婚約破棄された偽令嬢の恋

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2.押し寄せる恋

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 ロウナル第一王子は今までいくつもの縁談や見合い話を断り続けており、男色家ではないかと噂されるほどの変わり者だ。それがなぜかわからないが私に一目惚れしたと言いだしている。

 そりゃこんなうまい話、普通なら飛びつきたいところだが、このまま王族に近いところでうろうろしていたら偽の貴族令嬢だとばれてしまうかもしれない。そうなったらカイル様から成功報酬は頂けないだろう。

 私は何としても報酬を手にして村へ戻り、本当の両親と共にのんびり暮らしたいのだ。毎月の仕送りで余裕のある生活が出来ているとの知らせは受けているが、最後の報酬を受け取ったら広い家を買うことだって出来るだろう。

 それなのにこの方ときたら私の心をぐらぐらと揺さぶってくる。二十代後半で見た目にはおじさんが忍び寄っているがそれでもまだ十分に若々しい。もし求愛を受け入れたら本当に王族の一員になれるかもしれない。

 しかし私は伯爵令嬢でも貴族でもないただの田舎娘なのだ。今そのことを明かせば諦めてくれるだろうが、カイル様の婚姻前にばれてしまったら成功報酬がもらえない。それだけは絶対に避けなければ今までの苦労が水の泡だ。

「ロウナル様、お願いです。
 わたくしを一人にしてくださいませ。
 どうしても一人で行かねばならぬのです」

「僕が君をからかっているとでも思っているのかい?
 どうしたら本気だと信じてもらえるのだろう。
 こんな気持ちになったのは初めてでどうしていいかわからないのだよ。
 フレイ? 君は僕が嫌いかい?
 もちろん今すぐ愛してくれとは言わない。
 だがこれから親しくなる機会を与えてほしいのだ」

「そう言われましても……」

「一体どうしてそこまで拒むのだ?
 せめて理由だけでも聞かせてもらえないだろうか」

 ここで私はひらめいた。成功報酬と同じ額をロウナル王子に貰えばいいのだと。いきなりお金の話をして嫌われればそれでいいし、貰えたなら全てを話してしまってカイル王子からの報酬がなくなっても損は無い。

「ロウナル殿下…… そこまでおっしゃるのであればお話いたしましょう。
 わたくしがなぜ殿下のお申し出を受けられないのかを。
 ですがその前にお願いがございます。
 どうしても聞きだすのであれば対価をいただきたく存じます」

「ふむ、金か?
 特に聞いたことはないが、まさかアクスアル家は金に困っているのか?
 特別贅沢をしているようには見えないが、かといって余裕が無いようにも見えなんだ。
 まさかカイルとは政略結婚だったのかね?」

「あ、いや、そういうわけではなく……
 両親のために広い家を買ってあげたくて……」

「おお、やはりご両親のためと言うことだな。
 それであれば問題は無い、私と結婚した暁には別荘の一つをご両親用に提供しよう。
 それならば問題はあるまい?」

「いいえ、わたくしは殿下へ嫁ぐことはできないのです。
 その理由をお話すると申し上げているのです」

「そうか、すると結婚したらなにかを得ると言うことでは通らぬと言うことだな。
 わかった、話をしてくれたら家を一軒差し上げることにしよう。
 西の湖の畔にそこそこ広い屋敷を持っているのだよ」

「本当によろしいのですか?
 殿下にとって何の得もございません。
 どちらにせよ私が殿下の元へ嫁ぐことはあり得ないのですよ?
 話を聞けば分かってくださると思いますが、わたくしにはそんな資格がないのでございます」

「だがそこまで言われると気になるではないか。
 もし解消できる障害であれば取り除きたいと思っている。
 絶対に叶わぬと考えるのは君の心が僕を受け入れない時だけだ。
 たとえ君が薪拾いの少女だったとしても妻として迎え入れるだろう」

 この言葉を聞いて思わず恋に落ちてしまいそうになった。なぜならば、少しでも家計の足しになるようにと幼少期には薪拾いをしていたのだから。

 結局ロウナル王子の熱意に負けて私は全てを話すことにした。もちろん家を貰うつもりなんてどこかへ消え失せてしまっている。計画の全容を聞いたロウナル王子は弟君のカイル王子に感心していた。私にしてみればどちらも子供みたいで浅はかな考え方だと感じてしまう。

 それにしてもロウナル王子は世間知らずで身勝手で考え無しで浪費家で思い込みの激しいバカなお坊ちゃんだ。だけど私に向けられた好意は紛れもなく本物だった。


 そして私は意地汚くて腹黒で身勝手で野心家で欲深いバカな成り上がり女になってしまった。もちろん今では人を愛することも知っている。

 それはこの手に抱いている小さな命が証明している、私は暖炉にあたりながらそう考えるのだった。
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