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第十四章 国王と王妃

62.祝福

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 それほど褒められた治安が維持出来ているわけではないこの国では、行方不明者が出ることも珍しくはない。それでもアーゲンハイム伯爵は配下に治安部隊を編成し、秋以降に消えた若い女の行方を探っていた。調べによると三か月で七人の行方不明者がいるのだが、一見するとその全てに関連性は無く通りすがりの犯行だと考えられる。しかしそのうちの三人は伯爵が統治している領内にて起こっていた。

 まさかと思い、王直轄領との境界にある泉と監視小屋の調査を命じたのだが、そこには誰も居らず建物はほぼ朽ち果てていた。それでも周辺を含め綿密な調査を行った結果、大きな岩の下に続く洞窟を発見した。内部には人が出入りしていた痕跡が残されており、ロープの断片や血痕も発見され誰かが監禁や拷問等を受けていたことが伺える。


「―― ですがそこにはもう誰も居りませんでした。
 残されていた食い散らかしの状態からは数日と言うことはなさそうです。
 少なくとも離れてから数週間は経っているでしょう」

「そこにやつがいたと? 貴公はそう考えておるのだな?
 攫われた女たちごと逃げた、いや身を隠したと言うことなのか。
 それにしても監視小屋の地下にそんな洞窟があったとはな」

「途中から人工的に掘られたと思われる整った壁もございました。
 さらには一部の通路はこの王城の地下すぐ近くまで伸びております」

「なんだと!? それでは何者かが侵入しようと掘ったと言うのか?
 まさか……」

「誰の仕業かはわかりません、しかし途中で崩落しており行き止まりとなっております。
 続きを掘るとしても相当の重労働となるでしょう。
 また地下には火山の火口のような溶岩帯があるようですが危険なので調査は中止しました」

「ああ、城の地下深くに高温の溶岩が流れているというのは聞いたことがある。
 そのおかげで冬の寒さが軽減されているのだと過去の文献にあるらしい」

「ではそちらは継続調査は致しませぬ。
 問題はそこにいた者がどこへ消えたか、今何をしているか、でございますな。
 ただの野党や宿無しの類なら良いのですが……」

「その考え方は楽観的すぎるだろうな。
 我や貴公を狙っているとは限らないが、用心に越したことはない。
 身辺には重々注意するのだぞ?」

「はっ、それででございますが……
 やつの行動、女を攫いそれを糧にし自らの異変に気が付かぬ訳がございません。
 おそらくは自らに流れる王族の血に気付いている事かと……
 ですので新年の祭事参列(パレード)はお取り止めにされた方がよろしいのではないでしょうか。
 万一大勢に紛れ暗殺でも企てられようものなら警護が困難でございます」

「いや、民は新年の祭りを楽しみにしておるのだ、中止にはできぬ。
 それにまさかやつ一人で我を倒せるとも思えんしな。
 襲って来たならそれこそ捕らえる好機であるぞ!」

「ですが…… やつの力が未知数ですのでゆめゆめ油断なされぬよう。
 万が一ですら許されないお立場でございますこと、どうぞお忘れなく」

 力強く頷く王と、その顔を不安そうに覗きこむアーゲンハイム伯爵は、このところ頻繁に使用している密会用の小部屋を後にした。


 その後屋敷へと戻った伯爵は、祭事参列の道順を確認しながら隠れる場所や襲いやすそうな箇所について算段を付けていく。実際に襲撃があるかどうかではなく、あってからでは遅いのだ。フラムスがあのような行動に出ることを予見できなかったがために軽はずみな言動をしてしまったわけで、これ以上失態を重ねるわけにはいかないと考えていた。

 祭事参列は丸一日駆けて行われるこの国最大の行事である。それだけに王が中止にはできないと言った理由は当然とも言えるだろう。城を出て城下を一周してからまた城へと戻るだけで陽が傾いてくる。その後、新年を迎えて一歳になる子を王に頭上へ掲げてもらい一人ずつ祝福してもらう事が国民にとって最大の喜びなのだ。アーゲンハイム伯爵の全ての子も、そう、フラムスでさえも祝福を受けていた。

 それに引き替え成人の儀はひそやかに行われる。新年が明けて七日後から七日間、城の外に設置された水瓶の水を頭から被り身を清めるだけだ。これは自らが大人になることを認識し、自らに儀式を施すという意味合いが強いため大勢で祝辞を催したりはしないと言うのが表向きの理由である。

 しかし実のところ、成人まで無事に成長する子がそれほど多くなく、子を亡くした親にとっては辛い新年となるため今のような形式になったと伝わっている。もちろんそれとは別に、内々で祝いをすることに制限はないため、どこの家庭でも成人を迎える者がいれば家族で喜びを分かち合うものだ。

 その喜びを分かち合い、その巣立ちを共に祝うはずだった『我が子』を、今や国賊として秘密裏に探しだし抹殺しようとしている。偽の親としては相応しい末路かもしれない。だがフラムスは賢い子だ。この国で暴挙を働くより他国へ逃げ延びて好きに暮らす選択を取る可能性もあるだろう。だがしかしそれは楽観論、常に最悪を想定してこそ国王を、国を護れると言うものだ。

 一時は偽子(むすこ)を担ぎ上げ、その側近として国政に君臨さえ夢すら抱いていた小さな貴族は、高位の爵位を賜ったことで満足してしまっていた。欲は人を狂わせるが、安寧は視界を曇らせる。どちらにせよ正常な判断が出来なくなっている伯爵は、国王の身を護るために何をすれば良いのかの最善手を思いつかず頭を悩ませながら帰途についた。


「おかえりなさいませ、旦那様。
 お茶をお淹れ致しますか? お酒のほうがよろしいでしょうか」

「そうだな…… 果実酒を頼む。
 弱いものでいいぞ、寝つきがいい程度に酔いたいだけなのだ」

「畏まりました、なぜそれほどお疲れなのでしょう。
 お身体の具合でも悪いのですか?」

「ん? そんな風に見えるか?
 まあ心労が祟ったと言うやつだろう。
 それにしても今晩は随分と饒舌ではないか、何かあったのか?」

「それはもう! お坊ちゃまがお帰りになったのですよ?
 こんなに喜ばしく祝福に相応しい夜がありますでしょうか」

 ハッとして振り向いた伯爵の目には、行方をくらましていた使用人の姿があった。そしてその後ろ、そこには伯爵の愛する我が偽子、狂気の王子フラムスが笑みを蓄えながら立っていた。
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