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第五章 葉月(八月)

111.八月二十四日 夜 子狐

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 離れ小島で神蛇小祠しんじゃしょうしをお参りして帰ってくるはずだったのが、とんだ出来事に巻き込まれたおかげで疲労困憊の一行だ。夢路だけは元気ではあったのだが、仲間外れになったのは気に食わないらしい。

「そりゃ私が自分で残ったんだからそこは仕方ないと思ってるわよ?
 でもやっぱりくやしいんだから文句の一つでも言わせてよね」

「全然一つじゃなくて、夢ったらずっと文句言ってるじゃないかぁ。
 アタシは確かに不思議な体験できたけど、結構気持ちも悪かったんだよ?」

「それでも祠の神様と会えたんでしょ? 羨ましいよー
 ねえ八早月ちゃん、次は私のこともお願いだよ?」

「それは構わないけれど、どうやら本当に大変だったようなのよ?
 美晴さんの様子見たらわかると思うのだけど、やはり無理があるのよねぇ。
 まあそれほど望むなら今ここでやってみてもいいわよ?
 どうせやらなければいけないことがあるんだもの」

 喜んでいる夢路と憂鬱そうな美晴が対照的ではあるが、どうせならコソコソせずこの場で綾乃の守護獣の件を済ませてしまおうと八早月は考えた。みくずに確認しておいたところ、二人に仮初かりそめの力を与えつつも子狐の強化くらい同時にできるそうだ。

「綾乃さん、念のためもう一度説明しておくけど、多少見た目が変わるらしいわ。
 でも全体的には同じままで、ちょっと賢く見えるようになるみたい。
 間違いなく同じ子なのでそこは安心してちょうだいね」

「うんわかった、信じてるから大丈夫だよ。
 これでお話しできるようになるんだもん、少しくらい見た目が変わってもいいよ」

『それでは藻さん、よろしいですか?
 まずは美晴さんと夢路さんへ妖見通しの力をお願いします。
 それから私はどうすればいいのですか?』

『八早月様は片手を胸の狐面相こめんそうへ、もう片方を狐子の額へ。
 続けて私へ命じて下されば十分でございます』

 万一力の不足が起きて失敗してしまうのも困るので、藻は姿を出さずに八早月の中に封じられたままで働くことにしている。皆が固唾を飲んで見守る中、一足先に美晴の体が硬直したようだ。まるで意識が無いように瞳孔が開いたままなのだが、会話は普通に出来る。

 夢路にはなかなか術がかからなかったが、藻に言わせると疑い深い性格なのかもしれないとのことだ。それでもしばらくすると同じように正座したままで硬直してしまった。

「二人ともどうかしら? 綾乃さんの隣の狐が見える?
 ぼやけてるかもしれないけど視覚はその程度しか得られないらしいの。
 でも声や音ははっきり聞こえると思うから我慢してね」

「う、うん、確かにこれは気持ち悪いね……
 でも貴重な体験だし、私我慢する……」

「それでは始めましょうか」

 八早月は藻に言われた通り、胸に左手を当てて八岐大蛇様へと祈った。すると封印した時のように狐面相がうっすらと輝きだす。ほどなくして金色の光が胸から右手を伝っていき子狐へと届き、その小さな全身を包んでいった。

『では藻さん、力を分け与えてください。
 この子狐に人の言葉を理解する力を、そしてその意思を伝える力を与えん』

 八早月の胸の光が切り離され、腕を伝ってすべてが子狐へと吸い込まれていく。最後に子狐自体の発光が収まり辺りはごく普通の部屋へと戻った。

「これで何か変わったのかな?
 モコ? 見た目は特に変わりないみた―― えっ!?
 なんか鼻が短くなってる? それになんか全体的になんだか微妙な……」

『なんか文句あんのかよ、狐の顔のままじゃ口がうまく動かねえからな。
 そんなの当たり前じゃねえか、主なのにそんなこともわかんねえとは呆れるぜ』

「えっ!? 口悪っ! なんかもっとかわいい子を想像しながら話しかけたのに。
 ちょっとだけがっかりだよ…… でもおしゃべりできるようになって嬉しいよ。
 ほらこっちおいで、いつもみたいに抱っこしてあげるからね」

『ふざけんな、俺は子供じゃねえんだ、誰がお前なんかに甘えるもんかよ。
 だいたいモコとか言うふざけた名前は何なんだ、かっこわりい』

 そう言って悪態を付き生意気で悪びれた態度を取るモコは、短い足をテクテクと動かして綾乃の膝の上にちょこんと飛び乗った。

「あははははっ、何この子、アレなの? ツンデレ? かっわぃーい。
 口は悪いけど綾乃のこと好きで仕方ないって感じじゃない?
 うははは、マジウケル、かわいすぎて萌死にそうだよ」

『うるせえ、お前はカラスと戯れてりゃいいんだ!
 俺に構うんじゃねえよ!
 主も自分で呼びつけたんだから、ぼーっとしてねえでちゃんと撫でてくれよな!』

 八早月から見てもこれは確かに可愛らしい。零愛曰くこう言うのをツンツンしてるけどデレデレしちゃう、略してツンデレと言うのだと教わった。何の気なしに真宵をチラ見すると、何かを察したかのように視線を逸らし、かわりに藻と白蛇が八早月の前に進み出てきた。
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