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第十章 二人の王子

43.革命、それから

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 時は流れ王歴三百三十二年の秋、ギルガメスとフローリアが次の年明けで二歳になる新年を目前とした時期に貴族議会では大きな決断がなされた。それは年が明け節目となる王歴三百三十三年に大改革と呼ばれる国家の大根幹を揺るがす革命計画の発布である。

 最大の改革は君主独裁政治から貴族議会と地方代表議会による専制政治への転換である。地方議会に関しては将来的に平民を主体とする予定を立てているが、現在の識字率や教育水準からするとまだ相当の年月が必要だと貴族院では考えていた。そのためまずは地方の有力者から地域投票で選出し、中央へ集められたのだが、体のいい人質であるとの声もあった。

 次に大きな転換は奴隷制度の廃止である。とは言っても奴隷の所持は王族と、許可を受けて特例を認められた貴族のみの特権であったため民衆にとってはそれほど注目すべきことでは無かった。だが犯罪を犯した罪のため奴隷へと身を堕とした者と、その親族にとって朗報であったことは間違いない。それでも城の奴隷棟に住まう城女(しろめ)たちはそのまま置いてくれと懇願し、労働奴隷たちはそのままの場所で村を作り、男の一部は待遇に魅かれ王国軍へと身を寄せた。

 奴隷の解放は周辺諸国にとって大きな衝撃であり、近隣で最も長く独裁国家であった国の方針転換はそれぞれの国を治める者たちを混乱させた。その真意を図るべく多くの特使がやってきたが、王や議会はこの先数百年をも見据えてのことだと高らかに笑いながら答えていた。

 しかしこの大きな転換を推し進めたのは王の独断に他ならず、この国が未だ独裁により成り立っていることを示していた。そして奴隷制度廃止の最大の理由は、今まさに国王の手の中にある。

「陛下? こんなことをして本当に問題ございませんか?
 城の中では私の為だけに大鉈を振るったと噂するものも居るようです。
 それに妃になるとは…… 本当に宜しいのでしょうか」

「本当か本当かと何度も言うでない、我は嘘つきではないぞ?
 まあ当たり前に考えてすべてうまく行くことはないであろうな。
 だが踏み出さなければ何も変わらないのだ。
 初めて我を呼びだしたそなたのようにな」

「あ、あの頃は暴力から逃れることで頭がいっぱいで……
 それに拙技(せつぎ)によりご不満を感じさせてしまい申し訳ございませんでした」

「そのようなことはない。
 最初から予感があったのだ、なにかはわからぬが良き予感がな。
 だからこそ次の席を設けたのではないか、席ではなく床だったが」

「へ、陛下! そのようなこと! 子らに聞かれます……」

 クラウディアは顔を真っ赤にして王へ抗議したが、まだようやく二歳になる赤子を理由に挙げるのは無理がある。母親は愛する旦那に高笑いで一蹴されただけでなく、その大きな笑い声で起きた子に慌てて乳をやる羽目にもなった。王はその傍らで、今まで味わったことの無い庶民的な幸福感を抱きつつも、己だけのものではなくなってしまった女を寂しそうに見つめていた。


 そして新年を迎え発布済みの大革命が施行される日が過ぎた。それを受けて国中が連日お祭り騒ぎで歓喜に沸いていたが、その中身を理解していないものが半分以上はいると思われる。そのくらいにこの国の教育水準は低く、学び舎の整備も急務だろう。地方それぞれで教育を行うことになるのだが、教育者自体の絶対数が現状ではまったく足りていない。

 だからといって指を咥えて見ていても何も解決はしないし、与えられた大きな権限を最大限活用し人材確保に務めてこそ未来があると言うものだ。人の確保はやがて地方ごとの格差を生み軋轢を生むに違いない。しかしそれこそが競争と成長を促す物でもあるのだ。その為にも優秀な人材を多く確保したいと考える領主は多かった。

 そのため知見向上や教育と称し、城下街に住む地方代表の議会員には故郷から次々に人が送り込まれてくる。このままでは公務や生活が儘ならないため何とかならないかと貴族議会へ相談が舞い込み、それを耳にした王は早速次の段階へと計を進めた。

 初めからどこまで考えていたのか、王の描く未来は大仰過ぎるため影で笑うものも多かったが、将来花開くものだと期待するものも多くいた。その中でも内容を理解し自分たちや後進のために尽力しようと考えている者が多い場所、それが王城である。

 中心となったのは王族の子女を中心とした老若幅広い女達で、城を出て貴族へ嫁いだもの以外のほとんどは留学での海外渡航歴もある。独裁国である故郷以外の国外情勢を知ってなお、不平の声もあげず城に残り、祖国のためにと働いてきた彼女らは民が学ぶための教師を育てるに適任だった。

 新しい年と新しい国の在り方に浮足立っている男たちを尻目に、王の名において次の世代の教育へ向け重要な責務を負った女たちによって着々と進められた。その成果である教師教育機関は王立学校という名目で王城に隣接し建設され、新年が明けてからわずか四か月ほどという短期間で開校へとこぎつけた。

 最初の生徒は地方から送られていた者たちを含む基礎学力を持つ者たちを試験によって選抜され、合格者を住み込みで住まわせ日々学ばせると言う、厳しくも素晴らしい場所であった。しかし、数か月もすると大なり小なり問題の発生は避けられない。

 その中でも女生徒の脱走は非常に問題視された。何もない地方からやってきた娘が、城下の豊かな街で暮らしたくなる者が現れるのは十分想定出来たことだ。いくら志が高くとも、目の前にぶら下がった垂涎抑えきれぬ誘惑に目が眩むのも仕方ない。寮を出た生徒らは行く場を求め彷徨い、夜な夜な客を取ったり酒場で出会った男の家に転がり込む等して行方知れずになる。

 こうして次の新年を迎えるころには、入学した生徒の約半数である三十名ほどしか残っていなかった。
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