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第九章 師走(十二月)

214.十二月六日 早朝 架空の逢瀬

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 待ちに待っていた非番の日、八早月はこの数日試していたことを更に進めるべく術を行使していた。今出来ることを総動員することで目的を達することができると確信している。

 だが命じられている巳女みめにはそう簡単でもないらしい。今やすっかり見違えて、日本人形のような美しい躯体くたいを持つようになった恩義に報いるため努力はしているのだが、いかんせん持っている力がそう大きくはない。

「ダメなのじゃ、わらわはこういう系統の術は苦手でうまく行かぬのじゃ。
 逆になぜみくず殿は容易たやすくできると言うのじゃ?」

「さあなぜでしょうな、私からすれば他人を回復する力こそ不思議ですよ?
 どういう理屈でそのような真似が出来ると言うのでしょうか。
 もし真宵殿のように、主様の姿を呼び出すことができれば終いなのですがねえ」

「ですが私は常世現とこようつしがうまく無いゆえ、引いてもらわねばなりませぬ。
 藻殿のように自在に通り抜けられれば済む話、未熟で申し訳ございません」

「三人合わせれば可能になると思ったのですがそう簡単ではありませんね。
 さすがに直接飛んで行くには距離があり過ぎて往復は疲れそうですし……」

 八早月は今、白波町の小島にある神蛇小祠しんじゃしょうしへ巳女を送り、巳女を経由して真宵を現した後に姿引すがたびきしてもらい飛雄の近くにわが身を出現させるための複合術を試していた。

 しかし巳女は関連のある社があるからと言って制限なく移動できるわけではなく、姿を出すだけでも藻による常世現の術を借りる必要があった。そして藻を経由すれば真宵を送ることまでは出来たのだが、遠方に出た真宵が八早月を姿引するには関係性の減衰が激しくうまく行かず仕舞いである。

「主殿? 飛雄殿に頼み近所の稲荷を探してもらってはいけないのですか?
 さすれば可能性は随分広がりましょうに」

「こういうものは突然現れるから意味があるのだと思いますよ?
 あらかじめ予告していたら待ち構えられるだけで恥ずかしいではありませんか」

「ふふふ、主殿はやはり随分と乙女になり申したのですねえ、うふふ」

「もう、藻さんは冷やかす時だけ一生懸命なのですから、まったく!
 さあ巳さん、もう一度試してみますよ、え? 鍛錬は後回しで構いません!」


 この様子を人知れず覗きながら内心穏やかでないのが初代のお櫛である。いつになっても自分を呼ぶどころか気に留める素振りすらない。切っ掛けさえあればなんとでもしようがあろうにと歯ぎしりをしている。

「大蛇? 娘はここ日ごろ最近すがらにずっとかの鳶に夢中に腹立たしきのう。
 こはまさしく『鳶に油揚げさらはれき攫われた』と言ふにはろうが言うことではないか

「随分とうまきことを言はぬや言うではないか、それに楽しからむとし楽しそうで何より。
 あの巫も童より乙女になりつつありと言ふこと、なほもっと喜ぶべし。
 それにすともおのれの身を自在に動かせぬとはやはり不便よのう。
 とく早く常世の住人になりぬべけれどなってしまえば良いが、させば逢瀬もつまらぬものかもしれぬ」

 八早月はもちろんこの二人に勝手に覗かれ、好き勝手言われていることなぞ知る由もない。それは真宵たちであっても同じことで、神々に許された遊びのようなものだ。


 それはさておき、この現世では引き続き懸命な試行が繰り返されていた。終いには八早月自体を霊体化して送ってみようかと言い出す始末である。

「確かに常世を通り高速移動する術を応用すれば原理的には可能でしょう。
 しかし他人の術で遠方へ送るなら主様の肉体が一旦失われるのですよ?
 それを元に戻せる保証はございませぬ、とても試すことなぞできますまい」

「左様でございます、八早月様、いくらなんでも無茶が過ぎるかと存じます。
 幸いにも間もなく週末、また早籠で参ればよろしいではございませぬか」

「そうね、私の身勝手であらゆる方面に迷惑をかけすぎるのも良くないわ。
 まもなく六時になりますし、今日も電話だけで我慢することにしましょうか」

「主様? 何を我慢するのですかな? 鳶の君にお会いすることをですよね?
 ああ愛しき鳶の君よ、会いたくて会いたくて胸が焦がれる想いでございます」

「こら! 藻さんはそう言うことばかり一生懸命にならないで下さいな!
 巳さんも一緒になって笑ってないで何か考えてくださいよ、もう!
 はい、それではみなさんはしばらく休んでいてください、真宵さんもです!」

 そう言って配下の者たちを全て退けた後、八早月はたどたどしい手つきで電話をかける。一度のコール音が終わったかどうかで通話が繋がり向こうから聞こえる声にホッとする。

「おはようございます、もう起きていましたか? 私は準備運動を済ませた所です。
 これから素振りを始めようと思いますが飛雄さんは、なるほど、そちらは――
 ―― 走りながら会話ができる装置があるのですか? ―― わかりました。
 きっとこちらでも買えるでしょう、家人に相談してみます―― ええ――
 ―――― はい、今も振っていますよ―― これくらいで息切れなんて――
 自転車も気持ちよさそうですよね―― いえ、私は持っておりません。
 ―――― そうですね、乗れるかは未知数です―――― もう、そんな――
 確かに泳げもしませんが、どれも経験が少ないだけですから―― 夏に?
 ―― それは楽しみですが、さーひん? と言うのはどういったものですか?
 ―――――― なるほど、波の上をですか? ―― 本当に!? ――――」

 毎日たわいもない話をしながら共に朝の鍛錬に勤しみ、時間になるとそれぞれ学校へ行くのが日課になりつつあった。これが八早月と飛雄が今できる精一杯の遠距離デートのようなものである。

 かと言って鍛錬を欠かすような八早月ではなく、そのためのハンズフリー機能を板倉に教えてもらっていた。運転中に誰かから連絡が来た際、ハンドルを握ったままで会話を始める姿に驚いたままでは無かったのだ。

 そして今度は走りながらでも通話ができる機械が存在することを飛雄に聞いたので、後ほど板倉に尋ねて買ってきてもらおうと考えていた。八早月だけでなく櫛田家の人間すべてが機械に疎いため、電気が流れたり自動的に動くものに関しては板倉の知識頼みだった。

 今回も通学中にどういったものなのか説明を受け、帰りまでに買っておくことを約束した板倉は、国道沿いの大型電気店へ出向くのだった。
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