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第四章 文月(七月)
81・七月二十八日 早朝 祭りの後
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昨日は熊騒動のせいで遊びもそこそこで引き上げてしまったが、帰りの山道では安堵感から、何がおかしいのかというくらい大笑いをしながら全員で走った。川からの帰り道は登りだったがそんなことはお構いなしだ。
さすがに自宅まで帰り着くと、八早月以外は息を荒げて庭に倒れ込んでしまったが、それでもまだ笑い続けており、こうなるともはや笑いが笑いを呼ぶと言ったところだろう。
八早月にとっては真宵もいるため不安は無かったのだが、さすがに堂々と出て行って熊を撃退するのは、女子中学生の立場として憚られる。もちろんいざと言う時には飛び出していくつもりだったし、そうなる前に何とかしようとは考えていた。
だがあの子狐から発せられていた警戒の結界に気付けたことで、そうなる前に原因の排除が出来たことは幸いだった。恐らくは綾乃が無意識に感じていた不安や恐怖が守護獣へ伝搬され、それを受けた子狐は主を守るべく周囲を警戒していたと言うわけだ。
子狐にとっては主を護る最善だったのだろうが、その警戒網を攻撃と受け取ってしまった野生動物がいたことが誤算だったと言うことになる。思いがけず巫としての力を備えてしまった綾乃は自身の力を制御できていない。そのため守護獣に細かい指示が出せていないだろう。
そのことを綾乃へどう説明すべきか悩んだ八早月は、結局そのまま真っ直ぐに伝えることにした。どちらにせよこのまま一生付き合っていくことになるのだろうから早めに知り、早めに制御できるようにしておかなければならない。
方針が決まれば後は早い方がいいと、先ずは綾乃を先に起こして話をする。もちろん鍛錬の前なので今は朝の五時と、人を起こすには少々早すぎではあるのだが仕方がない。さすがに綾乃は眠そうだったが、八早月が強引に井戸まで連れて行き一緒に顔を洗うと目を覚ましてくれたようだ。
「さすがにこんな早く起きたのは久しぶりで眠いね……
あーもう帰る日が来ちゃったなあ。
熊には肝を冷やしたけどすっごく楽しかった。
ほぼ一週間もお世話になっちゃってありがとうね
でもわざわざ起こしたってことは、二人には聞かせられない話があるんでしょ?」
「そうなのよね、理解が早くて助かるわ。
あの子狐のことなのだけど、今のまま放っておくことは出来ないと考えたの。
実は昨日の熊は綾乃さんの狐が呼び寄せたって言ったら驚くわよね?」
「ええっ!? まさかそんな…… 私のせいでみんなを危険な目に……
ごめんなさい! そんなこと夢にも思っていなかった……」
「そのこと自体は気にしないでいいのよ?
きちんと制御できていれば起きないことなのは間違いない。
でも今、あの子は綾乃さんをただただ護ることしか考えていない。
だから近くにいる未知のもの全てを敵と認識してしまうのだと考えられるわ。
要は敵意と言うことだけど、それに熊が反応してしまったのよ」
「なるほど…… それで私はどうすればいいの?
あれっきり子狐もいなくなってしまったから何をすればいいかわからないわ」
「それを教えるのも私たちのお役目でもあるのだから安心して。
とりあえずは八月にもう一度儀式を受けて貰うことを考えているわ。
詳しい話はご両親がお迎えにいらした時にしたいのだけどいいかしら?」
「もちろん構わないけど八月のお盆は多分無理なのよねぇ。
それ以外ならたぶん大丈夫だけど…… もしかしてまた痛い?」
「痛みは…… 正直無いとは言えないでしょうね。
この間よりは大分ましだと思うけど、それだけに意識を失うこともないから――」
「あああ、待って待って、きっと似たようなものなんでしょ?
どうせ受けなくてはいけないなら覚悟はするから大丈夫。
痛くても辛くてもその場だけだし、傷が残るわけでもないしね」
八早月はせっかく決意を固めてくれた綾乃の為にも、傷跡は残らないにせよ痛みと流血を伴う儀式とは言いだせなかった。ただし隠していても、どうせ先に六田家の三女が儀式を受けているのを見ればばれてしまう。
そう、八早月は綾乃に対し八月八日の大蛇舞祭で行う八岐贄の儀を施すつもりだった。もちろんそれが適正なのかは定かではなく、ある意味博打のようなものかもしれないとは認識している。
稲荷神社ではどのような儀式が必要なのか知らないが、先日すでに護り刺しと言う八岐神社の儀式を施して巫の素養を目覚めさせてしまったのだから、次の段階としてもう少し強力に、つまり八岐贄としてさらに能力を開花させるのが八早月たちにできる最善と考えたのだ。
とは言っても八家の一族だからこそ八岐大蛇由来の儀式を受けるわけで、同等の儀式で同様の力が綾乃にも身につけられるかどうかは未知数である。やはり事前に稲荷の総本宮へ相談してた方がいいかもしれない。
夕方には綾乃の両親が娘を迎えにやって来たので、八早月は今後の予定について検討中であることを伝えた。改めて別の儀式を行うことには抵抗がある様子だったが、それでも娘のためになるのならと気を強く持とうとする彼女の両親には好感が持てる。
八早月はやはり独断ではなく八家会合で検討すべきと判断し、当主会合の緊急招集を心の中で決めながら、客人たちの帰りを見送った。
さすがに自宅まで帰り着くと、八早月以外は息を荒げて庭に倒れ込んでしまったが、それでもまだ笑い続けており、こうなるともはや笑いが笑いを呼ぶと言ったところだろう。
八早月にとっては真宵もいるため不安は無かったのだが、さすがに堂々と出て行って熊を撃退するのは、女子中学生の立場として憚られる。もちろんいざと言う時には飛び出していくつもりだったし、そうなる前に何とかしようとは考えていた。
だがあの子狐から発せられていた警戒の結界に気付けたことで、そうなる前に原因の排除が出来たことは幸いだった。恐らくは綾乃が無意識に感じていた不安や恐怖が守護獣へ伝搬され、それを受けた子狐は主を守るべく周囲を警戒していたと言うわけだ。
子狐にとっては主を護る最善だったのだろうが、その警戒網を攻撃と受け取ってしまった野生動物がいたことが誤算だったと言うことになる。思いがけず巫としての力を備えてしまった綾乃は自身の力を制御できていない。そのため守護獣に細かい指示が出せていないだろう。
そのことを綾乃へどう説明すべきか悩んだ八早月は、結局そのまま真っ直ぐに伝えることにした。どちらにせよこのまま一生付き合っていくことになるのだろうから早めに知り、早めに制御できるようにしておかなければならない。
方針が決まれば後は早い方がいいと、先ずは綾乃を先に起こして話をする。もちろん鍛錬の前なので今は朝の五時と、人を起こすには少々早すぎではあるのだが仕方がない。さすがに綾乃は眠そうだったが、八早月が強引に井戸まで連れて行き一緒に顔を洗うと目を覚ましてくれたようだ。
「さすがにこんな早く起きたのは久しぶりで眠いね……
あーもう帰る日が来ちゃったなあ。
熊には肝を冷やしたけどすっごく楽しかった。
ほぼ一週間もお世話になっちゃってありがとうね
でもわざわざ起こしたってことは、二人には聞かせられない話があるんでしょ?」
「そうなのよね、理解が早くて助かるわ。
あの子狐のことなのだけど、今のまま放っておくことは出来ないと考えたの。
実は昨日の熊は綾乃さんの狐が呼び寄せたって言ったら驚くわよね?」
「ええっ!? まさかそんな…… 私のせいでみんなを危険な目に……
ごめんなさい! そんなこと夢にも思っていなかった……」
「そのこと自体は気にしないでいいのよ?
きちんと制御できていれば起きないことなのは間違いない。
でも今、あの子は綾乃さんをただただ護ることしか考えていない。
だから近くにいる未知のもの全てを敵と認識してしまうのだと考えられるわ。
要は敵意と言うことだけど、それに熊が反応してしまったのよ」
「なるほど…… それで私はどうすればいいの?
あれっきり子狐もいなくなってしまったから何をすればいいかわからないわ」
「それを教えるのも私たちのお役目でもあるのだから安心して。
とりあえずは八月にもう一度儀式を受けて貰うことを考えているわ。
詳しい話はご両親がお迎えにいらした時にしたいのだけどいいかしら?」
「もちろん構わないけど八月のお盆は多分無理なのよねぇ。
それ以外ならたぶん大丈夫だけど…… もしかしてまた痛い?」
「痛みは…… 正直無いとは言えないでしょうね。
この間よりは大分ましだと思うけど、それだけに意識を失うこともないから――」
「あああ、待って待って、きっと似たようなものなんでしょ?
どうせ受けなくてはいけないなら覚悟はするから大丈夫。
痛くても辛くてもその場だけだし、傷が残るわけでもないしね」
八早月はせっかく決意を固めてくれた綾乃の為にも、傷跡は残らないにせよ痛みと流血を伴う儀式とは言いだせなかった。ただし隠していても、どうせ先に六田家の三女が儀式を受けているのを見ればばれてしまう。
そう、八早月は綾乃に対し八月八日の大蛇舞祭で行う八岐贄の儀を施すつもりだった。もちろんそれが適正なのかは定かではなく、ある意味博打のようなものかもしれないとは認識している。
稲荷神社ではどのような儀式が必要なのか知らないが、先日すでに護り刺しと言う八岐神社の儀式を施して巫の素養を目覚めさせてしまったのだから、次の段階としてもう少し強力に、つまり八岐贄としてさらに能力を開花させるのが八早月たちにできる最善と考えたのだ。
とは言っても八家の一族だからこそ八岐大蛇由来の儀式を受けるわけで、同等の儀式で同様の力が綾乃にも身につけられるかどうかは未知数である。やはり事前に稲荷の総本宮へ相談してた方がいいかもしれない。
夕方には綾乃の両親が娘を迎えにやって来たので、八早月は今後の予定について検討中であることを伝えた。改めて別の儀式を行うことには抵抗がある様子だったが、それでも娘のためになるのならと気を強く持とうとする彼女の両親には好感が持てる。
八早月はやはり独断ではなく八家会合で検討すべきと判断し、当主会合の緊急招集を心の中で決めながら、客人たちの帰りを見送った。
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