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第十四章 国王と王妃

59.清められた王妃

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 クラウディアは我が目を疑っていた。今まで覗くどころか目に入るだけで嫌悪していた銅鏡の前へ、こうやって舞い上がるような気持ちで立つ日が来るなんて考えても居なかった。目に入ったその姿は、それほど嬉しく、溢れる熱い涙を堪えきれない思いだった。

「お母さま、どうかしら?
 すっかりわからなくなっているでしょう?
 パリーニによくお礼言わないといけないわ」

 そう言って銅鏡の位置を合わせてくれているのは愛娘のフローリアである。自分と違って賢く可愛らしい頼れる存在だ。そしてその横にいるもう一人、別の意味でクラウディアが愛する女性(ひと)である医師のパリーニが微笑んでいた。

 もう二度と叶わないと考えていた真っ新(さら)で美しい背中、それは身体の問題だけではなく心をも浄化してくれたのだ。これで今年からは伝統的な新年の衣装が着られる。その背中が大きく開いている造形が持て囃されるのは過去に奴隷制度があったことに起因し、清浄な女性は美しい背中を持っていることを堂々と見せてこそ心身共に美しい女とされているからである。。

 奴隷制度が無くなったからと言って差別がなくなるわけではなく、いつどこで誰が見ていてどう噂されるのかはわからない。まして国王の妻となった妃が元奴隷では民衆の興味や嘲笑を止めることは困難だろう。そのため、これまで新年の祭事参列(パレード)では表舞台に立ってこなかったのだ。

 方法や原理はどうでもいい。とにかく背中の奴隷印がきれいに消えたのだからこれ以上何を望むのか。フローリアが見つけた大昔の文献に載っていた方法をパリーニが解読して再現したらしいが、あの二人には王の血が受け継がれているため常識では測れない知能を持っている。その二人が何年もかけたのだからきっと凄いことで間違いのない方法に決まっている。


 方や名前を出された医師は困惑していた。実のところ実際には何もしていないのだから。やったことと言えば薬を使って王妃を眠らせたことと、台車へ乗せてフローリアへ受け渡したことだけだ。しかし天才少女は自分が表に立つことを嫌い、医師のパリーニが治療を施したことにしてほしいと言った。どのような方法で実現したのかはわからないが、見たところ表面の皮膚自体が入れ替わっているように感じていた。

 フローリアは教えてくれず内密であると言うのみ。まさか他人の皮膚を使い貼り合わせでもしたのだろうか。そのために犠牲になった人がいるとしたら確かにそうそう人には話せないだろう。この数年は暇さえあれば地下の書庫へ籠っているようだが、そこにある書物の中に高度な医学の書があるのかもしれない。


「戻った! 今戻ったぞ!
 今日こそ目にすることができるのだろうな?
 毎日生殺しでは我とて我慢できなくなるぞ!」

「お父さま、そんなに大声を出さないで下さい。
 ここは神聖な医療を行る場所ですよ?」

「そ、そうだったな、すまない。
 しかし出先でも気が気ではなく集中できないのだよ。
 我が娘ならこの気持ち理解できるであろう?」

「もちろんですわ、お父さま、だからこそお静かにと申し上げているのです。
 見る前からそれではこれからどれだけうるさくなるかわかりませんからね」

「おおお、それではいよいよ!
 早く、クラウディアはどこに居るのだ」

「陛下…… こちらまで、どうかいらしてください。」

 治療室奥の小部屋から声が聞こえた。大体が治療室の中で他に人が潜める場所などないのだ。王は緊張しているのか襟を正してからベッドのある小部屋へと向かった。この場所は昔クラウディアが足等の治療で二か月近く留(とど)められていた場所である。

 王が部屋へ入ると薄い布団を肩からかけて背中を向けている王妃がいた。王は恐る恐るにじり寄って行くが、ドアを閉めるよう言われて一旦戻る。二人きりになった部屋で気を取り直し、ゆっくりと肩へ手を掛けると布を下へと引き下ろした。

「こ、これは…… 誠に…… これほどとは……
 我が愛する妃、クラウディアよ……
 今まですまなかった、本当に良かった」

「陛下、もうお気になさらず、今度こそ忘れられますね……
 私、本当にうれしくて…… 娘たちのお蔭です」

「そうだな、そうだな」

 老王は真っ白になった髭を涙で濡らしながらクラウディアを抱きしめていた。強く、優しく、そして一国の王とは思えないほど頬を緩めた笑顔で幸せそうに。
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