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第七章 神無月(十月)

167.十月二十八日 午後 初めての映画

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 あれだけ騒いで暴言を吐いていたリムタストンコヌルは、結局櫛田家へ三日間泊まっていき、本日早朝に自らの遣いである玄鳥ツバメに乗って帰って行った。もちろんジャガガンニヅムカムも一緒に、だ。

 いなくなってみると少し寂しさを感じるが、それは元の生活に戻っただけの話、悲しむほどのことではない。ただ、同い年の幼馴染で許嫁というのは最近耳年増的な思考になりつつある八早月には少しだけ眩しく感じたのも確かである。

「やれやれ、私はいつの間にか夢路さんに大分影響を受けているようですね。
 自分にはそんな話テンで縁が無いのにおかしなことを考えてしまうものです」

「なになに? 私にどんな影響受けてるって感じてるの?
 きっといいことだよね? お願いだからそうだって言って!」

「夢に影響受けたって言ってるのにいい事の訳ないじゃないのさ。
 どうせ色恋の話か妄想力についてに決まってるってば」

「でも八早月ちゃんには縁が無いって言うんだから恋愛のことではないのかな?
 妄想って言ったって八早月ちゃんの日常が妄想超えてるしねぇ」

 三者三様に好き勝手言われているが、八早月にとって色恋沙汰は縁の無いものと言う認識に違いはない。美晴たちは真っ先に高岳飛雄こうだけ とびおを思い浮かべるのだが、当の本人はかけらも思い出してあげることなく、体育祭が終わってからは野球の練習についてすら口にすることがなかった。

「私さ、飛雄さんに同情してるんだ…… 高嶺の花とかそんな問題じゃない。
 もっと根本的ななにかが欠けていることに気が付くべきだと思うの」

「それはアタシも綾乃ちゃんに賛成だな、相手が夢なら勝手に妄想するけどさ。
 八早月ちゃんとどうにかなりたいならもっとガンガン押さないと駄目だよねぇ」

「二人とも何のことを言っているのかしら? 飛雄さんって零愛さんの弟の?
 まさかみんなまだ彼が私みたいな子供に気があるだなんて考えているわけ?
 そんなのありえないわ、だって体育祭の後に一度だって連絡がないのよ?
 夢路さんによれば好きな相手には毎日でも連絡をするものなのでしょう?」

「ま、まあそれはそうとも言うけど…… 人によるんだからね?
 彼は純情で奥手だから連絡できないでいるんじゃないかなぁって思うよ」

「だったらなおさらダメでは無くて? 百歩譲って私のことが好きだとするわ。
 その相手へ、自分の保身のために連絡することもできないなんて情けない。
 スポーツに打ち込むくらいだから肝が座っていると思っていたのだけど、もしそんな弱い心の持ち主だとしたら巫として失格だわ」

 話は順調にそれていく兆しを見せている。こうなったらいくら説明しても無駄なので夢路でさえも口をつぐむしかなかった。それに今日はせっかくの日曜にわざわざ集合して遊びに来たのだから自分たちだけで楽しまなきゃ損である。

 特に八早月にとってはまたもや生まれて初めての体験なのだから、興味もない異性の話などしている時間は無駄でしかない。なんと言っても今日は金井町へ移動映画館がやってくる年に一度の貴重な日なのだから。

「私、映画って初めてだからすごく楽しみでドキドキしているのよ?
 綾乃さんの家のテレビよりも大きく映るなんて本当なのかしら」

「映画だもん、うちのテレビなんて比べ物にならないくらい大きいはずだよ?
 本物の映画館よりは小さいだろうけど、それでも体育館を使うくらいだから期待しちゃうよね」

「二人は初めてだから期待しすぎちゃってるかもしれないけどさ。
 金井小の体育館なんて大した広さじゃないし、ちょっとした映写会だからね。
 毎年来てくれるんだけど、やっぱ本物の映画館とは比べ物にならないんだってさ」

「そんなこと言いながら、ハルは去年の映画会でぼろぼろ泣いてたんだよ。
 確かにいい話ではあったけど、イケメンがお婆ちゃんに恋するとかあり得ん。
 大人の部でやった恋愛映画のほうはすごく良かったけどさ」

「それこそつまんなくて途中で出ちゃったよ。
 くっついた離れたばっかで中身ない感じだったと思うけどな」

 そんな体験談を聞いているだけで八早月はワクワクが止まらなくなってくる。なんと言っても映画と言う物の存在を知ったのもつい最近なのだ。まだテレビでさえも数回しか見たことがないことから考えれば、大勢で同じ映像を楽しむことだけでも心躍ると言うものだ。

 午前中には幼児向けのアニメ映画をやっていたはずで、お昼を挟んで午後からは小中学生向け長編アニメ映画の上映が予定されている。今年の上映予定を確認した八早月以外の三人はすでに見たことのある映画とのことだが、どうやら何度見ても楽しめる名作らしい。

 そんな四人が連れだって金井小へ到着すると、すでに多くの児童が集まっていた。就学前の小さな子もちらほら見かけるが、親たちの井戸端会議の犠牲になっているためか、ぐずっている子や親の手にぶら下がり嫌がらせに励む子ばかりが目につく。

 そんな中、時折遠目から声をかけてくる同い年くらいの子がいるのだが、それはどうやら金井中へ進学した美晴たちの元同級生のようだ。そんなやり取りを何度か見ているうち、声をかけてきた男子の中に八早月も見たことのある顔を見つけた。

「お、おう、来てたのか、相変わらず子供だな」

「自分だって来てるくせに良く言うよ。弟君はもう帰ったの?
 どうせ午前中に面倒押しつけられてたんでしょ?」

「まあな、毎年のことだから慣れっこだよ、お前は友達と一緒なのか。
 そりゃいくらアニメみたいからって言っても一人で来るはずないもんな」

 どうも歯切れの悪い、微妙な距離を感じる話し方をする美晴の相手は、八早月も以前顔を合わせたことのある橋乃鷹はしのたか涼だった。そんなぎこちない様子を見ながら綾乃が八早月へ耳打ちをしてくる。

「ねえ、もしかしてあの男の子ってハルちゃんの彼氏?
 八早月ちゃんは知ってたの?」

「彼氏? かどうかは知らないけれど悪い関係ではないと思うわ。
 以前美晴さんのお見舞いへ行った際に見かけた程度しか知らないけれどね」

「さすが八早月ちゃん、ちゃんと覚えてたんだねぇ。
 涼君は小学校の頃サッカークラブで一番人気だったんだよ?
 私は興味なかったけどたいていの女子は彼に夢中でさ。
 ハルも例に漏れずってとこね」

「へえ、なんだかいい雰囲気じゃない?
 せっかくだし二人にしてあげた方がいいんじゃないかな」

 そんな綾乃の提案で美晴をその場へ置き去りにし、三人はこっそり離れた場所へと去って行った。八早月にしてみれば、こうして友達のために気を効かせるのは初めての体験でちょっとした悪戯気分を楽しんでいるつもりだったのだが、ここで初めて皆の真意に気が付いた。

『そうか、皆がなにかと飛雄さんの名前を出してくるのはこういうことなのか。
 つまり私が美晴さんと橋乃鷹さんをそう言った目で見ているのと同じ――
 ―― なんていうことでしょう! 私がちゃんと女性に見えているということなのね!』

 このようにズレた考え方が突然向きを変えるはずもなく、八早月は誰もが考えもせず期待もしていないことで勝手に喜ぶのだった。
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