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第三章 水無月(六月)
59.六月三十日 昼 昼食会合
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未だ梅雨本番ではないが雨模様のこの日、跳ねた髪を気にしながらどう見ても不機嫌そうにしている八早月の顔をまともに見ることが出来ず、七名の当主たちは目の前に出された昼食を見つめることしかできなかった。
「それでは今月二度目になりますが会合をはじめましょう。
今日は先日の鵺の件だけですから宿おじさまに報告してもらうだけですね。
皆さんもご飯を食べながら伺うとしましょう」
「えー、では発生の切っ掛けから説明したいと思います。
術者は、と言うか当事者は上中下志摩と言う高齢女性です。
どうやらもう十年以上村八分のような状態だったようですね。
二か月前ほどから新興宗教のようなものに傾倒していた様子あり。
呪術を提供したのはこの宗教団体と考えています。
この団体の詳細については聡明殿からよろしく」
「はっ、では私めの調査について報告いたします。
例の呪符を調べた結果、やはり西洋のものであることは間違いありません。
まったく同じ物では無さそうですが、近代黒魔術という術式が元のようです。
注目すべきはこれが印刷物であると言うことでしょうか。
つまり一枚一枚に念が込められているわけではないと言うことです」
「ということは呪符自体には何の力もないと言うことですかな?
ワシにはにわかに信じられんが、それなら何のために大量に貼ったのだ?」
「耕太郎殿の言われることはもっともでございます。
この呪符、いや印刷物は結界を張るための補助呪術具と言ったとことでしょう。
呪術の本体はあの老婆に血で記された札と同様の紋様で間違いございません。
周囲に書かれていた文字と血の紋様が住居の外周に貼られた印刷物に反射される仕組みかと」
「それがいわゆる魔方陣と言うものなのですか?
陰陽道の五芒星と近しい物とも思える意匠でございますね。
楓から聞いたのですが、あの円形紋様には魔力と呼ばれる力が宿るようです。
周囲の同じ紋様は大陸式儀式で言うところの蝋燭のようなものなのでしょうね」
「櫻さんのおっしゃる通り、私の見立ても同じでございます。
周辺に張り巡らせた印刷物である種の結界境界線を示しているのかと。
十三という数から考えると、反キリスト教的な意味合いがあると考えられます。
その結界内部で呪術を行い内部にその魔力と言うものを充満させたのでしょう。
描かれた術式はおそらく常世の扉を開くものだったと思われますが解読出来ておりません」
当主それぞれが調査結果と推察を組合せることで真相解明にたどり着ける、誰もがそう考えていたところに、八早月が満を持したとでもいうように口を開いた。
「んごれは、んぐんぐ、結局んん、もぐもぐ、ごくり。
このおこわは事件のあった金井町で買って来たものですがとても美味ですよ。
皆さんも召し上がってくださいな。
それでその呪術具の出どこが問題なのですが、判明に至ったのでしょうか?
心配なのは、誰でも簡単に呪術が出来てしまうことでしょうね。
今までその魔術とやらに触れたこともなかった老婆でさえ鵺を出現させるほど。
身を犠牲にすることを厭わぬほど追いつめられていたとは言え恐ろしい」
「そこなのですが、今はまだ誰が首謀者かははっきりしません。
しかし金井町からさらに先にある久野町に魔術グッズショップがありました。
その隣の北久野町に老婆が出入りしていたバトン教会が存在しております。
悪魔魔術崇拝を掲げて怪しげなため、週明けに関係部署にて捜査を行うとのこと」
「ほれれは、んぐもぐごくん、この件は政府が引き継ぐと言うことですね?
私たちですべきことがないのであれば今はここまでにしておきますか。
久野町といえばあの寒鳴家もありますから関連が気になるところです」
「そういえばあの娘、綾乃といいましたか、彼女の編入は週明けからでしたな?
筆頭の一学年上に転入してくると聞いていましたがどのような子なのです?
歳からすると直臣の嫁になんて悪くないのでは?」
「宿殿、直臣はまだ十四ですぞ?
相手の娘もですが、そんなことを考えるのは早すぎる。
結婚相手の心配をするなら聡明殿のところの聖のほうが先でしょう」
「いやいや臣人殿、聖は女にうつつを抜かしている場合ではない。
今度落ちたら三浪になってしまいますからな、さすがにシャレにならぬ。
結婚と言えばドロシー殿は適齢ですがお相手は見つかりそうですかな?
なんなら見合い相手を探すこともやぶさかではございませんぞ?」
「ワガハイはカジが出来る者ならなんでもゴザレでございますよ。
末永く家を護って行くにはデキタ旦那さまをショモウするでゴザル」
「ほう、家事の出来る家庭的な男性が好みですか。
なるほど、やはり若い人は考えが進んでおりますなぁ」
話がどんどんずれて行っている気がするが、そんな会合もたまにはいいものだ。八早月は好物のおこわを頬張りながら、雨で跳ねた髪の毛のことをしばし忘れることができていた。
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お読みいただき誠にありがとうございます。数ある作品の中から拙作をクリックしてくださったこと感謝いたします。少しでも楽しめたと感じていただけたならその旨お伝えくださいますと嬉しいです。
ぜひお気に入りやハート&クラッカーをお寄せください。また感想等もお待ちしておりますので、併せてお願いいたします。
「それでは今月二度目になりますが会合をはじめましょう。
今日は先日の鵺の件だけですから宿おじさまに報告してもらうだけですね。
皆さんもご飯を食べながら伺うとしましょう」
「えー、では発生の切っ掛けから説明したいと思います。
術者は、と言うか当事者は上中下志摩と言う高齢女性です。
どうやらもう十年以上村八分のような状態だったようですね。
二か月前ほどから新興宗教のようなものに傾倒していた様子あり。
呪術を提供したのはこの宗教団体と考えています。
この団体の詳細については聡明殿からよろしく」
「はっ、では私めの調査について報告いたします。
例の呪符を調べた結果、やはり西洋のものであることは間違いありません。
まったく同じ物では無さそうですが、近代黒魔術という術式が元のようです。
注目すべきはこれが印刷物であると言うことでしょうか。
つまり一枚一枚に念が込められているわけではないと言うことです」
「ということは呪符自体には何の力もないと言うことですかな?
ワシにはにわかに信じられんが、それなら何のために大量に貼ったのだ?」
「耕太郎殿の言われることはもっともでございます。
この呪符、いや印刷物は結界を張るための補助呪術具と言ったとことでしょう。
呪術の本体はあの老婆に血で記された札と同様の紋様で間違いございません。
周囲に書かれていた文字と血の紋様が住居の外周に貼られた印刷物に反射される仕組みかと」
「それがいわゆる魔方陣と言うものなのですか?
陰陽道の五芒星と近しい物とも思える意匠でございますね。
楓から聞いたのですが、あの円形紋様には魔力と呼ばれる力が宿るようです。
周囲の同じ紋様は大陸式儀式で言うところの蝋燭のようなものなのでしょうね」
「櫻さんのおっしゃる通り、私の見立ても同じでございます。
周辺に張り巡らせた印刷物である種の結界境界線を示しているのかと。
十三という数から考えると、反キリスト教的な意味合いがあると考えられます。
その結界内部で呪術を行い内部にその魔力と言うものを充満させたのでしょう。
描かれた術式はおそらく常世の扉を開くものだったと思われますが解読出来ておりません」
当主それぞれが調査結果と推察を組合せることで真相解明にたどり着ける、誰もがそう考えていたところに、八早月が満を持したとでもいうように口を開いた。
「んごれは、んぐんぐ、結局んん、もぐもぐ、ごくり。
このおこわは事件のあった金井町で買って来たものですがとても美味ですよ。
皆さんも召し上がってくださいな。
それでその呪術具の出どこが問題なのですが、判明に至ったのでしょうか?
心配なのは、誰でも簡単に呪術が出来てしまうことでしょうね。
今までその魔術とやらに触れたこともなかった老婆でさえ鵺を出現させるほど。
身を犠牲にすることを厭わぬほど追いつめられていたとは言え恐ろしい」
「そこなのですが、今はまだ誰が首謀者かははっきりしません。
しかし金井町からさらに先にある久野町に魔術グッズショップがありました。
その隣の北久野町に老婆が出入りしていたバトン教会が存在しております。
悪魔魔術崇拝を掲げて怪しげなため、週明けに関係部署にて捜査を行うとのこと」
「ほれれは、んぐもぐごくん、この件は政府が引き継ぐと言うことですね?
私たちですべきことがないのであれば今はここまでにしておきますか。
久野町といえばあの寒鳴家もありますから関連が気になるところです」
「そういえばあの娘、綾乃といいましたか、彼女の編入は週明けからでしたな?
筆頭の一学年上に転入してくると聞いていましたがどのような子なのです?
歳からすると直臣の嫁になんて悪くないのでは?」
「宿殿、直臣はまだ十四ですぞ?
相手の娘もですが、そんなことを考えるのは早すぎる。
結婚相手の心配をするなら聡明殿のところの聖のほうが先でしょう」
「いやいや臣人殿、聖は女にうつつを抜かしている場合ではない。
今度落ちたら三浪になってしまいますからな、さすがにシャレにならぬ。
結婚と言えばドロシー殿は適齢ですがお相手は見つかりそうですかな?
なんなら見合い相手を探すこともやぶさかではございませんぞ?」
「ワガハイはカジが出来る者ならなんでもゴザレでございますよ。
末永く家を護って行くにはデキタ旦那さまをショモウするでゴザル」
「ほう、家事の出来る家庭的な男性が好みですか。
なるほど、やはり若い人は考えが進んでおりますなぁ」
話がどんどんずれて行っている気がするが、そんな会合もたまにはいいものだ。八早月は好物のおこわを頬張りながら、雨で跳ねた髪の毛のことをしばし忘れることができていた。
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