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第七章 神無月(十月)
164.十月二十一日 夜半過ぎ 真相
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あれだけ警戒し探索をしているにもかかわらず、神を名乗るオオガマの多邇具久が完全に消えてしまってから丸三日が過ぎ謎は深まるばかりである。
どこかへ消えるにしても要注意の大妖である。いなくなってめでたしめでたしと言えるはずがない。どうにか探し出さなければならないのは当然のことで、それは谷潜神社とコロポックルの里からの依頼だと言うことを抜きにしても未解決で済ませるわけにはいかないのだ。
そしてこの日も夕方から夜にかけてなんの収穫もなく自宅へ戻ってきた八早月だった。その顔には明らかに疲れの色が目立ち、真宵の心配は最高潮に達している。だが多邇具久が見つからないことには真宵の出番はほとんどなく、疲れている主を背に乗せて飛ぶことしかできない自分をもどかしく感じていた。
そして現在の状況を口惜しく感じているのは藻も同じである。こちらは広範囲の探索が主な能力だと言うのに何の成果も出せていないことを真宵以上に気にしているとも言える。
『真宵殿、今日こそはなんとか見つけて主を楽にしてあげたいものですねえ。
巳女殿のお蔭で睡眠だけはそれなりに取れていますが、これほどお顔に疲れが出ているのは何とも嘆かわしや』
『ええ、藻殿も毎日大変でしょうがもう少しだけお付き合い願います。
幸い今晩からは交代制で手伝っていただけることですし、頑張りどころですね』
真宵と藻はこの数日、巳女が八早月を眠らせた後に二人だけで周囲をくまなく探索しているのだ。なんと言ってもこれは主に呼び出される必要なく自由に行動できる唯一の呼士である真宵だけが出来ること。他の呼士は主が眠っている間は現世に出てくることは出来ない。
そのため他の当主たちは限界まで探し続け、呼士を維持できなくなるところまで不眠不休で働いていた。しかしそんな無理が長く続くはずもなく、あの日すぐに当主会合で話し合い、八早月とドロシー以外が交代で深夜の見回りをすることとなった。
もちろん八早月とドロシーはお役目を免除されて遊んでいるわけではない。昼間は学校へ行き、帰宅後は遅い時間まで探索、その間は深夜当番の当主が睡眠をとっておくと言うだけの話である。
そしてその当番制にして二日目の夜、今日も何の成果もなく気持ちが高ぶったままの八早月に巳女が癒しを施し、ようやく眠りにつくことが出来たのが二十三時過ぎである。これがいつまで続くのだろうかと、八早月だけでなく誰もが思っている事だった。
そんな八早月が寝る直前のこと、真宵は珍しく弱気になっている雰囲気を主に感じていた。主の力になれず何が呼士かと自らに問いかけ、せめて八早月の疲れが取れるよう願いを込めて声をかける。
『八早月様、そんなに気持ちを高ぶらせないで下さいませ。
今晩はぐっすりとお休みください、きっと私たちが見つけてみせます。
あれからもう三日、八岐大蛇様も見逃すはずがございませぬ』
「そうね…… 八岐大蛇様の手を借りるのも考えなければいけないかも……
なんとだらしのないこと…… 情けないし恥ずかしい……」
『そんなことはございません、今は深く考えすぎずお休みください。
今までどんな窮地でも乗り切って来たではございませぬか』
「ええ、ごめんなさい、真宵さんたちのこと信じているわ……
きっと朝起きたらいい方向へ導かれているに違いない、そう信じています。
八岐大蛇様だって私たちを見守って下さっているのだから」
こうして今晩も八早月は無事眠りについた。主の周囲で見守っていた真宵と藻はすくっと立ちあがり出発の準備、そして役目を果たした巳女はおとなしく常世へと帰って行く。
『では参りましょう、本日の当番は三神耕太郎様です。
呼士の組折によると本日は西側へ向かうとのこと』
『それでは私たちは東側へ向かいましょうか。
八早月様が最後に気配を感じた方向、なにか痕跡があるかもしれません。
今回は地上を歩いていくのはいかがでしょうか』
『それは妙案です、よくよく考えればガマは地を這う生き物。
今宵こそいい報告が出来ることを願い、ヤツの元へ参るとしましょう』
こうして真宵と藻は相談しながら櫛田家を出てすぐに山道へと入って行った。二人が出かけてから二時間ほど経ち、戻ってきたのは木霊から借りた猪に跨ったジャガガンニヅムカムである。
彼もまたサボらず多邇具久探しに出ているのだが、土地勘が無いためあまり役に立っているとは言い難い。それでもこの騒動を持ちこんだ責任を感じておりじっとしているわけにもいかないと出来る限りのことはしているつもりなのだ。
そしてこちらもまた疲れがたまっているため、八早月の部屋へ入ってくるとそのまま布団の上に横たわりすぐに寝てしまった。もう少し注意深く見ていたら、眠っているはずの八早月が笑みを浮かべていたことに気が付いたかもしれない。
そんなおかしなことには誰も気付かない丑三つ時、八早月は夢の中にいた。いや、その夢の中も実際には現実ではある。
一体どんな夢を見ていたのかと言うと――
◇◇◇
「そんな! 我々は寝食をも惜しんで探し回っていたのですよ?
それならそうと早く教えて下さったら良かったのに!」
「さは言ふとも我よりお主へ一方的に繋ぎを付くべからぬぞ?
今宵、お主が我考へ寝入りしおかげにかくし伝ふべかりき。
さほど長くならず思ひ弛みたわい」
「それならばせめて巳女さんへお伝え頂くわけにはいかなかったのですか?
彼女なら同じ種族で近しい関係のようですし……」
「さ膨れ面せぬ、あ奴とはけしきの近きばかりなるぞ?
結局は世側より呼ばれぬとこうし会ふべからぬ。
されどこれに無事真相はわかれるならむ?
いま探索は終はりにしものならねばそのよし周知せよ」
「なぜそんな不便な仕組みになっているのでしょう……
確かに我々のような下々へ神から声をかけろと言うのは傲慢ですが……
ですが解決頂いたことには感謝いたします。
それにしても一体、皆へどう説明すればよろしいのでしょう」
夢枕に現れた八岐大蛇は、八早月の疑問へは答えず黙ったままだった。常世の住人から現世へ自由に声をかけることができるなら、死人が生者へ干渉できることになってしまう。それはいくらなんでも世の理から反すると言うものだ。
そんな簡単な理由でも、この娘にそれを伝えてしまったらそれならば自分から先祖へ語りかければ良いことにたどり着いてしまいかねない。何の絆もない者へいくら呼びかけようとそうそう意思疎通できるはずもないが、初代は当代であるこの童女に興味深々であるからして簡単に呼ばれてしまうだろう。
そのためこの話の核心には触れず、その次の問題へと話を進めることにした。
「まあ何かやましきがあるよしに無し、明く伝ふべし。
誰もが我を知れるなれば憂ひ無用。
かの大蝦蟇は、頭の上にらうがはしくしたため大蛇に喰はれきとぞ」
「それは良いのです、問題はそこではございません。
私が八岐大蛇様と夢枕を介しお言葉を交わせることが問題かと。
過去数百年、姿を現さなかったお方がでございますよ?」
「その罵りもまた一興、世楽しみし者勝ちなりよい。
お主はいちいち堅物すぐるなり、なほ遊び楽しむべきぞ」
八岐大蛇はそう言い残して八早月の夢から去って行った。ぐっすりと眠っていた八早月だったが、そんなことがおかしくて仕方なくなり、寝たままでひとり笑いをこらえていた。
どこかへ消えるにしても要注意の大妖である。いなくなってめでたしめでたしと言えるはずがない。どうにか探し出さなければならないのは当然のことで、それは谷潜神社とコロポックルの里からの依頼だと言うことを抜きにしても未解決で済ませるわけにはいかないのだ。
そしてこの日も夕方から夜にかけてなんの収穫もなく自宅へ戻ってきた八早月だった。その顔には明らかに疲れの色が目立ち、真宵の心配は最高潮に達している。だが多邇具久が見つからないことには真宵の出番はほとんどなく、疲れている主を背に乗せて飛ぶことしかできない自分をもどかしく感じていた。
そして現在の状況を口惜しく感じているのは藻も同じである。こちらは広範囲の探索が主な能力だと言うのに何の成果も出せていないことを真宵以上に気にしているとも言える。
『真宵殿、今日こそはなんとか見つけて主を楽にしてあげたいものですねえ。
巳女殿のお蔭で睡眠だけはそれなりに取れていますが、これほどお顔に疲れが出ているのは何とも嘆かわしや』
『ええ、藻殿も毎日大変でしょうがもう少しだけお付き合い願います。
幸い今晩からは交代制で手伝っていただけることですし、頑張りどころですね』
真宵と藻はこの数日、巳女が八早月を眠らせた後に二人だけで周囲をくまなく探索しているのだ。なんと言ってもこれは主に呼び出される必要なく自由に行動できる唯一の呼士である真宵だけが出来ること。他の呼士は主が眠っている間は現世に出てくることは出来ない。
そのため他の当主たちは限界まで探し続け、呼士を維持できなくなるところまで不眠不休で働いていた。しかしそんな無理が長く続くはずもなく、あの日すぐに当主会合で話し合い、八早月とドロシー以外が交代で深夜の見回りをすることとなった。
もちろん八早月とドロシーはお役目を免除されて遊んでいるわけではない。昼間は学校へ行き、帰宅後は遅い時間まで探索、その間は深夜当番の当主が睡眠をとっておくと言うだけの話である。
そしてその当番制にして二日目の夜、今日も何の成果もなく気持ちが高ぶったままの八早月に巳女が癒しを施し、ようやく眠りにつくことが出来たのが二十三時過ぎである。これがいつまで続くのだろうかと、八早月だけでなく誰もが思っている事だった。
そんな八早月が寝る直前のこと、真宵は珍しく弱気になっている雰囲気を主に感じていた。主の力になれず何が呼士かと自らに問いかけ、せめて八早月の疲れが取れるよう願いを込めて声をかける。
『八早月様、そんなに気持ちを高ぶらせないで下さいませ。
今晩はぐっすりとお休みください、きっと私たちが見つけてみせます。
あれからもう三日、八岐大蛇様も見逃すはずがございませぬ』
「そうね…… 八岐大蛇様の手を借りるのも考えなければいけないかも……
なんとだらしのないこと…… 情けないし恥ずかしい……」
『そんなことはございません、今は深く考えすぎずお休みください。
今までどんな窮地でも乗り切って来たではございませぬか』
「ええ、ごめんなさい、真宵さんたちのこと信じているわ……
きっと朝起きたらいい方向へ導かれているに違いない、そう信じています。
八岐大蛇様だって私たちを見守って下さっているのだから」
こうして今晩も八早月は無事眠りについた。主の周囲で見守っていた真宵と藻はすくっと立ちあがり出発の準備、そして役目を果たした巳女はおとなしく常世へと帰って行く。
『では参りましょう、本日の当番は三神耕太郎様です。
呼士の組折によると本日は西側へ向かうとのこと』
『それでは私たちは東側へ向かいましょうか。
八早月様が最後に気配を感じた方向、なにか痕跡があるかもしれません。
今回は地上を歩いていくのはいかがでしょうか』
『それは妙案です、よくよく考えればガマは地を這う生き物。
今宵こそいい報告が出来ることを願い、ヤツの元へ参るとしましょう』
こうして真宵と藻は相談しながら櫛田家を出てすぐに山道へと入って行った。二人が出かけてから二時間ほど経ち、戻ってきたのは木霊から借りた猪に跨ったジャガガンニヅムカムである。
彼もまたサボらず多邇具久探しに出ているのだが、土地勘が無いためあまり役に立っているとは言い難い。それでもこの騒動を持ちこんだ責任を感じておりじっとしているわけにもいかないと出来る限りのことはしているつもりなのだ。
そしてこちらもまた疲れがたまっているため、八早月の部屋へ入ってくるとそのまま布団の上に横たわりすぐに寝てしまった。もう少し注意深く見ていたら、眠っているはずの八早月が笑みを浮かべていたことに気が付いたかもしれない。
そんなおかしなことには誰も気付かない丑三つ時、八早月は夢の中にいた。いや、その夢の中も実際には現実ではある。
一体どんな夢を見ていたのかと言うと――
◇◇◇
「そんな! 我々は寝食をも惜しんで探し回っていたのですよ?
それならそうと早く教えて下さったら良かったのに!」
「さは言ふとも我よりお主へ一方的に繋ぎを付くべからぬぞ?
今宵、お主が我考へ寝入りしおかげにかくし伝ふべかりき。
さほど長くならず思ひ弛みたわい」
「それならばせめて巳女さんへお伝え頂くわけにはいかなかったのですか?
彼女なら同じ種族で近しい関係のようですし……」
「さ膨れ面せぬ、あ奴とはけしきの近きばかりなるぞ?
結局は世側より呼ばれぬとこうし会ふべからぬ。
されどこれに無事真相はわかれるならむ?
いま探索は終はりにしものならねばそのよし周知せよ」
「なぜそんな不便な仕組みになっているのでしょう……
確かに我々のような下々へ神から声をかけろと言うのは傲慢ですが……
ですが解決頂いたことには感謝いたします。
それにしても一体、皆へどう説明すればよろしいのでしょう」
夢枕に現れた八岐大蛇は、八早月の疑問へは答えず黙ったままだった。常世の住人から現世へ自由に声をかけることができるなら、死人が生者へ干渉できることになってしまう。それはいくらなんでも世の理から反すると言うものだ。
そんな簡単な理由でも、この娘にそれを伝えてしまったらそれならば自分から先祖へ語りかければ良いことにたどり着いてしまいかねない。何の絆もない者へいくら呼びかけようとそうそう意思疎通できるはずもないが、初代は当代であるこの童女に興味深々であるからして簡単に呼ばれてしまうだろう。
そのためこの話の核心には触れず、その次の問題へと話を進めることにした。
「まあ何かやましきがあるよしに無し、明く伝ふべし。
誰もが我を知れるなれば憂ひ無用。
かの大蝦蟇は、頭の上にらうがはしくしたため大蛇に喰はれきとぞ」
「それは良いのです、問題はそこではございません。
私が八岐大蛇様と夢枕を介しお言葉を交わせることが問題かと。
過去数百年、姿を現さなかったお方がでございますよ?」
「その罵りもまた一興、世楽しみし者勝ちなりよい。
お主はいちいち堅物すぐるなり、なほ遊び楽しむべきぞ」
八岐大蛇はそう言い残して八早月の夢から去って行った。ぐっすりと眠っていた八早月だったが、そんなことがおかしくて仕方なくなり、寝たままでひとり笑いをこらえていた。
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