が多いことが気になったらしく漬物を運んできたのだった。
「さすが玉枝さん! 確かにこの料理だとお漬物が欲しくなりますものね。
本当に細かな気遣い、いつもありがとうございます」
「いえいえ、お嬢さまなら塩辛いもん欲しいじゃねえかと思ったんですよ。
後は若い娘さんたちは甘いもんがあると嬉しいですよなあ」
玉枝のその発言には八早月だけでなく、美晴も綾乃もドキリとして目が泳ぐ。だが当の玉枝は何やら含みがありそうにニヤリと笑っている。そしてその笑みの理由はすぐに分かった。
開けられたままの襖の向こうから夢路が顔を出す。その表情は明らかに上機嫌で満面の笑みを見せているではないか。部屋で待っていた三人が夢路に何かあったのかと感じるのは当然だが、玉枝と夢路、双方の笑みの理由は夢路の手に握られていた。
「夢路さん! そのケーキ! 今作ったのですか!? 一体どうやって……
まさか我が家の台所からケーキが出てくるとは考えたこともありません、驚きです!」
「さっき八早月ちゃんのお母さんが呼びに来たのってこのため!? すごいよ!
ハルちゃん良かったね、ね? ハルちゃん?」
綾乃が声をかけると美晴はあまりの喜び、驚きに感極まった様子で大粒の涙をぼろぼろと流していた。その姿を見た八早月も込み上げてくるものがあったが、今まで一度も泣いたことがないせいか泣き方がわからない。その代わりと言ってはなんだが、感受性の高い綾乃はすでに一緒になって泣き始めている。
つい先ほどまで無いものと割り切っていた誕生日のケーキ、だが決していらないと思ったわけではない。美晴のために泣いて悔しがってくれた夢路のために無くてもいいと言ったのであって、本心では残念だと思ったに違いなかった。
その諦めていたケーキが今目の前にあるのだからうれし泣きするのも当然である。
「私も知らなかったよ、八早月ちゃんがケーキも買っといてって頼んだでしょ?
誕生日用が売って無くて板倉さんが八早月ちゃんのママに相談したんだって。
それでどこからかオーブンを借りて来てくれてうちのママへ届けてくれたってことみたい」
「では学校へ行っている間に夢路さんのお母様が作っておいてくれたのですね。
素晴らしい親子愛です! そして夢路さんと美晴さんの友情も美しいわ」
「またそうやって大げさな、照れるからやめてよね?
ママはスポンジを焼いてくれて、残りの材料を持たせてくれたのよ。
それでさっきからデコレーションで仕上げてたってわけ」
「本当に夢、みんな…… ありがとうね、最高のバースデーになっちゃった。
こんなに嬉しいことって初めてだよ、絶対忘れないからね!」
そう言うと美晴は全員まとめて抱きしめてきた。あまりに突然だったので、夢路は危なくケーキを落とすところだったと文句を言っていたが、それは明らかに照れ隠しだと全員が理解している。
畳敷きの和室に置かれた重厚な座卓へ和食器の数々が並べられ、どう見ても大人たちの宴会が開かれているようである。たがしかし、中央に鎮座したバースデーケーキがこの宴を立派なバースデーパーティーへと変えていた。
こうして何とも嬉しいサプライズは夜遅くまで続き、誰も用意したお菓子類に手を付けるどころではないくらい満腹である。玉枝はそれを見越しており、これから房枝や板倉と共に遅い夕餉を取るようだ。
「玉枝さん、房枝さん、遅くまでありがとうございました。油っこいものが多いですから食べ過ぎないように、それとお酒は程々にしてくださいね」
「はい、お部屋へ布団を敷いて火鉢を用意しておきましたから冷ささぬよう。
寝相が悪いのはお嬢様くれえなもんですがねえ」
「そ、そんなことありません! 私も大分寝相が良くなってきたはずです。
板倉さんも今日はあちこち回っていただきありがとうございました。
まさか夢路さんのお宅まで行っていたとは驚きです、お疲れさまでしたね」
「いえいえ、私は言われた場所へ行っただけですからなんてことないです。
それよりだいぶ楽しいパーティーになったようで何よりですよ。
やっぱり子供は明るく元気なのが一番ですからね」
「ええ、今日は素直に子供と言われるままにしておきます。
皆さんは日曜の夕方に帰る予定なので明日はお休みで構いません。
月曜日もお休みにしますから散髪へ行って髭も綺麗にしておくように。
スーツは寄時叔父様が貸してくださるそうですから心配いりませんからね」
「ええっと? 何の話でしたかね? ―――― あ、ああっ!
本気なんですかい? 月曜と言えば世の中はクリスマスイブってやつですよ?
そんな日に四十男が見合いなんて冗談にもなりゃしませんって」
だが今更何を言っても現実は変わらない。関係各位の顔を立てる意味でも見合い一度くらいは仕方ないだろう。顔に醜い怪我の跡がある板倉は、どうせ会えば先方から断ってくると考えているのだ。
今日は良く働き、主から労いの言葉をかけてもらい良い一日だったと終えるはずの板倉は、最後の最後でそんな気の乗らない話を思い出すことになり、婆二人を引き連れ重い足取りで帰って行った。
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