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第二章 皐月(五月)

30.五月五日 夜 三神太一郎 対 四宮直臣 決着

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 槍と鉾、同じような長柄の武器でもその特性は大分異なる。長さは昨晩の比呂秋ひろあきが持っていた槍がおよそ十二尺、四メートル弱であった。基本的な攻撃方法は突きであり、両手を使って引いてから突き出す。

 ちなみに、比呂秋が紅羽くれはの体術で吹き飛ばされた後、距離を詰められて引き幅が取れなかったはずが、逆転の一手として最後に繰り出せた突きは、槍を持った手を緩め身体だけ吹き飛ばされておき、詰めてきた紅羽へ向かって槍を押し出すのみで当てたものだ。

 紅羽は決して油断したわけではないだろうが、とどめをさせる好機と捉え致命傷狙いの大技を狙った隙を突かれたと言える。紅羽が最後に繰り出した連撃の初撃で刃がかち合った際に気が付いていればかわせたかもしれないという、高度で紙一重の戦いだった。

 紅羽の鉾による攻撃は隙が少なく、突きをかわして間合いを詰めようとするとそこから予備動作無しに払いがやってくる。払った隙を付こうとすると返し刃が飛んでくると言った具合だ。

 だが風衛門ふうえもんには秘策があった。それは先日使用して意味をなさなかった霧ではない。あれは呼士同士の仕合では意味をなさないと、あるじが師より指摘されていた。だがその会話の中に別の有用な案が隠されていたのだ。

 その案を試すため、防戦一方で守ることに精一杯と見えなくもない風衛門は機会を伺っていた。そしてその気配には当然紅羽も気が付いている。ただ何をしようとしているのかまではわからない。

 紅羽はその誘いに乗るつもりで大きく薙ぎ払いを仕掛けたが反撃は無かった。となると狙いは突きか、と片手払いから身体を回転させ柄を持つ右手を大きく引いた後、石突の辺りへ持ち替えつつ身体を半身にして突き出すと言う最大限の長さで繰り出す大技を放った。

 するとやはり風衛門が前へ出ながらかわしてきた。つまり狙いは突きに対しての反撃攻勢カウンター狙いで間違いない。しかしかわしたところで払い切りか体術による崩し、弾くようなら仕切り直し、受け止めるようなら捻じり挽きも可能だ。

 結果は紅羽の想定の一つ、風衛門は身体をひねってかわし刀身を滑らせていなそうとしている。しかしその方向からでも柄のしなりを活かして返し刃で切れる! だが、紅羽が自信を持って繰り出した返し刃は、手に持った柄を大きくしならせただけで不発に終わり、その柄を踏みつけられた紅羽は地面へと叩きつけられてしまった。

 なんと風衛門は、刀と鞘を交差させることで鉾の向きを変える力を受け止め、地面へ張りつけて見せたのだ。これは当主たちの演舞で真宵まよいが見せた鞘を使った剣技の一つであった。

 だがどちらにも斬撃は入っておらず、地面へ転がされた紅羽とてまだまだやれる、そう思いながら立ちあがったのだが、身体の一部がすでにチリとなりかけていた。慌てて主をかえりみると、地面に倒れ右手を抑えている直臣ただおみの姿があるではないか。

「勝負有り! 双方開始線へ。
 直臣は大丈夫か? 臣人おみと殿、無理はさせぬようにな」

「かたじけない、医務室へ連れて参ります。
 紅羽も口惜しいだろうがすまないな、共に来てもらえるだろうか」

「もちろんでございます。
 風衛門殿、手合わせ感謝いたします」

 こうして織贄しょくにえの儀は無事に終了となったが、最終戦が終わったと言うことで総括が残っており、八早月やよいはまだ少し眠気と戦う必要があった。

「さて、皆さんいかがでしたか?
 一人ずつ聞いていきたいと思いますが、その前にまず。
 今年は代替わり無しでよろしいですね?」

 この八早月の言葉に誰も異論はない。まだ当主を継げると言える者は明らかにいなかったからだ。それでも戦いの中で光るものはあったことに一人を除き全員が満足している様子ではある。

 そしてその満足できていない一人である六田櫻は、我が娘が晒した醜態と、その原因になった自分の教育方針を悔やむと共に、これから自分は吊し上げを食うのではないかとおそれていた。

 先代の八家筆頭当主で八早月の父である道八みちやは年の近い従妹と言うことも有り、幼少時からよく遊んでいて学校も同じだったため気心も知れていた。それが結婚して子供が生まれたころからその関係が変わってしまったのだ。

 と言っても道八が変わったのではなく、櫻が本家を避けるようになってしまったのだ。八早月が成長するにつれ、櫻にはその力量が只者ではないとわかっていた。それはもしかしたら女当主でないとわからない何かかもしれないし、ただの勘だったのかもしれない。

 それがまさか八歳で当主になると言う前代未聞の出来事が起きてしまうとは。櫻の見立ては色々な意味で当たっていたと言える。そして当主となり幼いままですぐに全員を追い抜き、筆頭に相応しい力を見せた八早月を櫻は改めておそれた。

 それから四年、そのおそれ・・・は大きくなり続けているが、決して警戒するたぐいのものではない。あくまで高すぎるいただきと己との差に対して感じるものであり、自分の後継者である娘の楓がその畏怖いふなる力に触れ、全てを諦めてしまうことまでを懸念していた。
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