限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第八章 霜月(十一月)

171.十一月一日 放課後 少女探偵団

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 まあ飽きもせず毎日のように同じ顔を突き合わせてたわいもない話を繰り返すことができるものだな、などととても口には出せないと思いつつ、同じ日々の繰り返しを捨て去ってここにいる巳女みめは、この日も美晴と夢路に常世の住人と会話ができる術をかけていた。

 巳女を模倣した姿になった二人の元の体はぬけがらとなり、不自然なまでに寄せた椅子でお互いよりそったまま意識を無くしている。その代わりにテーブルの上には術元の巳女、同じ姿の白蛇が二体、そして綾乃の遣いである藻孤モコが陣取っていた。

「だから綾ちゃんってばちゃんと聞いてる?
 八早月ちゃんとハルったらホント酷いんだからさ。
 授業中なのに二人だけで楽しそうに話してズルい! しかも私はよそ見ばかりしてるって怒られちゃったんだからね?」

「先生に怒られたのは夢がよそ見しすぎだったんだから仕方ないでしょ。
 席順を決めたのだってくじ引きだもん、アタシのせいでも八早月ちゃんのせいでもないっての」

「そうね、隠し事しているわけではないのだから許してもらえないかしら?
 その後の休み時間に全部説明したのだしね」

「でも途中で『それはさっき聞いた』とか『次は次は?』とか言ってさ。
 ハルったら一人だけ楽しんでズルいよ、私の近くの人と席交換してもらって!
 私だけ一番前の席だからなにかするとすぐ先生に見つかっちゃうしさあ」

「でもそれは視力検査を考慮してのものだから仕方ないのではなくて?
 お陰さまで私は視力抜群、検査でも2.0だったわ」

「八早月ちゃんの目はちょっとズルだと思うよ……
 凄い遠くからでも見えてるみたいだからきっと測れないだけでもっといいんだろうね」

「うんうん、きっとそうだとおもうよ?
 テレビで見たことあるけど、広い国に住んでいる人たちは視力6.0とかあるらしいからね」

 直前まで文句を言っていた夢路もすぐに別の話に夢中になり、いつの間にか機嫌も良くなっていた。とは言っても、最初から本気で怒っているわけではないので、怒りが収まったと言うのもおかしな話ではある。

「それで八早月ちゃん、あの人形はどうするの?
 大分汚れているから服くらい着替えさせてあげないとかわいそうじゃない?
 大きさをみると良くある一般的な物だと思うけどね」

「人形と言うのは着替えさせるものなのかしら。
 私は人形を手にしたことが無くてわからないわ、綾乃さんは持っているの?」

「そりゃ一般的には女の子なら人形の一体くらい持っているんじゃないかな。
 私の部屋にもあったんだけど泊まりに来た時に気付かなかった?」

「全然気が付かなかったわ、目に入ったのは棚のぬいぐるみたちくらいかしら。
 もしかして美晴さんと夢路さんも持っているの?」

「もしかしてって失礼しちゃうな、アタシだって女の子なんだからね。
 人形の一人や二人…… うちにはいないです…… 小さい頃にはあったけどなー」

「ハルはモノ持ちが悪すぎなんだよ、飽きっぽいしさ。
 うちにはあるよ、着せ替え人形のノコちゃんってやつ。
 凄い流行ってたしハルのうちにもあったでしょ」

「ああ、あのぬいぐるみみたいな人形ね。
 私は持ってないけど、三つ下の従妹がいつもおんぶしてて可愛かったなー
 ママが着替えを縫ってあげたこともあったっけ」

「綾乃さんのお母様は本当に器用ね。
 お料理も上手だし気遣いも出来てちゃんとした大人の女性って感じだわ」

 八早月は思わず、幼く破天荒な自分の母である手繰たぐりと比べて率直な感想を述べた。手繰は家事は全くできないだけでなく、手先を使ったことも大抵は苦手で、むしろ得意なことがなにかあるのかと言うくらい不器用だ。

 だがその実、幼少期から数字には強く金勘定が得意だった。なんと言っても八早月と同じ中学生の頃には会社の帳簿を眺めはじめ、高校へ上がるころには経費削減や業務効率化を提案するほどだったのである。

 その成果が親の目を曇らせ、九遠エネルギーは手繰に相続させると遺言状に書き残させる暴挙を現実のものとしてしまったのだ。そして当の手繰が今どうしているかは今更語る必要もないだろう。

 だが今は手繰のことなどどうでもよく、主題は人形のことである。八早月は和装の人形であることからこれが話に聞く節句の雛人形だろうと思い込んでいた。しかし綾乃の言い方から察すると、おもちゃの着せ替え人形のたぐいであるようだ。

「話がそれたわね、それで綾乃さん? この人形は節句のものではないのですね?
 そのなんとかちゃんのような着せ替え人形と言うものなのかもしれませんが、私はどれも実物を見たことがなく判断できないのですよ」

「うん、これは雛人形じゃないよ、夢ちゃんなら知ってそうだけど球体関節人形ね。
 手足とかの関節がかなり自由に動くんだけど高級品は何十万円もするらしいよ?
 でも簡単に捨てちゃうんだから高価ではないのか、それとも……」

「よほどお子さんのことで辛い思いをしたか、でしょうね。
 雰囲気からすると親御さんが呪いに使った形跡は無さそうなのが救いかしら。
 そう言えばその行方不明になったお子さんはその後、状況はともかく見つかりはしたのかしら」

「ちょっと八早月ちゃん…… 状況はともかくって、えっと、そういう事でしょ?
 あんまり怖い方向に考えすぎないでよね」

「夢路さんは怖い話が苦手でしたね。でも世間一般では妖も怖い部類では?
 今は自ら妖の力を借り、妖の姿になっていると思うのですけれど?」

「それはそれ、これはこれ、幽霊や事件と妖は別なんだから。
 でも確かに事件がどうなったかは気になるかもしれない……」

「ヨシわかった! それならさ、アタシたちで調べてみようよ。
 すぐ隣の近名井きんない村でそんな事件が未解決だったら怖いじゃない?
 行方不明事件なんてそうそうないから当時のことはすぐわかるだろうしね」

 どうやらこの行方不明事件が美晴のなにかに触れてしまったらしく、瞳を輝かせて俄然やる気と言った様子である。その姿は決して授業中には見られないものなのは間違いなかった。

「ふふ、怪人はいないけど探偵団の発足ね。
 言うなれば『僕らは』、いや『私たちは』か、少女探偵団ってところかな。
 なんだかおもしろくなってきたね!」

 意外にも綾乃までやる気を見せ始めている。そう言えば綾乃の部屋の本棚には江戸川乱歩の怪人二十面相全集が納められていたことを八早月は思い出していた。つまり綾乃は推理やミステリーが好きなのではないかとの推測が立つ。

 では美晴はどうかと言うと、ただ単に日常に刺激があればなんでもいいというタイプだ。特に推理や探偵に思い入れがあるわけではないし、普段から推理小説はおろか中高生向けの文庫等に手を伸ばすこともない。辛うじて流行りのマンガは夢路を通じて借りて読む程度である。

 そしてマンガだけでなく、小説でもテレビドラマでも架空の話が大好きな夢路は、意外なことにミステリーや推理物は嗜好の範囲外だ。とは言え苦手なわけではなく普段あまり選ばないと言うだけで、現実で直面した現在の不思議な出来事には興味津々だった。

 つまり、今のこの三人はやる気に満ち溢れており、八早月がどうこう言っても止められる気配はない。それに止める理由もないと言ってしまえばその通りでもある。それに近名井村に一番近い町に住んでいて八早月よりも人脈に期待できる美晴と夢路なら事件の詳細がすぐわかるかもしれない。

 願わくばあまり凄惨なものでないことを祈りつつも、まずは事実を確認する必要があるだろう。そんなことを考えていた八早月は、この人形から言葉が発せられている理由について思い当たることがいくつかあり、そのどれもが当たっていないことを願った。
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